第176話 エリザベス
泰盛さんがスレイブからコピーした魔剣を覚醒させた。
その直後から放たれるなんとも言い難い嫌な雰囲気に俺は警戒色を強めていた。
俺とスレイブも知らない俺たちに秘められた能力……それを泰盛さんがまさに今、扱おうとしている。
それは一体どんな能力なのだろうか。
「やぁ、目覚めたかいイミテーター。僕の言葉が聞こえたなら返事をしてくれるかな?」
まるで、眠っている子供を優しく起こすような声音で問いかける泰盛さんに応えるかのように、スレイブに似た髑髏の双眸に真っ赤な光が宿った。
その光景を目の当たりにして俺が息を呑んでいると、ソイツはゆっくり口を開いた。
「……あらやだちょっとダーリン。そんなダサい名前でアタシのことを呼ばないでくれるかしら?」
「……っ」
「……っ」
泰盛さんのガントレットから聞こえてきたその声は、スレイブとは違った明らかに野太い男の声だった。
そして、なにが一番恐ろしいかといえば、その口調が完全にオネエだったことだ。
「ふむ。これは失礼をしてしまい申し訳なかったね。差し支えなければ、僕のパートナーであるキミの名前を改めて教えてもらえないかな?」
「ンフッ、いいわよ。アタシの名前は『エリザベス』。ダーリンなら愛称として、エリィと呼んでくれてかまわないわ」
どうやら、スレイブをコピーして覚醒した泰盛さんの魔剣はイミテーターではなく、『エリザベス』という名前らしい。
まさかというか、ここにいる誰しもが予測していなかった展開だろう。
「あー……スレイブをコピーして生まれた魔剣がオネエね……」
「そんでその名前がエリザベスだってさ……ぷっ、クククッ、あははははは!」
我慢の限界を迎えたのか、ティルヴィングが腹を抱えて爆笑する。
確かに、野太い男の声で口調が完全にオネエで、おまけに名前がエリザベスときたら笑ってしまってもおかしくはないだろう。
だが、俺は絶対に笑わない。
なぜなら、俺の相棒であるスレイブがものすんごく悲しい顔を浮かべているからだ。
「ちょっとそこのメス豚! アタシをバカにしているならアンタの末代まで祟るわよ!」
「誰がメス豚なのよん!? アンタこそアタシを侮辱するならこの場で叩き斬るわよん!」
「あー……まぁまぁ、落ち着いてよティル姉。仲間同士で争っても意味ねぇじゃんかー」
「……なぁ、ネギ坊」
「なんだスレイブ?」
「なんで俺様のコピーがオネエなんだよ……。これだとなんか俺様もオネエなんじゃねえかって思われちまうよな? 勝手に人をコピーしておいてオマケに笑いモンにされ、俺様の威厳とか全部台無しにされて……いくらなんでも酷くねえか!?」
「落ち着けスレイブ。人間と同じように魔剣であるお前たちにもそういう心と体の違和感的な問題ってものがあることを俺は知ったよ。だから、エリザベスを否定することはお前自身を否定することになるからダメだぜ?」
「なんで肯定的なんだよ相棒!? 言っとくけれど、俺様は違うからな!」
「あらやだ、そこいるのはアタシのお兄様かしら? 初めましてスレイブお兄様。アタシはアナタの可愛い妹エリザベスよ」
「なにが可愛い妹だこの野郎!? 俺様にそんなもんがいるわけねえだろうが!」
「まあそう照れるなよスレイブ。お前にそっくりな妹ができて良かったじゃないか? なんか知らんけど、いつの間にか頭にリボンとか付けちゃってるし、可愛い妹……ククッ、なんだろ?」
「さりげなく笑ってんじゃねぇぞネギ坊!? 魔剣であり、自律型AIの俺様にどう考えたって妹なんているわけねえだろうが!」
