第80話 折れた聖剣
森の奥へとグングン進んでゆくダーインスレイブを追いかけ、俺はひたすら足を走らせた。
奴は蛇のような動きで、地面から突き出た樹木の根の上を滑るようにして逃げてゆく。
一体どこまで逃げるつもりなのかわからないが、森の最深部あたりまで来たと思う。
周囲は樹木が鬱蒼としており、気付けば太陽の光さえも遮断されていて、薄暗くなっていた。
そんな中、奴を追いかけていると、周囲の樹木に四本爪で引っ掻いたような傷痕がいくつもあった。
その傷痕が少し気になるけれど、今はダーインスレイブを見失わないよう、俺は必死に奴の後ろを追った。
すると、視界の先で森が途絶えており、少し開けた場所に飛び出した。
だが……。
「うおっと!? なんだここは……崖っぷちじゃねえか!」
開けた場所のすぐ先は崖になっており、対面する向こう側へ繋がるような橋はかなった。
恐る恐る下を覗いてみると、崖の下は深淵のように闇が広がっており、微かに聴こえてくる音から察するに急流の激しい川となっていて、どこかへと流れている様子だ。
「ケケケッ! とりあえず、この辺にしておくか。よぉ、兄ちゃん。準備はできてるか?」
Uターンをする勢いでダーインスレイブはこちらに振り向くと、コブラのような形態から更に変化し、大ムカデのような姿に変わった。
その時、奴の尻尾の先端が黒い
「準備ならとっくに済ませてるってーの。ここで決着をつけようぜ!」
「ケケケッ! いいね、その台詞。燃えてくるってもんだ」
ダーインスレイブは幾つもある細い脚で地面を突き刺すと、愉快そうにケタケタと笑う。
俺は奴の姿をしっかりと視界に捉え、一刀流の構えを取った。
「来いよダーインスレイブ。テメェを一刀両断にしてやる!」
「そいつは楽しみだ。でもよ、兄ちゃん。お前はとんだ過ちを冒してんだぜ?」
「あ? どういうことだ?」
「俺様がこんな森の奥深くに来たのには全部で二つの理由がある。まず一つ目は、俺様がヘグニの野郎に寄生していた時、ここらの地形や生態調査をして、この森に強力な力を持つ野生動物が居るってことを知っていたからだ」
ダーインスレイブの台詞に俺は周囲をぐるりと見渡す。
確かに、奴が話したように野生動物というか、鹿みたいな動物や小動物はそこらかしこに確認できたけれど、それに寄生しても大した戦力の変化に繋がるとは到底思えなかった。
「おいおい。あんな鹿みてえな動物に寄生したところで、ヘグニさんみたいな戦力が得られるとは思えねえぞ?」
「ケケケッ! なに言ってんだよ兄ちゃん。俺様がそんなザコに寄生するわけねえだろ? どうせ寄生するならもっと大物だ」
「大物だ? そんなもん、どこにいるって……」
と、俺が首を傾げたその刹那、森の中にけたたましい咆哮が響き渡る。
その雄叫びに俺は振り返ると、森の方に目を凝らした。
「なんだ今の咆哮は?」
「ケケケッ! どうやら、大物様のご登場みたいだぜ?」
「おいおい……大物って、まさか!?」
先程の凄まじい咆哮が聴こえてきた方角に視線を向けていると、ずんぐりとした体躯に灰色の毛並みをした野生の熊が現れた。
その熊は、俺の姿を睥睨しながら四足歩行でのそのそ出てくると、こちらを威嚇するように立ち上がった。
「で、デカっ!?」
俺の前に現れたその熊の体長は三メートルを悠に超えるほどの巨躯を有していた。
まさかとは思うが、あの樹木につけられた傷痕は、この熊のマーキングだったのか!?
