第171話 動き出した影
泰盛さんからのビデオレターで語られた衝撃の内容に俺たち三人は困惑していた。
あの人が命を狙われているだって?
「おいおい、どういうことだよそれ?」
「命を狙われているだなんてそんなまさか……」
と、マドカさんの視線が自然と北条先輩の方へ向けられる。
それは多分、これが泰盛さんによる悪い冗談であるとマドカさん自身が北条先輩と気持ちを共有したかったからだろう。
しかし、テレビの前でペタンと座る北条先輩はマドカさんに一瞥をくれることもなくただ画面をジッと見つめていた。
『僕を狙うその連中はとても冷酷で残忍らしいんだ。そして、彼らは僕が研究開発した兵器を狙っているらしい』
「兵器……って、え?」
泰盛さんの口から次に飛び出してきた物騒な単語に、俺たちは騒然とする。
泰盛さんが兵器の研究開発をしていたという事実だけでも驚くべき事だというのに、それを狙っている連中がいるなんて聞かされたら不安しかないだろう。
『でも、僕はその兵器を守り抜こうと思っている。なぜならそれは、人類を救うために必要なものだからね。それを奴らが狙っているというのだからなにか手を考えなければいけないだろ? はっはっはっ!』
「なにをそんな悠長に。つーか、泰盛さんの仕事って精密機械の研究でしたよね? それがいきなり兵器って……」
「わ、私も旦那様のお仕事については精密機械の研究開発だとしか聞いておりません。時音ちゃんは?」
「知らなかったわ。それより、話の続きを聞きたいから静かにしていて」
眉間にシワを寄せてそう答える北条先輩を俺たちは一歩後ろから見守る。
画面では、泰盛さんが目の前に座り込む北条先輩の顔を見つめているような感覚がしてどこか緊張感が漂っていた。
『いいかい時音? 今から僕が話すことは他言無用だ。それは勿論、政代さんやマドカにもだよ?」
「思いっきりその内のひとりがここにいますけどね」
「大丈夫ですよツルギさん。私はなにも見なかった事にするのが得意ですから」
「マドカお姉ちゃんは口が堅いから大丈夫ね。それにしても、お父様が兵器開発に係わっていただなんて……今回は随分とユニークにとんだ冗談よね。というか、これが今年の誕生日サプライズってことでいいのかしら?」
「きっとそうでしょうね。旦那様はいつまで経っても少年のような遊び心をお持ちの御方ですから」
肩を竦めてくすりと笑う北条先輩に続いてマドカさんもニッコリと笑う。
先輩からしてみれば人類を救うだの兵器開発しているなど、挙句の果てには命を狙われているなどと言われていきなり信じる人は少ないだろう。
というか、その本人はこのお屋敷の中にいるし。
まぁ、要するにこれが泰盛さんなりの演出の凝ったバースデープレゼントというオチなのだろう。
『おや? その顔は僕の話を信用していない様子だね』
「なんかコッチの反応に対してどこかから見てるんじゃないかってくらいの絶妙な返しをしてくるんすね……」
「まぁ、旦那様はそういうのが得意な方でしたから」
『悪いけれど、これは冗談じゃなく紛れもない真実なのさ。その証拠に……ほら、見えるかい?』
「いやもう、コレどこかから観てるでしょ!?」
「はぁ〜もぅ……草薙くん、静かにしてくれるかしら?」
北条先輩が嘆息混じりの声を漏らすと同時に泰盛さんが手前に置いていたカメラを掴んだのか、画面が大きく揺れた。
すると、今度は部屋の窓から外の様子が映し出され、俺たち三人は再び画面に集中した。
あれ? これって……。
『ウチの研究施設の周囲に武装したセキュリティガードがいるだろ? あれは僕の命と開発した兵器を守るために警備してくれている特殊部隊員のメンバーなのさ』
カメラが向けられた先には泰盛さんが話した通り、銃器を持った特殊部隊員のような人間が何人も映し出されていた。
その他にも、研究施設であろうその場所は背の高い壁と分厚い鉄製のゲートで覆われており、厳重な警戒態勢が敷かれている様子だった。
『はっはっはっ。これで信じてくれたかな? というわけで、僕は彼らに守られている状況下であり、愛する時音と政代さんが待つ日本へは帰れそうにもないんだ。本当にごめんよ』
気さくに笑う泰盛さんだが、画面を見ている俺たち三人は正直、まったく笑えなかった。
もし、これが本当にサプライズだとしたら相当に手の込んだものだとは思うけれど、多分そうじゃない。
俺は直感的にこれがただの冗談ではないと理解できた。
『さて、それじゃあ話を戻そうかな。時音、今から僕がいう事をちゃんと聞いておいて欲しい。いいね?』
「ちょ、お父様……これはどういう」
『時音、キミの誕生日にこんな暗い話をしてしまって済まないと思っている。でも、重要なことだから落ち着いて聞いて欲しい……。もし、僕になにかあったら政代さんの事をよろしく頼むよ。それと、もしキミが悪夢を見るようなことが起きたらそれは北条家に危機が迫っている証拠だ』
「もし、悪夢を見たら」
「北条家に危機が」
「迫っている、だと?」
泰盛さんの口から語られたその情報に俺たち三人は顔を見合わせた。
北条先輩を苦しめてきた『悪夢』というキーワードを過去の泰盛さんから聞かされるなんて思っていなかったからだ。
『荒唐無稽な話かもしれないんだが、僕の調べによると北条家では代々一族に危機が迫るとその血縁者である人間の中に悪夢を見るという伝承が存在していた。政代さんの時にそのような事はなかったみたいだけど、北条家の先祖の中にはそういった体験をした人物が何人かいたという。もし、その能力を時音が引き継いでいて、悪夢を見るようなことがあったらそれは北条家に危機が迫っているということだ。そしてそれは恐らく……』
「?」
『……僕が原因になっているかもしれない』
憂いを帯びた目をする泰盛さんの口から出た言葉に、北条先輩とマドカさんの二人は困惑していた。
そしてその時、俺だけはその言葉の意味を理解した。
多分だけど、泰盛さんを狙う連中が北条先輩たちにも牙を向けてくる可能性があるということを指しているのだろう。
『いいかい時音。もし、キミが悪夢を見るようなことがあり、危機的状況化に陥ったその時は箱の内側に同封した写真の彼女を頼るんだ』
「箱の内側に同封した写真って、これかしら……え!?」
画面上の泰盛さんから指示を受け、北条先輩が箱の中をもう一度検めてみると、箱の裏蓋に一枚の写真が隠されていた。
そして、その写真に写る人物を見た瞬間、先輩が目を見開いて驚愕した。
いったい誰が写っていたのだろう?
