第130話 ワガママなキス

 スレイブから得た情報で、俺は大切な宝物(エクスのパンツ)を守るためにカナデを連れてレストラン街を離れた。


「ちょ、つーくん! どったの急に?」


 俺に腕を引かれ、小走りをするカナデはどこか困惑した表情を浮かべている。

 そんなカナデを一瞥すると、俺は前を向いて足を急がせた。


「とくに気にするな。ただ俺は、お前とゲーセンで早くプリクラを撮りたいだけだ」


「そ、そうなんだ……えへへっ〜。そんなら別にいいけどさ?」


 頬を紅潮させ、前髪を指先でクルクル弄りながら照れるカナデに僅かながらの罪悪感を抱くも、俺はタスキがけにしたカバンの中で眠る宝物を守ることで頭の中が一杯だった。


 今これを失えば、次のチャンスはなかなか巡ってこない。

 今朝、洗濯物を干す時にこっそり盗んでバレていないと思ったのだが、エクスはやはり慧眼だ。完全に油断していたぜ!


 ショッピングモールを離れ、繁華街の方にある二階建てのゲーセン内に足を踏み入れると、俺は周囲を警戒しながら左手を耳に当て、小声でスレイブに話しかけた。


「スレイブ、エクスの動向は?」


「けっこう離れたからオーラを感じ取れねえけど、多分アイツらは今頃ショッピングモールの中にいるだろうな」


「そうか。よし!」


 どうやら上手くエクスとヒルドを巻くことに成功したらしい。

 とはいえ、俺の左腕は魔剣の精霊であるスレイブだから、そのオーラを感知してエクスが後を追ってくる可能性もある。

 ここは様子を見ながら、逐一スレイブに報告させよう。


「ねぇねぇ、つーくん! あのヌイグルミとかマジで可愛いから取って!」


 ツンツンと袖を引かれ振り返ると、カナデがUFOキャッチャーの筐体きょうたいを指差し、その瞳を幼い子供のように光らせていた。

 高校生にもなってヌイグルミが欲しいのかよと思いつつも、そういえばエクスもベッドの枕元にヌイグルミを飾っていたのを思い出して言うのをやめた。

 まぁ、ガラスケース越しにヌイグルミを見つめるカナデもなんだか可愛いし、ここはゲットしてやるとしよう。


「仕方ねぇな。俺が一発で取ってやるからありがたく思えよ?」


「てか、つーくんいつもそう言ってめっちゃお金使って取るじゃん?」


「黙らっしゃい。今日はなんだか一発で取れる気がするんだよ、黙って見ていろ」


 UFOキャッチャーの筐体に小銭を投入し、手元のレバーを操作して獲物を狙う。

 すると、隣にいたカナデが興奮した様子で俺の片腕に抱きついてきた。


「つーくん、もうちょい右だし!」


「え? そうか?」


「そうそう! そんで、もうちょこっと奥に動かして」


「こ、こっちか?」


「違う、違う! もっとこっちだし!」


 と、真剣に指示を出してくるカナデがこれでもかってくらいにたわわな胸を押し付けてくるから困ったものだ。

 それにしても生意気なおっぱいだ。

 エクスに継いでその大きさ、柔らかさ、弾力さを保有しているとはなかなかだ。

 つーか、これじゃあUFOキャッチャーよりも俺の片腕に押し付けられてるカナデのおっぱいに意識が集中しちまうよ〜。


「そう、そこ! んもぅ、早くぅ〜!」


「わあーってるよ……おりゃっ!」


 俺の操作するクレーンが、お目当てのヌイグルミを捕獲する。

 頭のデカイ二頭身キャラの首元にアームが食い込み、クレーンが上昇したその時、ガクッと揺れた振動でヌイグルミが元の位置に落下した。


「あちゃ〜、やっぱ無理か〜?」


「ほらぁ〜。つーくんてば、やっぱ一回で取れないじゃ〜ん?」


「うるせぇ。こうなったら、取れるまでやったらーい!」


 その後、俺は二千円ほど消費して果敢にUFOキャッチャーへ挑んだ。

 そんなガチモードになった俺の片腕にカナデは頬を寄せてくると、嬉しそうな顔でニッコリと笑った。


「えへへ〜っ、なんかいいねこういうの。こうやってるとさ、アタシたちって普通のカップルみたいっしょ?」


「傍から見ればそうかもな。とは言っても、俺たちは……」


