第15話 先生?
午前の授業を終えて昼休みを迎える頃、俺とカナデは校内の食堂にて昼食をとっていた。
昼食時ともなれば我が校の食堂は教職員と生徒たちで賑わい、その話声はもはや騒音にも匹敵する。
そんな喧騒の中で、俺とカナデは外の景色が一望できる窓側の席に腰を降ろしていた。
「フンフフ~ン、フンフ~ン……んー、美味しい!」
手にしたフォークを口元に運んで、カナデが満足そうにスイーツを堪能している。
これは、謝罪と口止め料の意味も込めて俺が贈った物だった。
こんな甘味で許してくれるのなら、本当に安いものだ。
なんなら、俺の身体で払ってもいいと伝えたら、割と真剣な表情で「無理」と、言われて地味にショックだった。
「なんつーか……お前って、甘いもの食っている時は、ホントに幸せそうな顔するよな〜?」
「それはそうっしょ! 女子でスイーツ嫌いとか言う子なんてみたことないし。ハムッ……んー!」
嬉しそうにスイーツを頬張り、テンション超超超ギガMAXなカナデを見つめて、俺は頬杖をつきながら微笑む。
女子は甘いものが好きという都市伝説は、どうやら本当らしい。
うちのエクスも、よく風呂上りに牛乳プリンを美味しそうに食べていた事を思い出す。
「くわーっ! スイーツとかマジ最高だし! これなしでアタシの人生は語れないっしょ?」
「別に語らんでいいけど、そんな甘いものばかり食っているとそのうち太るぞ?」
釘を刺すように俺がそう言うと、カナデが「うげっ」と、呻いた。
「そ、そんなことないモン! アタシは部活で運動しているから、絶対に太らないし!」
「そういうこと言う奴はあとで太るんだよ。それより、部活の試合来週だっけか?」
事も無げに俺がそう訊くと、カナデが口の周りについた生クリームを舌先で舐めて首肯する。
カナデは中学時代からテニスを続けてきただけあり、その腕前は県大会で優勝するほどの実力を保有しているという。
去年に行われた試合を一度だけ観戦しに行ったことがあるのだが、コートに立つカナデの姿はまさに別人。
現在、俺の目の前でスイーツを食べながら「ほえっ?」と、アホっぽく小首を傾げている当人とは思えないほど凄まじい強さだった。
「そういえばさ、今年も大きな大会があって、今度の日曜にそれの予選があるんだよね。ほら、前に試合やったところ覚えている? 確か、アンティーク調の街頭があって、動物の植木が沢山あった公園の傍の」
「覚えとらんわそんなもん」
「即答!? てか、つーくん……今年も応援に来れる?」
フォークを口に咥えて上目遣いをしてくるカナデに、俺は腕組みをすると天を仰いだ。
「今のところ予定はねえから、行けたなら見に行くよ。エクスと二人――」
「むぅーっ!」
「……でなく、俺一人で」
眉を顰めて俺を睨みつけてくるカナデからそっと目を逸らす。
エクスと俺は、いつ現れるかもわからない魔剣に備えて共に行動する必要がある。
とはいえ、その事情を知らないカナデには口が裂けても言えないことなのだが……。
「ひとつ言っておくけど、これからアタシと二人でいる時はエクスちゃんの話とかマジ禁止だかんね?」
「そうですかそうですか。気を付けますー」
「そういえばさ、この前の日曜日、つーくんたちそのまま帰ったの?」
唐突に話題を変えてきたカナデに俺は一瞬だけ視線を泳がすと、平静を装いながら手元のお茶を口に運んだ。
「あ、あぁ……。そのまま帰ったよ。でもなんでそんなことを訊くんだ?」
「実はさ、あのあとアタシ二人に謝ろうとして戻ったんだけど、そんときなんか二人がライオンみたいな黒い影に追いかけられているような姿を見かけたんだけど気のせい?」
「ぶふうっ!?」
まさかの発言に思わず口に含んだお茶を噴き出した。
あの現場を見られていた? いやいや、それは流石に笑えない!?
