第17話 予期せぬ来訪者

 長い睡魔との戦いに勝利して、ようやく午後の授業が終わりを告げた。

 教室内に漂っていた緊張感も、クラスメイトたちが吐き出す安堵の息で霧散すると同時に、教室内がどっと喧騒に包まれる中、俺だけは手早く帰り支度を始めていた。


「……残すはSHRのみ。これさえバックレちまえば、自宅に帰れるな」


 ぶっちゃけ、俺は一刻でも早く自宅に帰り、エクスと今朝の続きがしたくて仕方がなかった。

 そんな思いで浮足立っているからか、鞄に荷物を詰め込む動作さえもウキウキしてしまう。


「エクスぅ~、待っていろよ? 今すぐ俺が抱きしめてやるからな~」


「ねぇ、つーくん。今日の放課後とか暇ある?」


「ない」


「即答!? てか、なんかあるの〜?」


 俺の隣に席を持つカナデが、机に頬杖えつきながら目を細めてくる。

 その予定がエクスだと言えば、コイツのことだからまた不機嫌になるだろう。

 ここはしれっと誤魔化しておくか……。


「今日の俺には果たさなければならない大事な用事があるんだ。ということで、じゃ!」


「いやいや、まだSHR終わってないし!? 帰っちゃダメっしょ!」


「安心しろカナデ。SHRなんてものは、大抵が疲れた担任のくだらん話しを聞くだけの集会だ。故に、聞く必要などない!」


「断言!? てか、そんなことないっしょ! 大事な連絡事項とか、いつも言われてるじゃん?」


 右手を左右にブンブンと振り、カナデが否定をしてくるが、うちの担任は大抵ウケ狙いのどうでもいい話か、嫁さんの愚痴を俺たち生徒に話してくる。

 勿論、そんなどうでもいい話を聞いている時間など、俺にはない。

 今すぐこの両腕で、エクスを抱きしめてあげたいのだ。


「いいか、カナデ? 世界には、こんなつまらないSHRなんかよりもっと大切なもので溢れているんだ……。だから、俺はそれのために早く家に帰りたいんだよわかってくれないか!?」


「なんでそんなに必死なの!? ていうか、その用事ってなに?」


「いや、それは言えん」


「なんで!? 超絶気になるじゃんそれ!」


「詳しいことは言えん。と言うことで、さらば――ぐへあっ!?」


「ちょっと待つし!」


 最早、この場にいることすらナンセンスだというのに、カナデが俺の襟首を掴んで邪魔だてをしてくる。

 俺は一刻も早く家に帰って、エクスとイチャイチャしたいだけだというのに、なぜコイツはそれを阻止しようとするのか?


「痛っえな! なんだよカナデ?」


「……ほら、アレ」


「あ?」


 廊下側を指差すカナデが、不機嫌そうに目を細める。

 その視線の先に俺も顔を向けてみると、教室の入り口に背中を預け、一輪のバラをそっと鼻先に当てている変態がいた。


「やあ、草薙君? 元気か――」


「はい、ドア閉めまーす」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!? 僕はキミに大事な用事があってだね!」


「犬塚先輩の用事は俺にとってゴミ以下なんで、今すぐお引き取りくださーい」


 教室のドアを閉じるついでに、この人の生涯も閉じてやろうと俺がドアノブに力を込めていると、犬塚先輩がそれを押えながら顔を突っ込んでくる。


「ま、待ってくれ草薙君! ぼ、僕は……村雨先生からの、伝言をキミに伝えに来ただけ……ぐぎぎぎっ~!」


「なんだ。それならそうと早く言ってくださいよー」


「ぎゃふん!?」


 入り口のドアを閉めようとする手を俺が放した途端、犬塚先輩が勢いよく教室側に倒れ込んできた。


「フフフッ……く、草薙くん。キミの僕に対する愛情表現は、相変わらず激しいね?」


「はい、ドア閉めまーす」

 

