第14話 アタシ、まだ諦めるつもりないし!
魔剣との戦闘から一夜開けた早朝。
昨日の戦いで疲れが残るも、俺は自主トレーニングをしていた。
しかし、いつも通りのメニューをこなそうにも、気が付くと、その手を止めて俯いていた。
「……はぁ〜っ」
なにをしていても胸の中の蟠りが拭えない。
その原因は、やはりカナデのことだろう。
「……なんでこう、身体中が重てぇんだろうな」
両手に握った木刀でさえも、妙に重たく感じる。
それは単純に、この気持ちのせいなのだろう……。
「……なんつーか、誰か俺のやる気スイッチを押してくれねえかな〜?」
「ツルギくん」
何度目かの溜息を吐いていると、道場の入り口からエクスが顔を覗かせていた。
それに気付いて振り返ると、俺は壁に掛けておいたフェイスタオルを取り、道場の入り口へと向かう。
「もう起きていたのか? ちょっと待っていてくれ。すぐに朝食の用意をするからさ?」
「……ううん、私が作るからいいよ。それより、ツルギくん。学校に行くんでしょ?」
そう言って、エクスは道場の壁に寄りかかると、視線を落として自身のつま先を見つめていた。
多分、コイツも昨日のことを気にしているのだろう。
頭のアホ毛がシュンとしている。
「まあ、勉強が学生の本業だからな。ぶっちゃけ、行く気がしねえけど、行かなきゃならねえよな……」
首から下げたタオルで額の汗を拭いながら、気怠くエクスに言葉を返す。
本当は学校に行く、というか、カナデに会うのが気不味いだけのことだ。
でも、これでもしカナデが登校していて、逆に俺が休んでいたら、あいつはきっと昨日のことを気にするだろう。
それだと、男として情けないというか、なんだか嫌なことから逃げているような気がして、釈な話だ。
だが、このままなにもしなければ、なんの解決にもならないことも理解している。
でも、それはわかっているけれど、いざ面としてカナデに会うとなると、色々モヤっとして、上手く言葉にできないのだろう。
「……それはわかっているんだけどな」
「ねぇ、ツルギくん。昨日の女の子……カナデさんだっけ? もし、学校で彼女に会う事があったらその……」
「お前も謝りたいんだろ?」
「……うん」
バツの悪い顔をしてエクスは頷くと、その場でしゃがみ込み自身の膝を抱えた。
きっと、ファーストフード店内で言ったあの台詞を引きずっているのだろう。
「……あの時さ、どうしてもっと上手く説得できなかったのかなって、ずっと後悔していたんだ。もっと他に言い方があったハズなのに、なんでだろうって……」
抱えた膝に顔を埋めると、エクスが深いため息を吐く。
その姿を見ていると、彼女が俺なんかよりもずっと思い悩んでいたのだと理解できた。
「もう気にするなよ。あれは完全に俺の責任だ。お前は正直に話そうとした。でも、それを誤魔化そうとしたからカナデはキレたんだ。だから、お前に責任なんてねえよ」
「で、でもさ!」
「……エクス、そうやって自分を追い詰めるな。これは俺の冒した失態だ。その責任を取るべきは俺自身にある。お前が背負う必要はねえ」
「それって、なんか……違うよ」
俺の言葉にエクスは不機嫌そうに頬を膨らませると、ふんすと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
俺としては、この件に関して、必要以上に負い目を感じているエクスが心配だった。
コイツは責任感が強い。
なにより、彼女には人類のために魔剣と戦わなければいけないという使命がある。
そんな大役を担うエクスに、パートナーである俺がこれ以上の負担をかけるなんてあり得ない。
これは、俺がひとりで解決すべき案件なのだ。
「あとは俺に任せてくれ……。アイツには、その内ちゃん説明しておくつもりだ」
「……そうじゃないんだけどなぁ」
「なにがだ?」
「私はさ、ツルギくんのパートナーなんだよ? それなら、そのパートナーが困っているのを手助けしようとするのが……ううん。やっぱり、なんでもないや……」
エクスはそう言いけて足元に視線を落すと、短く溜息を吐く。
なんというかその態度に、俺は少なからずもどかしさを覚えた。
「なんだよ? 言いたいことがあるならハッキリ言ってくれよ」
「ううん。今の私とツルギくんの関係じゃ、そういうのって、あまり突き詰めない方がいいのかもしれないから……」
どうにも煮えきらないエクスの言動に、俺の胸中が余計にモヤモヤする。
なんだ? コイツはなにを言いたいんだ?
