第173話 戦闘開始

 意識のない政代さんを肩に担ぎ、泰盛さんから贈られた柄と鍔を握りしめた北条先輩とマドカさんを引き連れ、屋敷の外へ脱出しようとしていた俺たちだったが、そこに最悪な二人組みが立ちはだかった。


「ンフフッ、久しぶりね~ん。坊や♡」


「キシャシャシャシャ! こいつは最高にラッキーな展開だぜ!」


 魔剣に操られている泰盛さん一人でも手が掛かるというのに、よりにもよってこの二人が現れるとは本当に最悪な状況だ。


「チッ、よりにもよってお前ら二人かよ……」


「ああ〜ん! そんな悲しい事を言わないでよ坊や〜ん。折角、再会したんだからこの喜びをたっぷりと分かち合いましょう!」


「今度こそテメェを切り刻める機会が得られたんだ。俺っちのテンションも爆上がりだぜ!」


 互いに嬉々とした表情で武器を構え、ジリジリとにじり寄ってくるティルヴィングとエペタムに警戒しつつ、俺は周囲の様子を窺った。

 俺たち四人の周りに従業員さんたちのような一般人の姿は見えない。

 それどころか、まるでこの屋敷に誰も居ないんじゃないかと錯覚してしまうほどに周囲は静まり返っていた。

 ここで住み込みで働いている従業員さんたちはどうしているのか心配だが、今は北条先輩を含むこの三人をどうにかして外へ逃すことが最優先だ。

 とは言っても、奴らのことだ。

 この三人をすんなり見逃してくれるなんて都合の良いことは絶対にしてくれないだろう。


「さぁ〜てとん、それじゃまずはアタシから坊やと遊ぼうかしら〜ん?」


「あー……? ちょっと待ってくれよティル姉。まずは俺っちが先だぜ」


「はぁ〜? なに勝手なこと言ってんのよん! 坊やをるのはアタシが先よん!」


「いやいや、そのガキをるのは、俺っちが先だって!」


「ケケケッ。随分とモテモテじゃねえかよ、なあネギ坊?」


「冗談キツいぜスレイブ。どっちの誘いも御免だよ。つーか、真面目にどうすっかな……」


 外へ繋がる廊下をティルヴィングとエペタムの二人に塞がれ、先に進めない状況に焦燥感を抱く。

 せめてこの三人だけでも屋敷の外へ逃がすことができれば、俺ひとりでなんとかなるのだが、その退路を断たれてしまっている以上、手の打ちようがない。

 これは非常に困ったものだ。


「おや? いつの間にか役者が揃ったようだね」


「ゲッ、もう追いつかれたか!」


 背後から聞こえた声に振り返ると、蛇腹剣を手にした泰盛さんまでもが合流してきた。

 流石にこれは大ピンチだ。

 マジでどうしたらいいのか、良いアイデアが浮かんでこない。


「あー……なに役者が揃ったとかぬかしてんのお前? つーか、いつまで経ってもオメェが例の聖剣を取ってこねぇから俺っちとティル姉が出ることになっちまったじゃねえかよ」


「はっはっはっ、これは失礼をした。僕も久しぶりの家族との再会に浮かれて本来の目的を忘れてしまっていたんだよ」


「だとしたらそれは浮かれ過ぎよねん。でも、そのおかげでアタシたちも坊やと再会できたわけだし、今回は大目に見てあげるわよん」


「それはありがたいね。ならば協力するということでいいかな?」


「ケッ、調子の良い野郎だぜ。とりま、そこの小僧は俺っちとティル姉で相手をするから、オメェはさっさと例の剣を探してこいよな」


「勿論そのつもりさ。ただ、そのためには僕の愛娘である時音が必要なんだけどね」


「お、お父様……」


「時音ちゃん、今の旦那様に心を許してはなりませんよ」


 笑顔を浮かべる泰盛さんを前に狼狽する北条先輩をマドカさんが庇うようにして一歩前に踏み出る。

 今の泰盛さんは普通ではない。

 それに、泰盛さんとティルヴィングたちの目的は、この屋敷のどこかに隠されている『宝剣』の奪取らしい。 

 そういえば、ビデオレターの中ではまだ正気だった泰盛さんが、危機的状況に陥ったら宝剣をどうのとか説明していたけれど、その宝剣と北条先輩が持っている柄と鍔が迫る危機を乗り切る事に対して関係しているのだろうか?


