第105話 ヒルド、参ります!
「え……ちょ、ヒルドちゃん! それ、マジで言ってんの!?」
「勿論、マジですよカナデお姉さま!」
壁を背にして後退るカナデに四つん這いになりながらヒルドが迫る。
グイグイと近づいてくるチャコールグレーの瞳には、本気という二文字が浮かんでいた。
「安心してくださいお姉さま。私も、初めてですから……」
「そ、そういう問題じゃないし!? ていうか、なんでそういう事を……ハッ!」
その時、カナデの脳裏にツルギとエクスが聖剣を召喚した時の光景が過った。
ツルギがグラムたちと戦うその直前、そういった行為をしていた……と。
(そ、そういえば……エクスちゃんにつーくんがエッチな事をして聖剣を召喚してたっぽい……)
当時の記憶を呼び起こして、それが必要であると嫌でも理解してしまったカナデは、聖剣の召喚儀式を呪った。
まさか、自分がそのような行為を受ける事になろうとは露にも思っていなかった。
(お、女の子同士でも、そゆことするの?)
俄に信じ難いことだが、眼前のヒルドは真面目な顔をしている。
そのことについて、カナデは一応ながらの確認をしてみることにした。
「ヒルドちゃん? ほ、本当にする気なの……?」
「します!」
即答だった。
ヒルドはカナデに迫るとそのまま身体を密着させ、彼女の頬に片手を添えた。
そして、甘えるような声音でカナデを見つめて言う。
「ねぇ、カナデお姉さま……早く、シよ?」
「い……いやいやいやいやっ!?」
右手を顔の前でブンブンと振り、それはないと否定するカナデだが、当のヒルドは俄然ヤル気モード全開であり、それを待ちきれないといった様子で興奮していた。
「さぁ、カナデお姉さま〜。早くぅ〜」
「いや、マジでちょまあ――」
「ぐあああああああっ!?」
曲がり角の向こうから聴こえてきたオジェの苦痛な叫びに、ヒルドはチラリと視線を動かすと瞳を細めた。
「お姉さま、早くしないとオジェ先輩があのキモチェーンソー男にバラバラにされちゃいます。私たちを庇ってくれた恩人を見殺しにするなんて、それでいいんでか? それがお姉さまの選択肢なんですくわぁっ!?」
「ヒルドちゃんの目が血走っていてマジ怖いんだけど!?」
最早、脅しにも近いヒルドの台詞にカナデは引き攣った表情を浮かべていたが、チェーンソー男を倒さなければ、自分たちを庇ってくれたオジェが命を落としてしまうのは確かだ。
それに、そうともなれば次に狙われるのは自分たちであり、この窮地を乗り切るためにはヒルドが言う通り聖剣を召喚するしかない。
とはいえ、その行為に逡巡するのも否めない。
なぜなら、カナデはそういう事をしたことがないからだ。
「……ね、ねぇ、ヒルドちゃん?」
「なんでしょう?」
「アタシもあのお兄さんを助けたいと思ってるんだけどさ? なんていうかその、そういう経験ないからちょっと怖くて……」
「……姉さま、可愛い」
指先をツンツン合わせて照れくさそうにするカナデに、ヒルドが頬を染める。
どうして今まで、こんなに可愛い彼女の傍にいて平然としていられたのか自分でも不思議に思えて仕方なかった。
そんな事を心の中で思いながらヒルドが微笑んでいると、カナデが言う。
「あ、あのさ、ヒルドちゃん?」
「はい。なんですか?」
「なんていうか、その……」
「その?」
――そういうの初めてだから、優しくしてね?
「なはぁっ!?」
潤んだ瞳で上目遣いをしてきたカナデに、ヒルドの心臓が撃ち抜かれた。
同性でありながら、彼女はどうしてこんなにも可愛いのか……。
同性でありながら、彼女がどうしてこんなにも愛おしいのか……。
その答えは既に、ヒルドの中でハッキリとしていた。
彼女によって、艶やかに芽吹いた百合の花。
その花びらに口づけをせずしてなるものか……と。
「……カナデお姉さま」
「な、なに?」
「私にお姉さまの全てを委ねてください」
「え? ちょ、ヒルドちゃん!?」
その一言を合図に、ヒルドはカナデに抱きつくと聖剣の召喚儀式を始めた。
まず初めに、カナデに身体を密着させたヒルドは彼女の首筋に舌を這わせた。
その生温かい舌先がちろりとカナデの動脈をなぞると、華奢な身体がピクンと反応を示す。
「……ひゃうっ!?」
「フフッ。カナデお姉さまの声、すごく可愛いです」
「や、やめてよヒルドちゃん。なんかそういう言い方っていうか……」
「またまたぁ〜。そんなこと言っている割にお姉さまの身体ってば、感度が良いですよ?」
「きゃうっ!?」
豊満なカナデの胸に頬を寄せながら、その表面をヒルドが右手で撫で回す。
服の上からでもわかるほど、形が良くて大きく突き出たお椀型をした胸の輪郭をなぞるようにヒルドが右手を滑らせると、カナデの薄い桜色の唇から官能的な声が漏れた。
「ひ、ヒルドちゃん……なんか、手付きエロいし……ンッ!?」
「私をこんな風にしてしまったのはカナデお姉さまなんですよ? それに、ほらっ?」
「きゃひんっ!?」
「……まだツルギ先輩にも触られたことの無いお姉さまの乳房が熱ぅ〜くなってますよぉ〜?」
「なんか発言がゲスいし!? ていうか、そういうの、やめてよぉ〜……」
ヒルドに身体の隅々を撫で回され、カナデの体温が上昇してゆく。
そんな自分にカナデは戸惑いながらも、ヒルドの愛撫に身を委ねるしかなかった。
(な、なんと淫靡なのでしょうか……これが聖剣の召喚儀式。なんとも興味深いですぅ〜!)
