第33話 戦いの果てに


 グラムの頭上で俺が引き金を引くと、爆音を轟かせて全身が加速する。

 その音に奴がゆっくり振り向いた時点で、俺は既に大槍の先端を地面に突き立てていた。


「……っはぁ」


 空中で吐き出された薬莢が地面に転がり何度か跳ねると、数秒遅れで血の雨が降り注いできた。

 その豪雨のように振り注いだ赤い雨に顔を上げてみると、頭部のないグラムがぐらりと巨躯を傾けて地響きを鳴らしながら地面の上に倒れ込んだ。

 それと同時に、地面に転がっていた奴の魔剣が粉々に砕け散ると、グラムの亡骸も時を同じくして黒い砂山に変わり果てた。

 そう、俺はグラムを倒したんだ――。

 

「……ははっ、終わった。俺たちは……勝ったんだ!」


 ガクガクと震える両手を見つめて涙がこぼれた。

 強大な敵を前にして俺は生きている。

 俺たちは生き残っている!


 生き残れたことが、こんなにも嬉しいと思えた日はないだろう。


「ツルギくううううううん!」


「エクスうううううううう!」


 壁際から飛びついてきたエクスを抱き上げると、俺は彼女を抱えたままその場で円を描いて廻った。


「ツルギくん、助けてくれてありがとう! グラムと戦っていたキミは本当に格好良かったよ!」


「そりゃどうも。でも、お前のサポートがなければ俺は死んでたよ。ありがとうなエクス!」


「えへへ~。どういたしまして」


 ハニカミながら頬を寄せてきたエクスを抱きしめると、俺も彼女と同じように頬を寄せて微笑んだ。

 エクスのサポートがなければ、俺は確実に死んでいただろう。

 彼女は俺にとって命の恩人であり、最高のパートナーだ。


「うへへ。エクス、エクスぅ〜」


「ちょ、ツルギくん……さり気なく私の胸を触ってない?」


「バカを言え。俺は今、お前の優しくて、温かくて、柔らかなに触れているんだよ」


「要するに、それって私のだよね? でもまあ、いいけど……」


 しばしの間、勝利の余韻に浸りながらイチャついていると、エクスが不意に黒い砂山を見つめた。


「アーサー……」


「……」


 黒い砂山を見つめて、エクスが沈痛な面持ちでアイツの名前を呟く。

 彼女にとって、アーサーはアヴァロン時代から知人だった。

 その性格こそ歪んではいたが、違う出会い方をしていれば今も生きていたかもしれない。

 しかし、エクスを取り返すためとはいえ人の命を奪ったその代償は大きい。

 それに、あんなに恐ろしい奴と手を組んでしまった事が、あいつにとって運の尽きだったのだろう……。


「……私が、彼を上手く説得できていれば違った結果になっていたのかな」


 グラムの亡骸である黒い砂をそっと手で掬うと、エクスが切ない表情を浮かべて言葉を漏らす。

 俺はその傍らにしゃがみ込むと、首を横に振った。


「あいつが、グラムと手を組んじまった時点でどうすることもできなかったさ。アイツの目は狂気に呑まれていた。お前が幾ら説得したところで全てが手遅れだったよ」


「そう、だね……」


 エクスの掌から零れた黒い砂が風に流され消えてゆく。

 アーサーを救えなかったことをエクスは後悔しているのかもしれない。

 でも、それで彼女が負い目を感じるのは違うと思えた。


「あいつは人として生きる道を踏み外した。確かに、アイツはお前を好きだった。でも、それで悪いことに手を染めたらなにもかもお終いだ……。だから、アーサーを救えなかったのはお前のせいじゃねえよ」


