第12話 真夜中の公園で✕✕✕

 ナイター設備のある球場と一体化したその公園は、夜半でも十分に明るかった。

 おまけに、園内はかなり広く、身を隠すための樹木なども豊富に存在している。

 これなら、魔剣が放つあの厄介な遠距離攻撃にも対応できるだろう。


 俺たちは公園内にある木の影に身を潜めると、周囲を探るように首を巡らせた。


「さっきまでアホみたいに攻撃を仕掛けてきたのに、なんかぱったりと途絶えたな?」


「でも、魔剣のオーラを近くに感じるから、どこかで私たちの様子を窺っていると思うよ?」


 警戒した様子でエクスがきょろきょろとする。

 相手は闇に紛れて俺たちを襲ってきた。

 ここは、十分に注意が必要だろう。

 ……しかし。


「……ゴクッ」


 俺の視線が、エクスの服に段々と吸い寄せられてゆく。

 さきほどの度重なる遠距離攻撃を掻い潜ったせいなのか、彼女の衣服の至る所が破れていた。

 その隙間から覗く、綺麗な白い肌と黒いランジェリーに思わず喉が鳴った。


 ひと気のない夜の公園で密接する男女。

 緊張と興奮で汗ばんだ肌と、少し乱れた息遣い……。

 こうして、エクスと二人で密着していると、なんだかソワソワして落ち着かないのだ。


「ツルギくん、そっちはどう?」


「え? あぁ……。良いんじゃないか?」


「良い? なにが?」


「いや、なんでもねぇ。こっちは大丈夫だ」


 ……マズイな。

 エクスの下着がチラついて、全然集中できねぇ。


 こちらにお尻を突き出した状態で屈んでいるエクスを、背後からジッと見つめてみる。

 うん、この背徳感が堪らない。

 しかも、この角度から観察していると、なんだかこう、アレな体位を想像してムラムラしてくる。


「な、なぁ、エクス? もう少しだけ、こんな風に腰を上げて……」


「シッ! 静かにして……何か聴こえてこない?」


 俺の口を塞ぐように人差し指を当ててくると、エクスがそのまま黙り込んで耳をそばだてた。

 俺もそれに倣って周囲に耳を傾けてみると、どこからかガラスの割れるような音が聴こえきた。


「おいおい、この音ってまさか……」


「どうやら魔剣の精霊が、公園内の照明を破壊しているみたいだね……」


 樹木の影から顔を出してみると、公園内の照明が次々に破壊されていた。

 先程まで明るく照らされていた入り口付近も、今では仄暗い闇に呑まれてしまっている。

 その様子に俺とエクスは顔をしかめると、次の行動を話し合った。


「照明を壊すとかタチが悪いぞあの魔剣? 相当陰湿な奴だな。友達とかいなさそうだ」


「このままだと、公園内にある全ての照明が壊されてピンチになるね。でも、どうしようか?」


「それなら考えるまでもねえだろ? 急いで聖剣を召喚させようぜ!」


「そ、それはそうだけど……ツルギくん、なんか嬉しそうじゃない?」


 ジトっとした目で俺の顔を睨んできたエクスから、そっと視線を逸らす。


 別に下心があっての提案ではない。多分。

 これは真剣な戦いだ。多分。

 それ故に仕方のないことだ。多分。

 だから、俺の考えと行動はきっと、間違っていないだろう。多分。

 故に、これは正義であり、正論なのだ!


「エクス、時間が惜しい。急いで聖剣の召喚を始めるぞ!」


「え? あ、うん……わ、わかったよ」


 恥かしそうに頬を染めながら、エクスがブラウスのボタンに指をかけて外してゆく。

 その動作を目の当たりにして、俺の心拍数は上昇の一途を辿っていた。


 こうやって、自分で服を脱いでゆく女の子ってのは、見ていて本当にエロイ。

 これこそ、神のエロ展開だ!