カナデとヒルドの行為を観察するように、レイピアがジッと見つめる。
そんな視線を気にする余裕もないカナデは、年下であるヒルドにその身を蹂躙されていた。
(ていうか、なにこの感じ? 確かに気持ち良いんたけど、なんか違うし……)
カナデは同性であるヒルドの愛撫で、自分のうぶな身体が反応をしてしまう事に当惑をしていた。
それ故に、なかなか絶頂に至れない。
だがこのままだと、いつまで経っても聖剣を召喚できず、オジェが命を奪われてしまう。それだけは、避けなければならない事態だ。
ならば覚悟を決めるしかない……。
カナデはグッと瞳を閉じると、ヒルドに攻められながらも、とある妄想に耽った。
これがヒルドではなく、ツルギであったら……と。
『……なぁ、カナデ?』
「はぇっ? つ、つーくん?」
『こんなに厭らしい身体をして、お前はどんだけ俺にエロい事をされたいんだよ?』
瞳を閉じたカナデの瞼の裏では、愛しのツルギが優しい微笑みをその顔に称え、耳元でそっと囁いてくる。
勿論それは彼女の妄想によって生み出された幻覚と幻聴だ。
しかし、今の妄想力全開のカナデには、その幻覚も幻聴すらも現実に等しくなっている。
そんな彼の甘い囁きに、カナデが耐えられるわけがない――。
「つ、つーくん……そ、そこは……」
『ん? なんだ?』
「アタシ……このままだと、もぅ――」
と、そこまで言いかけた瞬間、カナデの腰から脳天に目掛けて電撃が突き抜けるような感覚が襲った。
「……ら、ラメだよおおおおおおおっ!?」
カナデが絶頂したその直後、その胸元からレイピアの造り出した聖剣が、眩く青い輝きを放ち姿を現した。
そのあまりにも美しい光に当てられながら、聖剣の生みの親であるレイピアは感動して涙を流した。
「あぁ……これが聖剣のあるべき姿なのですね……本当に、良かった」
それは、我が子が立派に成長した姿を見守る母親のように。
それは、これより巣立ちゆく我が子の行く末を見守る母親のように。
レイピアはその瞳から幾つもの温かなしずくを零すと、両手を豊かな胸の前で握り合わせ安堵の笑みを浮かべた。
「これが聖剣ですか……」
カナデの胸元から突き出た眩い光を放つ聖剣を前にして、ヒルドは躊躇いながらもその柄を掴むとゆっくり引き抜き、十字に振り抜いてその感触を確かめた。
「お姉さまから授かりし聖剣……そしてこれが、私たちの聖剣!」
そこには、あどけなさのある少女の姿はなく、ひとりの立派な乙女の騎士が立っていた。
ヒルドは足元で倒れながら虚空を見つめて恍惚としているカナデに頭を下げると、ニッコリと微笑む。
「ありがとうございます、カナデお姉さま……ヒルド、行って参ります!」
「い、行ってらっしゃ〜い……」
愛する人に見送られ、突剣型の聖剣を構えた乙女の騎士は、魔剣の精霊と戦うオジェの元に駆け出す。
そして、曲がり角を飛び出すと、チェーンソーを唸らせオジェを追い詰めていたエペタムに斬りかかる。
「オジェ先輩!」
「んなっ!? ヒルド、おまっ、成功したのか!?」
「当然です。それより、私も加勢します!」
聖剣で斬りかかってきたヒルドにエペタムはチェーンソーを振り抜いて斬撃を受け流すと、首の骨をゴキンと鳴らして頭を傾けた。
「あぁ……なんでお前、生きてんの? 絶対に死んだと思っていたんだけど……」
「私はお姉さまの愛で復活したんですよ……さぁ、ここから私のターンです!」
突剣型の聖剣を顔の前で縦に構えると、ヒルドはひと呼吸置いてから真っ直ぐな瞳でエペタムを睨みつける。
「……アヴァロンのセイバー、ヘグニが娘ヒルド、参ります!」
かくして、戦いの火蓋は切って落とされた。
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