第106話 魔剣包囲網

 アヴァロンに魔剣の精霊たちが押し寄せてきたその頃、研究棟で逃げ惑う職員たちの間を縫うようにしてひた走る男の姿があった。


 男はシルバーのジェラルミンケースを片手に持ち、胸元の勲章を光らせた軍服姿であり、その額にはビッシリと玉のような汗を張り付けている。

 

 ――クソッ、どうしてこうなったのだ!?


 軍服姿の男、スヴァフルは眉間にシワを寄せると、研究棟の下に位置する地下駐車場から逃げようとしていた。

 エレベーターで地下駐車場に到着すると、自身の愛車のカギを取り出し、周囲に魔剣が居ないことを確認してから乗り込もうとする。

 しかしその時、背後から聞き覚えのある女の声がして凍り付いた。


「あらん? どこへ逃げるつもりなのかしら〜ん?」


 背後から聴こえた女の声にスヴァフルは立ち止まると、引き攣った顔で振り返る。

 すると視線の先に、ボンテージ姿の若い女ティルヴィングが口元に薄い笑みを浮かべて立っていた。


「ンフフッ。どこに逃げるつもりなのかしらん? スヴァフルちゃん?」

 

「ティ、ティルヴィング……貴様!」


 歯噛みして睨みつけてくるスヴァフルを見てティルヴィングはくすりと笑うと、彼が手に持つジェラルミンケースに視線を移し、瞳を細めた。


「それを持ち出されちゃうと困るのよねぇ〜ん。それに、それはアタシたちに譲ってくれる約束だったでしょ〜ん?」  


「ふ、ふざけるな! アヴァロンを襲撃するなど聞いていなかった……が欲しいと言うなら私の身の安全を保障しろ! それができないならば、コレを渡すつもりなどない!」


「あら〜ん? ソレを渡さないだなんて随分といい度胸ねん……」


 ティルヴィングは片手に魔剣を出現させると、スヴァフルを睨みつける。

 その赤い瞳は、猛禽類のような獰猛さを秘めていた。


「本当に人間は愚かな生き物よねん。それの真価が発揮できるのは、アタシたち魔剣の精霊だというのに……」


「そ、それ以上近寄るな!」


 片手に持ったジェラルミンケースを胸に抱くと、スヴァフルが腰のホルスターから拳銃を抜いて発砲する。

 しかし、その弾丸をティルヴィングは魔剣で容易く防ぐと、スヴァフルに殺意のこもった瞳を向けた。


「女に銃口を向けるだけでなく発砲までするなんて最低な男……アナタ、楽に死ねないわよん?」


「ティル」


 拳銃すらも通じぬ相手にスヴァフルが狼狽えていると、ティルヴィングの傍に停められていた乗用車の脇から、肩の辺りで切り揃えた金髪に黒い服装をしたクラウが片手に聖剣を握り姿を現した。


「そいつは私が殺す。手を出さないで」


「ンフフッ、そうだったわねん。コイツはクラウの獲物だから好きにしていいわよん?」


「そうする」


 ゆっくりと歩み出たクラウにティルヴィングは背後から抱きつくと、愛おしそうに頬ずりをする。

 その様子を見ていたスヴァフルは、ただならぬクラウの殺気に気圧され、遂には腰を抜かした。


「ひ、ひぃっ!? ま、待ってくれ!」


「スヴァフル副司令官。魔剣サンプルを紛争国に兵器として売り捌いていただけでなく、それを知ったお姉ちゃんの命を奪った……その罪を償え!」


「く、来るなぁっ!」


 聖剣を構えてクラウが斬りかかろうとすると、スヴァフルが再び拳銃を何発か発砲する。

 だが、それら全てをティルヴィングが見事に魔剣で防いだ。


「ありがとう、ティル」


「いいのよん。アタシの愛するアウラのためだものん、お安い御用――!?」


「これでようやくお姉ちゃんの仇が討てる……死ね、スヴァフル!」


「待ってクラウ! 他にも敵がいるわよん!」


 制止するティルヴィングの声にクラウが足を止めた直後、地下駐車場内にしゃがれた年配男性の声が響く。


「クカカカッ! よくぞ気付いたのぉ?」


「誰なの!?」


『その聖剣、もらったあー!』


 クラウが周囲に首を巡らせていたその時、彼女の真横から人影が現れ、白刃が煌めいた。

 だが、その斬撃をティルヴィングが素早く受け流してクラウの前に立ちはだかると、奇襲を仕掛けた人物が後方宙返りをして大きく飛び退き着地すると、がっくり肩を落とす。

 