「むぅー! そういうのナシ! 今のアタシたちはカップルなのー!」


 頬袋に餌を溜め込んだリスのように頬を膨らませるカナデに、俺は思わず噴き出した。

 なんというか、こうやってカナデと二人きりで遊ぶのは本当に久々だったから、俺としても楽しかったりする。


「悪かったよ。それより、ほれ?」


「はぇっ? いつの間に取ったの!?」


 カナデがUFOキャッチャーから視線を逸していた時、俺の操作するアームがヌイグルミを見事にゲットしていた。

 俺は景品取り出し口から妙にデカイオオカミのヌイグルミを取り出すと、それをカナデに手渡す。


「どうよ? ちゃんと約束は果たしたぜ」


「けっこうお金を使ってたけどでもまぁ、ありがとねつーくん! その、お礼にチューとか……」


「よし、次はあのUFOキャッチャーに挑戦すっか!」


「……またそうやって逃げるし」


 ジトっとした目を向けてくるカナデに肩を竦めると、俺は次の筐体に向かって歩いてゆく。

 カナデには悪いけれど、今キスとかされたら本当にヤバイような気がしている。

 こういう時は、しれっと受け流す方が良いだろう。


「ね、つーくん! そろそろプリ撮ろうよ?」


 幾つかのゲーム機で遊んでいた俺の腕を引くと、カナデが笑顔でプリクラマシンを指差す。

 美麗だのなんだのと色々なバリエーションがある内のひとつに俺とカナデと共に入ると、眩しいくらい真っ白な密室空間の中でカメラを前に二人で並んだ。


「んじゃ、早速撮るかんね。準備はいい?」


「あぁ。いつでもいいぞ」


「オッケー! じゃあ、始めるよ」


 液晶画面の下にあるコイン投入口に百円を数枚入れると、効果音が鳴り響き画面に俺たちの姿が映し出される。

 カナデは俺の腕を抱き寄せ密着してくると、液晶画面を見ながら前髪を手櫛で整えた。

 その様子を画面越しに見つめて俺が待機していると、愛らしい女の子の音声が聴こえてくる。


『それじゃあ撮影を始めるよ。準備はいい?』


「もち、オッケーっしょ!」


 液晶画面に表示されたOKボタンをカナデが付属のペンで元気よくタッチすると、正面にあるカメラが俺たち二人の上半身を映した。


『それじゃあ撮るよ〜……三、ニ、一!」


「ね、つーくん」


「ん? なん――」


 と、俺が横を向いた瞬間、カナデがいきなりキスをしてきた。

 その行動に仰天して俺が目を丸くしていると、正面のカメラからシャッター音が聞こえた。


『撮影ができたよ! この写真でオッケーかな?』


 液晶画面に表示された残り時間が徐々に減ってゆく。

 しかしその間も、カナデは俺の背中に両手を回して身体を密着させてくると、柔らかな唇を更に押し付けてきた。


『この写真でいいかな〜? もう一度撮り直すなら画面をタッチしてね!』


 プリクラの筐体から撮り直すか否かと、催促する声が聴こえてくるけれど、カナデはなにもしようとしない。

 それどころか、カナデは俺の口内に舌を入れてディープキスをしてきた。


「……んぅ……ちゅ」


 真っ白な密室空間の中で、俺たち二人の唇の隙間から漏れた水っぽい音が艶かしく響く。

 ……これはヤバイ。

 というか、カナデの柔らかな唇が気持ち良すぎて、どうかしてしまいそうだ。

 それでも俺はなんとか理性を働かせると、唇に吸い付くようなキスをしてくるカナデの身体を押し戻した。


「はぁ、はぁ……カナデ、ダメだって!」


「ダメ……もっと、させて――」


「んぅっ!?」


 唇を離した俺に上目遣いをしてくると、カナデが再び強引にキスをしてくる。

 この時、俺はカナデの両肩を掴んで押さえようとしたが、カナデが背中に回した細い両腕に力を込めてきた。


「か、カナデ、これ以上はダメだって!」


「ダメじゃないし……」


「え?」

 

「ダメとか言わないでよ!」


 カナデは俺の胸元に顔を埋めてくると、背中に回していた両腕の力を緩めて鼻を啜った。

 まさかコイツ……泣いてるのか?