「あらやだ、随分と冷たくあしらうのねスレイブお兄様。アタシが乙女チックで可愛い妹だからって、照れ隠しのつもりでもそんな酷いことを言われたら流石に泣いちゃうわ。だって、アタシってば女の子だモン」
「知るかそんなモン!? いい加減にしねぇと、テメェを真っ二つにすんぞコラァッ!」
「エリィ、キミたち兄妹の邂逅に水を差して申し訳ないのだが、ちょっといいかな?」
「あらやだ、なにかしらダーリン?」
スレイブとその妹を名乗るエリザベスとのコントに、泰盛さんが頬を掻きながら困り顔で口を挟む。
「僕は今、時音を追いかけたくてね。でも、その為には彼らの存在がとても邪魔なんだ。できればキミの能力を使って僕に協力してもらえないかな?」
「あらやだ、アナタのパートナーであり、素敵なレディであるアタシの前で他の女の名前を出すなんてダーリンは随分とプレイボーイなのね?」
「あ、いや、時音というのは僕の娘なんだ。だから、僕はそういう人間ではないよ」
「あらやだ、これは失礼しちゃったわね。まあ正直、アタシとしてはもっとスレイブお兄様と兄妹の仲を深めたかったのだけれど、パートナーであるダーリンからの望みならば仕方ないわね。いいわ、アタシが力を貸してあげる。ん〜ちゅっ!」
「なぁ、スレイブ。お前の妹、かなりドギツイキャラをしてんな……」
「だから妹じゃねえって言ってんだろネギ坊!? オメェまで楽しんでんじゃねえ!」
「スレイブお兄様。アナタと折角出会えたというのに申し訳ないんだけれど、アタシのダーリンがアタシの力を欲しているの。ホント、女って生き物は愛する男の頼みに弱い存在よね……。だから、例え兄妹といえども戦わせてもらうわ!」
言うなり、エリザベスはその双眸を輝かせると左腕から徐々に泰盛さんの体を鎧化し始める。
だが、スレイブの妹を名乗るエリザベスは俺たちとそのあとが違った。
「さぁ、ダーリン。準備はいいかしら?」
「ふむ、ひとついいかなエリィ? これがキミの能力ということなのかい?」
「いいえ、それは違うわよダーリン。アタシの能力は……あらやだ、綺麗な蝶々」
エリザベスが話している途中、鎧化した泰盛さんの前を色鮮やかなアゲハチョウがフワフワと飛んで通過した。
乙女チックな女子だけに、その華麗な姿に見惚れて黙っていたのかと思われた次の瞬間、なにを思ったのかフワフワと飛んでいたアゲハチョウをエリザベスがカメレオンのような舌を伸ばしてくるりと巻き取り、そのまま口に含んだ。
「ハム、クッチャ、クッチャ、ゴクン! あらやだ、なかなか悪くないテイストだったわ」
「ねぇ、どこが乙女なの? ていうか、どこにアゲハチョウを喰らう乙女がいんの!?」
「ンフッ。勘違いしないでくれるかしらチェリーボーイ。今のはアタシの能力にとって、とても必要な行為なのよ?」
「虫食って必要な行為とか言われてもドン引きする以外ねえんだが!? ていうか、お前のパートナーである泰盛さんもドン引きしてるじゃねえか!」
「あらやだ、そうなのダーリン?」
「えっ? い、いや……なんというか、キミらしくて素敵なんじゃないかなエリィ」
「そうよね、ンフフッ。流石はアタシのスーパーダーリンだわ」
「あー……なんかもう見てられねえや。てか、ティル姉大丈夫?」
「……もう無理、ぷくくっ! 面白すぎてお腹痛いわよん」
俺だけでなく、自分の味方にまでも精神攻撃を仕掛けられるエリザベスの凄さは、今まで見てきた連中の中でもダントツ一位かもしれない。
というか、そんな事はさておき、蝶々を食った行為がエリザベスの能力に必要な行為とはどういうことなのだろうか?
