第170話 ビデオレター

 北条先輩の部屋に入れてもらった俺とマドカさんは、早速政代さんから預かっていた彼女宛のプレゼントを手渡した。

 勿論その時、北条先輩は怪訝そうな顔を浮かべた。


「えっと……草薙くん。これはなにかしら?」


「北条先輩への誕生日プレゼントだそうです」


「私の誕生日プレゼントって、お父様から?」


「まぁ、そうっすね」


「それは嬉しいけれど、どうして草薙くんが手渡してくるの?」


「え? あ〜……それはですね」


「時音ちゃん。ここだけの話にして欲しいのですが、旦那様から頼まれたんですよ」


「頼まれたって、お父様がどうしてわざわざそんなことを草薙くんに?」


「なんでも御本人から直接手渡すのが恥ずかしいからだそうですよ。まぁ、数年ぶりに実の娘と会うとなれば、プレゼントを手渡す行為に多少ながらの気恥ずかしさが生まれたからでしょうね。そこで旦那様と裸の付き合いを交わし、時音ちゃんのボーイフレンドと信じてやまないツルギさんが選ばれたと」


「そうなの草薙くん?」


「そ、そうっすね」


「ただ、この事は口外せずにいてくださいね。泰盛様が照れてしまうでしょうから」


 上手い言い訳が思いつかずに言い淀んでいた俺の真横から、すかさずマドカさんがナイスなフォローを入れてくれた。

 政代さんとの約束がある以上、既に届いていたという事実はなんとしても隠し通さねばならない。

 ていうか、そのために泰盛さんをダシに使うのは問題ないのだろうか?


「……そう、なんだ。でもそうよね、何年も会っていなかったのだから照れくさくなっても仕方ないわよね。実際、私もそうだったわけだしね。フフフッ」


 プレゼントを胸に抱きしめると、北条先輩が無邪気な笑顔をこちらに向けてくる。

 その経緯についてはさて置いて、先輩が喜んでくれて本当に良かったと思う。


「正直、お父様が行方不明になったと聞かされてから毎日不安でオマケに恐い夢まで見るようになっていたから毎日辛い日々を送ってきたけれど、その憂鬱が一気に晴れたような気がするわ」


「それに泰盛さんも帰ってきた事だし、これで全部解決っすね。良かったですね北条先輩」


「えぇ、ありがとう。それにしても、草薙くんには散々迷惑をかけてしまって何度頭を下げても足りないくらいよ。改めてなにかお礼をさせてもらいたいわ」


「いいえ、いいんですよ。それにほらっ、俺的には充分過ぎるほどのお礼をしてもらえたわけですし、それ以上はなんも必要ありませんよ」


「え? 私はまだアナタになにもしてあげれてないけれど、どういう事?」


「時音ちゃん。それについては大浴場で……」


「大浴場って……あっ」


 大浴場での一件を思い出したのか、北条先輩の顔が見る間に赤面してゆく。

 マズいぞ。これは再び平手打ちをかまされそうな雰囲気がしてめちゃめちゃ震えてくるんですけど……。


「あの、北条先輩。あの時の事は俺もあまり覚えていないから」


「そ、そうよね! あの時の草薙くんは逆上せていたし、覚えてなんかいないわよね!」


「殿方に裸を見られた事がない時音ちゃんからしてみれば、過去一で消し去りたい黒歴史ですものね。それで、ツルギさん。時音ちゃんの柔肌はどうでしたか?」


「いや、すごく綺麗でしたよ。特におっぱいなんかそれはもう……」


「草薙くん。アナタ、覚えていないんじゃなかったの?」


 鋭い眼光でこちらを見据えてきた北条先輩に俺の背筋が伸びる。

 ヤバいヤバい。あの目はマジで人の命を取りに来る人間の目だ!

 本当は北条先輩の裸体について原稿用紙百枚くらいで感想文を書きたいところだけど、それはやめた方が良さそうだ。

 というか、怖いから話題を変えよう。


「そ、そうだ北条先輩! せっかくですから泰盛さんからのプレゼントを開けてみたらどうですか?」


「あら、敵前逃亡ですかツルギさん? 情けない殿方ですね」


「アンタは黙っててくださいよマドカさん! ほら、北条先輩! 早く中身を確認しないと!」


「そ、それもそうね」


 最速する俺に北条先輩は小さく頷くと、小包をローテーブルの上に置いてから綺麗に開き中身を検めた。

 ぶっちゃけ、俺もその中身が気になっていたので少し覗き込んでみると、緩衝材に包まれたその中心には『時音へ』と手書きで記されたDVDケースと拳四つ分ほどの長さがある長方形の箱が収められていた。

