第19話 羞恥な召喚

「エクス、準備はいいか?」


「うん。いつでもいいよ!」


 今回で、三回目となる聖剣の召喚儀式にエクスもだいぶ慣れてきたのか、俺を見つめ返してくるその瞳には迷いがなかった。


「ツルギくん。じゃあ、さっさと脱いじゃうね!」


「お、おぅ……お願いします」


 エクスは力強くそう言うと、着ていたブラウスのボタンを着々と外してゆく。

 その行動に村雨先生と犬塚先輩の二人が、怪訝そうに首を捻る。


「草薙。彼女は一体なにをするつもりだ?」


「これから戦うために、必要な儀式を行うための準備をしているんですよ」


「草薙くん。そうは言っても、戦うための準備だというのに、どうして彼女が胸元を晒す必要があるんだい?」


「見ていればわかりますよ。というか、俺に話しかけるんじゃねえこの変態!」


「フッ……連れない子猫だねキミは」


 一輪の薔薇を鼻先に当てると、犬塚先輩がやれやれとかぶりを振る。

 村雨先生はエクスの奇行をジッと見つめているが、俺はとくに気にせず、指関節をパキパキと鳴らして準備を整えた。


「さあ、ここからが腕の見せ所だ……。俺の右手が真っ赤に燃える……お前をと轟き叫ぶ――」


 天に向けてかざした右手を開いて力を込めると、俺はエクスの豊かな胸元へと、一気に振り下ろす。


「……シャイニング、フィンガァァァァッ!」


「ちょっと、ツルギ! 耳元でそんなに大きな声を出さないでよ、もぅ!」


「え? あ、はい。すみません……」


 と、盛大に空回りをしたが、俺は咳払いをして気恥ずかしさを誤魔化すと、いつも通りエクスの胸元に右手を突っ込んだ。


 その行動に村雨先生と犬塚先輩が、驚いた様子で目を見張る。


「く、草薙っ!? き、キミは……教師である私の目の前でなにをしているんだっ!」


「……村雨先生。これが、俺たちの戦闘準備なんです!」


「草薙君! そんな女子の胸元なんかよりも、僕のズボンの中に手を入れるのはどうだろうか!?」


「なに頭おかしいこと言ってんだよこの変態!? 今は大事なときだから静かにしてろカス!」


 エクスの胸元に右手を深く沈めた俺に、村雨先生は顔を真っ赤にしてソワソワしており、その隣の変態は憎々しげに歯ぎしりをしていた。

 しかし、そんな二人の視線もなんのその。

 静かに深呼吸をすると、俺はそっと優しくエクスの胸を愛撫した。


「……ンッ。な、なんか……今日のツルギくん、いつもより優しいね?」


「へへっ、たまにはこういう感じも悪くないだろ? それより、エクス。またちょっと胸が大きくなったんじゃないか?」


「ひ、人前でそんなこと言わないでよもぅ! これでも、胸が大きいのコンプレックスなんだから……」


「なんでだよ? こんなに大きくて形が良く綺麗なんだから、もっと自信を持てよ。ふぅ〜っ……」


「ひゃうっ!? つ、ツルギくん! そうやっていきなり、耳元に息を吹きかけないでよ……変な声出ちゃうじゃん!」


「ははっ、ゴメンよ。でも、感じているときのエクスを見ていると凄く可愛いから、イジメたくなっちまうんだ」


「本当にもぅ……なんか、このままだと私、どんどんエッチな女の子になっちゃうよ~」


 口先を尖らせながらも、その白い頬を林檎のように紅潮させて呼吸を乱してゆくエクスが愛おしい。

 その淫らに変わりゆく様を見つめながら、俺は天を仰いだ。


「……天に召します神様。エクスと出会わせてくれたことを心から感謝しています」


「なにを悟ったような顔をしているんだ草薙!? 今すぐその行為をやめろ!」


「草薙くん! 僕にも……僕にもキミの愛の一部をわけてくれないか!?」


「うるさいわボケ!? 今は大事なところなんだから静かにしてろって、言ってんだろうが!」


 ぎゃあぎゃあと喚く村雨先生と犬塚変態をさて置いて、俺が指先に緩急をつけると、エクスの身体が脈打つように反応する。

 艶のある声と濡れた唇。