「アタシはつーくんの事が好きって、何度も言ったじゃん? でも、どんなに好きでもアタシはエクスちゃんみたいに四六時中つーくんと一緒にいられない……だから、いつまで経ってもその距離を埋めることができなくて本当に辛くて嫌だってーの!」

 

「カナデ……」


 俺とエクスは同棲しているから、学校の外でも当たり前のように毎日一緒に過ごせている。

 でも、カナデは学校の外に出れば帰るべき自宅があり、俺とは離れ離れになっている。

 それがコイツの中で、どうしても埋めることのできない俺との距離として感じていたようだ。


「エクスちゃんはいつでもつーくんの傍にいられるのに、アタシはそうじゃない……。だから、こんな時しかアタシはつーくんと二人きりで過ごせないし、触れ合う事もできないし……ねぇ、つーくん。お願いだから、今だけはアタシのワガママを聞いてよ?」


 自分の思いを吐露するようにカナデはそう言うと、涙を浮かべた瞳で俺を見つめてくる。

 コイツは俺の事をエクスに負けないくらい好きだと真正面から告白してきた。

 そんなカナデを突き放すことができるのかと、問われればそれはウソになる。

 だからといって、俺が彼女の想いに応えるようなことをすれば、それはエクスに対する裏切り行為になるのではないのかとも思う。

 でも、このままカナデの素直な気持ちに応えないのもそれはそれで違う気がしている。

 ならば、どうするべきなのかと、俺は考えた――。


「……カナデ、お前の気持ちは俺だってよくわかってるつもりだ」


「グスッ……ホントに?」


「あぁ。だからもう泣くなって?」


 俺はカナデの華奢な身体を優しく抱きしめると、そっと頭を撫でた。

 今の俺がカナデにしてやれる事はこのくらいの事しかない。

 それ以上のことをしてしまえば、あとできっと後悔するんじゃないかと思っている。

 でも、俺に抱きつくカナデはどこか不満そうだった。


「……グスッ……ぶっちゃけ、こんなんじゃアタシは物足りないし。アタシはもっと、つーくんの中で大きな存在になりたいよ」


「カナデ……」


「アタシはつーくんにとって、二番目でもいいって言ったっしょ? でもさ、こんな時くらいは沢山甘えたいし、今までできなかった事をしたいよ……」


 か細い声で呟きながら抱きついてくるカナデに、俺は複雑な想いに駆られた。

 今回のデートに関して、俺はエクスからカナデの要望になるべく応えてあげて欲しいと頼まれていた。

 もしそれが、エクスなりにカナデを想う意味での頼みだとしたら、俺はカナデの願いを聞き入れてあげなければならない。

 例えばそれがキスだというのなら、それに応えてやれば済む話なのだが、果たしてエクスは許してくれるだろうか……。


「カナデ」


「ヒック……なに?」


「なんていうか、できる限りにはなるけどその……お前のワガママに応えてやるつもりではいるぞ?」


「ホントに?」


「あぁ、ホントだ。ただ……」


「グスッ……じゃあ」


 と、カナデは目元の涙を指先で拭って鼻を啜ると、そのまま瞳を閉じて形の良い桃色の唇を突き出してくる。

 ワガママって、キスをご所望かよ!?

 とは言っても、さっきから散々キスされていたし今更というか、少しくらいならいいのかな……?

 俺はキス顔をして待つカナデの両肩に手を置くと、その愛らしい唇に自らの唇を重ねようと顔を近づける。

 

(……ゴメン、エクス。許してくれ)


 撮影も終わり、プリクラマシンの外では俺たち二人の写真がシールとなって印刷されている頃だろう。

 そんな中で俺とカナデが真っ白な密室空間の中で抱き合い、まさにキスをしようとしていたその時、スレイブがどこか慌てた様子で声を上げてくる。


「す、すまねえ、ネギ坊! 俺様としたことが、エクスがすぐそこまで近づいて来てたことを――」


「……ツルギ、くん?」


「え?」


 突然真後ろから聴こえたその声に俺が慌てて振り返ると、暖簾のれんのような目隠し用のシートをめくり上げたエクスが、抱き合う俺とカナデの姿を呆然とした様子で見つめていた。

 しかもその手には、俺たちがキスをしている場面の写されたプリクラのシールが握られており、エクスはその表情を悲痛なものに変えると、踵を返してその場から走り去った。


「――待ってくれ、エクス!?」


 俺は逃げるように走り去ろうとするエクスの背中を夢中で追いかけた。

 


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