「熊ってのは、自分の縄張りを示すために木に爪痕を残すんだぜ。それに気付けなかったのは兄ちゃんの失態だぜ。つーわけだから、覚悟しとけよ?」
「あ、テメェ!? ちょっと、待っ――」
と、俺の声が虚しく漏れた頃には、森の奥から現れたその熊にダーインスレイブが背後から組み付き寄生していた。
「ケケケッ! なかなかのスペックだぜコイツは! ヘグニの力なんざ、この熊公の足元にも及ばねえわな?」
熊に寄生したダーインスレイブは、その身体を四方に展開させると、熊の四肢を覆うように鎧化してゆく。
その光景を目の当たりにして、俺は自分の背中に冷や汗が伝うのを感じた。
「まさかの熊に寄生するのかよ……冗談キツイぜ」
「それじゃあ、始めようぜ……オラァッ!」
ダーインスレイブは開口一番に怒号を上げると、熊の右手に装着された籠手から黒い刀身を出現させた。
その刃が力任せに振り抜かれると、俺の背後に生えていた幹の太い樹木が次々と薙ぎ倒されてゆく。
「どんだけのバカ力だよ!?」
「ケケケッ! 熊の腕力は馬や牛の頭を引っ叩いただけでへし折るんだぜ? それに俺様の力が加わったらどうなるんだろうな?」
「考えただけでも恐ろしいなおい!? だけどよ――」
右から左へ乱暴に振り抜かれる熊の斬撃を巧みに躱して俺は跳躍すると、その片目を聖剣で切り裂いた。
「闇雲にブン回すだけなら、大した脅威じゃねえ!」
その巨体の周囲を回るようにして、俺は聖剣を走らせる。
確かに、その一撃は強烈だと思うけれど、それが当てられなければなんにも恐れることなんてない。
「ケケケッ、流石だぜ兄ちゃん! 俺様はますますお前の事が気に入ったぜ!」
「オメェみたいな魔剣に気に入られても嬉しくねえよ! どうせなら、あのエッチなお姉さん魔剣の方に気に入られてけどな!」
「そんなつれねぇこと言うなよ? もっと仲良くしようぜぇ!」
ダーインスレイブは熊の右手だけならぬ、左腕にまで黒い刃を出現させると、双剣の要領で俺に襲いかかってくる。
いくら動きが鈍いとはいえ、手数では俺の方が不利だ。
とはいえ、このまま防戦にもつれ込んでもなにも変わらない。
「その熊さんには悪いけど、そろそろ終わりにさせてもらうぞ……ウオラアアアアッ!」
左右から振り抜かれてくる黒い刃を潜り抜けて俺は両手に力を込めると、聖剣を下から上に勢い良く振り抜き、熊の左腕を斬り飛ばした。
「ケケケッ! やるじゃねえか兄ちゃん? 燃えてきたぜ!」
「燃えるならそのまま灰にでもなりやがれ!」
熊の左腕を無力化すると、俺は次にその片脚目掛けて渾身の斬撃を繰り出した。
その一撃が熊の片脚をすり抜けると、俺のマスクに血飛沫が飛び散り、熊が悲痛な声を上げてその場に片膝を着いた。
これなら一気にトドメをさせる……やるなら今しかないだろう。
「これで終わりだあああああっ!」
「そいつは甘いぜ兄ちゃん!」
「!?」
俺が渾身の力を込めて聖剣を振り抜こうとした刹那、熊の口が大きく開かれ、俺の左腕に食らいついてきた。
そして、次の瞬間――。
「ケケケッ、片腕はもらったぜ?」
熊に食らいつかれた左腕の肘から下が、凄まじい力で千切られた。
俺は一瞬だけ茫然としたが、その後に襲ってきた激痛に悲鳴を上げた。
「ぐあああああああああああっ!?」
「隙ありだぜ!」
「がっ、しまっ――!?」
と、激痛に俺が油断をしたそこへ、ダーインスレイブの凶刃が振り抜かれる。
咄嗟に右手の聖剣で防御を試みたがそれも虚しく、俺の身体は聖剣ごと森の方へ斬り飛ばされた。
「グガッ!? ガッ、ゴハッ!」
幹の太い樹木に何度か身体を打ち付け、ようやく地面に落下すると、失った左腕からドクドクと流れる鮮血で俺の足元に血溜まりができていた。
しかも、最悪なのはそれだけじゃない。
「や、ヤベェな……クソッ!」
奴の一撃を受けた際に、俺の聖剣が半分に折れていた。
残された刀身の刃渡りは六十センチあるかないか程度。
正直、背中に悪寒が走った。
「よぉ、兄ちゃん。俺様がここへとお前を誘導した二つ目の理由を教えてやるよ。それはなぁ、少しでもお前のパートナーから距離を取り、回復ができねえ状態に追い込むためなんだぜ?」
「なっ、マジかよ?」
「そして、左腕を食い千切ったことで更に時間制限までつけさせてもらったっていう流れよ。ケケケッ……俺様がそこまで考えて行動しているとは思っていなかっただろ?」
「グッ……クソが」
ダーインスレイブの口にしたその言葉に、俺は薄ら寒いものを感じた。
俺はコイツをただの戦闘狂かなにかだと侮っていた。
それがまさか、そこまで考えての行動だったなんて、奴を甘く見過ぎていた。
「今さら後悔したところで手遅れだぜ。まぁ、俺様的にもなかなか楽しめたし、悪くねぇ幕引きだと思うぜ……そんじゃ、そろそろ予定通りに最後の仕上げをすっかな?」
ダーインスレイブは寄生した熊に無理やり片脚を引きずらせて俺の前に立つと、右手から伸びた黒い刃を振り上げた。
このまま抵抗しなければ、俺は死ぬ。
だが、折れたとはいえ、聖剣の刃はまだ残されている。
それに、俺の身体はまだ動かす事ができる。それなら、このまま黙って殺されるのではなく、最後の最後のまで諦めずに戦うだけだ!
