第152話 いざ、北条家へ
運転席と後部座席が完全に仕切られた高級車に揺られながら、俺は平さんの口から語られる昔話に耳を傾けていた。
彼女の話によれば、平さんの一族と北条先輩の一族は遠い昔、それこそ武士がいた時代に繋がりがあったらしく、平さんの一族は北条家に仕える身であり、その側近として暗躍していたようだ。
だが、その関係も時代が変わると共に徐々に薄れてゆき、いつしか両家はその袂を分けた。
しかし、それぞれの一族の中には今もまだ僅かな繋がりがあるようであり、お互いの間では公にしないものの現在も交流を持っている人も居るという。
そのおかげで、平さんは救われたらしい。
「今から数年前、私の両親が不慮の事故で他界した時、周りの親戚方は誰一人として私を迎え入れようとはしてくれませんでした」
「誰一人って、それはなんでですか?」
「それは、私の父が母と結婚したからです」
「え? どういうことですか?」
「一般の方にこの話をすると理解に苦しむと思われますが、私の生まれた平家にはとても厄介なしきたりが存在していたようなのです」
「その厄介なしきたりとは?」
「平家では代々親戚の方々が決めた相手としか婚姻を許されませんでした。しかし、私の父はその反対を押し切って強引に母と結婚をしたのです。その結果、私の父は親戚一同からかなり酷い嫌がらせを受けていたようなのですが、それにめげる事なく暮らしていたと祖父母から聞きました。そして、それから数年して私が生まれのです」
平さんの一族は昔から親戚たちの選んだ相手としか婚姻を結ぶことが許されていなかったらしく、それが今もなお根強く残っているという。
しかし、彼女の父親は親戚の反対を押し切り『余所者』つまりは、親戚たちが選んだ人間ではない外部の女性と強引に結婚をしたため、そのことで親戚たちから疎外され邪険に扱われていたそうだ。
勿論、それは平さんの両親だけに留まらず、彼女の祖父母にも行き届き、親戚一同から酷い嫌がらせを受けていたらしい。
だが、そんな逆境にも屈せずに平さんの祖父母は息子夫婦の結婚を心から祝福してくれていたようだ。
それを機に面倒な親戚たちから逃れるようにして、平さんを含むご両親とその祖父母は街を引っ越し、新たな地で幸せに暮らしていたそうだ。
そんな生活がずっと続くと思われていた矢先、それは起きた――。
「私がまだ幼い頃、両親が二人して不自然な事故に遭い命を落としました。その後、私は祖父母と一緒に暮らしていたのですが、祖父が病で倒れ他界し、それを追うようにして祖母も亡くなりました。親戚一同に疎まれていた当時の私には行き場所もなく、ただ一人で絶望のフチに立たされていました。しかし、そんな私を祖父母の知人であった政代様が受け入れてくださり、北条家でお世話になることになったのです」
「それで現在に至るってことですか?」
「そうですね。当時の私はまだ中学生でしたが、その頃から恩人である政代様の身の回りのお世話をする仕事や時音ちゃ……」
「え?」
「コホンッ、失礼。時音お嬢さまの世話役に務めておりました」
話の最中、平さんが一瞬だけ『しまった』というような顔をして口を紡いだ。
俺の聞き間違いでなければ、平さんがいま北条先輩の事を『時音ちゃん』と、言いかけたような気がするけれど……。
「あの、平さん? 今、北条先輩のことを時音ちゃ……」
「言ってません。それ以上無駄口を叩くようなら模造刀で刺しますよ?」
「オーケーわかりました。わかったから模造刀の先端を俺の息子に突き立てようとしないでください割とマジで!?」
一瞬で鞘から引き抜いた模造刀の先端を俺の下腹部に向けて構えると、平さんが鋭い目つきで睥睨してくる。
そんな平さんに俺が両手を挙げて全面降伏の姿勢を見せると、彼女はふぅっと息を吐いて模造刀を鞘に収めた。
「コホンッ。という訳で私は北条家でお世話になり、そこの使用人として働いているのです」
「それはわかりました。んで、北条先輩とも仲が良いと?」
「……まぁ、時音お嬢さまとは長い付き合いですからね。それに歳の近い同性の人間といえば私くらいのものでしたから」
「北条先輩は可愛いですか?」
「それは勿論! 時音お嬢さまは素直で優しく、立派な女子としてスクスクと成長し……って、なにを言わせるんですか? その口にビー玉を詰め込んで殴りますよ?」
「やり方がエグいな!? それなら普通に殴られた方が全然マシだわ!」
恐らくだけど、平さんは照れ隠しをしているのだろう。
平さんと北条先輩は年齢的にもかなり近いし、彼女にとって北条先輩は可愛い妹のような存在なのだろう。
幼い頃から先輩の身の回りの世話をしていたと話しているくらいだから、二人はとても仲が良いのかもしれない。
「まあそのような経緯があり、私は北条家の使用人として迎え入れてもらい学校にも通えるようにもして頂きました。ですから、お世話になった政代様のために私はこの身を尽くして働いているのです」
「なるほど、それが北条先輩との繋がりなんスね。というか、平さんも御両親を亡くしていたんスね」
「あら、私もということは?」
「実は、俺も中学の時に両親を亡くしてるんですよ」
「え?」
両手を頭の後ろで組み、俺が皮のシートに背中を預けて何気なくそう言うと、平さんが気の毒そうな顔をして俯いた。
