第46話 村正と白亜

 緊急の連絡を受けてスグ、俺とエクスは頼乃さんと合流するためテーマパークへと向かった。

 

 いつも通り迎えに来てくれたカナデには申し訳なかったけれど、今回は嫌な予感がしたため俺たち二人で琥珀ちゃんのもとへ急行することにした。

 そして、最短の交通機関を経由して、俺たちは目的地に到着した。


「頼乃さん!」


 開園前のテーマパーク入り口で俺が声を張ると、黒いトレンチコート姿の頼乃さんと忍び装束姿の安綱さんの二人がこちらに振り向いた。


「あら、草薙くん。随分と早かったのね?」


「ええ。事情が事情なんですっ飛んできました。それより、琥珀ちゃんは!?」


「残念だけれど、私が中を確認したときには誰も居なかったわね。ただ――」


「ただ?」


「現場の惨状から推測するに、彼女の安否は絶望的かもしれないわね……」


「そ、そんな……」


 頼乃さんの現実的な言葉にエクスが青ざめる。

 しかし、まだ琥珀ちゃんが確認されたわけではない。きっと、どこかに隠れて怯えている可能性だってある。

 俺はそれに賭けたかった。


「安心しろよエクス。琥珀ちゃんはまだ見つかっていないんだ。諦めるにはまだ早い」


 俺はエクスにそう言うと、震える肩をそっと抱いた。

 エクスの心情は気が気ではないだろう。

 それでも、希望を捨てるにはまだ早すぎる。


「それでは草薙殿。ここの管理者である依頼人から許可をもらっておりますゆえに、先を急ぎましょうぞ」


「はい!」


 安綱さんの言葉に俺とエクスは力強く頷く。

 すると、豊かな胸を抱くように腕組みをしていた頼乃さんが瞳を細めて言う。


「安綱、魔剣の気配は?」


「先程、テーマパークの中で一際強いオーラを感知したでござる。おそらく、それが今回のターゲットであるものかと」


「どうやら、鬼の大将さんがお出ましといったようね……それじゃ、行くわよ」


 頼乃さんは静かな口調でそう言うと、ブーツのカカトを鳴らしてテーマパークの中へと向かう。

 俺とエクスもそれに続いて二人のあとを追った。


「琥珀ちゃん、大丈夫かな?」


 心配そうな面持ちでエクスが俺の手をギュッと握ってくる。

 あの子は魔剣の存在を知っていた人物だった。それを鑑みるに、奴らに襲われたとしか思えない。

 でも、今は彼女の無事を願うしかない。


「きっと大丈夫だよ。だから、今は急ごう」


「うん。そうだね!」


 顔を上げてエクスは頷くと、静寂に包まれた無人のテーマパーク内を真っ直ぐ見つめる。

 俺はそんなエクスの手を握り返すと、一緒に駆け出した。


 ○●○


 足を走らせる俺たちが鉄門の前に辿り着こうとしたそのとき、先行していた安綱さんが急にその場で足を止める。

 それに続いて、俺の隣を走っていたエクスもその表情を険しくした。


「……こんなに強いオーラ、あのとき以来かもしれないよ」


「あのとき?」


「うん。グラムのとき」


 その一言に俺の中での緊張感が一気に高まった。

 グラムのときと同じオーラということは、今回の相手が人型である可能性が高いということだ。

 前回の落ち武者のような魔剣たちで、この一件は終局を迎えたとばかり思っていたが、まさかグラム級のオーラを持つ相手があとから現れるなんて想像すらしていなかった。


 そう思えば思うほど、琥珀ちゃんの事が心配になる……。


「琥珀ちゃん、お願いだから無事でいて」


 両手を胸の前で握り合わせ、祈るような言葉を口にするエクスに安綱さんが続く。


「拙者も今までに色々なオーラを感知してきましたが、これは群を抜いておりますな」


 じわりと額に浮かんだ汗を拭う安綱さんの表情が酷く強張っている。

 どうやら、俺たちがこれから対面する魔剣は相当危険な相手なのだろう。


「どちらにせよ、倒すべき相手に変わりはないわ。それじゃあ、聖剣を召喚して――」


「ウヌらが聖剣使いかのぅ?」


「!?」


 鉄門の向こうから聴こえた男の声に俺たちが身構えると、頑丈な鉄門が幾重にも切り刻まれ、重量感のある音を響かせ崩れた。

 濛々と巻き上がる砂煙に俺たちが視線を集中させていると、頼乃さんが眉を顰める。


「……来たわね」


 ただの鉄塊と成り果てた門の向こうからゆらりと現れたその人影は、黒い着物姿の男だった。

 その男は赤いひょうたんを口元へ煽ると、酒気を帯びた息を吐いて唇を拭う。


「……ぷはぁー! 人間の作った酒は実に美味いのぅ〜。これを飲めるなら殺さずに生かしておくのもやぶさかではないのじゃが……」


 黒い着物姿の男はそう言うと、赤い瞳で俺たちを見据えながら口の端を吊り上げる。

 その薄い笑みを見た直後、俺の背中に冷や汗が伝う。

 やはり、相手は人型だったか……。


「初めまして……と、言ったところかのぅ? ワシの名は『村正』。よろしゅうたのむわ」


 村正と名乗ったその男の見た目は四十代前半ほどであり、ガッシリとした体躯をしている。

 長い黒髪を後ろで束ねた髪型が特徴的であり、着物の前身頃からだらしなく片腕をだらりとさせている。


「よりによって、相手が人型の魔剣とわね……。アナタがこの騒ぎの首謀者ということでいいのかしら?」


 人型魔剣を前にしても、毅然とした姿勢を見せる頼乃さんに村正が首を横に振る。


「残念じゃが、それはちぃ~とばかり違うんじゃ」


 村正は気怠そうに顎を擦り、酒の入ったひょうたんを再び煽ると、ほろ酔い口調でゆったりと話す。


「一月前じゃったかのぅ、たまたまそこの山林に立ち寄ったときに面白い奴と出くわしてなぁ? そいつが力を欲しいと言うからワシの力を与えてやったんじゃ。それはウヌらも知っとるじゃろぅ?」


