第18話 まさかの二人

 校舎内に入るや否や、エクスが魔剣のオーラを感知しながら走り抜ける。

 その身軽な動きに置いて行かれぬよう、俺も必死に足を走らせていた。


「ツルギくん、次の角を右ね!」


「あぁ……了解だ」


 俺の数歩手前を先行して、エクスが颯爽と階段を駆け上がってゆく。

 多分、魔剣のオーラに集中していて気付いていないのだろう……。

 エクスが膝を上げる度に丈の短いスカートがひらりと翻り、そこからなんともエロくて素敵な紫のショーツが見えて、とても眼福だった。


「……なぁ、エクス?」


「ん? なに?」


「また、新しい下着を買ったのか?」


「ふぇっ!?」


 と、ここで先を走っていたエクスが両手でお尻を押さえて急停止した。

 それに合わせて俺も立ち止ると、エクスが顔だけでこちらを振り返り睨んでくる。


「……見たの?」


「ああ。とても素敵なチョイスだ。紫を選ぶなんて、ホント良いセンスをしている!」


 最高の笑顔でサムズアップをしたのだが、当のエクスは顔を赤くして眉根を寄せた。


「んもぅ、今はふざけている場合じゃないんだよツルギくん! 今の状況を理解してる!?」


「おいおい、そんなに怒るなよ? 俺はただ、純粋にお前の下着のセンスが良いからそれを褒めただけで……」


「だから〜、そういうのが良くないって私は!」


「そこのお前たち、こんなところでなにをしている!」


「!?」


 後方から飛んできた聞き覚えのある声に、思わずぎくりとして振り返る。

 すると、渡り廊下の奥で腕組みをした村雨先生が、俺たちを睨みつけ立っていた。


「草薙、キミはここで何をしているんだ?」


 ……しまった。よりにもよって、村雨先生と出くわしちまった!


「あ、いや、先生……これはですね〜」


「今はSHRのはずだろ。それにキミは今日の放課後……んっ? その子はなんだ?」


 村雨先生の視線が俺の後方に立つエクスへ向けられた。

 規則に厳しい村雨先生が、部外者であるエクスを見逃してくれるわけがない。

 このまま捕まれば、エクスとの事について色々と詰問されかねない。

 そうなると、余計に厄介だ。


「ヤバイな……エクス、どうするよ?」


「……っ」


 狼狽しながら俺がそう問うも、エクスがなにも答えようとしない。

 そんなオレたち二人のもとに、厳しい表情をしたまま村雨先生がツカツカと歩み寄ってくる。


「草薙。もう一度だけ訊ねるが、その子は誰だ?」


「あ、いや……この子はですね~」


「ツルギくん」


「なんというか、俺の親戚で最近この街に引っ越してきたような~?」


「ツルギくん!」


「な、なんだよエクス?」


「ツルギくん、早くその人から離れて!」


「離れるって、なにをそんなに……」


「魔剣だよ」


「え?」


「その人、魔剣の精霊だよ!」


 その一言で、背筋が一気に凍りついた。


 村雨先生が魔剣の精霊? そんなバカな!