「ど、どうしたのですか時音ちゃん?」
「先輩、その写真には誰が写っていたんですか?」
「……どうして? お父様は彼女とどういう繋がりがあるの?」
瞳を白黒させて動揺する北条先輩に俺とマドカさんが顔を見合わせていると、先輩の手元からひらりと写真が落ちた。
そのフローリングの上に落ちた写真を拾って見てみると、そこには俺のよく知る人物が写っていた。
そう、エクスだ。
泰盛さんからのプレゼントに同封されていたのは、エクスの写真だった。
『彼女とそのパートナーがキミを悪い連中から守ってくれるはずだ。それに彼女は時音と同じ高校に通っていると上司から聞いている。その時は迷うことなく彼女を頼るんだよ。いいね?』
「どうしてお父様? なぜエクスさんが……いったいどういうことなの!?」
「落ち着いて時音ちゃん。ツルギさんはなにか心当たりがないのですか?」
「え? いや、すみません……」
どうして泰盛さんがエクスの写真をプレゼントに同封してきたのかわからない。
でも、エクスに頼れと言ってくるということは、つまりそういう事なのだろう。
「……泰盛さんは聖剣の関係者なのか?」
あくまで俺の推測にしかならないが、この会話の流れだと、想定できるのはその事しかないだろう。
あまり想像したくはないが、だとすれば泰盛さんを狙っている連中というのは……。
『それと時音。ここが一番重要だからちゃんと聞いて欲しい』
狼狽する俺たち三人をよそに、こちら側の姿をまるで見ているかのように画面の泰盛さんがタイミングよく次の話題を繋げてくる。
その展開に俺たちが再び画面へと視線を戻すと、泰盛さんが一息ついてから話し始めた。
『その箱の中にあるモノは連中が狙っている兵器に関係するものなんだ。そして、それを扱えるのは他でもない時音だけだ』
「私しか使えないモノって、いったいどういうことなのお父様!?」
『以前、時音に贈った青い宝石があっただろ? アレと北条家に代々伝わる宝刀……それにその柄と鍔、それと僕が前に贈った宝石を装着した時、僕が長年研究開発してきた正義の味方になるための兵器が完成する。その時は頼んだよ時音』
そこまで言うとビデオレターは突然に途絶え、画面がブラックアウトした。
その真っ黒になった画面を見て俺たち三人はしばらく黙り込んでいた。
「……これ、なにかの冗談よね?」
「冗談に決まっているじゃありませんか。なにせ当の旦那様はお屋敷にいらっしゃるのですから。ね? ツルギさん?」
「……」
突然マドカさんから話を振られた俺だったが、よくよく考えてみれば泰盛さんの帰還についてどうしても腑に落ちない部分が見えてきた。
そもそも一連の話の流れ的に少なくとも泰盛さんがその悪い連中に捕まっていた可能性があったからだ。
なぜなら、彼は行方不明者になっていた。
そして、もしそうだったとして、その危機的状況から彼がどのようにして脱出もしくは、救出されたのかその詳細もわかっていない。
あれ、ちょっと待てよ? そういえば、さっきスレイブが気になるようなことを話していたな――。
――普通に考えて行方不明になっていた人間がなんの連絡もなく警察関係者やらなんやらの付き添いもなしにヒョッコリ帰ってくるもんかね?
大浴場でスレイブが言っていた台詞が俺の脳裏を過る。
本当に今更だけど、よくよく冷静に考えてみれば、確かにそうだったかもしれない。
だとすると、もう嫌な予感しかしてこない――。
「どうしたのですかツルギさん? 顔色が悪いですよ」
「まさかとは思うけれど、もし泰盛さんがそうだとしたら……!?」
何気なく視線を落とした先に泰盛さんが北条先輩へと贈った柄と鍔が置かれていた。
そして、その柄に描かれていた見覚えのあるそのロゴマークを見て、俺は確信した。
まさか、こんな繋がりがあったなんて……。
「草薙くん、どうしたの?」
「……泰盛さんが働いていたという精密機械の研究所。やっぱりそういうことか」
見間違えることないそのロゴマークを改めて確認して、俺は天を仰いだ。
それは俺とエクスが所属する組織の名を表すモノだったからだ。
「……AVALON。泰盛さんは聖剣の研究開発員だったのか。だとすると、泰盛さんを誘拐した連中ってのは――」
「きゃああああああああああああっ!?」
次の瞬間、部屋の外から聞こえてきた女性の悲鳴に俺の心臓が早鐘を打った。
行方不明だった泰盛さんの帰還……これこそが、これから始まる最悪のシナリオの始まりに過ぎなかったのかもしれない。
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