第149話 謎の追跡者

 全ての授業を終えた放課後、驚くことに俺はひとりぼっちで帰宅をしていた。


 イケメンで常にモテモテな(自称)の俺がなぜひとりぼっちで帰宅しているかというと、今日はうちの女子たちが皆揃って部活動に励んでいるからだ。


 テニス部のカナデは、新入部員となった可愛い後輩(ストーカー)のヒルドと共にそのまま部活動へと向かっていった。

 そして、俺の天使であるエクスもここ最近は部活動を始めたようであり、今頃は校内にある調理室で料理研究部に所属する女子たちとワイワイ言いながら調理実習を楽しんでいることだろう。

 既に料理上手なはずのエクスに、なぜ料理研究部などに今更入部したのかと尋ねてみたところ本人いわく、『もっと美味しい料理をたくさん作ってツルギくんに食べてもらいたいからだよ♡』と、ウィンクしながらそう言われた。

 んもぅ、そんなこと言われたら俺っちなんにも言えない〜!

 ホントに俺のエクスたんは天使そのものだ。これからも沢山の愛情を注ぐとしよう。

 という理由で、現在俺はひとりぼっちなのだ。

 

「よぉ、ネギ坊。どうせ暇なんだし駅前のゲーセンにでも行こうぜ!」


 足元を見て黙々と歩く俺の耳に届くどこか陽気なしゃがれ声。

 そう、なにを隠そう俺はひとりぼっちと話していたが、実際はひとりではない。

 なぜなら、俺の左腕にはもう一人のパートナーである超有能お喋りAI機能を搭載された万能篭手である通称『ダーインスレイブ』が、ひと気のない所ではこのように話しかけてくるからだ。


「おいおい、スレイブ。お前はいつからそんな放課後の男子高校生みたいな事を言うようになったんだ?」


「前によぉ、カナデとネギ坊がゲーセンに行った事があったろ? ほら、オメェが浮気した時の」


「浮気じゃないも〜ん。アレはカナデが強引にチューしてきただけだも〜ん。だから、俺は浮気してないもぉぉぉぉぉん!?」


「……そうかよ。まあ話を戻すが、あの時に俺様はゲーセンっていうあの騒がしい空間が気に入っちまったわけよ。だから、またあの場所に行きたくなるんだわ!」


 普段は俺の腕に擬態しているが、これでもスレイブは立派な戦闘兵器であり、ちょっとワケアリな魔剣の精霊である。

 そんな奴がゲーセン行きたがるとか本当に世も末だ。

 というか、コイツとゲーセンに行ったところで俺は全く楽しめる気がしないんだが。


「悪いけど、俺は女子もいないのにひとりでゲーセンなんて絶対に行かねえからな」


「あ? そりゃあどうしてだ?」


「どうしてって、お前。この時間に男子高校生がひとりでゲーセンにいるとか、友達いない奴が交友関係で親に心配されないよう家に帰るまでの時間潰してるみたいに思われるからだよ」


「おいおい、なに言ってんだよ相棒? 確かにオメェには気兼ねなく話せるような男友達が一人もいねぇけどよ、それでもオメェには俺様という親友がいるじゃねえか。そんなに悲観的になるなって、な?」


「男友達がひとりもいないとはなんだおいっ!? お、俺にだって、男友達のひとりくらい――」


 ――いない。いないのだ。


 確かに、俺には友達がいる。

 だが、それはあくまで異性であり、いつもの女子三人だけだ。

 そういえば、なんだか最近クラスの男子たちが俺に対して反目しているというか、妙に敵視しているような気がしなくもない。

 あるぇ〜? ひょっとして、それが原因なのかなぁ〜? 俺が美少女たちと仲睦まじくしてるのがイケナイのかなぁ〜?

 なにわともあれ、俺には親しい男友達の名前がとくに思い浮かばなかった。

 あらやだ、コレって超切なくない?