 エクスの冗談にしては本気で笑えなかった。


「な、なにを言っているんだよ? そんなわけが――」


「草薙」


「あ、はい?」


「その子が言う通り……私はだ」


「!?」


 凍りつくような微笑を浮かべた村雨先生に時が止まった。

 先生が魔剣の精霊だなんて信じたくなかったし、信じられなかった。

 でも、そんな俺の希望を消し去るように、先生の瞳が赤色に変化する。


「草薙、私はとても残念だよ。まさかキミが、聖剣のセイバーだったなんてな……」


「せ、先生……なにかの冗談だって言ってくださいよ! そんなことないですよね!?」


「草薙。キミには、私が冗談を言うような人間に見えるのか?」


「そ、そんな……」


 不敵に笑う村雨先生に俺は愕然とせざるを得なかった。

 これはもう、覆すことの出来ない事実なのだろう。まさか、先生が魔剣の精霊だなんて……。


「ツルギくん、早くこっちに来て!」


 強張った表情で催促してくるエクスに俺は下唇を噛むと、後方へ飛び退く。

 そのとき、村雨先生の手に一本の黒い日本刀が握られていて確信に変わった。

 間違いなく、村雨先生は魔剣の精霊だ。


「なぁ、草薙。私のもとへ来ないか?」 


「それはどういう意味ですか?」


「キミはその子から聞かされていないと思うが、セイバー契約を結べるのはなにも聖剣だけの特権ではないのだぞ?」


 村雨先生はそう言うと、黒い刀身を指先で撫でながら妖艶に微笑んでくる。

 魔剣も聖剣と同じ古代兵器なのだから、それは可能なことなのかもしれない。

 だが、そんなことよりも俺は、ジャージの胸元に指をかけた村雨先生の仕草の方が気になっていた。


「……せ、先生。一体なにを企んでいるんですか?」 


「企む? 酷い言い草だな。私はただ、キミに魔剣のセイバーになって欲しいとお願いしているだけだぞ?」


「そ、それならどうして……ジャージのファスナーをゆっくりと下げているんですか!」


「フフッ……やはり気になるか?」


 淫靡な笑みを浮かべると、村雨先生がじわりじわりと胸元を開いてゆく。

 そこから顔を覗かせた豊な胸元に、俺の視線が釘付けにされていた。


 ……素肌にジャージ。

 それはまさに、童貞殺しの破壊兵器そのものだ。


「なぁ、草薙? 私の身体が熱くてたまらないんだ。キミの手でなんとかしてくれないか?」


「そ、それは……具体的にどうしろと!?」


「それを女の口から言わせるつもりなのか?」


「……っ」


 ……エロイ。想像しただけで、鼻血が噴き出しそうだ!


「どうした? 私のお願いを聞いてはくれんのか?」


「あ、いえ。自分は初めてなものですからその……じょ、上手にできるかどうかちょっと不安で――ぎゃふんっ!」


 と、冗談を口にしていたら、隣のエクスに後頭部を叩かれた。


「ツルギくんのバカ! なにを考えているのさ!?」


「な、なんだよエクス。今のは軽い冗談だぞ?」


「絶対本気だったよね!? 明らかに厭らしい顔をしていたよね! パートナーである私がいるのに……もう、触らせてあげないんだからね!」


「す、すまん! 今のは俺が悪かった。もうしませんから許して!?」


 ぷーっと頬を膨らませてそっぽを向くエクスにマジな土下座をした。


 これでもう何度目の土下座になるだろう。

 確かに今のは全面的に俺が悪かった。

 ともかく、彼女を怒らせてしまった以上、謝るのは当然だ。

 とはいえ、このままでは埒が明かない。

 かくなる上は、エロゲ―で学んだアレをするしかないだろう……。

 

「なぁ、エクス?」


「フンッ! もうなに――って、ふぇっ!?」


 激おこぷんぷんだったエクスを強引に抱き寄せると、俺は彼女の瞳をジッと見つめた。


「……つ、ツルギくん? きゅ、急にどうしたの?」


 俺の突飛な行動にエクスは大きな瞳をぱちくりさせて動揺していた。

 ここまでの効果は抜群だ。

 しかし、彼女にこれから俺が言おうとしている台詞が通用するかはわからない。

 それにその台詞は、かなりアレで痛々しいから、失敗した場合の精神的ダメージは計り知れないだろう。

 でも、やらなければならないのだ!


「エクス、聞いてくれ!」


「な、なに?」


「……俺にとって、この世で一番大切なのは――」


 ――お前以外にあり得ない。


「……ふ、ふえぇぇぇぇぇぇぇぇっ~!?」


 俺の口にしたアレな台詞に、エクスの顔が見る間に赤くなった。

 別にウソ偽りがあるわけではないし、心の底から思っていることだと自信をもって言える。

 別にそれは、エクスが俺好みの白人美少女であるからというわけではない。

 別にそれは、エクスが細身でありながらもエッチな身体をしているからというわけではない。

 別にそれは、俺が彼女の胸を触れなくなるのが嫌だからというわけでは……ある。


 その他諸々の私情も含めても、その言葉に偽りなどなかった。

 これは俺の本心から出た言葉なのだ。

 故にそれは真の愛である!


