第150話 平マドカ
民家の屋根へと着地してスグに俺は周囲に潜んでいた敵の姿を確認した。
すると、民家の屋根に飛び乗った俺の姿を黒いスーツ姿の連中が驚愕した表情を浮べて見上げていた。
「奴らがそうか。なんだか見るからに怪しそうな連中だな」
「おい、ネギ坊。なにか心当たりはねえのか?」
「そんなもんあってたまるかよ。それより、このまま逃げるぞ!」
理由はわからないが、あんな連中に付き纏われるような覚えはない。
まあ、連中が襲ってきたところで返り討ちにすればいいだけの話だが、できればこれ以上の面倒事にはしたくない。
ならばどうするかと問われると、ここは人通りの多い繁華街の方まで逃げ切り、警察に通報した方がベストだろう。
ということで、俺はそのまま民家の屋根から屋根へと飛び移り、追手から逃げることにした。
「さ〜て、捕まえられるもんなら捕まえてみなぁ〜!」
「ケケケッ! まぁ、普通の人間には無理ゲーだろうけどな?」
「たりめぇだ! それより、スレイブ。もう何百メートルか奴らからの距離を取ったらこのまま繁華街へ逃げるぞ!」
「おっ? そんでゲーセンに行くのか?」
「なんでだよ!? ゲーセンなんかに行くくらいならまだ警察署に逃げ込んだ方がマシ――」
『無礼を承知でお尋ねします』
「!?」
民家の屋根から飛び降り、俺が地面に着地したその刹那、黒髪の可愛らしいボブカットに制服姿の女の子が腰に携えた日本刀を引き抜き、急に襲いかかってきた。
「うえぇっ!? ちょ、ま――」
「てぃ、せや、はぁ!」
息つく間もないほどの素早い剣さばきを繰り出してくる女の子の攻撃を回避しつつ、俺は神経を集中させた。
上から83、48、79……うん、悪くないスタイルだって、そうじゃねよな!?
しかも今気が付いたけど、この子が着ている制服って、うちの高校の制服じゃないか?
「見事な体捌き……あの御方が認めていらっしゃるだけの事はあるようですね」
「つーか、いきなりなんなんだよキミは!?」
「ですから、無礼を承知でお尋ねしますと申したではありませんか」
「うはあっ!? 冗談じゃねえぞ!」
無表情な彼女が横一線に振り抜いてきた刃をバク宙で躱すと、俺は後方へそのまま大きく飛び退き民家の塀の上に着地した。
なんなんだこの子は? というか、無表情で刃物を振り回すとかやべぇだろ!
「いきなり危ないでしょうがっ! 可愛い女の子がそんな物騒な物を振り回しちゃいけません!」
「私の太刀筋をすべて見切るとは、実に恐れ入りました」
「恐れ入ったじゃねえよ!? ていうか、こんな住宅街で刀を振り回すとか正気の沙汰じゃねえぞおい!」
「それならご安心ください」
「あっ?」
「これは竹光と言ってただの模造刀です。ですから、例えこの刀身が当たっても死にはしません」
「そう言う問題じゃねえだろ!? 模造刀でも振り回したら危ないだろうが!」
「あら、そうでしょうか?」
……うん、ダメだこの子。正直、小さい割にスタイル良くて顔も可愛いんだけど、やっぱやべぇ奴っぽいな。
散々振り抜いていた刀を彼女は鞘に納刀すると、サラリとした綺麗な前髪を片耳にかけて言う。
「漫談はさておき、そろそろ私の質問にお答え願えますか?」
「漫談なんかしてねぇだろ!? つーか、それが人にものを尋ねる態度かよ! まずは自分の名前を名乗れ!」
「あら、それもそうですね」
一体なんなんだこの子は……?
小首を傾げて俺を下から見上げる彼女は、一見すると普通に可愛らしい女子高生に見えるんだけど、コチラを見つめる瞳の奥はどこか剣呑であり、殺気染みたものを感じる。
おそらく、只者ではないのだろう。
「コホン。では、自己紹介をさせていただきます……私の名は『平マドカ』。貴方は草薙ツルギ様でお間違いないですよね?」
「そうだけど、俺になんの用だ?」
「残念ながら私個人としては貴方様に用などありません」
「だったらなんでいきなり襲いかかってきたんだよ?」
「それは貴方様が逃げ回ろうとしていた御様子でしたので、ちょっと手足をぶった斬っ……いえ、なんでも御座いません。今のは忘れてください」
「……っ」
……え〜、ヤダなにこの子ぉ〜? ちょっと怖いんですけどぉ〜!