それとも、今の俺になにを話しても無駄だと言いたいのか?
そう思うと、色々と気になって、無性に苛ついてくる……。
「……」
「……」
気まずい沈黙が俺たちの間に流れた。
俺もエクスも、黙って俯いたままだ。
「ふぅ〜……」
深呼吸をして荒んだ気持ちを鎮める。
ここで腹を立てるのは俺の間違いだ。
エクスの態度に苛ついたところで、この事態が快方に向うわけではない。
それに、これはただの八つ当たりにしか過ぎない。それをわかっているハズだ……。
「……七時半過ぎ、か」
壁にかけた時計に視線を移してみると、カナデが迎えに来る時間はとうに過ぎていた。
やはりカナデは来ない。
これが答えであり、受け入れるべき現実なのだろう。
「……やっぱ、来ねえよな」
「……そうだね」
「なぁ、エクス?」
「なに?」
「お前はやっぱり……俺となんかじゃ」
「え?」
と、その真意を聞き出そうとした刹那、玄関のインターフォンが鳴った。
その音に俺たちが目を瞬かせていると、今度は玄関を直接叩くような音がする。
「ツルギくん、今のって……」
「まさか、アイツ……」
両手に持つ木刀を床に投げ捨てると、慌てて玄関に向かってみる。
すると、そこには……。
「お、おはよ……」
制服に身を包んだカナデが、少し気まずそうな面持ちで立っていた。
「か、カナデ……?」
「な、なにその顔? そんな、ビックリしたような顔して意味わかんないし……」
カナデは自身の前髪を指先で弄びながら、俺の顔をチラチラと見てくる。
でも、その光景が俺にとってはとても喜ばしいことであり、思わず泣きそうになった。
「な、なんでそんなに驚いてるし? あ、アタシが迎えに来たら迷惑なの!」
「いや、てっきりもう来ないと思っていたからなんか驚いてさ……」
「あ、アタシがあんな事くらいで絶交するとかあり得ないっしょ! そ、そもそも……つーくんが、誰と付き合っていようとアタシには関係な……くもないけど、別に平気だし! フンッ!」
プイと顔を逸らしたカナデに、安堵して頬が緩んだ。
あれだけのことがあったのに、こいつは俺との交友関係を断絶しようとはしなかった。
それが本当に嬉しくて、目頭に熱いものが込み上げてきた。
「は、ははっ……そっか!」
「なんかつーくん、目が赤くない? 泣いてんの?」
「ばっか野郎……。んなわけねえだろ! これは、昨日から夜通しエロ動画を見ていて目が疲れているだけだ」
「クズ過ぎるっしょそれ!? あんな喧嘩したのに、エッチな動画観て気分転換してたとか最低だし!」
カナデは眉根を寄せると、俺の胸元に人差し指を突き立ててくる。
でも、その態度がいつものカナデだと思って安心した。
「仕方ねえだろ。俺にはそれしかねえんだからさ?」
「つーか! つーくん、マジでスケベ過ぎだし! 昨日会ったあの白人の女の子とも出会い系で知り合ったとかホント最低過ぎ! ……そんなに彼女とか欲しいなら、もっと近くにいるじゃん……」
「あ? なんだって?」
「な、なんでもないし! それより、そろそろ学校に行こうって……えっ!?」
そう言ったカナデの視線が廊下の奥を見て停止する。
その様子に訝り、俺も後ろを振り返ってみると……薄暗い廊下の曲がり角から金色のアホ毛が伸びていた。
「う、ウソ……つーくん、あの子と同棲してるの!?」
「え? あぁ。そうだけど」
「即答!? てか……な、なななんでぇ!」
顔を真っ赤にして狼狽するカナデに俺は頬を掻くと、廊下の角に隠れていたエクスを呼んだ。
「おーい、エクス! 隠れてないでこっちに来いよ」
俺が呼びかけると、エクスのアホ毛が一瞬だけビクリとしたが、そのままヘロヘロと科だれて風にそよいでいた。
「カナデ、昨日は誤魔化しちまってすまなかった。実を言うと、俺たちが同棲しているのにはちょっとした事情があるんだ」
「じ、事情って、なんだしそれ!? ていうか、マジであの子と付き合ってんの!」
「いや、別に付き合っているわけじゃねえんだよこれが。えーっと、なんつーか……その辺の事情には色々と複雑な理由があって……」
「それは私の口から説明するよ!」
と、曖昧模糊な言葉で濁している俺に代わり、エクスがようやく姿を見せた。
