第78話 レイピアの懸念
ツルギたちが魔剣と交戦している最中、一方アヴァロン内では、魔剣を製造し、それをヘグニに寄生させたという嫌疑をかけられたダーインが、アヴァロンの収容施設にて投獄されたという情報が開示されていた。
それを聞かされた彼の愛弟子であるレイピアは、ヒルドとカナデの事など頭の中からすっかり忘れて投獄された恩師のもとへと足を走らせていた。
(一体どうしてこんな事に?)
カツカツとヒールの音を通路に響かせ、別棟へと走るレイピア。
ダーインが収容されている収容施設は、上層部から許可を得た人間以外は基本的に立ち入りを禁止されていた。
当然そうなれば、レイピアが立ち入りることも禁止されており、門前払いとなるのは当たり前のことだった。
しかし、レイピアの必死な懇願に看守を務める職員は根負けし、彼女がダーインとの面会を果たせるようにしてくれた。
ダーインの弟子でありながら見目麗しく、心純粋で人当たりもよく、裏表のない彼女は、恩師とは違い周囲からの好感度が非常に高かった。
そういった人徳のおかげもあって、今回の面会に結びつける事ができたのだろう。
そして、渦中の人であるダーインに会うことを果たせたのだが……。
「博士、一体どういうことなのですか!?」
「しらんわ」
強化ガラスに阻まれた部屋の向こう側では、簡素な部屋に置かれたベッドの上に寝転び、頬杖つきながらポルノ雑誌を退屈そうに読んでいるダーインがいる。
そんな恩師からの塩対応にレイピアはがっくり肩を落とすと、ため息を吐いた。
「博士。私も博士が魔剣を製造し、それをヘグニさんへ寄生させたなんて話を信じていません。だとすれば、一体なにがどうなっているのでしょうか?」
「そんなもん、ワシの方が知りたいくらいじゃわい。とにかく、ひとつ言えることがあるとすれば、アヴァロンの上層部にワシのこと毛嫌いしている奴がおるということじゃろうな?」
他ならぬ、アヴァロン内でのダーインは聖剣技師として超一流という名声もあるが、その傍らでは素行の悪い超変人としての悪名も高い。
そういった部分から、彼を毛嫌いする研究員や職員、それと精霊やセイバーなどがいるのもまた否めない。
無論そうなれば、上層部の人間にも彼を良く思わない者も多くいるだろう。
しかし、それが今回の騒動の起因であるかどうかは未だに不透明であるが、それが免罪であるという事だけはレイピアも十分理解していた。
「博士。そんな悠長な事を言っている場合じゃありませんよ? これからどうやって博士の無実を証明するかを考えましょう!」
「そんな必要はないわい。いずれ、ワシの無実など証明されるじゃろうて」
「いずれって、博士……」
心配するレイピアをよそに、このような由々しき事態でありながらも、鼻をほじりながらポルノ雑誌のページを捲り、終始落ち着いた様子で収容施設の中で過ごしている恩師の姿に安堵していいのか落胆していいのか。
軽く目眩を覚えたレイピアはこめかみに手を添えると、強化ガラスの向こうで有意義に過ごしているダーインを見た。
「博士が色々な方々からあまり好かれていないのは存じていましたけれど、だからといって、上層部の方が嫌がらせでこんな事までするとは考え難いと思います。だとすれば、他になにか理由が……」
「クカカカッ! 理由はどうであれ、気にすることなどないわい。まぁ、ワシとしては、たまにはこうやってゆったりとした時を過ごすのもやぶさかではない。それに、いざとなれば、ワシには奥の手があるからのう」
「奥の手、ですか?」
ニカッと笑い、金歯を光らせるダーインを見てレイピアが首を捻る。
なぜ、この人はこんなにも悠長に構えていられるのか不思議で仕方なかった。
(というか、私がどれだけ心配をしていたのか少しは感じ取って欲しいですぅ!)
そんな気苦労の絶えないレイピアの耳に面会時間終了を知らせるベルが鳴り、やむなく収容施設を退出することになった。
「博士。また来ますから、少しはなにか知恵を働かせてくださいよ?」
「クカカカッ! 知恵もなにも、さっきも言うたじゃろう。この騒動はいずれ解決するとな?」
どこまでも余裕のある恩師の姿にレイピアは深く息を吐くと、看守に連れられ収容施設を出ることになった。
結局、なんの情報も得られぬままレイピアがトボトボと歩きながら収容施設のゲートをくぐると、正面から見覚えのある軍服姿の男性が歩んできた。
「おや? レイピアではありませんか?」
「えっ?」
足元を見て歩いていたレイピアが視線を上げると、分厚いファイルのような物を小脇に抱えた軍服姿で銀髪をオールバックにした男、ヘジンがそこに立っていた。
「あ……ヘジン司令官!?」
思わず素っ頓狂な声を上げて背筋を伸ばすレイピアにヘジンは眉を顰めると、立ち入り禁止とされていた収容施設から出てきた彼女に怪訝な視線を送る。
「おかしいですね。ここは特別な許可がない限りは立ち入り禁止となっているはずですが?」
「あ、えっと、それはですね……」
(どうしよう……よりによって、ヘジン司令官と出くわすなんて!?)
酷く狼狽する彼女にヘジンは目を細くして肩を竦めると、とくに咎めることもせず、平坦な声で言う。
「ふむ。ダーイン博士に会いに来たのでしょう?」
「あー……はい。申し訳ありません」
「今回は目を瞑ってあげますよ。博士はアナタにとって恩師のような方であると噂を聞いていますからね。ただ、次は処罰が下されることになりかねませんから注意しなさい」
「は、はい! ありがとうございますヘジン司令官!」
ぺこりと頭を下げて謝罪するレイピアの脇をヘジンが仏頂面で通り過ぎる時、彼が小脇に抱えている分厚いファイルに彼女の視線が惹き寄せられた。
その後ろ姿を見送り、レイピアは踵を返すと、ヘジンが持っていたファイルを訝しげに思い浮べて小首を傾げた。
「……なぜ、ヘジン司令官が『魔剣サンプルリスト』のファイルなんて物を抱えて、収容施設に向かったのでしょう?」
『魔剣サンプルリスト』
それは、各地に現れた魔剣を討伐せずに捕獲し、その生態を研究するデータを記載した特殊ファイルだ。
それを持ち出すことは、上層部の人間でも許可が必要となる。
それをヘジンが所持しているという事は、彼もまた特別な許可を得たからなのだろう。
しかし、なぜそんな物を小脇に抱えて、彼が収容施設を訪れたのか、レイピアには皆目検討もつかなかった。
「魔剣サンプルリストと収容施設……一体、どのような繋がりがって……いっけない! カナデさんとヒルドさんの事をすっかり忘れていました!?」
収容施設の奥へと姿を消したヘジンの事はさて置いて、レイピアは昼時からはぐれてしまったカナデとヒルドを探すために再び足を走らせた。
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