「痛い、痛いよ! ドアで僕の身体を挟まないでくれないかな!?」


 ガンガン音が鳴るほど教室のドアを強く締めて先輩を挟んでみたが、どうにも犬塚先輩が俺と話しをしたいらしいので、仕方なくドア開けることにした。


「んで、ゴミ虫野郎先輩。村雨先生の俺に対する伝言って、なんすか?」


「さ、さり気ない言葉の暴力をありがとう。それじゃあ、本題に入ろうか……」


 犬塚先輩はその場で立ち上がると、制服に着いた埃を払い落とし、胸元で潰れた一輪のバラを鼻先に当てた。


「村雨先生が今日の放課後にキミと個人的に話がしたいそうだよ。その内容まではわかりかねるけれど、とても大事な話だそうだよ?」


「村雨先生が俺に大事な話……? 場所はどこなんすか?」


「三階の生徒指導室さ。SHRが終わり次第、急いで来て欲しいとのことだよ」


「生徒指導室に急いで来て欲しい……だと?」


 その言葉に、俺の股間センサーが反応を示した。

 美人女教師と男子生徒が、二人きりで生徒指導室に籠るなんて、それはもうエロゲ―で例えるところのエッチイベントではなかろうか?

 やはり村雨先生は、俺のことが欲しかったようだ。

 これは先生の教え子として、その要望に応えなくてはならないだろう……。


「……わかりました。では、村雨先生にシャワーを浴びてから行くと伝えておいてください」


「キミの発言に不適切な単語が含まれている気がするけれど、そう伝えておくよ。それじゃ!」


 俺に背を向けて犬塚先輩は踵を返すと、手に持っていた一輪のバラを廊下にいた女子生徒に渡してその場を去った。


 それにしても、村雨先生の個人的な呼び出しとはいったいなんのだろうか?

 昼間のことを鑑みるに、やはりワンチャンあるかもしれないだろう。


「村雨先生が俺個人に大事な話か……これは、女教師と男子生徒のめくるめく禁断イベントかもしれねえな?」


「いや、それはないっしょ」


 と、ひとり妄想の海に沈もうとしていた俺をカナデが現実に引っ張り戻す。


「なんだよカナデ。俺の瞑想ならぬ妄想を邪魔するな」


「いや、そんなところで瞑想も妄想もされていたらみんなの邪魔だし。ねぇ、それよりつーくん。なんか、さっきから外の方が騒がしくない?」


「あ? 外だと?」


 カナデに言われ、俺が教室の窓から外を見てみると、正門前に下校中の生徒たちで人だかりが築かれていた。

 彼ら彼女らは、正門の入り口をチラチラと見ては、スマホを片手に写メを撮りながら嬉々としていた。


「なんだありゃ? まるで人がゴミのようだな」


「……いや、ゴミって。それを言うなら、人混みっしょ?」


「なんだどうしたカナデ? お前が正解を口にするなんて、明日は雨でなく、槍でも降ってくるかもしれんぞ?」


「ど、どんだけアタシのことをバカにしてんの……」


 目尻をピクピクさせて睨んでくるカナデに俺が肩を竦めていると、窓際にいた女子たちがスマホを片手に騒ぎ始めた。


「ねぇねぇ、見てこの子! 今さ、正門の所にいる後輩から写メが送られてきたんだけどさ? なんかモデルみたいに可愛い白人の女の子が正門で誰かを待っているらしいよー?」


「はぁ? マジ~? うちのガッコで、そんなレベル高い女子と付き合えるイケメンなんていたっけ~?」


 言葉とは、時として暴力よりも相手に酷い傷を負わせることがある。

 実際に、窓の外を眺めてケラケラと笑う女子たちを見つめて、うちの男子たちが切ない表情を浮かべていた。。

 男子諸君、諦めてはいけませんよ? 信じて待ち続けてさえいれば、そのうち願いは叶うことがあるのです。

 そう、俺のように……なーんてことは、これっぽっちも思っていないのだが、その美少女のことは気になるな……。

 これは、確認する必要性があるだろう。


「カナデ。ちょっと正門に行ってくる」


「え? なんで?」


「俺は正門前にいるというその謎の白人美少女が、どれほどのレベルなのかを確認しなければならない義務があるんだ」


「……それ、ただ単につーくんが見たいだけっしょ?」


「その通りだ」


「めっちゃ素直だし!? ていうか、その白人の女の子ってエクスちゃんじゃないの?」


「バカを言え。この時間だと、エクスは家にいるだろうから間違ってもうちの高校に来るわけが……」


 と、外に視線を戻してみると、正門前の壁に背中を預けていたのは、エクスだった。


「……あれええええええええええええ!?」


「ほら。やっぱりエクスちゃんじゃんって……つーくん、どこ行くの!?」


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 カナデが背中越しに声をかけてきたけれど、それどころではなかった。