「どうするよネギ坊? コイツら三人を相手にいっちょやってみるか?」


「やるとは言っても、北条先輩たちを庇いながら魔剣三人を相手にするのは流石の俺でもドギツイぞ」


「そうは言っても、奴らはもう戦う気満々みたいだぜ?」


 スレイブにそう言われ視線を戻すと、ティルヴィングとエペタムの二人が臨戦態勢を整えていた。

 その時にちらりと背後も確認してみると、泰盛さんも蛇腹剣を構えている。

 この状況で戦闘を避けるのはやはり難しいだろう。


「クソッ、やるしかねぇのか……」


「ねぇ、草薙くん。一体どうするの?」


「前も後ろも塞がれてしまっては逃げようがありませんね。ツルギさん、どうしましょうか?」


 逃げ道を封鎖され、北条先輩とマドカさんから不安の声が漏れる。

 政代さんもいまだに意識不明のままだ。

 せめてこの三人を外へ逃すことさえできれば、それでなんとかなりそうな感じはするのだが……。


「うぅ……ここは?」


「お母様!?」


「政代様、お目覚めになられましたか!」


「時音にマドカ……あら? どうして私は草薙さんに担がれているのかしら?」


 ようやく意識を取り戻したのか、政代さんが額を抑えて顔を上げた。

 そして、周囲に目をやるや否や、状況の整理が追い付かず困惑したように眉をひそめた。


「えっと、草薙さん? これはどういう状況で?」


「政代さんが勢いよく泰盛さんにぶん投げられて意識を失くしたから、俺が担いで二人と一緒に逃げていたんすよ」


「私が泰盛さんに……って、そうよ! 泰盛さんは!?」


「僕になにか用かい? 政代さん」


 周囲に首を巡らせ狼狽する政代さんに泰盛さんが腕組みをして柔和に微笑む。

 そんな泰盛さんの姿を見て、政代さんは悲しげな表情を浮かべた。


「……泰盛さん、どうして私にあんな事を?」


「ふむ。どうしてと訊かれたから答えるけど、僕は政代さんに宝剣の在処を教えて欲しいと頼んだよね? でも、キミはそんなことよりも今すぐアナタが欲しいと――」


「そ、それは違っ! ……くもないですけれど、その話を時音たちの前でするのはやめて泰盛さん!」


 ……おんや~? なんか、聞いちゃいけない大人の事情だったっぽいなコレ。

 そんなことよりも今すぐアナタが欲しいだなんて、政代さんも相当ムラムラしていたのだろう。


 そんな二人の秘密めいた出来事をなんら躊躇いなく、語ろうとする泰盛さんを政代さんが真っ赤な顔で制止する。

 そのあまりにも微妙な空気に置かれた俺たちはしばし無言になると、泰盛さんと政代さんによる次の会話を待った。


「と、ともかく! なぜ、泰盛さんに宝剣が必要なのか教えてもらえないかしら!」


「必要だからだよ。それ以上の理由なんてないんだよ政代さん」


「お願い泰盛さん、正気に戻って! 今のアナタは普通じゃないわ!」


「確かに、今までの僕からしてみれば普通じゃないかもね。でも、僕も急いでいる身だから早く宝剣の在処を教えて欲しんだが」


「あー……もうめんどくせえから、ここにいる全員をぶち殺して屋敷の中をシラミツブシで探せばいいんじゃねーのそれ?」


「そうねん。そこの坊やはアタシたちが相手をするから、アンタはとっとと全員を殺して探してきなさいよん」


「やれやれ、できればそうしたくなかったんだがこの状況では仕方ないかな」


 やれやれと肩を竦めてかぶりを振ると、泰盛さんが剣を構え直した。

 あの目は本気だ。

 いくら正気ではないとはいえ、そんなことをさせる訳にはいかない!


