第76話 ティルヴィング

「ランスくん!」


「その声、ナギくんか!?」


 森の中にある開けた空間に俺が飛び出すと、ロングソードのような聖剣を構えたランスくんの姿があった。

 その少し後ろでは、パートナーであるアロンちゃんが片腕を押えて地面に座り込んでいる。

 エクスは傷付いたアロンちゃんを視界に捉えるや否や真っ先に近づくと、傷の手当をし始めた。

 

「アロン、大丈夫!?」


「えへへー……ちょっと、怪我しちゃったよー」


「良いタイミングで来てくれて助かるよナギくん。正直、かなり厳しい戦況だ」


「そりゃどうも。そんで、あの人が」


「そうだよ。あの人がヘグニさんだ」


 ランスくんが身構えるその先には、身体の左半身だけが血のように赤い鎧で覆われた筋骨隆々とした体躯と、顎髭が特徴的な大柄の男性が身の丈ほどある大剣を肩に担いで立っていた。

 男性はこちらを睥睨しており、左目だけが魔剣の精霊と同じで赤色に変色している。


「僕らの恩師であるヘグニさんが、あのような姿になっただけでも最悪だと言うのに、それに加えて……」


 と、ランスくんが視線をずらすと、ヘグニさんの隣にもう一人立っていた……カーテナさんだ。


 カーテナさんは虚ろな目でこちらを見つめており、その手には先端の折れた黒い両刃剣を握っている。

 あれが魔剣化した聖剣なのか?


「どういった能力なのかはわからないけれど、人型魔剣とオジェが鍔迫り合いになってから程なくして、カーテナの聖剣が魔剣に変わったんだ……。そしたら、カーテナが自我を失い、オジェから剣を奪って斬りつけたのさ」


 ランスくんは眉間にシワを作ると、敵となってしまったカーテナさんを見つめて歯噛みする。

 ヘグニさんだけならまだしも、まさか、カーテナさんまでもがこんな事になってしまうなんて想定外にも程があるというものだ。


「ランスくん。オジェさんから聞いたけど、カーテナさんを操っている魔剣の精霊がいるって話だが、一体そいつはどこに――」

 

「それならアタシよん? 坊や」


「!?」


 背後から聴こえた女性の声に俺とランスくんが振り返ると、エクスとアロンちゃんの首に両腕を回して締め上げている際どいボンテージ姿のお姉さんが立っていた。


「ハロー、坊やたち。アタシの事を探していたんでしょん?」


「エクス!? テメェが魔剣の精霊か!」


「そうよん。アタシの名は『ティルヴィング』。よろしくね、聖剣使いさんたち?」

 

 自らをティルヴィングと名乗った魔剣の精霊は、毛先が外側にハネたクセのある紫色のボブカットに綺麗な目鼻立ちをしたお姉さんだった。

 そのワガママなボディラインは、とても豊満で蠱惑的であり、肌の露出面積が多いテカテカの赤いボンテージがこれほど似合う女性はなかなかいないだろうと思えるほど、エロスを感じさせる格好だ。

 それにしても……。


「……エロイな」


「あらん? そこの鎧姿の坊やはひょっとして、グラムを殺した草薙ツルギっていう坊やかしら? だとすれば、この可愛い金髪の子がエクス・ブレイドってことよね?」

 

 ティルヴィングは俺とエクスを交互に見てそう言うと、おどけたように小首を傾げて微笑んでくる。

 こいつ、グラムを知っているのか? というか、どうして俺たちの事も知っているんだ!?

 

 ティルヴィングの発言に俺が当惑していると、奴はエクスとアロンちゃんの首に回した両腕に力を込めた。


「ぐっ……ツルギ、くん」


「エクス!? おい、テメェ! エクスとアロンちゃんを放しやがれ!」


「嫌よそんなの。だって、この子の聖剣がグラムを殺したものなんでしょ? だ・か・ら……」


 ティルヴィングはそう言うと、ニタリと笑ってエクスの頬をぺろりと舐めた。

 

「この子をアタシの奴隷にしちゃうわん」


「そんな事させるかよ!」


 エクスとアロンちゃんを取り返そうと俺が駆け出した直後、魔剣に寄生されたヘグニさんが、大剣を振り上げ襲いかかってきた。

 俺はその大剣を聖剣で打ち払うと、ヘグニさんに対して身構える。


「スレイブ〜。その坊やの相手をしてあげてねん」


「ケケケッ! そいつを待っていたぜ!」


「チッ、お前がヘグニさんに寄生した魔剣か? つーか、喋れるのかよ!」


「あ? 寄生型が喋れるのがそんなに珍しいのか?」


「少なくとも、お前みたいな奴は初めてだからな」


「ケケケッ。それなら、俺とお喋りしながら殺し合いを楽しもうぜ!」


 肩に担いだ大剣を豪快に振り抜いてくるヘグニさんと俺は刃を打ち付け合うと、ティルヴィングに拘束されたエクスとアロンちゃんに視線を向ける。

 二人は、その顔を苦しげに歪めており、両足をジタバタとさせていた。


「クソッ、ランスくん! ヘグニさんを操るコイツは俺がなんとかするから、エクスとアロンちゃんを頼む!」


「言われなくてもそのつもりだけどね!」


 ランスくんは、両刃の剣を水平構えると二人を拘束するティルヴィングに向かい駆け出した。

 しかし、そんな彼の行く手を阻むように、自我を奪われた彼女が立ち塞がる。


「クッ、カーテナ……」


 ティルヴィングに操られたカーテナさんは、先端の折れた黒い剣を構え、ランスくんに斬りかかる。

 ……マズイ。このままじゃ、エクスとアロンちゃんまでもが、奴の毒牙にかけられちまう!


「よぅ、兄ちゃん。よそ見は禁物だぜ!」


 三人の動向に気を惹かれていた俺にヘグニさんを操る魔剣が大剣を振り下ろしてくる。

 それを聖剣の腹で受け止めると、俺はヘグニさんの腹部に前蹴りを入れて距離を取った。


「この野郎、さっさとヘグニさんから離れろよコラッ!」


「ケケケッ! 馬鹿言うんじゃねえよ? こんなに心躍る戦いができるのに、そんなことするわけねえじゃねえか!」


 奴はケタケタとした笑い声を上げると、ヘグニさんに大剣を構えさせ、そのそうぼうを怪しく光らせた。


「さぁ……楽しい戦いの始まりと洒落込もうじゃねえか!」

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