第151話 からかい上手の平さん
突然襲いかかってきた平さんとの話し合いの末、俺は彼女の雇い主である『北条政代』さん、つまりは、北条先輩のお母さんと会う事になった。
平さんの話によれば、北条先輩のお母さんである政代さんが、娘を助けた恩人である俺に対して直接お礼をしたいというだけの話だったようであり、俺の不安は杞憂に終った。
まあ、お礼をしたいと申し出ている人を無下に扱うのもなんだか悪い気がするし、会うだけ会ったらスグに家へ帰ろうと思う。
勿論、大事なデータを取り返してからだけどね!
それにしても――。
「……」
「……」
……き、気まずい。
外側からでは車内の様子がまったく確認できないような黒いスモークガラスで固められた高級車の中、変に重い空気に包まれながら俺は後部座席に深く腰を下ろして車窓から流れてゆく街の景色を眺めていた。
駅前の交差点に差し掛かると、その中でちらほらとウチの制服を着た生徒たちを見かけた。
そんな彼ら彼女らを横目にしながら、そろそろエクスが帰ってくる頃だろうなぁ〜なんて思い、ちょっと切なさを感じていた。
だってさ、折角のエロゲもプレイでなきなくなったし、こんな面倒な事態に巻き込まれたりとかで、今日の予定がすべて狂っちゃったんだぜ? それはテンションも下がるぅ〜ってもんだろ?
こんな日はさっさと用件を済ませて家に帰り、俺の可愛い彼女であるエクスにベッドの上でギュッとしてもらいたい。
そしてその後、ベッドの上でそのまま雪崩式なノリで……えへ、えへへ〜♡
「あら、草薙さん。随分と気持ちの悪いお顔をなさっているようですけれど、政代様の前でそのような表情を浮かべる事だけは絶対にやめてくださいね。無礼にも程があります」
「いきなり人に襲いかかってきたアンタが言う台詞かそれ!? そっちの方が数十倍も無礼だったろうが!」
「あら、そうでしょうか? まあそんな話は置いといて、政代様の前では紳士たる振る舞いでお願いします」
悪びれた様子もなく涼しい顔でそんな台詞を口にしてくる平さんに、俺の片頬が自然と引き攣る。
一体どうしたらこんな人間になってしまうのだろう? 甚だ疑問しかない。
というか、こんな平さんを使役しているくらいだから、北条先輩のお母さんもかなりぶっ飛んだ神経の持ち主という可能性がある。
そう思うとマジで不安しかない。
「あら、草薙様。私が怖いのですか? そんな警戒するような眼差しをレディに向けてくるなんてとても失礼だと思わないのですか。模造刀で刺殺しますよ?」
「模造刀で刺殺するなんて言ってくるレディに警戒の眼差しを向けても文句はねえだろ!? まったく、平さんがどういう神経してんのか理解できねぇよ」
「あら、失礼な。こう見えて私は繊細な心の持ち主なんですよ?」
「なんでそんな嘘つけんの!?」
初対面の人間に容赦なく模造刀を振り回せる平さんが繊細な心の持ち主のわけがない。どの口が言ってんだよホントに……。
ところで話は変わるが、うちの制服には学年を表す色違いの校章がブレザーの襟に付けられている。
それを頼りに平さんが上級生なのか下級生なのかを調べようとしたのだが、彼女の着ている制服の襟にはその目印たる校章が付いていなかった。
パッと見だと大人っぽく見えるから多分上級生なのだろうとは思うけれど、その辺も定かではない。
ただ、それよりも俺が気になっている事は、平さんが北条先輩の家に仕えていると話していた事だ。
話によれば彼女は北条先輩の家で住み込み式で働いているという。
色々とワケありな人なのだろうけれど、そうなると平さんの親御さんはなにをしているのだろうという部分にたどり着く。
その辺もかなり気になるけれど、デリケートな問題だろうから安易には聞けないよな〜。
「あら、草薙様。私についてなにか訊きたい事があるといった御様子ですね。なんでしょうか?」
「俺を一瞥しただけで分かるんですか? 鋭いですね」
「目は口ほどに物を言うといいますからね。それでなにが訊きたいのですか? 私のスリーサイズですか? それとも、お風呂の際には体のどこから洗い始めるとか、寝るときは全裸派なのかネグリジェ派なのか、一体どちらなのでしょうという感じですかね? ド変態のしょうもない草薙様的には」
「自分からグイグイ言い出しておいて最後は俺へのディスりが酷ぇな!? まあ確かにどれも気になる内容だけど違いますね。それに平さんのスリーサイズなら初見で見抜いたんで大丈夫ですよ」
「は?」
俺の返答に平さんはキョトンとした顔を浮かべると、呆けた声を漏らして硬直した。
ここ最近というわけではないけれど、セイバーになってから全ての感覚が鋭くなったために、俺は対象となる女性のボディラインをひと目見るだけでその人のスリーサイズが分かってしまうという異能力を得た。
やれやれ、本当に自分の特異な能力が恐ろしく思えてくるぜ。
おかげで街を一人で歩いていてもぜ〜んぜん退屈しないもんね!
