第32話 最後のアビリティ

「ぐっ、しまった!?」


「ンフフッ、ようやく捕まえましたわ。ブンブンとうるさいコバエさん? 最期はそこの壁に叩きつけて殺してあげますわね?」


 俺とエクスが駆けつけると、グラムが村雨先生を片手で捕えてニンマリ微笑んでいた。


「潰れたカエルのようになって死になさい」


「クソッ、これまでか……」


「させるかあああああああああああっ!」


「あら? また、貴方ですの?」


 足元から駆け上がった俺がグラムの顔を斬りつけようとすると、奴は呆れた様子で先生を放り投げた。


「のわああああああああ!?」


「先生ぇぇぇぇぇぇっ!」


 勢いよく放り投げられた村雨先生を追いかけて、地面スレスレの所でキャッチすると、俺はグラムから距離を取り先生に声をかける。


「先生、怪我は!?」


「わ、私は大丈夫だ……。それより、助かったぞ草薙」


「いえ、先生が無事で本当に良かったです。先生は俺にとって大切な人なんで!」


「な……」


 真剣な声で俺がそう言うと、村雨先生がポッと頬を赤らめて俯いた。


「き、キミは……本当にズルい男だな……」


「え? なんですか?」


「な、なんでもない。気にするな!」


 よくわからないけれど、村雨先生があたふたしている様子が本当に可愛い。

 なんというか、このまま家に連れて帰りたいレベルだ。


「と、ところで草薙! 奴の装甲は以前戦った寄生型の比ではないぞ。一体どうするつもりだ?」


「それなら問題ないよ」


「エクス、それはどういうことだ?」


 疑問を呈した村雨先生に後から駆け付けてきたエクスが自信満々に胸を張ると、話を続ける。


「私たちには最後の切り札となるサポートアビリティ『ランス』が残されているんだ」


「ランス、だと?」


「ここに来る前にエクスと話したんですけど、俺たちにはまだ使用していない最後のサポートアビリティがあります。それを使って奴を倒すつもりです!」


 俺たちにはまだ扱っていない最後のアビリティ『ランス』が残されていた。

 グラムの装甲が俺の聖剣で斬ることができないとなれば、残されたそのアビリティに全てを賭けるしかない。

 それに、エクスいわく、この『ランスモード』は、聖剣とは違い、貫通性を重視した武器であるという話だ。

 それを駆使すれば、強固な鎧に阻まれたグラムにもダメージを与えられるかもしれないという推測だ。

 これは本当の意味で、俺たちにとっての最後の賭けなのだ。


「……そうか。ならばキミたちを信じて私は待つとしよう」


「ありがとうございます。先生も安全な所へ逃げてください!」


「ああ。キミたちと共に戦えないのがとても辛いところではあるが、健闘を祈っている!」


 傷だらけになった村雨先生の後ろ姿を見送ると、フロアに充満していた濃霧が晴れた。

 それを機にグラムがウンザリした様子で肩の凝りをほぐしている。


「はぁ……ようやく鬱陶しい霧が晴れましたわね。さあ、続きを始めましょうか?」


「これが最後の正念場だな……。エクス、頼んだぞ!」


「任せて! 聖剣、『ランスモード』!」


『了解、ランスモード【ロンゴミニアド】起動』


 鎧から合成音が聴こえた直後、俺の両手に持つ聖剣がその刀身を展開させると一つに重なった。

 やがて、複雑に変形を繰り返した二本の聖剣は、見事な一本の大槍に変貌を遂げた。



「これが……ランスモード?」


 完成されたその大槍は先端部分がドリルのような形状になっていた。

 そして、大槍の中腹には拳銃の撃鉄とリボルバーがあり、そこに四発の弾丸が込められている。

 手元の柄部分には、引き金とスライダーが搭載されてあり、まるでショットガンのような構造となっていた。

 しかし……。