 彼女の首筋から、そこはかとなく漂うこの甘い香りは、まるで媚薬そのものだ。

 俺のボルテージも一気に高まるというもとだ。

 興奮して熱くなったのか、エクスの身体が僅かに上気して汗ばみ、俺の右手がしっとりとした。

 潤んだ青い瞳は足元を見つめ、恥じらいを堪えるようにキュッと噛まれた下唇がなんとも官能的だ。


「つ……ツルギくん? もう、私……」


 俺の首筋にエクスは唇を寄せると、生暖かい吐息をこぼして物欲しげな瞳でこちらを見つめてくる。

 そろそろ良い頃合いのようだ。

 それなら、アレをするとしよう……。


「なぁ、エクス?」


「えっ? なに?」


 ――人に見られて感じるなんて、お前は本当にエッチな女の子だな?


「ふぇっ!?」


 わけもなく俺が厭らしい囁きを耳元にすると、エクスの頭にあるアホ毛がピンと直立する。

 これで準備は整った……あとは、エクスが絶頂するのみだ!


「わ、私……そんな厭らしい女の子じゃ……でも……」


 と、エクスはグッと両目を閉じて堪えようとしたが、押し寄せる絶頂的快楽には決して抗えなかった。


「……ラメエエエエエエエエエエッ!」


 歓喜の叫びともとれるその甲高い声が、まるでハレルヤを唄うように渡り廊下へ響くと、彼女の胸元が眩い光を放つ。

 それと同時に、俺はエクスの中から聖剣を引き抜くと、勢いよく地面に突き立てた。


「これが……俺たちの聖剣だ!」


「な、なんて淫猥な……お前たち聖剣使いはいつもそんな方法で戦っているのか!?」


「草薙君! そのやり方は倫理的に如何なものかと思うけれど、僕が彼女の立場ならそれはアリ――」


「ぎゃあぎゃあとうるせえんだよっ! つーか、村雨先生はともかく、なんでアンタが一番興奮してんだよ気持ち悪りぃな!?」


 地面に突き立てた鞘から刀身を引き抜き中段で構える。

 すると、それに合わせて村雨先生が黒い日本刀を犬塚先輩に投げ渡した。


「……先生、本当に俺たちと戦うつもりなんですか?」


「可愛い教え子であるキミと、このような形で決別するのはとても心苦しいことだ……。しかし、キミが聖剣のセイバーである以上これしか通る道はあるまい」


 村雨先生が腕組みをしながら悲しげな表情を浮かべる。

 やはり、俺たちが聖剣と魔剣である以上、戦わないわけにはいかないようだ。


「草薙君。キミには悪いけれど、本気で相手をさせてもらうよ」


「やるしかねえのか……わかりました、相手になります!」


 聖剣を構える俺と魔剣を構える犬塚先輩。それを見守る精霊の二人には、それぞれ緊張の色が滲んでいた。


「それじゃあ……始めようか――」


 そう言った直後、犬塚先輩から表情が消えた。

 その刹那、先輩が振り抜いてきた日本刀が俺の眼前に迫る。

 咄嗟に振り上げた刀身で、犬塚先輩の初手を防いで反撃を繰り出す。

 言動はイカれているけれど、剣を持ったこの人は本物の剣士だ。

 ナメテかかると大怪我をする程度じゃすまされないだろう。


 打ち付け合うお互いの刃で火花が散る。

 渡り廊下に鳴り響くその金属音が、その速度を次第に速めた。


「ここでは満足に打ち合えないね。そこの体育館でやり合おうじゃないか!」


「上等ですよ! そこで決着をつけてやる!」


 俺たち二人の戦いは、渡り廊下から体育館の中へと移された。


 重い衝突音がホール内に響いて残響する互いに一歩も退かない激しい剣戟。

 そんな最中、俺と鍔迫り合いになった犬塚先輩が、口の端を上げて言う。


「……見事だよ、草薙君。流石は僕が認めた剣士だけあって、手強いの一言に尽きるね」


「……犬塚先輩。できることなら、俺はアンタとも戦いたくない。俺たちにはこうするしか他に道はないんですか?」


「残念だけど、それは難しい相談だね……。キミも知っているとは思うけれど、例えキミが先生を見逃したとしても、キミのパートナーである彼女の仲間がいずれはこの地を訪れ先生を討ち取りに来るだろう。そのとき、キミはどうするつもりだい?」