「つ、ツルギくん……私、本当に嬉しい……」


 かなり感極まっているのか、目元に涙を浮かべたエクスが口元を両手で押さて震えている。

 まさか、ここまで効果が抜群だとは思っていなかった。  

 ……本当に良かった。

 これでまた、エクスのおっぱいを触らせてもらえるぞい!


 そんなヒャッホーしている俺を見て、村雨先生は残念そうに溜息を吐いた。


「……交渉決裂のようだな。おい、今の話が聞こえていただろ? そろそろ顔を出したらどうだ?」


「先生? 一体誰に話しかけているんですか?」


「すぐにわかるさ」


 口の端を笑ませてそう言うと、村雨先生がこちらに背を向ける。 

 その言動に俺とエクスが訝っていると、その男はどこからともなく現れた。


「先生、僕はまだ諦めませんよ……。恋とは、その障害が高ければ高いほど燃え上がるものなのですから!」


「なっ、アンタは!?」


「やあ、草薙君。これでキミに会うのは夢の中も数えたら……三度目かな?」


 渡り廊下の奥から姿を見せたのは、俺の天敵である犬塚先輩だった。 

 先輩は一輪のバラを咥えながら村雨先生の横に並ぶと、俺にウィンクを投げてくる。

 

「草薙君。キミなら既に気付いているとは思うけれど……」


「アンタが変態ってことをですか?」


「違うよ。僕はね、ある条件をもとに村雨先生のセイバーになったんだ」


「なんだって!?」


 犬塚先輩の発言に自然と眉根が寄る。

 この人が村雨先生とセイバー契約を結んだということは、やはり俺たちの敵ということになるのだろう。

 というか、そんなことよりも、なぜ犬塚先輩が先生と契約を結んだのかが解せない。


「アンタ、男好きな変態と見せかけておいて実は村雨先生の身体が目的だったんすか!」


「ハッハッハッ! そんなわけないじゃないか? キミという存在がいるというのに、この僕が女性に靡くなんてありえないよ。僕にはいつでも……キミだけだぞ?」


「……ツルギくんって、そっち系だったんだ」


「勘違いするんじゃありません! 俺は健全な男の子だから、そういうことは絶対にない! だから、そんな冷たい目をしないでくれるかなエクスぅっ!?」


「えー。本当に違うの?」


「違うって言っているだろうが!? というか、犬塚先輩。アンタが先生と契約を結んだ目的は一体なんなんすか!」


 半ば強引に話を戻すと、犬塚先輩を睨みつける。

 この男との無駄な会話は避けて通るべきだ。

 だって、エクスが胡乱な目で見てくるんだモン!

 それより、俺が知りたいのは、犬塚先輩が村雨先生と契約を結んだその意図である。


「フフフッ、やはり気になるかい? それなら教えてあげようじゃないか……。僕が先生と契約を結んだ理由……それは――」


「それは?」


「……この戦いに勝利したら、キミを洗脳して僕の恋人にしてくれると約束したからさ!」


「……」


「……」


「……」


 爽やかな笑顔を浮かべて、そう宣言してきた犬塚先輩に俺は戦慄した。

 隣を見やれば、エクスも酷く青ざめている。

 そしてなにより、犬塚先輩の隣に立つ村雨先生が一番頬を引き攣らせていた。


「フフフッ……草薙くん。キミのアナ……じゃなくて、初めてはこの僕がいただくよ?」


 その言葉に、お尻の穴がキュッとした。

 この人は狂っている……というか、ここまでイカレているとは思っていなかった。


「さぁ、今だからこそあえて言おう! 僕は初めてキミを見た瞬間から、ずっとキミのことをベッドの上で抱きたいと――」


「エクスうううう! あの変態を殺すから《ミラー》を展開しろおおおおおおっ!」


「う、うん。わかった!」


 犬塚先輩の狂言をかき消すように俺が声を上げると、エクスが《ミラー》を展開して仮想空間が広がる。

 それと同時に、俺は彼女の肩を抱き寄せた。




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