「……うん、ありがとう」


 エクスは俺に寄り添うと、右手をキュッと握ってくる。

 俺はそんな彼女の頭にポンと手を置くと、その頭を優しく撫でた。

 できることなら、俺もアーサーを救ってやりたかった。でも、どうすることもできない事だってある。

 それは、グラムに殺された俺の両親のように……。


「グラムは倒したんだ。だから、もうそんなに悲しい顔しないでくれ。俺はお前に笑顔でいて欲しいんだ」


「ツルギくん……」


「だから、な? 笑ってくれ」


 俺がそう言うと、エクスは目元の涙を拭って微笑んだ。

 色々と思うことはあるけれど、それはゆっくりと整理してゆけばいい。

 今回の戦いで、俺は両親の仇を討つことができた。でも、グラムのように恐ろしい魔剣はまだまだこの世界中に存在している。

 それら全てを倒すまで俺は戦わなければいけない。

 それは、俺と同じような悲劇を生まないためにだ。


「ツルギくんは本当に優しいよね。キミの言葉で私は何度も救われたよ」


「お前の悲しそうな顔なんて見たくねえからな。いつも笑顔で俺の傍にいて欲しいんだ」


「フフッ、ありがとう。ところでさ? グラムと戦って身体中を怪我したでしょ? だから……」


「だから?」


「回復するためにキス、しよっか?」


 そう言いつつ、恥ずかしそうな顔で俺の手を握ってきたエクスがマジで可愛かった。

 俺はそんな彼女を見て微笑むと、その華奢な身体を抱き寄せながら頷く。


「あぁ、回復してくれエクス」 


「うん、いいよ!」


 俺の顔を隠すマスクを上げると、エクスが静かに瞳を閉じて唇を差し出してくる。

 その唇に俺も自分の唇を重ねると、彼女の柔らかな感触と温もりに癒された。


「っ……また、キスしちゃったね?」


「お前とのキスなら何度でもしたいくらいだけどな?」


「もぅ、バカ。そう言えばツルギくん。ここに来る前の話なんだけど、覚えている?」


 上目遣いでそう訊いてきたエクスに俺は小首を捻った。


「え? どんな話だ?」


「えっと、ツルギくんの部屋でほらっ、話したじゃん! なんていうか、そのぉ……」


「???」


「……あ、の続きがしたいってさ?」


 両手の指先を合わせて赤面するエクスを見て、俺はふと寝室での出来事を思い出した。  

 そういえば、サポートアビリティを解放するために二人きりで部屋に籠もっていた時にそんなことを口走っていたな……と。


「あぁ。確かに言ったとは思うけど、それはその場の雰囲気というか興奮したノリで……」


「……いいよ」


「え?」


「だ、だからぁ〜! 家に帰ったら……あの続きをシテも、いいよ?」


「なん……だと!?」


 俺は今日この瞬間を忘れない。

 言ったよな? 確かにエクスは今、家に帰ったら俺とエッチしてもいいと言ったよな!? それならもうこうしちゃいられないぞ! 今すぐ家に帰ってシャワーを浴びて、そんでもって俺の部屋で……ダメダメ、顔がにやけてきちゃう〜!


「おーい、つーく~ん!」


 エクスからの予期せぬお誘いでひとり悶々としている俺の背に、カナデの声が届く。

 見れば村雨先生と犬塚先輩、それにカナデの三人が手を振って俺たちのもとへ駆け寄ってきていた。


「草薙、どうやら無事だったようだな」


「えぇ、この通り無事ですよ村雨先生」


「草薙くん! キミが無事で、本当に僕は……くっ、うぅ……」


「犬塚先輩、泣くのをやめてくださいよ。マジで引きますから」


「しかし、草薙くん! 僕は……キミの、安否をずっと心配して――ぐはぁっ!?」


「つーくん!」


 咽び泣く犬塚先輩をカナデは勢いよく突き飛ばすと、その背中を踏みつけて俺の前に凄んできた。


「つーくん! アタシね、心に決めたことがあるんだけど聞いてくれる?」


「え、嫌だよ」


「なんでそこ否定するし!? たまには真面目にアタシの話を聞いてよぉ〜!」


「冗談だよ。んで、その心に決めたことってなんだ?」


「アタシさ……やっぱり、つーくんのことを諦めないって決めたの!」


「……はぁっ?」


「ちょ、なんでそんなイミフみたいな顔とかするし!? ていうか、つーくんはアタシを助けるために危険な目に遭ってまでここに駆けつけてくれたんでしょ?」


「いや、まぁそうだけど……」


「だから決めたの。アタシ、つーくんのことが好き! だから諦めない……絶対に振り向かせてみせるって!」


「え、えぇ〜?」


 顔の前で握り拳を作ると、カナデが鼻息を荒くして迫ってくる。

 しかし、いきなりそんなことを言われても、俺にはもうエクスという心に決めた女の子がいるわけであり、そう易々とこの気持ちが動くことなどあるはずが――。


「もし、つーくんがアタシと付き合ってくれたら……好きなだけエッチなことをしてくれてもいいから!」


「その話、もっと詳しく聞いてみようじゃないか」


「ツルギくんてさぁ〜……」


 隣に立つエクスが、白い目を向けてくる。

 しかし! 女子からのお誘いを無下にするのは男として、侍として如何なものか!?

 カナデは今、付き合ってくれたら好きなだけエッチなことをしてくれてもいいと発言してきた。

 その言葉が、どれだけ俺の性的本能を揺さぶってきたのかは言うまでもない。

 こう言っちゃなんだが、カナデはエクスの次に可愛くておっぱいも大きいし細身でスタイル良いし条件的には申し分ないと思う。

 だが、その条件を呑んでしまうと、俺の愛するエクスとエッチができなくなってしまうわけであり……あぁもう! もし、俺がエロゲーの主人公だったら、なんの躊躇いも考えもなく二人と思う存分楽しめるというのにこの世は残酷だな、おい!


「おいおい、草薙。私の事を忘れてもらっては困るな? もし、キミが私を選ぶというのなら……朝も昼も夜もキミの性欲が求めるままに奉仕してあげてもいいぞ?」


「なん……ですとっ!?」


 ……む、村雨先生まで参戦してくるだなんて、これはもう本格的にハーレムフラグ確定じゃないか!? 

 朝も昼も夜もって、それって一日中ってこと!? じゃ、じゃあ、寝起きに一発とか、学校で一発とか、そして夜には……ヤバイ、想像しただけで俺の聖剣がおっきしちゃうぅ〜! 


 度重なる甘い誘惑に、俺があらぬ妄想しつつ頬を緩めていると、女子たち三人がムッとした顔で凄んでくる。


「「「誰にするのか早く決めなさい!」」」


 ……おいおい。俺の愛する可愛い子猫ちゃんたち。そんなに急かすなよ? 安心しろって。俺が三人とも均等に分け隔たりなく平等に可愛がってあげるから――……。


「――……って、あれ?」


 不意に目が覚めると、そこは見慣れた薄暗い俺の自室だった。

 俺はベッドの上に仰向けで倒れており、視線だけを周囲に配った。


「……一体、どういうことだ?」


 ゆっくりと身体を起こして辺りの様子を窺がってみる。

 すると、俺の枕元で静かな駆動音を響かせているVRのヘッドセットが目についた。


「なんでこんなところにVRのヘッドセットが……?」


 おもむろにそれを手に取って画面を覗き込んでみると……真っ暗な画面の中心に白い文字で『Fin』と、表示されていた。

 その文字を見た瞬間、全身から血の気が引いてゆく感覚に襲われ思わずVRのヘッドセットを地面に落とした。


「おいおい……そんなまさか、今までのが全部……、だったのか?」


 俺はベッドの上で呆然としながら、地面に転がったVRのヘッドセットを見つめていた……。

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