「これがランスモードなのはわかったけど、どうして俺の鎧とランスから伸びたこの鎖が繋がれているんだ?」


「それは私にもわからないけれど……って、ツルギくん! 前、前!?」


 エクスが指を差す方に視線を上げると、グラムが地響きを立てこちらに走り出していた。


「美味しそうなセイバーさ~ん! 早くわたくしのディナーになってくださいまし~」


「ツルギくん! グラムがキミのことを食べる気満々みたいだよ!?」


「冗談じゃねえぞ!? というか、どうやって使うんだよこの槍は!」


 よだれを撒き散らし迫りくるグラムに本気で狼狽する。

 すると、俺の握る柄部分を指差してエクスが騒いだ。


「とりあえず、なんか銃みたいな造りになっているから引き金を引けばいいんじゃないかな!?」


「そ、そうなのか! よし、それなら早速――」


 と、ランスの柄にあった引き金に指を掛けて引いた瞬間、撃鉄が打たれた。

 その直後、爆発音を轟かせて俺の身体が大槍と共に先端を向けていた方角へと吹っ飛んだ。

 それはまるで、撃ち出された弾丸のように……。


「ぎにゃああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


「つ、ツルギくん!?」


 凄まじい速度で飛んでゆく中、なぜ俺の鎧とこの大槍が鎖で繋がれていたのか理解した。

 この大槍は、引き金を引くことで使用者と共に相手に向かい、弾丸のように飛んでゆく捨て身の攻撃方法だったということだ。


「あらあら、自らわたくしに食べられに来るなんて潔い片ですね?」


「んなわけねえだろ! てか、どうすりゃいいんだよこれえええええええええええっ!?」


 舌なめずりをしてその場で待ち構えたグラムにちびりそうになる。

 この危機的状況をなんとか回避できないものかと考えていると、大槍の先端が突如として高速回転を始めた。

 しかも、柄の末端部分からは火柱が上がって更に加速をつけると、俺の身体に途轍もない重力がのしかかってくる。

 

「うわああああああああああああああっ!」


「ンフフ。それでは、いただきま~~~~……!?」


 突撃する俺を掴もうとグラムが手を伸ばしてきたそのとき、大槍の先端が掌に突き刺さった瞬間、グラムの片腕が爆散した。


「いやあああああああああっ!? わたくしの腕がああああああそんなああああっ!」


 片腕を失い断末魔のような悲鳴を上げてグラムが悶絶している。

 その間、俺は対面する壁に大槍ごと突き刺さるとようやく停止することができた。


「……し、死ぬかと思った。でも、この大槍を使えばグラムの装甲を貫くどころか一撃で破壊できるみたいだな!」


「つ、ツルギくん! グラムがこっちに来たああああああああああああっ!?」


 切迫した声に振り返ると、隻腕から血を流したグラムがエクスに迫っていた。


「……こ、こうなれば、精霊の貴女を先に食い殺して聖剣を無力化し、そのあとに彼を食べることにしますわ!」


「わ、私は美味しくないと思うよ!? ほら、お肉だってぷよぷよだし!」


「あら。それは霜降りということですわね? 増々食欲が湧いてきますわ!」


「食べる気満々じゃん!? ツルギくん、早く助けてぇぇぇぇぇぇっ!」


 壁を背にしてエクスが青ざめている。

 このままだとエクスが食われちまう。

 しかし、グラムとの距離が離れ過ぎていてこのままだと間に合いそうもない! 


「クソッ、この距離じゃ追いつけねえ! それなら――」


 と、もう一度引き金を引いてはみたものの、ランスには変化がなかった。


「あれ!? なんで動かねえんだ!」


 ひとり狼狽する俺の視界には大口を開けたグラムがエクスに迫っていた。

 このままだと、俺の可愛いエクスが、グラムに食われてしまう。

 まだエッチもしていないのに、彼女を失うなんて冗談じゃない!