 だが、そんな期待を胸にしていた俺だったが、前身頃のボタンを半分ほど外したところでエクスが急に手を止めてしまった。


「ちょ、ツルギくん……。は、恥ずかしいから、ちょっと後ろを向いていてよ!」


「バカを言え。こんなに美しい光景に背を向けるなんて神への冒涜だ。俺にはできん!」


「バカを言っているのはツルギくんの方でしょ!? いいから早く後ろを向いて――」


「エクス、伏せろ!」


 赤面してモジモジとするエクスを舐めるように見ていると、背後から気配を感じた。

 その気配に俺はすぐさま彼女を抱き上げると、真横へ飛び退く。

 その直後、黒い刃が次々と樹木に突き刺さり、現代アートのような姿に変化した。


「あっぶねえ……。エクス、お前のせいで危うく死ぬところだったぞ?」


「それ私のせいじゃないよね? ツルギくんがエッチだからだよね!?」


「男がエッチでなにが悪い。それより、俺たちの位置が奴に知られた。場所を移すぞ!」


「……なんだか釈然としないけどね」


 不満そうに頬を膨らませるエクスの手を引くと、俺はその場から駆け出して後方を一瞥する。

 先ほど刃が飛んでくる瞬間、闇の向こうに動物のような影がちらりと視えた。

 今回の相手は人型ではないようで少し安心をしたけれど、そうも落ち着いてはいられない。


「人型でなかろうと、魔剣に変わりはねえからな……」


 背後から仕掛けてくる魔剣の攻撃を躱しつつ、俺たちは足を走らせると、公園内でもまだ照明が残されている方へと向かい、転がり込むように売店の裏手へと身を隠した。

 すると、プレハブ小屋のような間口の狭い売店の正面から凄まじい破壊音が響いてくる。


「おいおい、今回は随分と容赦ねえな!?」


「私たちに逃げ道がないとわかって、猛攻撃を仕掛けているんだろうね……。これはちょっと、マズイ展開だよ!」


 魔剣からの激しい攻撃に焦燥感を抱いていると、隣に座り込んだエクスが声をかけてきた。


「ツルギくん、流石にこのままじゃ詰みだよ! 本当は、もう少し心の準備をしてからがいいんだけど……えい!」


 俄に躊躇いながら、エクスは着ていたブラウスの前身頃を両手で掴むと、その胸元を一気に開放した。

 その大胆な行為を前に、俺の方が驚いていると、エクスが頬を赤くして言う。


「……ど、どうぞ」


「お、おう……」


 白く豊かな膨らみを、両側から優しく包み込むように纏う黒のレース。

 その繊細な刺繍の内側からは、溢れ出しそうな胸の谷間が俺の視線を奪っていった。


「そ、それじゃあ、いくぞ!」


「う、うん……」


 背後に回った俺の顔をちらりと見上げて、エクスが恥ずかしそうに俯く。

 透き通るような白い頬が、ほんのりと朱に染まり、色づいている姿がなんとも艶めかしい。

 俺たちの背後では、魔剣による攻撃が今も続いている。

 でも、この旬感だけは、その耳障りな音さえも遠くに聴こえた。


「ふぅ〜。よし、行くぜ!」


 静かに伸ばした俺の指先が、肌触りの良いブラの内側に滑り込む。

 その途端、エクスの唇から淡い吐息が漏れた。


「……ンッ」


 指先の腹を押し返すように反発する弾力がありながらも、力を込めると深く沈み込む。

 掌から溢れるほど大きくて柔らかなこの感触は、俺にとって中毒になりそうだ。


「ちょ、そこは、ダメ……」


 呼吸を乱すエクスの声に艶っぽさがある。

 これはクセになる。クセにならないはずがない!

