第87話 記憶なき少女
衝撃の展開から数分後。
俺はいまだにめっさ綺麗な白人の女の子(全裸)に、ベッドの上で迫られていた。
年齢は俺よりも少し上だろうか。
うなじの辺りで束ねられた艶のある金髪に少し長めの前髪。
その下から覗く長い睫毛とぱっちりした紫色の瞳は、どこか幻想的で見つめていると惹き込まれそうな魅力を秘めていると思う。
でも……。
「あのさ、ちゃんと責任は取ってくれるんだよね?」
……とか、リアルな責任追及をしてくる。
彼女は薄紅色の唇を笑ませると、蠱惑的な雰囲気を醸し出し、俺の鎖骨から腹筋にかけて細くて綺麗な指先を滑らせた。
その行為に俺の肩がピクンと跳ねる。
「あひゃぁっ!? いや、あの、あれは不可抗力というか事故みたいなもので!」
「ふーん、不可抗力なんだ。人の胸であんなことしたくせに?」
「……っ」
エクスと比べて少し小ぶりなその胸に彼女は両手をあてがうと、俺の顔を怨めしそうに見つめてくる。
その顔を見た直後、俺の額からブワッと冷や汗が噴き出した。
どうしよう……エクスに怒られちゃう。
正直、エクスだと思ってついついやらかしてしまったけど、浮気をしようとしたわけじゃないんだよ? これはあくまで不可抗力だからノーカンだよねそうだよね!?
そんな見苦しい言い訳を考えながら、何気なく彼女の身体を見た瞬間、俺は目を見張った。
「えっ……?」
俺の視線が女性らしい彼女のボディラインに惹きつけられる。
しかしそれは、性的な意味で惹きつけられたわけではない。
なぜなら、彼女の身体の至るところに痛々しい刀傷のような傷痕が幾つも刻まれていたからだ。
「これ……やっぱり気になるよね?」
「いや、キミは一体……」
「私ね、記憶がないんだ」
「記憶がない?」
「そう。自分が何者でなにをしていたのか、ぜ~んぶ思い出せないんだよね」
彼女は俯きがちにそう言って、自身の鎖骨から胸元にかけて深く刻まれた刀傷を指先でなぞると、自嘲気味に笑った。
「女の子なのにこんなに沢山の傷が身体中にあるとか引くでしょ? それに記憶もないとか、どうしたもんかね……」
「いや、そんなことはねえよ」
「え?」
俺がそう言うと、彼女は驚いたような表情で顔を上げた。
「だって、キミはめっさ美人だし、スタイルも良くておっぱ……いや、なんでもない。でも、そんな傷があったって十分魅力的な女の子だと思うよ」
お世辞とかじゃなく割と真面目にそう思ったからそのまま口にした。
すると、彼女がキョトンとした表情をして瞳を瞬かせると、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう。そういえば、キミも身体中が傷だらけだよね。危ない人なの?」
「いや、危ない人ってことはないんだけど、まあ、なんというか……怪我をよくする体質なんだよ」
「ふーん……そうなんだ」
俺の台詞に白人の彼女は疑念を抱いているようだが、流石に魔剣という化け物たちと戦っているなんて事実を一般人である彼女に説明するわけにはいかない。
とはいえ、その魔剣が俺の左腕に寄生しているわけだから、誤魔化しようがなくてマジで焦っていたりするんだけど、コイツが黙っていてくれればまだなんとか誤魔化しが効くと思うのだが……。
「よぉ、姉ちゃん。そんなことより、服ぐらい着たらどうだ? 風邪引くぜ?」
……とか、普通に会話を挟んでくるし。
これ誤魔化すとかもう無理だろ。
「しれっと会話に入ってくるんじゃねえよ。つーか、オメェはそういうとこを気にしてねえで、もっと自分が置かれているこの状況を気にしろよ!?」
「あ? でもよ、男と女がいつまでも素っ裸でいるのはマズくねえか?」
「確かにそれもマズいかもしれねえけど、お前がペラペラ喋っている方がよっぽどマズイわ!?」
「あのさ」
ダーインスレイブと俺が漫才のようなやり取りを繰り広げていると、白人の彼女(全裸)がグッと身体を寄せてきて、互いの鼻先がくっつきそうなほど顔を近づけてきた。
「キミの名前を教えてよ」
「な、名前?」
「そう、名前。お互いを呼び合うのに必要でしょ?」
白人の彼女は俺の鼻先を人差し指でつつくと、口元を笑ませた。
……ふむ、確かに。そこは彼女が言う通り、お互いの名前くらいは知っておいた方がいいかもしれないな。
それに、いつまでもキミと呼ぶのは失礼だし、ここは自己紹介をしておこう。
「えっと、俺の名は草薙ツルギだ」
「クサネギ……ツルギ? 変わった名前だね」
ものすんごく今更だけど実を言うと、俺はこの彼女と英語で会話をしている。
だから、俺の名前のイントネーションが彼女には難しいようで、そんな風に発音しているようだ。
「いや、クサネギじゃなくて、クサナギね?」
「う〜ん……クサ、ネギ?」
「うん。もうそれでいいや」
「いやいや、違うぜ姉ちゃん。クッセェネギだぞ!」
