第13話 サポートアビリティ

「……がっ……やっべ」


「ツルギくん!? このおおおおおおおおおおっ!」


 背後から聴こえた声に振り返ると、エクスが魔剣の放った刃の一本を握りしめ、こちらに駆けてきた。

 それに反応して魔剣が俺から口を離そうとしたが、その首に片手を回して抑え込んだ。


「へへっ……逃がすかよ、バカ野郎が……」


「よくもツルギくんを!」


 走り込んできたエクスが、魔剣の横腹に深く刃を突き立てる。

 その瞬間、奴は悲鳴のような声を上げて地面の上をのたうち回り悶絶していた。


「ハハッ……てめえの刃で、刺されて……ざまあねえな……ゴフッ!」


 暴れまわる魔剣を尻目に、俺は地面に聖剣突き立てると、そのまま寄りかかり吐血した。

 そんな俺にエクスは肩を貸すと、血が溢れ出す傷口に手を当ててくる。


「ツルギくん、今のうちに回復をしよう!」


「へへっ……悪りぃな、エクス。ちっとばかし、油断……げほっ!」


「それ以上喋らないで! すぐに回復してあげるから、傷口を押さえて顔を向けて!」


 傷口を庇うように俺が押さえると、エクスが躊躇いもなく顔を近づけてくる。

 ハッキリ言って、俺の口は血塗れだ。

 そんな俺の口にディープキスをするなんて、普通ならできることじゃない。

 しかし、エクスは躊躇う素振りも見せず、そのままキスをしてきた。


「……ンッ」


 重ねた唇がわずかに開かれ、彼女の熱い舌が俺の舌へ絡みつく。

 このときの柔らかなエクスの唇の感触がとても気持ち良くて、気付くと夢中になってキスをしていた。


「ハム……んぅっ……んちゅ」


 互いの唇の隙間から漏れる水っぽい音が、俺の興奮を掻き立てる。

 チラリと薄目で見たエクスは、その頬を紅潮させており、俺の身体に回した両手に力を込めていた。


「……んっ……ふぅっ」


 強く抱きしめると、折れてしまいそうなのほど華奢なのに、とても肉感のあるエクスの肢体が心地良い。

 その温もりと豊満な感触に、全身が癒やされるようで気持ち良かった。 


 数秒間に及ぶキスのおかげで傷口が回復してきたのか、脇腹の痛みが鈍ってゆく。

 そっと指先で傷口に触れてみると、既に塞がれているようだった。

 それを確認してエクスから唇を離すと、互いの唇の間に赤い糸が煌めいた。


「あ、ありがとうエクス……。俺はもう大丈夫だ」


「う、うん……。ツルギくんの回復が間に合って良かったよ!」


「それにしても、お前のキスってなんかこう…、絡みついてくるというか、すごいよな?」


「な、なにバカなこと言っているのさ! それより、さっさと魔剣を倒してきなさい!」


「へいへい、それじゃあ行ってきますよ〜」


 照れくささを誤魔化すように、真っ赤な顔でエクスが両手を振り上げてくる。

 その姿を見て俺は微笑むと、地面に突き立てた聖剣を握り締め、再び立ち上がった。


 さきほどまで、地面の上でのたうち回っていた魔剣が自分の脇腹を舐めていた。

 その足元には、血のついた黒い刃が転がっており、いつの間にか抜けたらしい。

 奴は鋭い眼光をこちらに向けると、俺を睥睨して低い唸り声を漏らした。


「……単純に近接戦闘へ持ち込むと、噛みつき攻撃を仕掛けてくる。かといって、奴から離れると、遠距離攻撃が飛んでくる……。せめて、なにか盾になるような物でもあればもっと安全に接近できるんだが……!?」


 と、俺の脳裏に、いつかのエクスの言葉が蘇った。

 そういえば、聖剣のサポートアビリティの中に、『シールド』があるとか……。


「なぁ、エクス! ちょっといいか?」


「え? なに?」


「確か、前にお前が話していた例のサポートアビリティに『シールド』があるとか話していたよな? それって、お前のおっぱいをもう一回揉んだら解除されるとかそういうオチはないのか?」