「おいおい、さっきから黙って聞いてりゃふざけた事ばかりぬかしやがって。そんなこと俺がさせると思うのかよ!」


「あらん? 坊やもようやくスイッチが入ったみたいねん」


「キシャシャシャシャ! そうこなくっちゃ面白くねえよなぁ?」


「どうやら草薙くんも本気のようだね。これは僕もちゃんと気を引き締めないといけないな」


 ドスの利いた声を発っして俺が身構えると、ティルヴィングとエペタムの二人がにやけ顔になり、泰盛さんから表情が消えた。

 これはもう戦うしか選択肢がなさそうだ。


「北条先輩とマドカさん。俺が突破口を作るんで、政代さんを連れてここから逃げてください」


「突破口を作るって……まさか、草薙くん。アナタ、たったひとりで戦うっていうの!? そんなの無茶よ!」


「それ以外に道はありません。一応、泰盛さんを正気に戻せたら三人のもとへ連れて帰るんでその時はお願いします」


「いくらツルギさんが強いとはいえ、あの危険そうな二人を相手取るのは無茶でしょう!? もう少し冷静な判断をしてください!」


 ティルヴィングとエペタムから放たれる殺気を感じ取れたのか、北条先輩とマドカさんが強張った表情で俺の裾を掴んでくる。

 ぶっちゃけ、あの二人が相手なら俺ひとりでもまあなんとか戦える。

 だが、この中で一番面倒なのは魔剣に操られているであろう泰盛さんだ。

 彼はティルヴィングとエペタムとは違い、傷つけてもいい相手ではない。

 とはいえ、このままなにもしなければ北条先輩たちが襲われてしまうだろうし、多少のダメージを与えるのはやむを得ないか……。


「はぁ~、もういいかしらん? これ以上、アタシたちの間に会話なんてものは無用よねん?」


「ティル姉の言う通り。そういう事だからとりま――」


「おい、ネギ坊! 来るぞ!」


 スレイブの声に俺が身構えた瞬間、ティルヴィングとエペタムの二人が武器を構えたままこちらに駆け出してきた。


「――殺し合おうぜええええええええ!」


「三人とも、俺から離れて……スレイブ!」


「おうよ!」


 俺の呼びかけにスレイブは応答すると、左腕から左半身を一気に鎧化する。

 それが完了したのを確認すると、俺は真横にある廊下の壁を思いきり殴りつけた。


「うおらあああああああああああ!」


「はぁっ!?」


「あー……なんで?」


 俺が廊下の壁を殴りつけた瞬間、ティルヴィングとエペタムの二人がキョトンとした顔で立ち止まった。

 そして、俺はその隙を見て廊下の壁に出来た大穴を指差すと、背後に立つ三人に声を張った。


「三人とも、そこの穴から逃げてください!」


「逃げるって、草薙くんは!?」


「俺のことはいいから早く! そんで奴らの狙いである宝剣を持って屋敷から外へ逃げてください!」


「ふむ、なるほど名案だ。草薙くん、キミはそこの壁が反対側の通路に繋がっているのを知っていたんだね?」


「ゲッ、そういう魂胆で壁に穴を開けたのかよ小僧?」


「あの壁の向こうが別の通路に繋がっているなんて……んもぅ、頭のキレる坊やなんだからん!」


 泰盛さんを含め、ティルヴィングとエペタムがなんやかんや騒いでいるがそんな事はどうでもいい。

 今のうちにこの三人をここから逃がせれば、事態はまだ良くなるはずだ。


「政代様、私の肩に捕まってください!」


「草薙さん、ご武運を」


「草薙くん、お父様をお願いね!」


「善処します!」


 廊下の壁に開いた穴から三人を脱出させると、俺は再び魔剣を構えて穴を背にした。

 すると、スレイブが呆れたような声で話しかけてくる。


「んだよ、ネギ坊。最初からそうしてりゃ良かったじゃねえか?」


「人様の家をぶち壊すのにそれなりの責任と覚悟が必要だったんだよ。ちなみに、この壁の修繕費用いくらになるかな?」


「軽く見積もって百万くらいだろうな」


「おぅ……それはアヴァロンにお願いしようっと」


「よそ見してる暇はないぜ小僧おおおおおおおお!」


「あんまりアタシたちをナメてると大怪我じゃ済まないわよん!」


 壁に開けてしまった穴の弁償代を気にしていると、ティルヴィングとエペタムの二人が苛ついた声を上げて襲い掛かってきた。

 コイツら二人とは以前にも戦った事があるけれど、前よりも攻撃精度が鋭くなっている!