 ドアをぶち破る勢いで教室を飛び出すと、俺はなりふり構わず校庭へと足を走らせた。


 エクスがうちの高校へ来た? なんで? 


 募る疑問はさて置き、このままだと俺の可愛いエクスが、ゴミのような男子たちにナンパされかねない。

 それだけは、法に触れるようなことをしてでも阻止せねばならない。


「うおおおおおおおっ! エクスぅぅぅぅぅぅっ!」


 正門前にできた人だかりを掻き分け、俺が無理やり割り込んでゆくと、正門前で寂しそうな顔で俯いたエクスがいた。


「エクス!」


「あ……ツルギくん!」


 エクスは俺の姿を見るなり満面の笑みを浮かべて、いきなり抱きついてきた。

 それを見ていた周囲の生徒たちからどよめきの声が上がるも、俺はエクスを見て言う。

 

「エクス、一体どうしたんだ? いつもこの時間だと、お前は録画した海外ドラマを観ているか、お昼寝タイム中だろ?」


「そ、そんなことないよ! えっと、なんていうか……なんだかひとりでいるのが急に寂しくなっちゃって……ツルギくんに会いに来ちゃったんだ」


 ……お願いだから、その台詞をもう一度聞かせて。


 エクスの激萌キュンキュン台詞に俺がハートを射抜かれていると、周囲の男子生徒が羨望の眼差しを向けてくる。

 これだとかなり目立ってしまうな。

 よし、このまま帰ろう!


「エクス」


「うん?」


「一緒に帰ろうか?」


「え? でも、二階の窓からカナデさんがこっちに向かって『帰るなー!』って、叫んでいるけれど……」


「あれは発声練習をしているんだ。だから、気にする必要なんてないさ」


「とてもそうは見えないけれど、ツルギくんがそう言うなら……!?」


「エクス?」


 突然、校舎の方を睨みつけると、エクスが強張った表示で黙り込む。

 その様子を怪訝に思っていると、エクスが俺の手を引いて校舎に走り出した。


「おい、どうしたんだよエクス?」


「ツルギくん、落ち着いて聞いて! 今、校舎の方から強力な魔剣のオーラを感じたんだ!」


「魔剣のオーラって……ウソだろっ!?」


 エクスからの衝撃的な発言に思わず目を剥いた。

 校舎の中に魔剣が潜んでいるだと?

 まだ、学校の中にはカナデも含めて多くの生徒や先生たちがいるってのに!?


 それを想像しただけで背筋が凍りつく。

 俺は先を走るエクスに追いつくと、声をかけた。


「エクス、それは確かなのか!?」


「間違いないよ! でも、ちょっと様子が変なんだ……」


「変? それはどういう意味だ?」


「なんというか、強いオーラと微弱なオーラが交互に入り混じっているというか、なんだか変な感じがするんだよね」


 校舎の中を見つめながらエクスが首を捻る。

 精霊ではない俺には、そのオーラがどういうものなのか感知できない。

 しかし、それができるエクスにとってその魔剣のオーラは不可解なもののようだ。


「……とりあえず、相手を見てみない事にはわかりそうもねえな」


「そうだね。まだ相手にも動きがないみたいだし、急ごう!」


「よし、それならこのまま乗り込むぞ!」


「うん!」


 俺たちを待ち受ける魔剣がどんな相手なのかはわからない。

 それでも、ここで立ち止まっている暇なんてあるわけがない。

 今はただ突き進み、カナデも含め、皆を救うことが俺たち二人の使命だ!

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