第172話 迫りくる危機
部屋の外から聴こえた女性の叫び声に俺たち三人がドアを蹴破る勢いで廊下に飛び出すと、視線の先で数人の従者さんたちが意識をなくして倒れていた。
またその少し先では、政代さんが泰盛さんに首を鷲掴まれた状態で高々と持ち上げられており、俺たちは戦慄した。
「政代さん!?」
「お母様!?」
「旦那様、なにをなさっているのですか!?」
「おや? これは丁度良いところに出て来てくれたね時音」
後方から呼びかけた俺たちに対して、泰盛さんはゆっくり首を巡らせてくると、ニタリとした笑みを浮かべる。
パッと見た瞬間すぐに悟ったけど、今の泰盛さんは先ほどとは雰囲気が違い、まったくの別人のようだった。
「泰盛さん、一体どうしちゃったんすか!?」
「どうしたもこうしたもないよ草薙君。僕は政代さんに例の宝剣はどこにあるのか尋ねていただけだよ?」
「宝剣って……、だからって政代さんにそんな酷いことをするなんておかしいですよ!」
「ふむ、確かにキミの言う事も一理ある。だが、僕は急いでいる身なものでね。あまり時間をかけたくないのさ」
「さっきから宝剣だとか時間だとか、一体なんの事を言ってるんですか泰盛さん!」
(おい、ネギ坊。早く助けねえとあのオバちゃんが窒息死しちまうぞ?)
骨伝導で鼓膜に直接話しかけてくるスレイブに焦燥感を抱きながら、俺は泰盛さんを睨みつける。
話がまったく噛み合わないのもそうだが、とても正気とは思えない泰盛さんの言動に困惑の色を隠せない。
それに、首を鷲掴みにされている政代さんの顔色も青白くなり始めているし、これ以上の会話なんてしている場合ではない。
今は一刻も早く政代さんを助ける方が先決だ。
「や、泰盛さん……どう、して?」
「政代さん。悪いけれど、今の僕にとってキミはもう必要のない存在なんだ」
「そんな……正気に戻って、泰盛さん……」
「お母様!? お父様、お母様を放して!」
「北条先輩、今の泰盛さんに近づいたらダメだ! 政代さんは俺が助けるから、そこから動かないでください!」
(ネギ坊、剣は必要か?)
「流石に生身の人間相手に剣なんかいらねぇよ。行くぞ!」
政代さんを救出するため俺はその場から駆け出すと、真っ直ぐ泰盛さんへと向かう。
すると、それに反応して泰盛さんがこちらに体を向けてきた。
「やれやれ、キミと戦うなら政代さんは邪魔になるだけだな。それに時音もいることだし、もう用はないから解放するとしよう……それっ!」
「きゃあああああああっ!?」
「お母様!?」
「危ねぇ!」
頭上に掲げていた政代さんの胸倉を片手で掴み直すと、泰盛さんがなんの躊躇いもなく俺に向けて投げつけてくる。
こちらに背中を向けて飛んでくる政代さんを上手く受けとめると、俺はそのまま後方へ飛び退いてマドカさんと北条先輩の二人に託した。
「北条先輩、マドカさん! ここは危険だから政代さんを連れて逃げてください!」
「ここから逃げろって……草薙くん! お父様は一体どうしてしまったの!?」
「それはわかりません。でも、とりあえず今の泰盛さんが正気でない事は確かです!」
「時音ちゃん、今はツルギさんの言う通り奥様と共にここから離れましょう!」
「おや、それは困るな。時音には用事があるから逃げるならキミたち二人だけにしてくれないか?」
「お、お父様……」
「……旦那様」
ゆったりとした足取りで微笑みながら近づいてくる泰盛さんに、北条先輩とマドカさんの表情が強張る。
政代さんに至っては、投げつけられたショックで意識を失くしているのかずっとグッタリしたままだ。
そんな政代さんの姿にこれっぽっちの関心も示さない様子のまま泰盛さんはニッコリとした表情で両手を大きく広げた。
「さぁ、時音。僕に宝剣の在り処を教えてくれないか? そうすれば、全て丸く治るんだ」