 二人による素早い連携攻撃に俺が剣を振るい応戦していると、視界の端で泰盛さんが手にしていた蛇腹剣を鞭のような形状に変化させ、廊下の壁を破壊していた。


「悪いけれど、時音は逃がせないんでね。僕も三人の後を追わせてもらうよ」


「させるかよ!」


「え?」


 ティルヴィングとエペタムをなぎ払い、破壊した壁の穴から抜け出そうとする泰盛さんに肉薄すると俺はその襟元を掴み、再度こちらに向かい駆け出してきたティルヴィングとエペタムの二人に向けてぶん投げた。

 その行動をまったく予想していなかったのか、二人は大きく目を見開いて驚愕すると、自分たちに向かって飛んできた泰盛さんを受け止める形で後方へと転がった。


「ちょ、ちょっと坊や正気なのん! コイツはアンタたちにとって人質みたいなものでしょう!?」


「つーか、魔剣の精霊である俺っちたちより容赦なくね!?」


「いやはや、まさかキミに投げ飛ばされる日が来るなんて思いもしていなかったよ草薙くん」


「申し訳ないですけど泰盛さん。アナタが魔剣に操られている以上、ある程度の怪我は覚悟してください」


「おー恐っ。とはいえ、娘の彼氏であるキミの判断力と行動力を評価させてもらうと百点満点だね」


「彼氏じゃないですけど、高評価をありがとうございます」


「ちょっと、なに呑気な事を言ってるのよん!」


「あの三人に例の剣を持ち逃げされたら俺っちたちがヤバい目に遭わされるんだぜ?」


「おっと、そうだったね。それじゃあ、気を引き締めて行こうか」


 それぞれの武器を握り直すティルヴィングたちを前に、俺は右手に持った魔剣を軽く振りぬくと、三人に対して身構えた。

 今は北条先輩たちが少しでも遠くへ逃げられるよう時間を稼がなければならない。

 泰盛さんには悪いけれど、そのためには俺も心を鬼にしてこの戦いに挑ませてもらうつもりだ。


「それにしても、流石はアタシの見込んだ坊やよねん。目的達成のためなら何人であろうと容赦しない……。アタシはそういう考えとても好きよ。どう? いっそのことアタシたちの仲間にならない?」


「冗談でもお断りするぜ」


「あら残念。それならこっちも目的達成のために全力で相手をしないと失礼よねん……」


「あー……それはそうだね。そんじゃま、俺っちたちもそろそろ本気出すかな」


 気合を入れ直したのか、ティルヴィングとエペタムの二人は互いの魔剣を床に突き立てると、その足元に黒い空間を展開させ自らの全身を包み込んだ。

 恐らく、このあと二人は鎧化してくるのだろう。

 さっき剣を交えてみたけれど、アイツら二人とも強くなっていた。

 それを鑑みるに鎧化した二人は更に強くなる事だろう。

 でも、最悪の場合あまり試したくはないのだが、俺もスレイブと修行して得たを発動させる必要があるかもしれない。


「さあ~てとん! それじゃあ、第二ラウンドを始めるわよん!」


「キシャシャシャシャ! こっからが本番だぜ小僧!」


「やれやれ、それじゃあ僕は二人の援護に回るとするかな?」


 分厚く武骨な鎧に包まれ、両手のチェーンソーで火花を散らすエペタムと、一角が特徴的でスレンダーな鎧姿になったティルヴィングが、その手に持つ蛇腹剣を泰盛さんと同じように鞭の形状に変えると勢いよく地面を打った。

 そういえば、こいつの武器も泰盛さんと同じような蛇腹剣だったな。


「さぁ、坊や。ここからが……」


「楽しいパーティーの始まりだぜ?」


 




 政代さんを二人に預け、俺はティルヴィングとエペタムの動向を注視しながら退路を確保する。

 その間もティルヴィングとエペタムの二人は俺たちに襲いかかってくるようなことはせず、横並びにならりながらニヤニヤとして表情で待機していた。


「先輩、マドカさん。政代さんをお願いします」


「わかったわ。ここを出たら警察に連絡して助けに戻るわね」


「いや、警察に連絡するならエクスをここに呼んでください」


「エクスさんを? お父様のビデオレターでも同じような事を話していたけれとま、それはなぜなの?」


「アイツにはコイツらを倒すための力が有ります。そして、その力が今の俺には必要なんですよね」


「よぉ、お嬢ちゃん。オメェのスマホを俺様にかざせ」


「え? あ、はい……。これでいいかしら?」


 スレイブに言われた通り北条先輩が自身のスマホを俺の左腕にかざすと、画面上にエクスの連絡先が表示された。


「屋敷の外へ出たらソイツに連絡してくれ。ネギ坊がピンチだってな」








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