第75話 魔剣化

 聖剣を召喚し終えた俺とエクスが、銃声のする方へ走ってゆくと、負傷した隊員たちがそこらかしこに倒れていた。


 彼ら彼女らは、身体中に裂傷や刀傷を負っており、痛々しい姿で蹲っている。

 そんな隊員たちに懸命な治療を行っている救護班の隊員たちの表情がかなり険しい事から、相手となる魔剣の力量が相当高いという事が窺える。


 ざっと見た感じだと、負傷しているのは銃器で武装していた隊員たちだけでなく、精霊部隊の隊員たちもかなりの人数が負傷しているようであり、精霊もセイバーも揃って苦しそうに悶ていた。


 その中にランスくんたちの姿がないということは、彼らはもう少し先の最前線で戦っているということだろう。


「エクス、魔剣のオーラはどうだ?」


 俺がそう訊くと、傷付いた女性隊員の手当をしながらエクスが正面を指差す。


「もう少し先に魔剣のオーラを感じるよ。しかも、複数ね」


「よりによってまた複数かよ。そりゃあ面倒な事になりそうだな」


 俺たちが向かう先にはおそらく、ヒルドの父親であるヘグニさんが待ち構えているのだろう。

 それとは別に魔剣がいるとなれば、いよいよ面倒な戦いになりそうな予感がしてくる。

 ここは、早めにアーマーを装着した方がいいかもしれない。


「それならエクス、アーマーモードを――」


「待てよ、英雄くん……」

 

「!?」


 不意に真横から聴こえた声に振り向くと、血の滲んだ腹部を片手で押さえたオジェが、木の幹に背中を預けて座り込んでいた。


「アンタはさっきの……大丈夫なのか?」


「ぐっ……これが大丈夫に見えんのかよ? それより、頼みがある」

 

 オジェは俺に悪態をつきながらも縋るような目を向けてくる。

 その視線を受けた俺は、彼の傍らに片膝を着くと耳を傾けた。


「なんだ? というか、アンタのパートナーだったあの姉さんはどうしたんだ?」


 負傷したオジェがいるというのに、彼のパートナーであるあのスタイルの良いお姉さんがどこにも見当たらない。

 それを怪訝に思っていると、オジェが悔しそうな顔を浮かべて言う。


「カーテナは……あの露出狂の女に操られちまったんだ」


「露出狂の女、だと?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は不謹慎にもちょっとだけ心が弾んだ。

 露出狂ということはつまり、色々な部分を露出しているエッチな格好をした女性という事だろう。


「俺があの女と戦っていたら、急にカーテナの様子がおかしくなり始めたんだ。そしたら今度は、聖剣が魔剣に変化してこのザマだよ……」


 オジェは吐き捨てるようにそう言うと、自嘲的な笑みを浮かべた。

 理由はわからないが、カーテナさんの聖剣を使ってオジェが戦ったことにより、聖剣が魔剣に変化したようだ。


「聖剣が急に魔剣に変わったってのかよ? その魔剣の精霊が他になにかをした様子はなかったのか?」


「さあな。とくに変わったことはなかったよ。でも、カーテナの聖剣が魔剣に変わった途端、アイツはその女の言いなりになっちまった……。しかも、長年コンビを組んできたアイツに斬られるなんて、俺からしてみれば最悪の結果だよ。クソッ!」

 

 オジェは悔しそうにそう言うと、顔を歪めて自身の膝を叩いた。

 信頼していたカーテナさんが魔剣側に味方した事が相当にショックなのだろう。


「ともかく、奴は妙な能力を持っていやがる。用心しねえと、お前のパートナーも魔剣に操られちまう。気を付けろよ英雄くん」


「あぁ、わかっているよ。それより、ひとつ聞いていいか?」


「なんだ?」


「その露出狂の魔剣なんだが、具体的にその……どんな格好をしているんだ?」


 これは重要な質問だ。

 相手の容姿がわからなければ、戦う時に一瞬でも困惑が生じてしまうかもしれない。

 それに、相手を知らずして戦うのはあまりにも危険過ぎる……と、いう理由からどんな容姿をしているのか確認しなければならないのだ!


「あの女の容姿か? そうだな。とりあえず、露出度の高い服を着ていたな」


「露出度の高い服だと? それは具体的にどんな服なんだ!?」


「……あのさぁ、ツルギくん?」


 と、俺が食い気味に質問していると、後ろから不機嫌そうなエクスの声がする。


「まさかとは思うけど、その女の人を見ることを楽しみにしていたりとかしていないよね?」


「……バカを言え。俺は今、日本の為替市場かわせしじょうについて考えていた」


「それまったく今の質問と関係ないよね? ツルギくんがそうやって話をはぐらかす時は、決まってエッチな事を考えている時だよね!?」


 ……なぜバレた? 俺の顔は完璧なまでにポーカーフェイスだったというのに、なにがいけなかった?


 ムスッとした顔で睨んでくるエクスからしれっと視線を逸らすと、俺は負傷したオジェの方を見た。


「確か、オジェさん……だったよな? ランスくんたちはどうなっているんだ?」


「ランス隊長なら、ヘグニさんと応戦中だが、かなり苦戦している。頼む、英雄くん。隊長たちとカーテナを……助けて、くれ」


 オジェはそう言うと、額にびっしりと脂汗を張り付け意識を失くしたようにその場で倒れた。

 かなり酷い怪我を負っているようだが、止血はされている。

 おそらく、体力の限界がきて意識を失くしたのだろう。


「オジェさんが話してくれたその内容だと、相手は聖剣を魔剣に変えて、その精霊を操れる能力を持っているってことだよね?」


「あぁ、そうらしいな。もし、そうだとしてら、俺たちも注意しなけりゃならねえな」


 オジェが意識を失う前、彼はパートナーであるカーテナさんが露出狂の女に操られたと話していた。

 その話を聞く限り、その女が特殊な能力を持つ人型の魔剣ということで間違いはないだろう。

 それにしても、聖剣が魔剣に変わり、精霊が操られる能力だなんて、一体どういうことだ?


「考えていても仕方ねぇか……。エクス、最初からアーマーモードだ!」


「オーケー!」


 俺の指示にエクスは応じると、聖剣の鞘に呼びかけてアーマーモードを起動させる。

 俺はそれを装着し終えると、エクスと共にランスくんたちが戦うのその場所まで一気に駆け抜けた。

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