「先に話しておくけれど、アタシの能力は『擬態』。その為には、アタシの中に直接その対象となるモノを取り込まなければならないの。そしてそれは、スレイブお兄様も一緒のこと」
「そうなのスレイブ?」
「あ〜、言われてみればそうかもな。俺様もネギ坊の片腕食って擬態してるしな」
「そういえば、そうだったな。てか、アレがお前の能力だったのかよ!?」
「さて、お喋りは後にしてくれるかしらチェリーボーイとお兄様。ダーリンのパンプが冷めちゃうわ」
「なんの話だよ! てか、泰盛さんがいつパンプアップしてたんだよ!?」
「おい、ネギ坊!? おっさんの姿を見てみろ!」
スレイブの素っ頓狂な声に視線を戻してみると、鎧化した泰盛の背中に先程のアゲハチョウのような羽が存在していた。
「ンフ、これがアタシの能力『メタモルフォーゼ』よ。さぁ、ダーリン。思う存分楽しんできちゃいなさい!」
「……ふむ、これは凄いな。体が羽のように軽く、それでいて内側から力が漲ってくる。実に素晴らしい能力だよ草薙くん」
「アレがエリザベスの能力であり、スレイブの能力なのかよ……。なんか凄えな」
「感心してる場合じゃねえぞネギ坊。野郎は俺様たちと違って全身を鎧化してやがる。油断してると殺されるぜ」
「あー……なんかおっさんの鎧ってば、俺っちのアーマーよりカッコイイじゃん。マジで萎えるわー」
「ちょっと、泰盛! あんまり調子に乗ってアタシの坊やを殺したりしないでよねん?」
「いやはや、そこは善処するよ。なにせ、僕の目的は娘の時音を追いかける事だからね」
「おい、スレイブ! 俺たちもなんか泰盛さんみたいにメタモルフォーゼとかできないのか?」
「どこに取り込めるようなもんがあるんだよ。この辺を探したって、いいとこ生簀にいる錦鯉くらいなもんだぜ。それでもいいのか?」
「なんかそれだとポケ◯ンのコイ◯ングみたいになりそうで嫌だな」
「いや、それはわからねえぞネギ坊。なんたって、レベルを99まで上げりゃギャ◯ドスってのに進化するんだろアレって?」
「錦鯉は進化しねえよ!? つーか、詳しいなおい!」
「まぁアレだ。そんなメタモルフォーゼなんて能力を使わねえでもアイツらより俺様たちの方が強えに決まってんだろ。本家と紛い物の違いってもんを今から奴らに見せつけてやろうじゃねぇか!」
自分をコピーされて爆誕した強烈キャラのエリザベスにかなり対抗心を燃やしているのか、スレイブが鼻息を荒げてやる気満々だ。
まぁ、俺としてもただ能力をコピーされただけの相手に負けるわけにはいかないし、負けるつもりもない。
とはいえ、スレイブの能力をコピーして、随分とファビュラスな鎧姿に変化した泰盛さんから放たれる威圧感が半端ないのもまた事実なのだが。
「それでは始めようか草薙くん。キミがもし僕に勝てたのなら、娘との結婚を許そうじゃないか。しかし、僕に負けた場合には、時音の婿として迎えることはできかねるね」
「あの、泰盛さん。何度も言いますけど、俺は北条先輩とは……」
「まさか、既に婚前に不純異性交遊をした仲だと言うのかい?」
「あらやだ、チェリーボーイかと思ったら実はプレイボーイだったのね? 最低だわ」
「してねえよ!? つーか、だれがプレイボーイ――」
「ネギ坊!」
「――っ!?」
本当に一瞬の事だった。
泰盛さんとエリザベスの冗談に俺が気を緩めたその刹那、色艶やかな両羽を羽ばたかせた泰盛さんの姿がすぐそこにあった。
そして、そこから流れるような動作で繰り出された魔剣による一撃を受けて俺の体は勢いよく屋敷の壁を何枚もぶち抜き、中庭の方へ斬り飛ばされて最終的に錦鯉が泳ぐ生簀の中へ突っ込んだ。
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