 本当はいつまでもこうしていたいけれど、そうも言ってはいられない。

 俺は彼女の右胸を蹂躙するように掌で包み込むと、かなり強めに力を込めた。


「つ、ツルギくん……そんな、強く……あぅっ!」


 片手で収まらないほど柔らかな質量を、俺は夢中で愛撫する。

 すると、エクスが俺の顔を見上げ、首筋に唇を押し付けてきた。


「フゥ、フゥ……」


 彼女の唇からこぼれる熱い吐息が、俺の性的興奮を誘う。

 恥じらうが故に、エクスは嬌声を必死に押さえようとしているけれど、それがまた堪らないのだ。


 物欲しげに顔を上げるエクスが、俺の理性を狂わせ始める。

 鼓膜から脳へと溶け込んでくるような官能的な甘い声も、快感に歪んだその表情も、なにもかもが愛らしさを秘めていて、愛さずにはいられない。

 そんな彼女を前にして、男が欲情せずにいられるだろうか?

 否、欲望を押さえられるはずがない! 

 だからこそ俺は、彼女にこの言葉を贈ろうと思ったのだ……。


「……なぁ、エクス?」


「な、なに……?」


 俺はエクスの耳元にそっと唇を近づけると、そっと囁いた。


 ――お前が気持ち良さそうにしているその表情、すごく可愛いよ?


「ふぇっ!?」


 自分で言っておきながら、ものすんごい羞恥心を感じて思わず視線を逸らした。

 本当に、なにを言っているだ俺は? エロ動画の見過ぎだろ!?


 だが、そんな俺の後悔とは裏腹に、囁かれた当人のエクスは満更でもなかった。


「……そ、そんな風に囁かれたら、わ、私……」


「エクス?」


「……もう、ラエエエエエエエエエエッ!」


 感極まったその叫びが、周囲に響き渡った直後、エクスの頭のアホ毛がピンと直立する。

 その刹那、俺の右手がエクスの胸の奥へと沈んでいった。


「よし、行ける!」


 俺は沈んだ右手を動かして聖剣を掴むと、それを一気に引きずり出した。


「よっしゃああああああああっ! 反撃といこうぜええええええええええええええっ!」


 エクスから取り出した聖剣を、鞘ごと地面に突き立て刀身を引き抜く。

 何度か素振りをしてその感触を確かめると、俺は売店の裏手から飛び出し身構えた。


「隠れていないで出てこいよ、この腰抜け魔剣! 俺がぶった切ってやるからよ!」


 森閑とした公園内に俺の声が木霊する。

 奴の気配は消えていない。

 必ずこの場にいるはずだ!


 周囲に視線を巡らせながら警戒していると、闇夜の奥からそいつはゆっくり現れた。


「……おめえが今回の魔剣か」


 砕けけた街灯が火花を散らして明滅を繰り返す中、心もとない光が照らし出したのは、漆黒の体毛と赤い鬣を持つライオンだった。


 奴は、鋭くギラついた赤い眼光を細め、鋭い牙が生え揃った口から唸り声を漏らしている。

 ゆらりとゆらりと左右に振られた尾尻の先端部分には、幾つもの黒い刃が密集していて、金属が擦れる音が響いた。

 恐らく、あの尻尾を使って、幾度となく俺たちに黒い刃を飛ばしてきたのだろう。

 そんな魔剣を目の当たりにしたとき、不意にカナデの一言を思い出した。


 ――ライオンか何かに噛まれて死んじゃえ!


「おいおいまさか、カナデのセリフが俺の死亡フラグに直結したりしねえよな……」


 威嚇するような咆哮を上げてきた魔剣に身構える。

 余計な考えは振り払え、今は目先の戦いに集中しろ!