「そ、そんなわけないでしょ!?」


 至極真面目に質問したつもりなのだが、エクスが自分の胸を隠して俺の顔を睨み怒鳴ってくる。


「そ、そんな方法でサポートアビリティを解除できるわけないじゃん! バカなの!?」


「そうなのか? 俺はてっきり、オ○二ーして聖剣を取り出すくらいだから、サポートアビリティの解除方法もそういう卑猥なことが絡んでいると思ったんだけどな?」


「そんなわけないじゃん! そんなのツルギくんが私の胸を触りたいだけでしょ!?」


「え? それもそうだけど……って、やべえ!? 逃げるぞエクス!」


「ふぇ? ちょっ、ひゃあ!?」


 頭のアホ毛を揺らして怒るエクスを見ていると、魔剣が大量の刃を放ってきた。

 その凶刃から逃れるために慌ててエクスを抱えると、俺たち二人は再び売店の裏へ逃げ込んだ。


「クソッ! また振り出しに戻っちまったな……」


「とりあえず、あの攻撃が厄介だよね? なにか手はないかなぁ?」


「やっぱり、ここはお前のおっぱいをもう一度揉んで……」


「まだ言うか!? そんなことで解除できたら苦労なんてしないでしょ、このこの!」


「痛え痛え! そんなに怒るなって!?」


「怒るに決まっているじゃな――ひゃあっ!?」


 ポカポカと人の頭を叩いてきたエクスが、地面に生えた苔で足を滑らせた。

 その拍子で地面に押し倒された俺は、偶然にもエクスの耳をかぷりと甘噛みしてしまった。


「ひゃうっ! つ、ツルギくん……そこは……ダメ……」


「えっ? あ、悪りい。今のはわざとじゃないんだ許してくれ」


「私は耳が弱いから、こういうときに変なことしないでよ……」


「す、すまん! でも、気持ち良かったんだろ? アホ毛が直立しているぞ?」


「ぜ、全然そんなことないモン! ツルギくんのバカ!」


 こちらに背を向けてプンスカ怒るエクスがなんか可愛い。

 どうやら彼女は耳が弱いらしい。

 次に聖剣を召喚するときは、耳を舐めてみよう。

 そんなことを考えつつ、俺が頬を掻いていると、俺たちのホーリーグレイが急激に輝きを強めた。

 そして……。


『精霊ノエクスタシーヲ確認。サポートアビリティヲ解放』


「え?」


「え?」


 突然聞こえてきた合成音に視線を移すと、それは聖剣の鞘から発せられたものだった。


「なぁ、エクス? いま、聖剣の鞘がサポートをどうとかって……」


「というか、絶対サポートアビリティを解放とかって言っていたよね? そう聴こえたよね!?」


「お、おう?」


「早速試してみようよ! コホンッ。聖剣、シールドモードを解放!」


『了解。シールドモード【プリドゥエン】解放』


 緊張した面持ちでエクスがそう言うと、聖剣の鞘がその形状を変化させ始める。

 すると、鞘の前方部分に装着された装甲がごとりと地面に落下した直後、その装甲が見る間に形を変化させ、白銀の盾となった。


「やだなにこれ、トラン○フォーマーみたいでカッコイイじゃん!」


「古代兵器とは聞いていたけれど、こんな機能だったなんて……なんかすごいね!」


 盾に変形した装甲に俺たちが興奮していると、再び鞘から合成音が飛んでくる。


『シールドモード【プリドゥエン】、セイバーへ着装』


 鞘がそう告げた直後、地面に転がっていた盾がその場で宙に浮かぶ。

 すると、そのまま俺の左腕へ吸い付くように固定された。


「おおっ!? エクス、お前の聖剣って、マジですごいじゃねえか!」


「へっへーん! そうでしょ、スゴイでしょ〜?」


 両手を腰に当てながらエクスがドヤ顔を決めてくる。

 だがその直後、売店の裏へ回り込んできた魔剣が俺たちに無数の刃を放ってきた。


「エクス、伏せろ!」


「ひゃあっ!?」


 エクスの前に踊りだし、俺は左手に装着された白銀の盾を前方に構えて刃を防いだ。

 そのとき、放った刃を全て無力化されたことに腹を立てたのか、魔剣が苛立った様子で咆哮を上げてきた。


 この盾さえあれば、奴の遠距離攻撃も恐れることはない。もはや突進あるのみだ!