「私としたことが、草薙様への配慮が足らず申し訳ありませんでした。まさか貴方様もご両親を亡くされていたとは……」
「別にいいですよ。もう昔の事なんで今は平気です」
「その年頃ならまだまだ御両親からの愛情を受けたいと思うのが普通だと思うのですが、草薙様はしっかりなさっているのですね?」
「そうっスかね? まあ、ウチの同居人も俺と同じような思いをしている子なんでその子の前で格好悪い姿は見せたくないっつーか、そういう事で弱気になっちゃダメだって気持ちが俺の中にあるからかもしれないっスね」
「草薙様と同居されている彼女も同じ境遇をお持ちで?」
「ええ、そうですね。あいつの場合は俺よりもずっと辛い思いをしているんスよ」
グラムを倒した事により、親父と母さんの敵討ちを終えた俺だけど今でもたまに胸の奥が疼く時がある。
でも、エクスが体験した過去に比べるとその重みが全然違うのだ。
エクスは自分の両親を魔剣によって目の前で殺されている。
そして、それがトラウマとなりいまだに失くした両親を夜な夜な夢の中で思い出し、今でもたまに涙を流して眠りについている時がある。
そんな彼女の前で俺は自分の弱さを見せるわけにはいかないのだ。
「その若さでなんと不憫な……。草薙様は辛くないのですか?」
「まったく辛くないと言えばウソになりますけど、両親を亡くした事に対していつまでもくよくよなんてしていられないんですよ俺は。とくにその子の前ではですけどね。でも、それを言うなら平さんだって同じでしょ?」
「確かに当時の私はそうでしたが、今はそれなりに時間が経っているので平静を保っていられるようになりました。それにしても、草薙様はとてもお優しくて素敵な殿方なのですね。その彼女さんがとても羨ましく思えます」
「またまたぁ〜、そんなこと言って俺をからかってるんでしょ?」
「あら、そんなことはありませんよ。これは本心です」
「ホントっすか?」
「ええ、勿論」
「じゃあ、お互いに腹を割って話せたことですし、親しみを込めてそろそろ下の名前で呼び合いませんか?」
「それはなぜですか?」
「なんか平さんにシンパシー感じたっつーか、同じような境遇を経験してる人としかこんな話はできないですからね。だから、平さんって呼び方は堅苦しい気がするんで下の名前で呼ぶってのはどうですかね?」
俺の提案に平家さんは初めキョトンとしていたけれどくすりと笑い、「別にかまいませんよ」と、快く承諾してくれた。
両親を失くしているという彼女の過去を聞かされて、俺は親近感を抱いた。
この人となら、どこか本音で語り合えそうな気がしてついついなんでも話してしまいそうだ。
「それじゃあ、これからは俺の事をツルギとでも呼んでください。マドカさん」
「わかりました。では、早速――」
「うん」
「……ド変態さん」
「おい」
「冗談ですよ、ツルギさん。フフフッ」
半眼になった俺を見て、平さんはクスクス笑うと優しい笑顔になった。
気のせいかもしれないけど、なんだか平さんの頬が少し赤くなっているように思えるんだけど、意外と照れてたりするぅ〜?
まぁ、この人に限ってそれはないか。
「さて、草薙様。この車内には冷たい飲み物がご用意されていますけど何かお飲みになりますか?」
「いや、大丈夫です。それより、北条先輩の家にはあとどのくらいで到着するんですか?」
「それなら既に到着していますよ?」
「え? だって、さっきからずっと同じ塀の外を走っているみたいですけど……」
「ここはもう既に『北条家』の敷地内です」
「……うぇっ!?」
駅前通りを過ぎ、国道沿いを走っていたと思っていけれど、しばらくしてからずっと日本家屋でよくあるような瓦葺き《かわらぶき》の白い塀の外を走っていた。
それがまさか北条先輩の家の敷地内だったなんて思いもしなかった。
ていうか、どんだけ広大な敷地を所有してんだよ北条家。なんというか、所得の違いを思い知らされた感じだな。
「もうあと数十分ほど進みましたらお屋敷の入口に到着しますのでご安心ください。その後、北条政代様との対面となりますので粗相のないようにお願い致します」
さて、ようやく本題となる北条先輩のお母さんとの対面が叶いそうだ。
とはいえ、俺が北条先輩を助けただけで、お礼がしたいという話だったけれど、本当にそれだけのためにわざわざこんな強引な方法を取ってまで俺を北条家に連れて行こうとする意味があるのだろうか?
まあなんにせよ、ここまで来たのだからもう後には戻れない。
とりあえず、さっさとお礼の言葉でも物でもいいからもらうだけもらって、愛するエクスの待つ我が家へ帰るとしよう。
「草薙様、そろそろ御屋敷の入り口に到着しますのでご準備のほどを」
「一応確認しますけど、お礼をしてもらって終わりですよね?」
「そうだと良いですね」
「え?」
「いえ、なんでもありません。お気になさらないでください」
急に真顔になった平さんの横顔を見つめて、俺は一抹の不安を抱いた。
なんなんだ今の返答は? いかにもなにか裏がありそうな予感がするんですけど大丈夫かな……?
頼むから、これ以上の面倒事にだけは巻き込まないで欲しい。
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