第81話 エピローグ

 ランス率いる小隊が、ヘグニの救出に無事成功したという報告がアヴァロンに届いたのは夕刻前だった。


 その報せを受けた時、ヒルドは歓喜のあまり泣き崩れ、レイピアも彼らの活躍ぶりに心を踊らせた。

 そして、カナデに至っては、作戦成功の裏にツルギの活躍があったであろうと推測し、まるで自分の事のようにドヤ顔を決めて自慢げに胸を張っていた。

 

 英雄たちの帰還を祝福しようと、アヴァロンのエントランスホールには多くの職員や研究員、それと、精霊やセイバーたちが集結しており、彼らの帰りを今か今かと待ちわびながら賑わっていた。

 やがて、エントランスホールの外が騒がしくなると、入り口から救護班の担架に乗せられた負傷者たちが続々と運ばれ、今回の作戦がいかに激務であったかを如実に語っていた。

 その中で、救護班の隊員に肩を借りながらホールの中をフラついた足取りで歩くヘグニの姿があった。


 ヘグニはかなり憔悴しきった様子であったが、隊員に肩を借りながらなら、歩ける程度までには回復をしていた。

 そんな彼の無事な姿に、アヴァロンの仲間たちは拍手と笑顔で迎え入れた。

 

「お父さん!」


 周囲にできた人だかりを掻き分け、ヘグニに向かって飛び出してきたのは、最愛の父の帰りをずっと待ち続けていたヒルドだった。


 ヘグニは愛娘の姿を見つけるや否や、覚束ない足取りだというのにもかかわらず、救護班の隊員から離れ両腕を大きく広げると、飛びついてきたヒルドを強く抱きしめた。


「おぉ、ヒルド!」


「本当に、グスッ……良かったよぉ……お父さあああああん!」


 父の背中に両手を回し、子供のように泣きじゃくるヒルドを見てヘグニは、自分が生きているという事を改めて実感していた。

 その涙ぐましい光景を少し離れた位置で見ていたレイピアは、ハンカチで目元を拭いながら鼻を啜り、その隣に立つカナデは二人の親子による感動の再会に心打たれ目頭を熱くしていた。


「おい、ランス隊長たちが戻ってきたぞ!」


 ひとりの隊員が発したその声に皆の視線が入り口へと集中する。

 そして、エントランスホールの自動ドアがゆっくり開かれると、その向こうから沈痛な面持ちをしたランス一行が現れた。


 ヘグニを救った英雄たちの帰りを待ちわびていた者たちから盛大な拍手喝采が贈られる。

 しかし、そんな祝福ムードの中でも、ランスたちの表情はどこか沈みきっており、なにかに絶望しているようだった。


 そんな彼らを尻目にカナデは、今回の作戦を成功に導いたであろう彼の姿を探して次々と入り口から現れる隊員たちにキョロキョロと視線を飛ばしていた。


(あれれ? つーくんたち、どこにいんの?)


 重い足取りで続々と帰還する隊員たちをカナデが目で追っていると、その最後尾に見慣れた金髪の少女を見つけた。


「あ! エクスちゃ……ん」


 と、声をかけようとした時、ローブ姿のエクスがその胸元に血の滲んだ布に包まれたを大事そうに抱きしめており、表情を曇らせたアロンに肩を抱かれて嗚咽を漏らして泣いていた。

 その姿を見た瞬間、カナデは言い知れぬ不安に襲われ、胸元をギュッと押さえた。


 なぜ、彼女が泣いているのか?

 なぜ、誰も笑っていないのか?

 そしてなぜ、彼が姿がないのか……。

 それに気付いてしまった時から、カナデの胸は早金を打ち、まるで視えないなにかに心臓を握り潰されそうな感覚に見舞われ息苦しくなっていた。

 しかし、それでもカナデは己の不安を消し去るようにかぶりを振ると、なにかに怯えたように震える身体を無理やり動かし、涙するエクスに声をかけた。


「……エクス、ちゃん」


「!?」


 すぐ近くから聴こえたその声に、アロンに肩を抱かれていたエクスは赤く腫れ上がった目を大きく見開くと、人だかりの最前列で立ち尽くしていたカナデの姿を捉えた。


「か、カナデ、さん……」


「ねぇ、つーくんは?」


 咎めるようなその視線に、エクスは青い瞳を揺らして動けなくなった。

 それでも、彼女を真っ直ぐ見つめるカナデは一歩、また一歩と突き進み、遂にはエクスの肩を掴む。


「ねぇ、つーくんは……どこなの?」


 強い力で肩を掴んできたカナデの瞳には、困惑の色が浮かんでいる。

 その理由は、本来なら自分の横に居るはずの彼の姿がどこにもないからだろう。


「どうしてここにつーくんがいないの? つーくんはどこにいんの!?」


「そ、それは……」


 エントランスホール内に響いたカナデの声に、その場にいた誰もが視線を向ける。

 そんな注目を一身に浴びながらも、カナデはエクスの肩を揺らして、彼の所在を問いただした。


「つーくんはどこ! なんでエクスちゃんと一緒にいないの? なんでなの!?」


 その声音は次第に剣呑さを増し、エクスを見つめる瞳には怒りが滲んでいた。

 その眼差しを真っ向から受けていたエクスは、抑えていたものが決壊したように涙として溢れ出し、その顔をくしゃくしゃに歪めて泣き始めた。


「つ、ツルギくんは……ツルギ、くんは――」


「つーくんは、なに?」


 と、次の瞬間、彼女が胸元で大事そうに抱きしめていたが、手元から滑りぼとりと音を立てて地面に落ちた。

 それに視線を落とした瞬間、カナデの表情が酷く強張る。


「え……なに、それ?」


「あぁ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 見ないでぇぇぇぇぇぇっ!」


 地面に落としたをエクスは、すぐさま拾い上げて抱きしめると、天を仰いで慟哭した。

 そして、彼女が地面に落としたがなんなのかをカナデは見逃さなかった。


「そんな……ウソ……っしょ?」


 地面に落ちたがなんなのかを理解してしまったカナデは、力なくその場に座り込むと、茫然自失としたまま静かに涙を流した。


 エクスが胸元で大切そうに抱きしめているモノ――それは、彼女にとって最愛のパートナーであり、カナデの想い人でもあるだった……。


 

      第三部 完

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