 俺は聖剣を水平に構えて一息吐くと、その場から駆け出した。


「真っ先に狙うべきは奴の尻尾か……。あの尻尾を潰さないと、また面倒な攻撃が繰り出されるだろうしな!」


 公園内に植えられた樹木の間を縫うように走り抜け、魔剣との距離を確実に詰めてゆく。

 今のところ魔剣に動きはない。

 奴も、こちらの動向を探っているのかもしれない。

 それなら、奇襲を仕掛けるまでだ。


 一方向にひた走り、魔剣がくるりと反転したその瞬間を狙い、俺は先手を仕掛ける。

 しかし、その斬撃は奴の尻尾によって見事に防がれ、俺は再び距離を取った。


「前回の魔剣と違って無駄な動きがねえな。それなら、これはどうだ!」


 地面を強く踏み抜いて、魔剣との距離を一気に詰めると、連続して聖剣を繰り出してみる。

 奴は落ち着いた様子で尻尾を振り抜き、防御を続ける。

 公園内に響き渡る重い金属の衝突音。

 防戦に徹底する魔剣にいまだ動きはない。

 何度目かの攻撃で、俺が再度フェイントを仕掛けると、魔剣の尻尾が空を切った。

 その隙を見逃すべく一気に畳みかけて行くと、魔剣が険しい顔つきで唸り始めた。

 どうやらコイツは、変則な動きに弱いらしい。


「脳ミソはライオンと同等ってとこか? それなら、人間様に適うわけねえ!」


 力押しではあるが、じりじりと魔剣が後退してゆく。

 腕力なら俺の方に分があるようだ。

 魔剣を防戦一方の状態に持ち込んだまま、奴を背後にある樹木へと追い込みさらにもう一押し。

 しかし、流石にそれは見越していたのか、魔剣はくるりと身を翻して跳躍すると、俺に刃を放ってきた。

 その刃を打ち払い、素早く樹木に身を隠すと、売店裏からエクスが顔を覗かせた。


「ツルギくん、私はどうしたらいい?」


「なにもしないでいい! お前はそこから出てくるんじゃ――ぐっ!?」


 少し油断をしていた。

 かなり極小ではあるが、奴の刃が一本だけ左脚に突き刺さっていた。


「ツルギくん、大丈夫!?」


 俺の呻き声に反応してエクスが飛び出ようとしてくる。だが俺はそれを制止した。


「大した傷じゃねえ気にするな! 俺に任せておけ!」


 心配するエクスをよそに、俺は再度魔剣へと斬りかかる。

 近接戦に持ち込めれば、腕力のあるこちらに軍配は上がるだろう。

 そこからゴリ押しで攻め入れば、奴にダメージを与えられるかもしれない。


「……力技ってのがあまり得策とは言えねえけど、こいつ相手ならいけるかもしれねえなっ!」


 連続して振り抜いた聖剣が、魔剣を圧倒する。

 このまま力で押し込めば、これ以上の苦戦を強いられず勝てるかもしれない。

 防御は気にせず、ここは攻撃主体に踏み込んでゆくべきだ。


 息つく間もないほどの猛攻を仕掛ける俺に、魔剣が焦りの色を浮かべた。

 仕留めるならここだ。

 このチャンスを逃す手はない。


「これで、どうだあああああああっ!」


 力を込めた一撃を繰り出すべく、聖剣を頭上まで振り上げる。

 力み過ぎて振り降ろすタイミングが少し遅れるかもしれないが、この間合いならいける……はずだった。


「……あああ、はっ?」

 聖剣を振り下ろそうとした瞬間、脇腹に激痛が走り動けなくなった。

 奴の唸り声と共に、鼓膜へと伝わってくるのは骨が軋むような音。

 その音が強さを増した時、喉の奥から鉄さびのような苦みあるものを吐いた。


「が、はあっ……血、か?」


 痛みの根源がなにかを知るまでに、そう時間はかからなかった。

 油断をしていたのは俺の方だった。

 いま冷静に思えば、こいつはライオンの姿をしている。

 そうなると、当然のことながら噛みつくことだってできるのだ。

 その概念が、頭の中から完全に抜けていた。 

 それが、俺の敗因だった。


「ぐっ……ごほっ!」


 噛みつかれた部分から滴る血液が、地面を赤く染めてゆく。

 魔剣は聖剣を振り上げた俺の脇腹に、鋭い牙を深く突き立てていた。


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