「オメェのは悪意しか感じねぇんだよ! 人のことを臭いネギみたいに呼ぶんじゃねえよコラッ!?」
「ちょ、待てよ相棒! そんなもん俺様の口に……あががっ!?」
俺がダーインスレイブの口に枕を無理やり突っ込んでいると、それを見ていた彼女がクスクスと笑う。
「キミって、面白いよね。一緒にいるとすごく楽しい」
「そ、そうかな?」
「うん。なんだか、好きになっちゃいそう」
……あぁ、そんな可愛い顔で微笑まないでくれ。俺の心がトキメイちゃうわん。
というか、できることなら早く服を着てほしい。だって、このままだと俺の下腹部にある聖剣が生殺しにされて可哀相だから。
そんな想いを込めた視線を彼女に送っていると、ダーインスレイブがケタケタと笑いながら言う。
「ケケケッ! よぉ、姉ちゃん? 残念だけど、こいつには女がいるぜ?」
「え? それって、彼女ってこと?」
「おうよ。確か、俺様が兄ちゃんと戦っている時、姉ちゃんに雰囲気が似た女を連れていたからな」
「戦っていた時ってどういうこと?」
「あー! いや、なんでもないよ気にしないでくれ!」
「まぁ、いいけど。でも、キミって彼女がいるんだ……」
ダーインスレイブの言葉に彼女は不機嫌そうに顔をしかめると、再び俺に顔を近づけてくる。
まぁ、俺には心に決めた生涯のメインヒロインであるエクスがいるから、隠すつもりもないけれど、逆にその情報を聞かされれば彼女も俺に対して幻滅するだろうし、色々と諦めて責任がどうとは言わなくなるだろう。
と、思っていたんだけど……。
「ま、関係ないよね」
「え?」
と、言ったそばからいきなり、俺に身体を密着させてきた。
しかも、テントを築いている俺の腰上にもっちりした形の良いお尻を乗せてきたものだからさぁ大変! これは、生き地獄だぞ!?
「あの、ちょっとそこには乗らないで欲しいんだけど!?」
「ソラス」
「え?」
「私の名前、ソラスっていうの。私もキミと同じで川岸で倒れていたらしくて、その時に認証タグみたいなネックレスを首にかけていたらしくてさ、そこに『ソラス』って、書いてあったんだって。だから、私の名前はソラスらしいの。それで今はこの家の主のエミリアおばさんのお家でお世話になっているんだよね」
「そ、そうだったのか」
「そ。理解してくれた?」
自らをソラスと名乗った彼女もどうやら俺と同じような境遇の持ち主だったらしく、川岸で倒れていたところをエミリアおばさんという女性に救われたらしい。
そんな過去の記憶を全て失ったソラスをエミリアおばさんという人は我が子のように可愛がり、現在に至るという話だ。
「だからね、私はキミにシンパシーを感じているんだ。こんな風にね?」
と、ソラスは屈託のない笑顔を俺に向けると、これでもかというほど肉感のある身体を押し付けてくる。
もし仮に、この子がエクスだったら、そのまま押し倒して欲望の限りを尽くしていただろうけれど、今の俺はジェントルマン草薙だ。
己が欲望に対して、血の涙を流すくらいの我慢をして耐えているのだ。
「そ、ソラスさん? そこを退いてくれないかな?」
「ダメ」
「なんで!?」
「ソラスって、呼んで」
少し不満そうな顔で頬を膨らませると、ソラスさんが俺のテントに乗せたお尻をグリグリと動かしてくる。
ダメ……このままだと、俺の中の優しい成分と卑猥な成分が色々と溢れてしまうわん。
「大丈夫かよ相棒。顔が血の色みてえに赤いぜ?」
「大丈夫なわけねえだろ。つーか、相棒ってなんだよ!? それより、ソラス! 頼むからそこを退いてくれ!」
「フフッ。いいよ」
ソラスが腰上から身を引いてくれたおかげで、俺の硬質化しきっていた聖剣がふにゃりと軟化した。
危なかった。もう少し遅かったら、俺の中の優しい成分が滲み出てしまうところだったぜ。
「えっと、ソラス。色々と聞きたいことがあるんだけど、とりあえず、俺の服はどこかな?」
「ネギの服はびしょ濡れだったから、外で乾かしてあるよ?」
「いや、ネギって……まぁ、いいや」
ソラスに言われて部屋の窓から外を見ると、俺の防護服が物干し竿に吊るされ風に靡いていた。
その風景を見て、俺がどうしてソラスの家にいるのかその経緯について尋ねようと考えていたら、ダーインスレイブが物知り顔でケタケタと笑いながら言う。
「ケケケッ! その疑問についてなら、俺様が答えてやるぜ相棒!」
「……いや、相棒って。いつからお前は俺の相棒になったんだよ?」
「ケケケッ! 細けぇことは気にすんなよ。それより、ちぃとばかし話が長くなるぜ……」
どこか楽しそうな口調のダーインスレイブに俺はやむなく頷くと、ここまでの経緯について詳しく聞くために耳を傾けることにした。
ちなみに、ダーインスレイブという名前は長くて呼び難いから、俺はコイツを『スレイブ』と呼ぶことにした。
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