第20話 寄生型
「これが村雨先生の特殊技『霞の舞』だよ! これで、キミから全てを奪わせてもらうつもりさ……」
床の上に広がった水溜りから、急に霧が立ち昇り始めた。
それはやがて濃霧へと変わり濛々として広がると、体育館の中を覆いつくしていった。
「クッ……目眩ましか! エクス、こっちに来い。絶対に俺の傍から離れるなよ!」
「うん、わかった!」
俺の声を頼りに濃霧の奥からエクスが駆けつけてくると、そのまま抱きついてくる。
すると、濃霧の中からギリッギリッという耳障りな異音が聞こえてきた。
「なんだこの異音は? 聴いていると集中力が乱れるな……」
「よくわからないけれど、すごく嫌な音だね。ツルギくん、気を付けて!」
「……おのれビッチめ。僕の草薙君とイチャイチャしやがって」
「おい、犬塚。その歯ぎしりを今すぐ止めろ。不快極まりない!」
「お前の歯ぎしりだったんかい!?」
どうやら、濃霧の中から聞こえてきた異音は、犬塚先輩の歯ぎしりだったらしい。
どんだけ嫉妬深いんだよあの変態。
とりあえず、見つけ次第ぶん殴ってやる。
ひんやりとした霧の中を警戒しながら、周囲に意識を配って歩みを進めてゆく。
辺り一面に広がると濃い霧の中で聞こえてくるのは、俺とエクスの息遣いと衣擦れする音だけだった。
村雨先生と犬塚先輩もこの濃霧のどこかで息を顰めているのだろうけれど、二人の気配がまったくと言っていいほど、感じ取れない。
「クソッ……どこに隠れているんだ?」
「私もさっきからオーラを感知しようとしているんだけど、全然わからないよ。ひょっとしたら、この霧がジャミングのような役割をしているのかも……」
「!? エクス、後ろだ!」
「ふぇっ? きゃあああっ!?」
霧の中に浮かんだ二つの人影から、それぞれぬるりと黒い刃が飛び出すと、エクスに襲いかかった。
その刃を素早く聖剣で打ち払い、すかさず追撃を入れたのだが、その攻撃は霧を払うだけに終わった。
「視界だけでなく、気配も消せるとか本当に面倒な技だな……」
視界を奪われただけでも厄介だというのに、犬塚先輩と村雨先生の二人による連携攻撃は静音で鋭い。
これは間違いなく、今までに相手をしてきた魔剣の中で最も強敵だろう。
「今の攻撃を受け止めるとは流石だな草薙。増々キミのことが欲しくなったぞ……どうだ? もう一度考え直してみるつもりはないか? 今ならまだ間に合うぞ」
「申し訳ないですけど、その答えならとっくに――」
「なぁ、草薙?」
「なっ!? しまっ――」
突如として濃霧の中から村雨先生は姿を見せると、妖艶な笑みを浮かべて俺に抱きついてきた。
「そんなに恐い顔をするな草薙……。私は武器など持っていないぞ?」
言われて村雨先生を見てみると、彼女は確かに魔剣を持っていなかった。
ていうか、そんなことより、なんで先生の胸元はそんなにはだけているんだ!?
「ンフフッ……草薙。キミは本当に良い身体をしているな? 思わず抱かれたくなってしまうぞ……」
村雨先生はそう言って、俺の胸板に豊満な胸を押しつけると、艶かしく唇を舐めた。
「草薙……私はな、キミを傷つけたくないしその逞しい身体に本気で抱かれてみたいと思っている……だから――」
「?」
――キミの股にあるその立派な日本刀を私という鞘に納めてみないか?
「な……なんですとぉぉぉぉぉぉっ!?」
……俺の股にぶら下げた日本刀を先生の鞘に納める、だと!?
なにそれ超エロイんですけど!
「ダメか? 草薙ぃ〜……」
物欲しそうな表情で村雨先生は人差し指を咥えると、もう片方の指で着ているジャージのファスナーをゆっくり下ろし始めた。
その行動に俺の視線が釘付けにされる。
……これは、まさか!?