自らを平マドカと名乗った彼女は、表情のない顔で淡々とそう言った。
私個人としては――と、口にしたと言うことは彼女を動かしている黒幕がいるということだ。
ソイツが何者なのかは知らないが、敵の情報を上手く聞き出せるか試してみようと思う。
「平マドカさんね。さっき、学校の廊下で俺に肩をぶつけてきたのはアンタだよな。そんでいきなり俺に襲いかかってきてなにをするつもりだったんだ?」
「別になにをするつもりも御座いません。私はただ、この竹光で貴方様を殴り倒して気絶させ、私の連れの者たちが運転する車のトランクにぶち込んでとある御方の元へ運ぶだけのつもりでした」
「思いっきりなにかをしようとしてんじゃねえか!? そもそも俺を誘拐するとか目的はなんだ? ハッ、まさか……この俺の童貞が目的か! それなら是非とも奪ってくださいお願いします!」
「それはご遠慮致します。それより、先程から申してます通り私は貴方様をとある御方の元へ連れて行くのが使命でございます。ですから、ここは大人しく我々に同行してください」
冷淡な口調でふざけた台詞を口にする平さんに俺は眉をひそめた。
どうやら、彼女は俺を付け回していた黒服姿の連中と仲間のようだ。
そんな連中にこの俺がノコノコと付いていくわけがないだろう。
「悪いけど、そんな一方的な理由で同行してたまるかよ。さっさとお家に帰りな!」
「あら、それは残念。かくなる上はやはり実力行使しかないようですね……」
「なんだと?」
平さんはそう言うと、制服のポケットに手を突っ込み、そこから一本のメモリースティックを取り出した。
まさか、アレは――!
「大変いかがわしい映像が記録されたこちらのデータを貴方様の同居人である白人のお嬢さんにお渡ししてもよろしいでしょうか?」
「なっ……、それをどうして!?」
「コレは私の部下が貴方様の家を調査した時に見つけたモノでございます。まさか、家主である貴方様が同居人である彼女を盗撮していたなどと知ったら流石に恐怖するでしょうね……。最も信頼していた草薙様がまさか浴室の脱衣所に『小型カメラ』を仕掛けていたなんて、と」
……なんということだ。
平さんが持っているアレは、少し前に俺がエクスの着替えを視たくて脱衣所にこっそり仕掛けておいた小型カメラのデータだ。
ここ最近、エクスとなかなかイチャコラできなくて、しかもエロい事もなかなかできなかったから溜まりに溜まった性欲のせいで完全に理性を失い、ついつい設置してしまったという俺のあどけなさが招いたイタズラな行為。
そして、あのデータの中には俺の欲望を満たすために必要なエクスの生着替え映像がバッチリと記録されている……。
そのデータをまさか平さんが入手していただなんてまったくの想定外だぜどうしよう!?
「どうなさいますか草薙様? このまま大人しく我々と一緒に同行していただくか、それともこのデータを彼女に渡してその関係を壊すのか選択肢は二つに一つですよ?」
「ひ、卑怯だぞ! というかアンタ、人の家に勝手に入り込むとか完全に不法侵入じゃねえか!?」
「公にならなければそれは罪になりません。そう、草薙様がなさっていたコレと同じように」
「くぅっ……ぐぅの音も出ねえ」
(おい、ネギ坊。大丈夫なのか?)
(スレイブ、お前が俺を心配するその気持ちは十分にわかってる。アレがもしエクスにバレたらどんなに土下座して謝っても絶対に許してもらえるワケがねぇもんな!?)
(そっちの心配なんざしてねえよ!? 俺様が心配してんのは、この場をどう凌ぐかちゃんと考えてんのかってことだよ!)
(あ、そっちね)
スレイブに小声で怒られて周囲を見渡してみると、いつの間にか黒いスーツ姿の連中に周りを取り囲まれていた。
俺にとって平さんとその仲間たちを倒すことはさして苦ではない。
だが、それをしたところでまた別日に同じように襲撃されるのは火を見るより明らかだ。
それに俺だけが襲われるならまだしも、そのとばっちりでエクスやカナデが襲われるのは絶対に御免だ。あ、それとヒルドもね。
だとすれば、ここは大人しく平さんに同行して、コイツらのバックにいる親玉ごと完膚なきまでに叩き潰す方が手っ取り早いかもしれない。
というか、あのデータだけはなんとしても取り返したい! よし、それで行こう!
「瞳から迷いが消えたご様子ですね。前向きにご検討していただけるという解釈でよろしいでしょうか?」
「ひとつだけ聞きたいんだけど、俺を連行してアンタらのボスの前に引っ張り出してどうするつもりなんだ? コッチは大人しくアンタらに同行するつもりなんだからそれくらいは教えてくれてもいいんじゃないか?」
「あら、それもそうですね」
俺がそう言うと、平さんは肩を竦めた。
理由はどうであれ、コイツらの目的を少しでも知っておきたい。
まぁ、それを平さんが答えてくれるかは不明なんだけど……。
「本来ならそういった質問にお答えするつもりはありませんでしたが、草薙様が大人しく同行してくださるのならお話しても良いでしょう。実は――」
と、平さんは制服越しからでもわかるほど豊かな胸を抱くと腕を組み、淡々とした口調で話し始めた。
「私のお仕えする北条家の当主である『
「時音様って……、北条先輩の事か?」
「はい、その通りでございます。簡単にご説明しますと、時音お嬢様の母である政代様がただ単純に草薙様へお礼をしたいというだけの話でございました」
平さんはやれやれとかぶりを振り、わざとらしく両手を肩の高さまで挙げた。
というか、それなら――。
「……だったら、わざわざ人の家に不法侵入したり尾行なんかしねぇで、最初からそう言えばいいじゃねえかぁぁぁぁぁぁぁ!?」
怒号にも似た俺のツッコミに平さんは、
「あら、それもそうですね。てへっ?」
怒号にも近い俺のツッコミに平さんは無表情のままテヘペロをすると、自分の頭にゲンコツを落とした。
なんというか、この子も含めて北条先輩のお母さんは、かなりやべぇ奴ということが証明された瞬間である。
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