胡乱な目でこちらを見てくるカナデに俺は咳払いをすると、全力で首を横に振り否定した。
「な、なんだよそれ? お前の見間違いなんじゃねえの? そもそも、ライオンが街中にいるわけねえだろ!」
「そうかな~? でもさ、その後を追いかけてアタシが角を曲がったら、二人ともいなくなっていてさ……なんかテレポートでもしたのかと思って驚いたけど、やっぱ気のせいだったのかなぁ~?」
あはは~と笑いながら後頭部を掻いているカナデを前に、俺の心臓が早鐘を打っていた。
……ヤバイ。多分、エクスが《ミラー》を展開したから、カナデは俺たちの姿を見失ったのだろう。
まさか、カナデの奴が俺たちのすぐ近くにいただなんて本当に恐ろしいことだ。
偶然とはいえ、あのときの戦闘にカナデが巻き込まれていたらと思うとゾッとする。
俺は友人であるカナデを魔剣との戦いになんて、絶対に巻き込みたくない。
今後はもっと慎重に行動した方が良いだろうと反省した。
「どうしたのつーくん? なんか汗とかヤバいけど?」
「へっ? そ、そんなことねえよ……って、うはあっ!?」
あまりにも動揺していたせいか、俺は手元に置いたペットボトルを倒してしまい、自分のズボンへ盛大にぶちまけた。
すると、正面に座っていたカナデが即座に立ち上がり、慌てふためく俺に駆け寄ってくる。
「ちょ、つーくん大丈夫!?」
「あ、ああ……大丈夫だ。ていうか、冷てー!」
「いつものつーくんなら、サッと避けたりするのに今日はなんか反応が遅くない?」
「バカを言え。俺にだって、女子のアノ日みたいに調子の悪いときだってある」
「つーくんてさ、ホントそういうとこテレパシーないよね?」
「それを言うなら、デリカシーだろうが?」
「……し、知ってるし」
俺の的確な指摘にカナデは赤面すると、いそいそと自身の鞄からハンドタオルを取り出してきた。
「つーくん。ちょっといい?」
「え? おま、一体なにを……」
「なにって、拭いてあげるよ」
カナデは俺の前にしゃがみ込むと、手にしたハンドタオルで、ずぶ濡れになった俺のズボンを一生懸命に拭い始めた。
「ありゃー。これ、絶対パンツまで濡れているっしょ? ツイてないね〜」
「まぁ、アレだ。水も滴る良いパンツというやつだな。それより、あとは自分でやるからもういいって、ありがとう」
「遠慮とかしないでいいし。こんなぐしょぐしょに濡らしちゃって、気持ち悪いっしょ?」
そう言いながら、カナデが少し嬉しそうな顔でせっせと俺のズボンを拭う。
その光景がなんだか卑猥に見えてきてしまうのは、俺の煩悩による視覚効果のせいなのだろうか。
「あの、カナデ? もう本当に平気だから」
「ダ~メ。こんなに濡れちゃっているんだから、ちゃんと拭かなきゃダメっしょ?」
世話を焼くカナデになされるがまま、俺は天を仰いで溜息を吐いた。
カナデは本当に気の利く女の子だ。
以前にも、学校帰りでアイスをぶちまけたことがあったのだが、そのときもカナデが手持ちのハンドタオルで俺のシャツを拭いてくれたことがあったっけ。
なんというか、コイツは良い嫁さんになりそうだな……ん?
「ねぇ、アレってさ?」
「てか、こんだけ大勢の人がいる前でよくできるよねアレ……」
周囲の女子たちから聴こえてきたその囁きに、俺たち二人が白い目で見られていることに気付いた。
現在カナデは、椅子に腰かける俺の前にしゃがみ込み、股の間で両手をコキコキと動かしている。
その光景を客観的にイメージしてみると、俺の脳内で途轍もなく卑猥な行為に結びついた。
「ちょ、カナデ! もういいよ、充分だって!」
「えー。ここまでさせたんだから、最後までさせてよ~」
「おい、その言い方だと厭らしい誤解を招くからもうやめてくださいお願いします!?」
「ほえっ? なにが厭らしいの?」
……ダメね、この子。
保健体育の知識がまるで足りていないわ。
こうなったら、それがどういうプレイなのか教えてあげなくっちゃ!
「いいか、カナデ。そういうときはな? 俺の息子をこう掴んで……」
「なにをしているんだこの馬鹿者!」
「ぎゃふんっ!?」
ウブなカナデに大切なレクチャーをしようとしたら、とつぜん頭頂部に硬いものが落ちてきた。
びりびりと痛む頭を押さえながら振り返ってみると、俺の背後に村雨先生が眉根を寄せて立っていた。
しかも、ものすんごく怖い顔で。
「草薙。キミは白昼堂々となにをしているんだ?」
「ご、誤解ですよ村雨先生……。これは、俺がお茶をこぼして、それをカナデが拭ってくれていただけです」
「あ、村雨先生。お疲れ様でーす!」
頭頂部のたんこぶを摩りながら説明をする俺の後から、元気よくカナデが顔を出す。
その姿を見て村雨先生は目を細めると、腕組みをしながら低い声で言う。
「十束、キミはそこでなにをしていたんだ?」
「え? アタシはつーくんがお茶をこぼしたから、それを一生懸命拭っていました!」
「そう、なのか?」
ピシッと敬礼をして答えるカナデに、村雨先生は瞳をぱちくりとさせると、俺の足元に転がっていた空のペットボトルに視線を移す。
「……そういう事情があったのか。すまないな草薙。私の早とちりだ」
「早とちりはともかくとして、健全な男子高校生を絵にかいたような俺が、そんな如何わしいことを校内でするわけなじゃないですか?」
「そうは言えども、キミの言動には説得力がないから仕方のないことだ」
「えー」
「実を言うと、食堂にいた生徒たちから連絡を受けてな。お前と十束が、食堂で破廉恥な行為をしていると聞いて駆けつけてきたのだが……すまなかったな」
村雨先生はそう話すと、いつもの優しい顔に戻った。
その柔和な表情を見て、俺もホッと胸を撫で下ろすと、ちょっとだけモッコリとした股間を両手で隠した。
「ともかくこれからは、私も事態の把握をして気を付けるつもりだが、キミたち二人も誤解を招くような行為は避けるようにしてくれ。わかったかな?」
「勿論ですとも先生。この草薙ツルギ、天に誓って約束致します!」
「よくわかんないけど、アタシも気を付けます!」
「よろしい。では、私は職員室に戻るからキミたちは――」
と、言いながら村雨先生が俺の頭を撫でた次の瞬間、先生が驚いたようにその瞳を見開いてたたらを踏んだ。
「そ、そんな……」
「村雨先生? どうしたんすか?」
「く、草薙……どうしてキミが?」
「え? なんですか?」
「あ、いや……なんでもない! 気にしないでくれ。わ、私は授業があるから先に失礼する!」
そう言うなり、村雨先生はその場から逃げるように食堂から出て行った。
そんな先生の後ろ姿を見つめ、俺たち二人は互いに顔を見合わせると首を傾げた。
「村雨先生どうしちゃったのかね〜?」
「きっとアレだな。俺に男の色気を感じて、発情した自分を抑えるために……」
「つーくん。それはないから」
「……ね〜」
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