「……ハハッ」
「あ? なにがおかしいんだ?」
「完全に油断してたよ。でもよ、それならテメェも……油断してんだよ!」
頭上まで掲げられた刃が俺に向かって振り下ろされた瞬間、その動きを視界に捉えていた俺は、折れた聖剣をしっかり握りしめると、振り下ろされた刃を寸でのところで躱してから跳躍し、聖剣の刃を熊の頭部に叩き込んだ。
「ダラアアアアアアアッ!」
「なっ、なにぃっ!?」
熊の頭部に叩き込んだ聖剣が頭蓋骨を割ると、中から血飛沫と共に脳片が飛散した。
俺を仕留められると完全に油断していたのか、ダーインスレイブも驚愕した声を漏らしてその双眸を見開いている。
俺は熊の頭部に叩き込んだ聖剣を素早く引き抜くと、身体を捻るように回転させ、動揺していた奴の顔面に聖剣を振り抜いた。
「これでオメェもお終いだよ馬鹿野郎があああああっ!」
「がぎゃああああああっ!?」
熊の右腕に寄生していたダーインスレイブの眉間に俺は聖剣を突き立てると最後の力を振り絞り、熊の右腕ごと引き千切る力で奴を地面深くまで突き刺した。
俺が地面に突き立てた聖剣は、折れていながらもダーインスレイブの眉間に深々と突き刺さっており、先程まで赤くギラついていた奴の目から光が消えた。
それと同時に、ダーインスレイブに寄生されていた熊が、舌を出した状態で倒れ絶命した。
「や、やったか……?」
俺は動かなくなった熊とダーインスレイブを確認して、樹木の幹に背中を預けると、出血する左腕の断面を右手で強く抑え、その場に腰を下ろした。
「ハァ、ハァ……ざまあみろ、ってんだ」
かなり血を流し過ぎたのか、意識が朦朧としてきた。
あれからかなりの時間が経過したから、エクスやランスくんたちがここに来てくれる事を祈るしかない。
とはいえ、俺の肘から下のない左腕からは、とめどなく鮮血が流れてゆく。
「ヤベェ……かな? でも、なんとか……まだ――」
「ケケケッ……兄ちゃんよぉ、また油断したな?」
「!?」
すぐ近くから聴こえたその声に俺が振り返ると、眉間に聖剣が刺さったダーインスレイブが、コブラの形態に変化してゆっくりと上半身を上げていた。
「な……なんでだ!?」
「ケケケッ。生憎と、俺様は寄生型の魔剣でも、元々は自律型AIを搭載された聖剣の精霊だったんだ。要するに機械ってわけだ。そして、俺様を完全破壊するには、この中にあるコアチップを潰さなきゃ死なねえんだわ」
ケタケタと嗤うダーインスレイブに、俺は全身が総毛立ち恐怖を感じた。
流石にもう打つ手がない。
だとすれば、俺がこれから迎えるのは『死』という一文字だけだった。
「そ、そんな……こんなのって……」
「ケケケッ! なかなか楽しめたぜ……けどよ――」
――最後は俺様の勝ちだ!
「あ、あぁ……うわああああああああっ!?」
大口を開けたダーインスレイブが俺に飛びかかってきた瞬間、目の前が真っ暗になった。
その後、俺の意識は暗闇の中に背中から落ちてゆくような感覚と共に消失した。
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