『あちゃ〜。奇襲作戦に失敗しちゃったよ〜。博士ぇ〜、ゴメンネ〜?』


「クカカカッ! 気にせんでええわいセレジアちゃん。こいつらの話は全て聞かせてもらったしのぅ〜」


 クラウたちの前に姿を現した人物は、白衣のポケットに両手を突っ込んだダーインと、彼が開発したラブドール型の精霊セレジアだった。

 二人はクラウたちを見たあとに、その視線をずらすと、腰を抜かして地面に座り込んでいたスヴァフルを睨む。


「まったく、アヴァロンの上層部でありながら性懲りも無く、この期に及んでまで魔剣サンプルを持ち出そうとするとは、とんだ火事場泥棒じゃわい……。それで、このクソたわけの処罰はどうするんじゃ? ヘジンよ」


『もっちろん、ボッコボコにするんだよね〜? しれ〜か〜ん?』


「然るべき処罰を下すまでですよ」


 二人がそう訊くと、腰を抜かしていたスヴァフルの背後から軍服姿に銀髪をオールバックにしたヘジンが現れた。

 ヘジンはスヴァフルを見るなり、呆れたようにため息を吐く。


「まったく、本当に嘆かわしい限りですね。この償いは相当に重いですよ、スヴァフルくん?」


「へ、ヘジン司令官……」


「この件に及ぶ前から魔剣サンプルが横流しされている疑いがあると耳にしておりましたが、色々と隠密にしながら調査隊を編成して調べてきてようやくその尻尾を掴めましたよ……。そして、それがまさかキミのような立場ある人間が主導していたとは本当に残念です」


 ヘジンは失望したように肩を落とすと、腰のホルスターから拳銃を抜いてその銃口をティルヴィングに向けた。


「申し訳ありませんが、この者は我々の手で裁かせていただきます。それに、今のアナタ方は最早袋のネズミ。大人しく投降をなさい。悪いようにはしません」


「悪いようにはしないだなんて、よくもそんなウソが言えるわよねん? どうせアタシたちを捕らえて他のサンプルと一緒にモルモットにでもするつもりなんでしょ?」


「クカカカッ! こんな良い女の魔剣をモルモットにするのは惜しいわい。せめて、そちら側の事情を話してくれれば悪いようにはせんよ?」


『ああー! 博士ったら、絶対あの魔剣にエッチなことをしようとか考えているでしょぉ〜? そんなのぉ〜許さないんだからね〜! プンプン!』


「安心せいセレジアちゃん。ワシがエロい事をするのはお前だけじゃてのぅ〜?」


『ホントに!? 博士ぇ、大好き〜!』


 緊迫した場面でありなから、平然とイチャつくダーインとセレジアにヘジンが嘆息する。

 その光景をティルヴィングとクラウの二人が冷ややかな目で見ていると、拳銃を構えたままヘジンが続ける。


「さて、魔剣の方は拘束するとして、アナタはどうするつもりですかクラウ? 今回の被害者であるアナタには我々も特別措置を取るつもりがありますよ」


「悪いけれど、私はその男を殺す以外の道を選択するつもりはない……ティル!」


「ンフフッ! それでこそアタシのクラウねん? そおおおれええええっ!」


 クラウの横に並んだティルヴィングが片手に持つ魔剣を振り抜いた直後、カッター刃のような継ぎ目のあるその刀身が縦に開き、鞭のように変化した。

 そして、その魔剣をティルヴィングが頭上で大きく振り回してから振り抜くと、拳銃を構えたヘジンに襲いかかる。


「セレジアちゃん、ヘジンを守るんじゃ!」


『ガッテン承知ぃ〜!』


 鞭のように形状を変化させた魔剣から、ヘジンを守ろうとセレジアが聖剣を構えて躍り出ると、ティルヴィングが口角を上げた。


「ンフフ。これでそのお人形さんもねん……」


 ヘジンを守ろうと身構えたセレジアの聖剣にティルヴィングの魔剣が巻き付く。

 すると、その黒い刀身が赤く淡い光を放ち始めた。


「アハハッ! 残念だけど、これでそのお人形さんもアタシのモノに――」


「そうは問屋が卸さんのじゃよ」


「!?」


 セレジアを魔剣化しようと企んだティルヴィングだったが、魔剣が巻き付いたセレジアの聖剣に変化が訪れない。

 その光景に訝っていると、ダーインが肩を揺らして笑う。


「クカカカッ! 残念じゃが、お前さんのトリックはまるっと全部お見通しじゃわい」


「ちょっと、これはどういうことなのん!?」


「お前さんの魔剣は、その刀身から【ウィルス】を放ち聖剣のシステムコンピューターを侵食して乗っ取るのじゃろ? 生憎とワシのセレジアちゃんの聖剣には【アンチウイルス】がインストールされておるから無意味じゃわい」