「さっきから話している宝剣とはなんのことですかお父様! 私はなにも知りません!」
「はっはっはっ。そんなみえついた嘘を言っても僕は欺けないよ時音?」
「泰盛さん、本当にどうしちゃったんですか! さっきからおかしいですよ!」
「おい、ネギ坊! アイツの目をよく見てみろ!」
「あ? 目を見ろってなんで……!?」
スレイブの上げた声に改めて泰盛さんの目を見た瞬間、俺は息を呑んだ。
なぜなら、泰盛さんの瞳が赤く変化していたからだ。
「泰盛さんの瞳が赤いって、そんなウソだろ……?」
「ネギ坊、腹をくくれ。アレは紛れもねえ『魔剣の精霊』だ」
「魔剣の精霊って、まだ完全にそうと決まったわけじゃないだろ! 泰盛さんはきっと魔剣の精霊に操られて――」
「ちょ、草薙くん! そ、それ!」
「ツルギさん、アナタのその左腕は一体……」
「え? 左腕がなんだって?」
「……悪りぃ、ネギ坊。俺様とした事が、敵を前にしてつい興奮しちまって擬態を解いちまったぜ」
「あぁ〜……そーゆーことねー」
……やっべぇ〜。
瞳が赤くなった泰盛さんを前にして、俺もつい警戒心を働かせて擬態を解いていたスレイブに気付かず、普通に会話をしちまったぜぇ〜。
そして、そんな俺を見て北条先輩とマドカさんが青ざめた顔で目を見開いているし、これはもう誤魔化しが効かねぇ〜マジ詰んだわ〜。
でも、もうこんな状況だから今さら隠す必要性もないだろうし、ここはちゃんと説明を入れておかないとダメだな。
という事で、俺は二人にさらっと話す事にした。
「北条先輩、マドカさん。あまりにも信じ難いことで戸惑うかもしれませんけど……実を言うと、俺とコイツは一心同体みたいなもんで人知れず悪と戦っていたんです!」
と、俺はキメ顔でそう言った。
だが……。
「……ツルギさん。そんないかにも中二男子しか言わなそうなセリフをよく堂々と言えましたね? アナタの人生に色々あったのは理解しますが、相当こじらせてしまった可哀想な人だったのですね。お悔やみ申し上げます」
「そんな可哀想なものを見るような目で俺のことを見ないでもらえますぅ〜!? 別になんにもこじらせてねえからな? ていうか、真剣に本当の事を話しているんだから水を差さないでもらえませんかね!」
「とは言われても、流石にそれを信じろと言われても難しいわよ草薙くん。本当はこれもキミとお父様、それにお母様を含むみんなで私とマドカお姉ちゃんを驚かせようと企画したんじなないのそうなんでしょ!?」
「いやいやいやいや! この状況でまだ信じてないんすか!? これ、どう見てもガチですよね!」
「すまないが三人とも、くだらない漫談は後にしてくれないかな? 悪いけれど僕には時間がないんだ。時音、早く宝剣の在処を教えてくれないか?」
目の前で起きている状況を信じられず、いまだに疑るような目を俺に向けてくる北条先輩とマドカさんに泰盛さんが呆れた顔で話かけてくる。
その時、彼の片腕に蛇腹剣のようなモノが現れたのを俺は見逃さなかった。
「北条先輩、マドカさん! 伏せろ!」
「え?」
「ちょ、ツルギさ――」
二人が呆けた表情を浮かべたその刹那、鞭のように変化した泰盛さんの剣が横なぎに振りぬかれた。
するとその刃先がまるで生き物のように伸びてゆき、周囲の壁を抉りながらこちらへ迫ってきた。
「チッ、これはヤベぇか!」
「ネギ坊、俺様の剣を使え!」
泰盛さんから放たれた刃に、俺はスレイブの口から召喚された魔剣を引き抜くと、迫る斬撃を火花散らして打ち返した。
これには流石の北条先輩とマドカさんの二人も驚愕した表情を浮かべていたが、今はそんな悠長に過ごしている場合ではない。
「二人とも、政代さんは俺が担ぐから今すぐ玄関に向かって全力で走ってください!」
「ぜ、全力で走れって、草薙くん! それで本当に大丈夫なの!?」