「そんなの、絶対助けるに決まっているじゃないですか!」


「だろうね。キミならそう言うと思っていたよ。でも……」


「?」


 鍔迫り合いの状態から俺を突き飛ばすと、犬塚先輩は体育館へ駆け込んできたエクスを一瞥した。


「……彼女はどうだろうね? キミのパートナーでるあの子は、少なくとも村雨先生に対して敵意を見せているように思えるけど、違うかな?」


「……っ」


 エクスから視線を戻すと、犬塚先輩が俺を横目で見て瞳を細める。

 確かに、エクスはこの街に派遣されてきた精霊であり、その任務は両親の仇でもある魔剣の殲滅だ。

 そうなると当然、エクスは魔剣の精霊である村雨先生を許そうとはしないだろう。

 だが、例えそうだとしても俺は……。


「草薙君。そんな中途半端な覚悟でいると、いつしかキミ自身を苦しめることになるよ……。キミは魔剣を滅ぼす覚悟を持って彼女のセイバーになったんじゃないのかい?」


「そ、それは……」


 犬塚先輩からの苦言に心が動揺する。

 先輩の言う通り、俺はエクスのために魔剣と戦う決意をしたつもりだ。

 しかし、その相手がまさか村雨先生になるだなんて微塵にも思っていなかった。

 村雨先生は、俺みたいなダメ生徒にいつも優しく、時には厳しく接してくれた。

 そんな掛け替えのない大切な人を斬る覚悟なんて、今の俺にあるわけがなかった。 

 だけど、エクスからしてみれば、村雨先生は彼女から両親を奪った連中の仲間という認識になるのだろう。

 でも、俺にとって村雨先生は尊敬できる大好きな先生だ。

 それなら俺は、一体どうすれば……。


「キミが迷うのも無理はないね。でも、それは人として間違っていないと僕は思うよ」


「……犬塚先輩」


「でもね、逆に僕は躊躇うことなくキミのパートナーである彼女を斬る覚悟があるよ。それが例え、キミの悲しむ結果に繋がるとしてもね。なぜなら僕は……」


 犬塚先輩が下唇を噛む。

 やはり、犬塚先輩にとっても村雨先生は大切な存在なのだろう。

 曲がりなりにも二人は師弟関係。

 犬塚先輩は俺よりも多くの時間を先生と過ごしてきた。

 その日々と記憶があるからこそ、この人は純粋に先生を守ろうとしているのだろう。

 普段の言動は頭おかしいが、そういう部分だけは素直に尊敬できる。

 と、思っていたのだが……。


「……許せないんだよ。草薙君とイチャついているあの女が、心の底から憎くて憎くてたまらないんだ!」


 ……そんなこともなく、やはりこいつはただの変態だった。 


「犬塚先輩……少しでもアンタを尊敬しようとした俺がバカでしたよ。ていうか、死ね」


「さぁ、草薙君。おしゃべりはここまでだ。先生、例の技を!」


 体育館へと姿を見せた村雨先生に振り向くと、犬塚先輩が声を張る。

 その威勢に戸惑った素振りをみせるも、村雨先生は眉を顰めて頷いた。


「犬塚、どうやら、お前は本気のようだな……いいだろう。覚悟はいいか草薙?」


「犬塚先輩。村雨先生と一体なにをするつもりなんですか?」


「それは見てからのお楽しみさ。行くよ、草薙君!」


 遠目に立つ村雨先生が顔の前で印を結ぶと、犬塚先輩が刀を地面に突き立てる。

 するとその直後、地面に突き立てられた刀身から水が溢れだし床一面に広がった。


「な、なんだこりゃ!?」


「さぁ、楽しいパーティーの始まりだよ!」


 犬塚変態はそう言うと、挑戦的な瞳で口元を笑ませた。

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