「そんなわけだからよぉ、たまには俺様とゲーセンで遊ぼうぜ!」


「そんなわけってなんだよ!? ともかく、今日は俺にもやらなければならない大切な事があるから無理だ」


「あ? なんだよその大切な事ってーのは?」


「それはな、先週に入手したばかりのVRゲー最新作『ヴァーチャル彼女Refrain』というすんばらしいゲームをだな――」


「要するにエロゲーをプレイしたいってことだろ?」


「……そうとも言う」


 つい先日、エクスに内緒でこっそりと購入したVR対応エロゲーを俺はどうしてもプレイしたかった。

 普段だと、いつも傍にエクスがいるからそういうエロゲーは自粛している。

 だが、今日に至ってはそのエクスの帰りが遅いからチャンスなのである。

 それに、今朝の件もあるから消化不良で頭も体もモヤモヤしているからプレイするならば今日しかないのだ!


「と、言うわけだからゲーセンはまた今度にしてくれスレイブ」


「それはいいけどよ、テメェを慰める時に間違っても俺様が擬態している方の手だけは使うなよな。使うならネットで売ってる使い捨てのあの真っ赤な筒みてぇな……」


「そんなもん使わねえよボケッ!? 今日はちょっとした味見程度だ。本格的にスッキリしようとしているわけじゃねえんだから心配すんな!」


 んもぅ、本当に失礼しちゃうわん!

 別に俺はエロゲーで満たされようとしているのではなくあくまでウォームアップ、つまりは、今晩ベッドの上で行われるであろうエクスとのエクスタシーライブに向けてのリハーサルをしようとしているだけなのだ。


「そういう事だからプレイ中に話しかけんなよスレイブ。帰ったら入念なリハに集中すっからよ」


「そうかよ。それより、ネギ坊……」


「ん? なんだよ?」


「……オメェもとっくに気が付いてんだろ?」


「あぁ……。やっぱ、そうか」


 学校を出て数十分くらいしてからだろうか。

 先程から俺の周りになにやら不穏な気配を感じてならない。

 それに普段から歩いているこの帰り道もこの時間帯ならばそれなりの人通りがあるはずなのに誰一人とすれ違うことがない。

 それはまるで、人払いでもされているかのような感覚だ。

 そんな周囲の様子に俺も違和感を覚えていたけれど、やはりスレイブも気付いていたようだ。


「んで、どうするよ?」


「スレイブ、おおよそでいいから周囲に隠れている連中の人数を教えてくれないか?」


「今、確かめるぜ。だから、ちぃ〜とばかし静かにしてくれ」


 スレイブはそう言って黙り込むと、まるで周囲の音に耳でも凝らしているかのように静かになった。

 それに合わせて俺も閉口していると、スレイブがカタカタと顎を鳴らして言う。


「ケケケッ。後方に四、そこの十字路それぞれ左右に行った先に三。おいおい、随分と歓迎されてるみてぇだぞネギ坊?」


「魔剣か?」


「魔剣ではねえよ。こりゃあ人間だ。それも、かなり訓練された連中っぽいぞ。奴らの動きに無駄がねえ」


 スレイブが言うに、どうやら俺は得体の知れない連中に取り囲まれているらしい。

 その目的は不明だが、俺を良い意味で歓迎してくれている様子ではないようだ。

 というか、なんで狙われてんの俺?


「なんで俺が狙われなきゃいけないんだ……はっ! ひょっとして、イケメンだからか!?」


「知るかよそんなもん。ただ、相手さんがネギ坊を狙っていることに間違いはねぇみたいだな」


「こんな幼気な男子高校生を誘拐してなにをするつもりなんだ? まさか、無理やり俺を拘束してあんな事やこんな事をされて辱められちゃうとか? いや〜ん、ケダモノ〜!」


「アホか。んで、マジな話どうする?」


 ノリの悪いスレイブにちょっと切なさを感じつつため息を吐くと、俺はその場で立ち止まり屈伸運動をした。


「そんなもん決まってるだろ。こういう時はな」


「こういう時は?」


「――逃げるが勝ちだ!」


「ケケケッ! 違ぇねえ!」


 両脚に力を込めて一気に跳躍すると、俺はそのまま民家の屋根へと着地した。

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