第77話 裏切りの少女

 ティルヴィングとヘグニさんの左腕に寄生した髑髏《どくろ》を象る籠手の形をした寄生型魔剣『ダーインスレイブ』との拮抗状態が続く中、俺は焦燥感を募らせていた。

 

 もう何度目かになる剣戟の応酬を繰り返していると、ダーインスレイブが言う。


「よぅ、兄ちゃん。テメェはこの木偶の棒とは違いなかなか面白そうだ! どうよ? 俺様と組まねえか?」


「冗談はよせ。生憎と俺は可愛い女の子としか組まねえんだ。だから、その提案は却下だ!」


 俺の振り抜いた聖剣とダーインスレイブが操るヘグニさんの大剣が衝突すると、重圧な金属音が森の中に木霊する。


 本当はコイツを相手にしている場合ではないのだが、半鎧化しているヘグニさんを相手にできるのは、アーマーモードの俺だけだ。

 とは言っても、ランスくんもティルヴィングに操られたカーテナさんを相手に苦戦を余儀なくされている。

 そんな俺たちの劣勢状況を見ているティルヴィングは、愉快そうにルージュ色の唇を笑ませていた。


「良い子ね、カーテナ。悪いけれど、アタシがこの精霊ちゃんたちを魔剣に変えるまで相手をしておいてねん?」


 ティルヴィングはカーテナさんにウィンクを投げると、両手で拘束したエクスとアロンちゃんの二人を見た。


「さてと、どっちから先に魔剣化してあげようかしらん? やっぱりぃ〜、グラムを殺したこっちの精霊ちゃんからかしらん?」


「くぬぬっ……アロン!」


「オッケー、エクス!」


「あら? なんなの?」


『せーの!』


「きゃう!?」


 エクスとアロンちゃんの二人は、掛け声を合わせると同時に片脚を真っ直ぐ頭上に向けて振り上げ、ティルヴィングの顔面を見事に蹴った。

 空手の蹴り技でいう『蹴上げ』というやつだ。

 その見事な蹴上げが顔面に直撃し、ティルヴィングが二人から腕を解いてバランスを崩すと、その隙を見て逃げ出した二人がランスくんの背後に回った。


「痛ったぁ〜い……んもぅ、なにすんのよん!?」


「悪いけれど、私たちは人質にはならないよ!」


「聖剣の精霊をナメんなー!」


 エクスとアロンちゃんの二人がベーっと舌を出すと、ティルヴィングが舌打ちをして赤くなった額を擦っていた。


「まったく、手のかかる子猫ちゃんたちだこと……まぁ、いいわよん。見逃してあげる。クラウ!」


 ティルヴィングが背後に向かって声を張ると、奴の背後に聳える樹木の影から、エクスたちと同じローブを纏ったひとりの女の子が姿を見せた。

 その女の子を見た直後、ランスくんとアロンちゃんが目を見張る。


「そんな!?」


「クラウ!?」


 ランスくんとアロンちゃんの二人は、驚愕したような声を上げると、その瞳を揺らして動揺していた。

 俺はダーインスレイブに操られたヘグニさんと鍔迫り合いに持ち込み、突き飛ばすようにして距離を取ると、ランスくんに背中を合わせて訊いた。


「ランスくん、あの子を知っているのか?」


「彼女は、魔剣討伐に出かけて消息を絶った小隊メンバーのひとりなんだ……」


 ランスくんがクラウと呼んだその女の子は、肩の辺りで切り揃えた金髪が特徴的な幼い顔立ちをした小柄な女の子だった。

 彼女はこちらをジッと見つめたまま、静かに佇んでいる。


「消息不明のメンバーだったその彼女が、なんで魔剣なんかと一緒にいるんだ?」


「それはわからないけれど、彼女が僕たちにとって仇をなす存在でないことを願いたいけどね」


「悪いけど、この状況で流石にそれは希望的観測だと思うぜ?」


「……やはり、そういうことなのか」

 