「じゃあ、前回襲撃してきた魔剣たちはその人物が手引きしたというわけね。それで、その張本人はどこにいるのかし――」


「! 頼乃さん!?」


 村正に気を取られていた頼乃さんに凄まじい速さで肉薄する人影があった。

 その人影は全身黒ずくめで頭巾を被っており、水平に構えた野太刀の切っ先を頼乃さんに向けて振り抜こうとする。

 それにいち早く気付いた俺は、その人影の前に飛び出し、頼乃さんに振り抜かれた野太刀の刃を素手で受け流すと、迫る人影に向けて廻し蹴りを見舞った。

 だが、その人影は身軽な動きで後方宙返りをすると、村正の隣に着地した。


「おうおう。なかなか良い反応をするのぅ小僧? 正直、驚いたわい」


「チッ、そいつがオメエの話していた今回の首謀者か!」


「まあそんなところだわい。のぅ、白亜」


 村正は隣で野太刀を構えた全身黒ずくめの人物を一瞥すると、ひょうたんを煽ってにたりと笑う。

 すると、黒ずくめの人物が声を張ってきた。


「貴様らが琥珀を誘拐した連中だな! ボクの大切な妹を返せ!」


「は? 妹?」


「とぼけるな人間! お前らが琥珀を連れて門の向こうへ行った姿をボクの仲間が確認している。そのあとから、琥珀は行方不明になった。犯人は貴様ら以外考えられない!」


 黒ずくめの男は俺たちを指差すと、構えていた野太刀の先端を地面に突き立てた。

 その直後、地面からあのときに見た落ち武者のような魔剣たちが次々と這い出てきた。


「紹介が遅れたのぅ。こいつの名は白亜っちゅうモンでな? お前たちに誘拐された琥珀っちゅうタヌ……あ? 今は人間か? まあ、そいつの兄貴じゃ」


 村正にそう言われ、黒ずくめの人物が頭に被っていた頭巾を外すと、琥珀ちゃんの面影をもつ青年の顏が露わとなった。


「お前が琥珀ちゃんの兄貴なのか?」


「だからなんだ。いいから早く琥珀を返せ!」


「は? なんのことだよ?」


「琥珀を返せと言っているんだ! しらばっくれても無駄だぞ!」


 白亜は矢継ぎ早にそう言うと、野太刀の切っ先を俺たちに向けてくる。

 すると、その動作に応じて落ち武者たちが顔を上げた。


「こいつらを始末しろ! ただし、ひとりは生かしておけ!」


 白亜がそう告げた瞬間、落ち武者のような魔剣たちが赤い双眸を光らせてこちらに駆け出してくる。

 それに俺たちが身構えると、頼乃さんが言う。


「私たちが誘拐犯だなんて冗談にしては笑えないわね……安綱!」


「御意!」


 頼乃さんの言葉に安綱さんは頷くと、その手にホーリーグレイルを出現させ《ミラー》を展開する。

 そして、なんの躊躇いもなく忍び装束を脱ぎ捨て赤フン一枚になると、その場で四つん這いになった。

 その一部始終を見て村正が瞳をぱちくりとする。


「あ? なにをしとるんじゃウヌは? 頭でもおかしくしたんかのぅ?」