 白銀の盾を前方に構えたまま、俺は魔剣に向かって一直線に走り込む。

 魔剣との距離が十分に詰まったところで聖剣を振り抜くと、そのまま連続して攻撃を仕掛けた。 

 その際に、奴が噛みつこうとしてきたが、左手の盾で口元を殴りつけ、何本か牙をへし折った。

 大きく裂けた口から血を撒き散らして、魔剣が大きくよろめく。

 決着をつけるならここだろう。

 俺は奴の急所となる部分に、突きを放った。


「これで……終わりだあああああああっ!」


 魔剣の急所を目掛けて、真っ直ぐ伸ばした聖剣の先端がその身体を貫く。

 その瞬間、魔剣が雄叫びを上げて天を仰ぐと、そのまま地面に倒れ込み沈黙した。


「ハァ、ハァ……やった、のか?」


 地面に倒れた魔剣は、口から血を流してピクリとも動こうとしない。

 どうやら、今の一突きで確実に急所を貫いたようだ。


 魔剣の血で濡れた聖剣に血振りをくれると、死体に目を向ける。

 すると、奴の尻尾部分に密集していた黒い刃が砕け散り、その場に黒い砂山が築かれた。

 その様子を見て俺は安堵すると、力が抜けたように地面へ座り込んだ。


「ふぃ~っ、今回も危なかった~」


 今回の魔剣は遠距離攻撃を駆使して公園内の照明を破壊すなど、巧妙な戦い方をしてきた。

 それは、こちらの戦況を不利にしようとする知恵があるからこそできたことだろう。

 偶然にも、聖剣の能力を解放できて勝利することができたが、この能力を解放できていなければ、俺たちは殺されていたかもしれない。

 そう思うと、この先の戦いにおいて、どうしても不安を抱いてしまう。


「奴らは侮れねえな……。他のサポートアビリティも、この先で必要になるだろうな……」


「ツルギくーん!」


「んっ? エクス、って――ぬはあっ!?」


 元気な呼び声に俺が振り向くや否や、満面の笑みを浮かべたエクスがいきなり飛びついてきた。

 エクスは俺の胸元に顔を埋めると、甘える猫のように頬擦りをしてくる。


「ツルギくん! 私たち今日までに魔剣を二体も倒したんだよ!? しかも、聖剣のサポートアビリティを一つ解放できたなんて絶好調だよね!」


 蒼い瞳をキラキラと輝かせ、興奮した口調で捲し立てるエクスに俺は溜息を吐くと、首を横に振った。


「解放できたとは言っても偶然だろ。まぁ、今回もなんとか勝てたけど、この先の戦いを考えると、残りのサポートアビリティを解放する方法について調べる必要性があるよな……」


「確かにね。正直、どうやってサポートアビリティを解放できたのかいまいちわからなかったし、近いうちにアヴァロンと連絡を取って調べる必要があるね……。ところで、ツルギくん」


「ん? なんだ?」


 俺が視線を戻すと、エクスがググッと顔を近づけてきた。


「さっき、また怪我をしていたよね? 大丈夫?」


「えっ? あぁ~、こんなの掠り傷だよ。大したことねえさ」


「その……や、やせ我慢はよくないよ? だから!」


「え?」


「か、回復してあげるから……キス、しよっか?」


「……エクスぅ!?」


 エクスからの予期せぬお誘いに、俺の心臓が鼓動を早めた。

 ……なになに急にどうしちゃったのエクスたん!? なんか今日は大胆よね!


「ツルギくんの体調を管理するのもパートナーである私の仕事だから、その……ちゃ、ちゃんと気にしないといけないからね!」


「そうなのか? それじゃあ、お願いしてもいいか?」


 俺がそう言うと、エクスが頷いて瞳を閉じる。

 そのキス顔に興奮しながら、俺も唇を窄めると、ゆっくりと彼女の唇に近づいた。

 あわよくば、このまま押し倒して次のステップへシフトできるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱きながら、エクスからのチューを待っていたのだが、どうにもキスに至らない。

 それを怪訝に思い、薄目で確認してみると……エクスが寝息を立てて眠っていた。


「なんだよ〜……でもまあ、いいか。ホント、こいつの寝顔は可愛いな」


 その後、眠りについたエクスを俺が背負った直後、《ミラー》が崩壊して元の場所に戻った。


「うげっ!? マジかよ……」


 そこで中に散らばった衣類と紙袋の残骸を見て俺は深くため息を吐くと、ボロボロの紙袋に衣類などを詰め込んで家路についた。

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