「急にゴメンねカナデさん。私がツルギくんの家に居候させてもらっているのには、理由があるの」
ツカツカと廊下の奥から歩いてくると、エクスがカナデの両手をギュッと握る。
「……私ね、色々な諸事情があって住むところがなかったの。それでね、そんな路頭に迷っていた私を悪い人からツルギくんが助けてくれたの!」
「つ、つーくんが?」
真剣な瞳でエクスに見つめられ、カナデが目を瞬かせる。
一体、エクスがこれからどうやってカナデに同棲の理由を説明するのか、俺にもわからなかった。
「私ね。怖い人にずっと追われていて困っていたの……」
「ま、マジ?」
「そう。それで、その怖い人にとうとう捕まってしまって、もうダメだと思っていたところにツルギくんが現れて、私を助けてくれたんだよね」
なるほど、そうきたか。
エクスの言う悪い人とは、おそらく魔剣の精霊のことだろう。
その事実を上手く利用して、カナデを説得するつもりか。
「それでさっきも話したけれど、私には身を寄せる場所がなくって……そこで彼に無理を言って、ここに住まわせてもらったの!」
「そ、それってマジ? あのつーくんが人助けなんて……信じらんないんだけど!?」
驚いたように目を剥くカナデに、エクスが小首を傾げる。
「え? それはどうして?」
「だって、この人……アタシが先輩たちにナンパされて困っていたのに素通りしようとしたかんね!」
「……ウソ、でしょ?」
カナデの発言に、エクスが半眼で俺を見てくる。
その話をされると俺に勝ち目はないので、口を挟むことにした。
「おい、カナデ。話の腰を折るな。それに、その話を補足すると、俺はちゃんとお前を助けてやっただろうが?」
「確かに助けてもらったけど、そのあとにつーくんったら、『助けてやったんだから、お前のおっぱいを触らせろ』とか、アタシに言ってきたんだよ! マジで最低だと思わない?」
「うん。それは最低だね……」
あっれ〜? なんかおかしいぞ〜?
いつの間にか、俺のディスり大会になってるんですけど〜?
「それでね、アタシが嫌って言ったらぁ〜……『じゃあ、パンツを見せてくれるだけでいいからお願いします!』とか、いきなり土下座してきて〜」
「ちょっと、ツルギくん! それって、本当の話なの!?」
「……ば、バカを言え。全部カナデの作り話だ」
……ごめん、エクス。
それ、全部事実です。
酷く狼狽する俺にカナデは舌を出すと、悪そうな笑みを浮かべてきた。
明かされたくない過去の黒歴史を次々と暴露するとか、悪魔かこの女は?
あれ? やめてよエクスぅ〜。
そんなゴミを見るような目で俺を見ないで!?
「お、おい、カナデ? そろそろそういう冗談は終わりにして学校に行かないか?」
「え? なんで? まだいいじゃん!」
「なんにも良くねえよそれ!? それ以上その話を続けるなら、俺はもう高校辞めてニートになる!」
割と真面目に俺がそう言うと、カナデは満足したように微笑んでエクスの顔を見た。
「とりまさ、エクスちゃんの事情は理解したげるよ。だから、もうそれ以上アタシはなにも訊かないよ」
「え? いいの?」
予想外なカナデの反応に、俺とエクスは呆然とした。
すると、カナデがくすりと笑う。
「要するに、エクスちゃんはつーくんに助けてもらったわけでしょ? そんで、なんか色々と困る事があって一時的に泊めさせてもらってる……ってことで、いいんでしょ?」
「ま、まぁ……そ、そりゃそうだけど」
「だから、これ以上はなにも聞かないし。それに――」
と、言ってカナデはエクスの顔をびしりと指差すと、挑戦的な笑み浮かべた。
「アタシ、まだ諦めるつもりないし!」
「は? なにがだよ?」
「さあねー? なんだろうね〜? ちなみ、エクスちゃんはわかっているよね?」
にししと笑うカナデに、最初はエクスもキョトンとしていたのだが、なにかを察したようにポンと手を打つと微笑んだ。
「なるほどね。望むところだよ!」
「おい、それってどういうことなんだ?」
二人のやり取りを見て首を捻る俺に、二人は一本指を立てると、
「内緒!」
と、口にして、唇に指先を当てながらウィンクをしてきた。
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