 したり顔でダーインがそう言うと、巻き付いた魔剣をセレジアが振り払い、ニッコリと微笑んだ。


『ざ〜んねんでした! アナタに勝ち目はもうないよ? だって、ほら……』


 と、セレジアがそう言った直後、地下駐車場に停車していた乗用車の陰から次々とラブドール型の精霊たちが聖剣を構えて現れた。


「この子たちはワシが手塩にかけて造りだした【ヴァルキリーズ】じゃ。勿論、お前さんの能力対策もばっちり整っておるから、今のお前さんたちには万が一の勝ち目もないわい」


「……これだけ多くの精霊が隠れていて、どうしてオーラがひとつしか感じられなかったかしらん?」


「クカカカッ! その理由は簡単じゃよ。うちの【ヴァルキリーズ】は、ワシのセレジアちゃんがオンラインで起動させない限りオーラを発することのないただのラブドールじゃて。故に、魔剣のお前さんでもこの子たちのオーラを感知はできんかったのじゃよ? そして、ここにお前さんたちが来るのを待ち伏せていたわけじゃな!」


 ダーインの説明にティルヴィングが片眉をピクリと上げる。

 周囲に視線を向ければ、ラブドール型の精霊たちが様々な聖剣を構えて二人に迫っていた。


「……流石にこれは、劣勢すぎるわよねん」


「ティ、ティル……」


 ダーインが完成させたセレジアを含む総勢九体の【ヴァルキリーズ】を前にして、クラウが狼狽して後退る。

 流石のティルヴィングもこの状況にはしてやられたと思い、苦虫を噛んだ表情を浮かべていた。

 それに対して構えた拳銃を下げると、ヘジンがティルヴィングとクラウに言う。


「さて、ここらが潮時でしょう。投降するか滅されるか……選択肢は二つにひとつですよ?」


「くっ……ティル、どうしよう?」


「大丈夫よクラウ。でも、ひとつだけお願いしてもいいかしらん?」


「なに?」


「それは……」


 耳打ちをしてきたティルヴィングにクラウは頷くと、聖剣を顔の前で縦に構えた。

 その動作にダーインが声を張る。


「用心せい子猫ちゃんたち! その子の聖剣は刀身から光を放ち目くらましをしてくるぞい!」


「残念、ひと足遅かったわねん」


 ティルヴィングがルージュで艶めく唇を笑ませた直後、クラウの聖剣から眩い光が放たれた。

 その光を遮るように片腕で顔を覆い隠したヘジンとダーインを【ヴァルキリーズ】たちが守るように陣形を組む。

 すると、地面で腰を抜かしていたスヴァフルから「ぎゃっ!?」と、悲鳴が聴こえた。


「悪いけれど、コイツと魔剣サンプルはいただいて行くわよん?」


 ティルヴィングの声が聞こえて数秒後、ダーインとヘジンが目を開けてみるとそこに二人の姿はなく、スヴァフルも消えていた。


「くっ……まんまとやられたわい」


「確かにコチラも油断をしました。しかし、まだですよ――」


 ヘジンは胸元から小型の無線機を取り出すと、受話器に向けて声を張り上げる。


「こちらヘジン、目標は研究棟の地下駐車場から逃走中。外へ逃げ出される前に途中の隔壁を全て閉じ、彼女らを修練施設の方へ追い込みなさい、今すぐに!」


 ヘジンの指示に通信機の向こうから応答があると、各エリアの隔壁が閉ざされ始め、その道が修練施設へと向かうように手配された。

 その事にいち早く気付いたティルヴィングは、気絶したスヴァフルを肩に担いで足を走らせると、胸の谷間からスマートフォンを取り出して電話をかける。


「……あ、エペ公? ちょっと、面倒な事になっちゃったから今すぐ修練施設に来てくれないかしらん? え? 今は立て込み中? それなら、そっちは後回しにしてよねん!」


「ティル、大丈夫なの?」


 不安そうな面持ちでジェラルミンケースを抱いて走るアウラにティルヴィングはニッコリ微笑むと、スマートフォンを胸元に収めてから言う。


「大丈夫よクラウ。アタシに任せてねん」


「うん、ティルを信じる!」


 次々と封鎖されてゆく通路を駆け抜け、ティルヴィングとクラウは、確実に修練施設へと追い込まれてゆく。


 一方その頃、金髪の美少女二人を連れたもまた、別の区画から修練施設を目指して足を走らせていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る