「生憎だけれど、これは真面目な行為なのよ――ていっ!」


「ああんっ!?」


 頼乃さんは胸元から素早く六条鞭を取り出すと、安綱さんの背中に容赦なく鞭を浴びせた。

 その行動に村正と白亜の二人があんぐりと口を開けて呆然としていた。


「さぁ、ブタ野郎! さっさとその汚いケツを突き出して、女王様である私に踏みつけてくださいと懇願しなさい!」


「ぶ、ぶひぃ! 女王様ぁっ! 拙者の汚いケツをどうかその硬いブーツのカカトで踏みつけてくだされ~~~っ!?」


「それならお望み通りに踏みつけてあげるわ! ほおらっ!」


「ぴぎゃあっ!? え、エクスタシー……」


 ブーツのカカトで安綱さんのお尻を何度も踏みつける頼乃さんから俺とエクスはそっと目を逸らす。

 仮にも、俺たちと同じアヴァロンの仲間であるとはいえ、いくらなんでもこれはあんまりだ。


「ねぇ、ツルギくん? 私たちも他の人からはああいう風に映って見えているのかなぁ? そう思うと、泣きたくなってくるんだけど……」


「それは違うぞエクス。俺たちのはもっと情熱的であり、官能的であり、美しさのある素晴らしい行為だ。アレと同じだなんて思っちゃダメだ」


「ハハッ……だといいね」


 エクスは乾いた笑いを漏らすと、そのまま俯いて黙り込む。

 確かに、精霊が性感を得ないと聖剣は召喚されないのはわかるけれど、俺たちと頼乃さんたちとではベクトルが違うと思う。

 あの二人は、かなりアブノーマルだ。

 でも、ここ最近の俺たちも少し危ないような気がしないでもないが……。


「そろそろかしらね? 安綱、準備はいいかしら?」


「はふぅー……はふぅー……せ、拙者は既に準備できておりますぞ……」


「そう? じゃあ、さっさとイキなさい――」


 と、頼乃さんが大きく片脚を振り上げると、そのまま安綱さんのお尻にヒールのカカトを突き刺した。


「ぴぎゃああっ!? そ、そんなに激しく責められたら……拙者はもう――」


「……ツルギくん」


「見ちゃダメだエクス。お前のはもっと美しい」


 今にも泣きそうなエクスの視界から安綱さんを遮るように俺は彼女を抱きしめると、聞きたくもない野郎の絶頂ボイスに奥歯を噛んで絶えた。


「……ら、ラメエエエエエエエエエエッ!」


 安綱さんの歓喜の声と共にその背中から出現した刀を掴むと、頼乃さんが刀身を引き抜きながら肩越しにこちらを見た。


「ここは引き受けるから、アナタたちも急ぎなさい。私たちとをアナタたちもするのでしょう?」


「お、お気遣いいただき、ありがとうございます……」


「グスッ……同じじゃないモン」


「エクス、そこを気にするな。行くぞ!」


 涙目のエクスを連れてその場を離れると、俺はひと気のない場所へ足を走らせた。









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