 

「クソッ、どうすりゃ動かせるんだ!? いや、待てよ。この造りって、なんかショットガンに似ているな……」


 持ち手の部分にあるスライダーに目が留まり、物は試しにと俺はそれを手前に引いてみた。

 すると、スライダーを引くと同時にリボルバーが回転して薬莢やくきょうが一つ吐き出され、撃鉄が上がった。

 どうやら、この大槍は最大四発まで先程のような攻撃が可能らしい。


「残された弾丸は三発……。それなら、迷う暇はねぇ!」


 大槍の先端をグラムに狙い付け再びトリガーを引く。

 すると、撃鉄が打たれ瞬間、俺はランスと共に再び弾丸の如くその場から吹っ飛んだ。


「ぬはああああああ! これジェットコースターの一万倍くらい怖いんですけどぉっ!?」


 時速何百キロかもわからぬ速度で俺は大槍を構えてグラムに迫る。

 この武器は威力こそ凄まじいが扱いが非常に難しい。

 それでもこれを上手く使いこなせなければ、グラムを倒せないのは明白だ。


「こうなりゃ……やってやるあぁぁぁぁぁぁっ!」


 必死になって大槍にしがみつき俺はグラムの背後に迫った。

 すると、グラムが背後に迫った俺に気が付き、魔剣を振り抜いてきた。


「そう何度も上手くいくなんて思わないでくださいまし!」


 グラムが振り抜いた魔剣が大槍を構えた俺に迫る。

 その刃が大槍に触れた瞬間、俺の軌道が斜めに逸れて壁に突き刺さって停止した。


「クソッ、外したか!?」


 壁に深々と刺さった大槍を引き抜きながら背後を振り返ると、グラムが自身の魔剣を見つめたままワナワナと震えていた。


「そ、そんな……最強の強度を誇るわたくしの魔剣が……刃こぼれをするだなんて」


 グラムの持つ魔剣の刃が、俺の大槍に触れた部分だけボロボロになっていた。

 どうやら、この大槍はどんなものでも破壊することができる攻撃力を有しているようだ。


「残り二発……次は絶対に外さねえ!」


 引き抜いた大槍の柄部分にあるスライダーを引いて薬莢を吐き出すと、俺は再びグラムに向けて引き金を引く。

 すると、奴が双眸を剥きだして悲鳴のような声を上げた。


「ま、またですの!?」


「これでも喰らえ……グラアアアアムッ!」


「ひ、ヒィッ!?」


 巨大な魔剣を振り上げて、グラムが俺を切り払おうとするが、そのときには既に俺がその肩口を貫通していた。


「ぎゃあああああああああああああああっ!? 痛いいいいいいいいいいっ!」 


 ランスに最後の片腕までも貫かれ、両腕を失ったグラムが悲痛な声を上げる。

 俺はランスと共に壁に突き刺さると、眼下で震えていたエクスに声をかけた。


「エクス、グラムの野郎は両腕を失ってテンパってやがる! 今のうちに逃げろ!」


「む、無理だよぉ〜! 腰が抜けて動けないモン!」


「マジか!? 今降りるからそこで待って――」


「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」 


 動けなくなったエクスに気を取られていると、グラムが大口を開けて俺に迫ってきた。

 奴はそのまま壁に激突して俺を咥えると、鋭い牙の生え揃ったアギトに力を込めてくる。


「……このまま食い殺してあげますわ」


「があっ! クソ、ヤバい!」


 突き立てられた牙が鎧に食い込み亀裂が走ると、俺は一気に血の気が引いた。

 このままだと鎧ごと喰われちまう! 

 でも、こんなところで、死んでたまるか!


「……このクソがあああああああああっ!」


 手にした大槍を俺はグラムの片目に突き刺すと、その先端を捻り込むように力を込めた。


「ぎゃあああああああっ!? 目が、目がぁっ!」


 片目を潰されてグラムが大口を開けた隙に俺は跳び上がると、天井から吊り下がるシャンデリアの鎖を引っ掴み、ランスと共にぶら下がった。

 不意に下を見れば、片目から血を流したグラムが両膝を地面に着いてその顔をを歪めている。


「ヒュー、ヒュー……おのれぇ……わたくしの顔を……よくも!」


「ツルギくん、今なら!」


「わかっている! グラム、覚悟しろ!」


 片手で掴んだ鎖を手放すと、俺は落下したまま柄部分にあるスライダーを引いてリボルバーを回転させる。

 そのとき、リボルバーから吐き出された薬莢がゆっくり落ちてゆく様を尻目にしながら、大槍をグラムに向けて構えた。


「これで、終わりだあああああああっ!」

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