「そんなのはわからないっすけど、とにかくここから避難する方が絶対に安全なハズです! だから、さっさと走った走った!」
「走るのはいいとしてツルギさん。どさくさに紛れて私の美尻を触ってくるなんてどういうおつもりですか?」
「これは不可抗力なんで気にしない! さぁ、走れ走れ!」
政代さんを肩に担ぎ、北条先輩とマドカさんの二人を煽るようにして走らせた際に、ついついお尻を触っていたらしい。
とはいえ、そんなラッキースケベもこんな切迫した状況下だと、甘美な感触もクソもないのだが、とりあえず今は二人をどこか安全な場所へと連れ出さなければならない。
今はとにかくここから脱出するのが最優先だ。
「ネギ坊、そこの角を右に曲がれば表へ出られるぞ!」
「了解だスレイブ! 北条先輩にマドカさん、外へ出たらなんでもいいんでどこか物陰に隠れ――」
「キシャシャシャシャ! 誰もここから逃がしはしないぜぇ!」
「いぃっ!? 二人とも、ストップ、ストーーーーップ!」
「きゃあっ!?」
「急になんですかツルギさん!?」
廊下の角を曲がろうとした瞬間、どこかで聞いたことのある男の声と共にけたたましいチェーンソーの音が鳴り響いた。
その音に気が付き、俺は両手を真横に広げて二人を緊急停止させると、廊下の角から真っ白なビジネススーツにアイスホッケーのゴーリーマスクという異様な姿をした男がゆっくりと現れ、両手に持つチェーンソーを唸らせた。
「あー……流石に今のは当たらねえかって、あれ? お前……」
「お前、エペタムか!?」
廊下の曲がり角からチェーンソー片手に現れたのは、かつてアヴァロンの本部で刃を交えたことのある魔剣の精霊『エペタム』だった。
エペタムは目の前に立つ俺を見るなり、キョトンとした表情で首を傾げた。
「エペタム、なんでお前がここにいるんだよ!?」
「あー……俺っちのこと覚えててくれたんだ。なんか嬉しくて泣きそうになるわ。グスッ」
「人が質問してんのにひとりで感傷に浸ってんじゃねえよコラッ!? つーか、なんでお前がここにいるのか聞いてんだよ俺は!」
「あら~ん? エペ公だけじゃないわよ、坊や」
「そのエロい口調はまさか――!?」
突如、背後から聞こえた猫撫で声に振り返ってみるとそこには、エッチなボディラインがくっきりと浮かぶほどタイトな深紅のレディスーツをその身に纏ったお姉さんが西洋の剣を肩に担いで立っていた。
というか、コイツは――。
「お前、ティルヴィングか!?」
「ああ~ん! アタシの事もちゃんと覚えていてくれたのねん坊や! お姉さん嬉しくて大事な部分が濡れてきちゃうわん!」
これまたエペタム同様に現れたのは、アヴァロン本部で出会い、命を懸けた戦闘を繰り広げた『魔剣の精霊』である『ティルヴィング』だった。
流石にこのメンツとここで再会するのは度肝を抜かれる。
つーか、なんでコイツら二人がいるんだ!?
「な、なんでお前ら二人がここにいるんだよ!? 普通にあり得えねえだろ!」
「あら〜ん? そんな連れない事を言わないでよ坊やぁ〜ん! アタシたちだってぇ〜、坊やがここに居る事を侵入するまで知らなかったんだから〜ん」
「あの、草薙くん。この人たちは?」
「見たところいかにも頭のネジが外れていそうな方々のようですね。ツルギさんお知り合いなのですか?」
「……まあ、知り合いというか、今一番会いたくなかった連中っすね」
魔剣化して正気ではない泰盛さんだけに留まらず、まさか最凶最悪なこの二人までもが現れるなんて完全に想定外だった。
こりゃあ、この場が荒れるのは確定事項みたいなものだろう。
なんだか、過去一番でツイテない日になりそうな予感がした……。
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