「……せ、先生? そ、そのままだと……おっ、おぱ、おっぱいが」
「んっ? 私の胸がどうしたって?」
「い、いや、だから! そのままだと……村雨先生の、ち、乳首が……って、あああああああっ!?」
「ツルギくんのバカあああああああああああああっ!?」
「ぶべら!?」
……もう少し、あともう少しで全部見えそうだった。
しかし、エクスが俺の顔面を横から殴りつけてきたものだから、それが叶わなった。
「んもぅ、なにを考えているのさツルギくんは!?」
「……エクス、痛いじゃないか。殴る相手を間違えているだろ?」
「間違えてなんかいないよ! どうしてツルギくんはそうやって、すぐに目移りするかなぁー!」
腫れ上がった頬を俺が涙目で擦っていると、苛立ったエクスが鼻を鳴らしてそっぽを向く。
その光景を見て村雨先生はくすりと微笑み、再び濃霧の中に身を隠した。
「なんでそんなに怒るんだよ? こればかりは男の性であり、抗えないものなんだぞ!」
「例えそうだとしても、私はそういうのが許せないんだよー! このこのこの~!」
「痛い、痛い! わかったわかった。もう油断しないから叩くのをやめて!」
目尻を吊り上げ、たポカポカと人の頭を叩いてくるエクスを必死で宥める。
やはり女性の乳房とは、胸囲……じゃなくて、脅威だ。
次からは、ちゃんと見れるように努力したいと思う。なんつって(テヘペロ)
お怒り中のエクスを尻目に、聖剣を構え直して俺は再び意識を集中させる。
この纏わりつくような霧は、幾ら振り払っても霧散することはない。
全神経を尖らせてみても、先生たちの足取りは掴めない。
これは本当に手強い……一体どうすればいいのか。
そんな緊張感に包まれた状態が続く中、俺たち二人の息遣いとは別に聴こえてくる音があった。
「この音は……虫の羽音か?」
耳障りな虫の羽音。
それも蚊の鳴くような音とは違い、もっとハッキリしたものだ。
その音が徐々に大きくなってくると、白い霧の奥から黒い影がこちらに迫ってきた。
「エクス、伏せろ!」
「うん!」
横一線に振り抜いた聖剣が、霧と共に迫る影を切った……が、手応えはなかった。
「チッ、空振りだったか。今のも先生が見せた幻覚かなにかだったのか?」
「ちょっと待って……違う。これって、まさか! どうしようツルギくん!?」
「なんだ? こんな時にトイレか?」
「ち、違うよ!? それよりも、もっと最悪の事態だよ!?」
足元で伏せていたエクスが青ざめた表情で俺の顔を見上げてきた。
その様子に訝りながら俺は訊き返す。
「急に慌ててどうしたんだよエクス?」
「今さらこんなこと言い辛いんだけど……。さっき、私が感知した魔剣のオーラが強大なものと微弱なオーラが入り混じっているって話したでしょ?」
「そういえばそんなことを言っていたな。それがどうかしたのか?」
「多分、この中に……魔剣の精霊が二体いるよ!」
「はあっ!?」
エクスの発言に思わず耳を疑った。
魔剣の精霊が村雨先生以外にもう一体いる……?
それがどれほど危機的な状況なのか、想像しただけでゾッとした。
「あの人型魔剣のオーラに違和感を覚えてはいたけれど、その影に隠れてもう一体魔剣がいたなんて……完全に迂闊だったよ」
「じゃ、じゃあ、エクスが感知したオーラってのは、強力なものと微弱もので二つあったってことになるのか?」
俺の言葉にエクスが頷く。
全く予想外な展開にじわりと冷や汗が浮かんだ。
これが村雨先生による策略だとすれば、こちらが一方的に不利になる。
でも、もしそうだとしたのなら村雨先生と犬塚先輩の戦い方に疑問が浮かんでくる。
「……なら、どうして先生は、その魔剣と一緒に連携攻撃を仕掛けて来ないんだ?」
「ツルギくん?」
「なあ、エクス。ひとつ気になることがあるんだが、魔剣同志はお互いのオーラを感知できたりするのか?」
「それはわからないけれど、それも計算に入れての行動だとしたら――」
「犬塚、一体どうしたんだ!?」
突然、濃霧の奥から聴こえてきた村雨先生の声に緊張が走る。
その切迫した声の片隅では、犬塚先輩がもがき苦しんでいるような声も聴こえた。
「なんだ……一体なにがあったんだ?」
「ツルギくん!?」
エクスが指差す方に振り返ると、霧の中から黒い日本刀を振り上げた犬塚先輩が飛び出してきた。
「人間、死ねえええええええええええっ!」
「エクス、下がっていろ!」
黒い刀身を振り下ろし、強襲をしかけてきた犬塚先輩と剣を交える。
そのとき、視界に映った犬塚先輩の顔つきが醜悪に歪んでいることに気付いた。
「い、犬塚先輩! どうしちまったんすか!?」
「殺す! 人間は殺す!」
いつもの先輩とは思えないほど乱暴で大雑把な剣捌きに戸惑う。
この人の剣技は無駄がなく、それでいて凛とした佇まいから繰り出されるものだ。
それが今の犬塚先輩の剣捌きは、あまりにも無茶苦茶でただ振り回しているだけだった。
「先輩、正気に戻ってください! 一体何がどうして――!?」
振り下ろされた刃を躱して、俺が犬塚先輩の背後を取ったとき思わず目を疑った。
「なんだ……こりゃ?」
不意に見た犬塚先輩の背中には、黒いカマキリがピッタリと張り付いていた。
しかも、その口元からは細い管のようなものが伸びていて、先輩の頸椎に刺さっていた。
その管は赤色をしており、血管のように脈を打っている。
それはまるで、犬塚先輩の血液を吸い上げているように……。
「なんだよこのカマキリは?」
「ツルギくん! それは寄生型の魔剣だよ!」
「寄生型?」
「うん、間違いないと思う! そいつらは動物に寄生してその自我を奪い、宿主から養分を吸い上げ成長するタイプの魔剣なんだ。でも、幼体のうちは脆弱だから、今すぐ倒せばなんとか……って、あ、あぁ……」
俺の背後を指差して、エクスが瞳を白黒させ動揺している。
そのとき、足元に巨大な影が差してきて思わず顔を上げてみると……。
「ウソ、だろ?」
犬塚先輩に寄生した魔剣は見る間に巨大化し、体長三メートルほどの巨躯を有した巨大なカマキリに変貌を遂げた。
しかも奴は、宿主となった犬塚先輩を人質のようにその腹部に取り込んでいる。
取り込まれた先輩は意識を失くしているのかぐったりとしており、その顔色が青白くなっていた。
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