 すると、北条先輩は真っ先にDVDケースを取り出し、大型液晶テレビの下にあるデッキに入れて再生を始めた。


「フフフッ、お父様からのビデオレター。今回はどんなかしら?」


「なんか北条先輩楽しそうですね?」


「毎年旦那様から贈られてくる時音ちゃんへのビデオレターはなかなかユニークな仕上がりになっていますからね。それが時音ちゃんにとって一番の楽しみなんですよ」


「へぇ~、そうなんですか。あ、始まった」


 マドカさんの捕捉に俺が相槌を打っていると、テレビの画面に派手な三角帽子を被り、鼻眼鏡を着けた白衣姿の泰盛さんが映し出された。

 場所は泰盛さんの研究室だろうか。

 デスクに本棚、それと小さな窓が画面上に映し出されていた。


『やぁ、時音。元気にしているかい? 今年もお誕生日おめでとう。きっとキミは政代さんに似てとても美人に成長していることだろう』


 開口一番に泰盛さんはクラッカーを鳴らすと、優しい笑顔を浮かべて話し始めた。

 その姿を見て北条先輩とマドカさんがおかしそうにクスクスと笑う。


『そういえば、時音ももう高校三年生か。そうなると、そろそろボーイフレンドを連れてくる年頃なのかもしれないね。だとすれば、そのボーイフレンドに僕も会ってあげないといけない立場になるのかもしれないね』


「もぅ、お父様ったら。ボーイフレンドなんて私にはいないですよ」


 画面の向こうに映る泰盛さんと、まるで会話でもしているように独り言を口にする北条先輩はとても楽しそうだ。

 まぁ、その相手となる泰盛さん自体は別の部屋にいるわけだからなんとも不思議な感じだ。

 

『時音、覚えているかい? キミが一歳だった頃、将来は父である僕のお嫁さんになりたいなんて話していてね。あの頃がとても懐かしく思えてくるよ』


「そうなんですか北条先輩?」


「そ、それは小さい頃の話だから真に受けないでくれるかしら!」


「時音ちゃんは超が付くほどのファザコンですからね。幼少時代もなにかあるとすぐに私のもとへ来て、『時音は将来パパと結婚するの!」とか、瞳をキラキラさせて話していたほどなんですよ?」


「ちょ、マドカお姉ちゃん!? そういう事を草薙くんに話さないでよ!」


「ははっ。北条先輩って、可愛いですよね」


「んもぅ、二人して私をからかわないで!」


 顔を真っ赤にして両手をブンブン振り回し、プンスカ怒る今の北条先輩からは普段学校で見せる厳かな雰囲気はない。

 でも、そんな滅多に見れない一面があるからこそ、先輩が余計に可愛く見えてしまうのだろう。


『さて、時音。今年の誕生日プレゼントなんだが、その箱を開けてみてくれないか?』


「プレゼントってこれよね? それじゃあ、開けるわよ……えい!」


 画面の泰盛さんに促され北条先輩が長方形の箱を開けてみると、その中には日本刀に装着する柄と鍔が収められていた。

 柄の持ち手部分から下方に菱形の窪みがあり、世間一般的に知られるモノとはどこか違う印象だった。

 というか、これが先輩への誕生日プレゼントなのか?


「……えっと、これはウケ狙いかなにかなんですかね?」


「お父様ならやりかねないでしょうけど、生憎と箱の中にはこれしか入っていないようだわ……」


「だとすれば、これが今年の誕生日プレゼントなのでしょうね」


「えー」


 どういうセンスでこれをチョイスしたのかわからないが、この柄と鍔以外にはなにもないようだ。

 娘の誕生日に刀の柄と鍔を贈るとか、クリスマスプレゼントに将棋の駒を渡されたプロ棋士の桐山くんよりも微妙だと思うのだが……。


『さて、時音。ここからは少し真面目な話をしようか……』


 先ほどまでの和やかな雰囲気から一転して、泰盛さんは鼻眼鏡や三角帽子を取り外すと真剣な目付きに変わった。

 その様子に画面を見つめていた俺たち三人も息を呑んで思わず黙り込んだ。


『キミの誕生日にこんな事を話すのも悪い気がしてならないんだが、実を言うと……僕はある人物に命を狙われているんだ』


「はぁっ!?」


 予期せぬ泰盛さんの言葉に俺たちの中で衝撃が走る。

 命を狙われているだなんて、いったいどいうことなんだ!?


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