 魔剣側に立つ彼女を見て俺がそう言うと、ランスくんが苦虫を噛んだような表情を浮かべる。

 すると、その様子を見ていたクラウと言う名の彼女が、隣に立つティルヴィングの顔を見上げた。


「ティル。どうするの?」


「そうねん。相手の情報も掴めて坊やへの布石も打ったことだし、との約束もあるから今日のところはトンズラするわよん!」


「わかった」


 クラウと呼ばれた女の子はローブの袖口からショートソードのような丈の短い聖剣を取り出し、それを縦に構えた。


「あら。今日は随分と手際がいいのねん?」


「こうなると思って、そこの木陰に隠れて既に召喚しておいた」


「それは残念ね。クラウの羞恥に塗れたあの可愛い表情が見れなくてちょっと寂しいわん?」


「ティル。そ、そういうこと言うのやめて」


「相変わらず照れちゃって、クラウは可愛いんだからん! だけど、急がないと増援が来ちゃうかもしれないし、ちょっと時間稼ぎが必要よねん?」


 クラウと呼ばれた女の子に頬ずりをしていたティルヴィングは、彼女からゆったり離れると、不敵な笑みを浮かべたままランスくんに対して身構えるカーテナさんに近づいた。


 時間稼ぎがどうとかって話していたが、奴は一体なにをするつもりなんだ?


「カーテナ。アナタにとって、最期の大仕事よん」


 ティルヴィングはカーテナさんにそう呟くと、カッター刃のような刀身を持つ魔剣を片手に出現させ、その先端を彼女の背中にそっと当てた。

 その行動に、クラウと呼ばれた彼女がギョッとした表情を見せる。


「ティル、時間稼ぎって……まさか」


「その通りよクラウ。だって、ここから逃げるためには、それなりの時間が必要でしょん?」


「ティル、それは――」


「じゃあね、カーテナ」


 その光景に俺たちは戦慄した。

 ティルヴィングは、カーテナさんの背中に当てていた魔剣に力を込めると、なんの躊躇いもなく彼女の細い身体を魔剣で貫いた。

 その瞬間、カーテナさんが血の塊を口から吐き出し、意識を失くしたようにその場で倒れた。


「そんな!?」


「カーテナっ!?」


「ンフフッ。早く手当をすれば助かるかもしれないわよん? それじゃ、スレイブ。アンタはその坊やと仲良くするのよん?」


「ケケケッ! わかってるって」


 ティルヴィングはカーテナさんの身体から魔剣を引き抜くと、血振りをくれてこちらに背を向けた。

 その残忍な行動にクラウは目を背けていた。


「さぁ〜てと、時間稼ぎもできたことだしぃ、さっさとここから逃げるわよん?」


「逃がすかっ!」


 聖剣を構えたランスくんがティルヴィングに斬りかかろうとしたが、それを庇うようにクラウが立ちはだかった。


「クラウ! キミはどういうつもりなんだ!?」


「……っ」


「仕方ないわよね〜ん? だって、クラウはアナタたち所属するアヴァロンていう組織を心の底からとぉ〜っても、憎んでいるのだからねん。ね、クラウ?」


 ティルヴィングの言葉に彼女は唇を噛むと、ランスくんの顔を睨みつけて口を開く。


「ランス。アナタたちはなにも知らない……アヴァロンの上層部の連中がどれほど醜悪な人間かということ」


「それは、一体どういう……」


「その時がくれば、いずれわかる。私はアヴァロンを絶対に許さない」


 クラウは眼光を鋭くしてそう答えると、その手に構えた聖剣から目が眩むような光を放った。

 その光に目が眩み、俺たちが目を伏せてから再び開くと、ティルヴィングとクラウの姿が忽然と消えていた。


「消えちまった……」


「クラウ、キミになにがあったんだ……?」


「アロン、手を貸して! 早く!」


「う、うん! わかってるー!」


 重傷を負ったカーテナさんにエクスとアロンちゃんは駆け寄ると、その場で応急処置を施し始めた。

 その光景を尻目に俺が聖剣を構えると、ヘグニさんに寄生したダーインスレイブが、野太い声を弾ませて大剣を振り抜いてくる。


「ケケケッ! おい、兄ちゃん。よそ見をしてると命を落とすぜ?」


「チッ、こっちはそれどころの騒ぎじゃねえってのによぉっ!」


「ナギくん、僕も加勢するよ! クラウの事が気になるけれど、今はヘグニさんをなんとかしなければ僕たちは全滅する!」


 ダーインスレイブに操られたヘグニさんから豪快に繰り出される斬撃に俺とランスくんは二人係で聖剣の刃をぶつけると、カーテナさんの治療に専念するエクスとアロンちゃんから離れるようにスレイブを誘導し、森の奥へと駆け出した。



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