そんな自分に酔いしれてドヤ顔を決めていたんだけど、隣に座る平さんは嫌悪するように思いっきり目を細めていた。
「……冗談にしては笑えないですね。一応ですけど確認しても?」
「いいですよ。上から83、48、79……素晴らしいスタイルですよホント」
「草薙様、流石にそれはキモいですよ」
「ありがとうございます。俺にとってそれは最高の褒め言葉ですよ」
「マゾヒストとしての素質もあるとは恐れ入りました。ですから、私に金輪際話しかけないでください気持ち悪いので」
「自分から話しかけておいてその扱いは酷いんじゃないの平さん!?」
どうやら、平さんはガチで引いてしまったらしい。
なんか俺からめっちゃ距離を取ってるし、模造刀の柄に手を掛けているし、これはマズい展開だ。
なんとかして場の空気を元に戻そう。
「た、平さん? 今のは冗談ですから本気にしないでくださいよ」
「私のスリーサイズを寸分の狂いなく言い当てておいて今さらそれが冗談と言われても難しい話ですね」
「そ、それはその……平さんのスタイルが良すぎたからだいたいこの位かなぁ〜なんて思って口にしたらたまたま当たっただけです。信じてください!」
「……フフッ」
両手を合わせて頭を下げていた俺の頭上から平さんの笑い声が降ってきた。
その声にゆっくり顔を上げてみると、さっきまで無表情だったあの平さんが、口元を片手で隠すようにしてクスクスと笑っていた。
「フフフッ、もういいですよ。面をお上げください。とりあえず、草薙様が正真正銘のド変態さんという事は理解しました」
「いやいや、俺はド変態ではなく変態という名の紳士……じゃなくて、普通の紳士ですよ」
「分かりました訂正致します。草薙様はド変態ではなく、自らが変態である事を恥じない『変態ゴミ紳士』ということで改めて認識しました。コッチを見ないでください。訴えますよ?」
「全然許してくれてないじゃん!? もし仮に訴えられてもその時は全力で土下座して謝るんで勘弁してください!」
「フフッ、草薙様は本当に面白い御方ですね。訴えるのは冗談です。それより、私になにか質問したい事があったのでは?」
わざわざ本題に戻れるよう笑顔で促してくる平さんに俺が頬を掻いていると、先程とは真逆に俺との距離を一気に詰めてきた。
座り心地の良い皮のシートの上で触れ合う肩と太もも、それと肩肘に当たる柔らかな胸の感触。
こうやって間近で見る平さんは可愛いというよりとても綺麗だ。
それになんか甘くて良い匂いもするし、頭がクラクラしてくる。
これは流石の俺でも興奮して理性が揺らいでしまう。なんとか話題を戻して冷静さを取り戻さねば!
「あの、えっと……どうして平さんは北条先輩の家に仕えているんですか?」
「あら、そんな事ですか。もっと違った内容を期待していたのですが、いささか拍子抜けですね」
「え? それはどういう……?」
「そうですね。例えば――」
と、平さんは口にすると唐突に俺の片手を握るとその手を自らの豊かな胸にそっと押し当てた後に、そのまま下へと滑らせスカートの内側へと誘導し始めた。
「……私が処女と非処女のどちらなのか、と」
「あ……ふぁっ!?」
平さんからの予期せぬ発言に心臓が早金を打った。
処女と非処女のどちらかを当てるよりも、彼女に握られた俺の片手の行方の方が気になって仕方ない。
このルートで行けば、俺の片手は確実に平さんのスカートの奥にある聖域へと導かれる。それはいくらなんでもマズいというか、エクスにもしたことないからダメぇぇぇ〜!!
とか思っていたら、当の平さんに軽く額を小突かれた。
「冗談ですよ。本気にしないでくださいね、気持ち悪いですから」
「それはいくらなんでも酷くない!?」
「あら、そうでしょうか? フフフッ」
……この人、明らかに俺をからかって愉しんでいるよな? とはいえ、今の行動は流石の俺でもヤバかった。
多分だけど、この人は絶対に年上だ。
だって、俺をからかうその仕草が完全に大人のお姉さんだモン!
完全に弄ばれた俺を見て平さんはクスクス笑うと、両手を膝の上に置いて姿勢を正した。
「さて、草薙様をこれ以上からかっていても話が進まないのでこの辺で終わりにしましょうか」
「そ、そりゃどうも」
「フフフッ。まるでいじけた子犬のようなお顔をなさるのですね。それと、今更ながらひとつ訂正をしておきますが、私はこう見えて成人ですよ?」
「は? 成人?」
「はい。私の実年齢は二十歳です。でも、草薙様には私が現役の女子高生に見えていたのですよね?」
まさかの衝撃発言に俺の思考が停止した。
平さんが二十歳? え? ええええええええええええっ!?
「え、あの……マジすか?」
「事実ですよ。それにしても、見た目を若く評価されるのは女として素直に嬉しいものですね。特別にご褒美でもあげましょうか?」
「ま、またそんな事を言って俺をからかうつもりでしょ!」
「あら、看破されてしまいましたね。フフッ」
唇に指先を当ててクスクスと笑う平さんは艷やかであり、とても妖艶だ。
つーか、この人マジで二十歳なのかよ? 言われてみればすごく落ちいている雰囲気があるから年上っぽいとは思っていたけれど、まさか二十歳のお姉さんだったなんて予想外だ。
童顔ってのは恐ろしいものだ。
危うく俺の童貞を捧げてしまおうかと思ったぜ。
でも、制服姿が似合っているから異論はないけどね!
「あら、随分と驚いていらっしゃるご様子ですね。なんなら私の運転免許証も確認しますか?」
「あ、いや、大丈夫です。ていうか、それなら尚更うちの高校に侵入していた事が気になるでしょ!」
「そうですね。では、私についてと時音様との関係などについてお話しましょう……」
そう言うと、平さんは遠い目をしてゆっくりとした口調で語り始めた。
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