第124話 デートをさせて
カナデとヒルドによる早朝の襲撃から小一時間後、普段着であるグレーのパーカーと黒のデニムに着替えた俺は、カナデに腕を組まれて繁華街を歩いていた。
「フンフフンフフ〜ン♪」
俺の片腕に自身の両腕を絡め、そのけしからんおっぱいを押し当ててくるカナデはなにやらご機嫌な様子だった。
しかも、なんか今日は妙に気合が入っているというか、化粧も普段とは違いかなり映えている。
服装もパステルカラーを基調とした可愛い系のコーデで決めており、いつも見慣れたカナデとは思えないほど可愛く思えた。
「はぇっ? どったのつーくん? アタシの顔になんかついてる?」
「いや、別に」
「あっ、さては……アタシの可愛さに気付いて照れてるっしょ?」
「バカを言え。俺は今、これからお前にどんなエロい事をしてやろうか考えていたところだ」
「いきなりセクハラ予告!? まぁ、でも……」
と、カナデは頰を染めて俯くと、ちらりと上目遣いをしてきた。
「……つーくんがそうしたいなら、アタシは全然かまわないかんね?」
「……っ」
……やだやめてよカナデ! そんなエクスみたいな事を言われたらマジでその気になっちゃうじゃん!?
ニシシと笑って愛らしい八重歯を見せるカナデに、不覚にもドキッとしてしまう。
う〜む、やはりカナデはエクスに次いで可愛い。これは油断すると、俺の理性が奪われてしまうかもしれない。
平常心だ、平常心を心がけよう。
「んで、今日は朝早くからどこへ行く予定なんだ?」
「んっとね、最初はここっしょ!」
そう言ってカナデが俺を連れてきたのは、とあるショッピングモールに併設された映画館だった。
今日は祝日ということもあり、映画館の中は多くのカップルや家族連れで賑わっている。
館内を歩くと鼻先を甘く芳ばしいキャラメルのような香りが撫でてくる。
その香りを吸い込んだ瞬間、俺はふとエクスと映画を観に行った時の事を思い出した。
「映画館なんて、エクスと来た以来だな」
「ちょっと、つーくん」
「なんだ?」
「今日はエクスちゃんの話とかマジ禁止だかんね。わかった?」
「へいへい。わかりましたよカナデ様〜」
「わかればよし! ははっ、そんじゃ早速観に行こ!」
俺の腕を引いて赤いカーペットの上をとてとてと歩くと、カナデは受付カウンターでチケットを二枚購入しようとする。
どうやら、最近流行りの恋愛青春モノを鑑賞するようだ。
二人分のチケットを購入し、そのついでにポップコーンや飲み物を注文して全ての料金を俺が精算すると、カナデは嬉しそうに微笑む。
「流石はつーくん、太っ腹じゃん! もしかして、今日のデート代は全額おごってくれんの?」
「おごってくれるのって、今までにお前と出掛けた先で俺が金を払わせたことなんて一度もねえだろうが? 今更なにを言ってんだよ」
カナデと出会ってから、コイツがスイーツバイキングだのカラオケだのなんだのと俺を連れ回した時、その支払いは全部俺が精算してきた。
当初はコイツが、俺の事を財布役のように思っているんじゃないかと不安に考えていたけれど、楽しそうなカナデの笑顔を見るとなぜかそれでもいいかなんて思えてしまうから恐ろしい。
まぁ、別に金に困っているわけでもないし、カナデが喜んでいるのならそれでいいのだろう。
「ね、つーくん」
「ん? なんだ?」
「チュッ」
長財布をデニムの後ろポケットに収めて俺が振り返ると、カナデがつま先立ちをしていきなり頬にキスをしてきた。
思わぬその不意打ちに俺は狼狽すると、自分の顔が熱くなるのを感じた。
「ニシシ。いつもありがとね?」
「……お、おぅ」
……くっ、なんだこの可愛さは! 今日のカナデはいつもと違ってやけに可愛い。
いやいや落ち着け俺! これはきっと、朝のエクスとの消化不良なエロイチャのせいで性欲が高まっているから、親友のカナデに欲情してしまいそうになっているのだ、きっとそうに違いないよねっ!?
『間もなくAシアターにて上映が始まります。チケットをお持ちのお客様はお急ぎください』
「お、そろそろ時間らしいな。行くぞ、カナデ」
「ちょっと待って、つーくん!」
上映時間が迫っている事を告げる館内放送に耳を傾け、俺がシアタールームへ向かおうとすると、なぜかカナデが呼び止めてきた。
「どうしたよ? 映画が始まっちまうぞ?」
「その前にちょっとトイレ行ってくるね」
「なんだ、生理か?」
「違うし!? んもぅ、ホントにそういうとこデリバ……デリカシーないし!」
ふんすと鼻を鳴らして背を向けると、カナデがトイレに走ってゆく。
今、一瞬だけデリバリーと言おうとしてデリカシーに言い直したところを見るに、カナデも学習したようだ。
成長したなカナデ、お兄ちゃん嬉しい!
「アイツもやっと正しい言葉を言えるようになったんだな。ん?」
トイレに向かったカナデ見送り、何気なく振り返ってみると、黒い服装にサングラスとマスクを装着した見るからに怪しい女子二人が、上映作品のポスターが貼られた支柱の陰に隠れてこちらを見ていた。
ひとりは艶のある青い髪のツインテールであり、もうひとりはシルクのような光沢を放つ金髪だ。
そして、その頭頂部からは一本のアホ毛が伸びており、風もないのにゆらゆらと揺れている……あ、エクスとヒルドだ。
二人分のポップコーンと飲み物を乗せたトレイをカウンターの脇に置き、支柱の陰からこちらを見つめてい二人に俺が一瞬で詰め寄ると、変装した二人の女子がびくりと肩を竦めてたじろいだ。
「なにしてんのお前ら?」
「はうぁっ!? ど、どどどどちらさまでしょうか?」
「わ、わわわ私たちは別に怪しい人じゃないよ!」
「いや、見るからに怪しいだろ。ていうか、完全に浮いてるだろうが!? エクス、ヒルド!」
俺に正体を明かされた二人の白人美少女は、降参したようにサングラスとマスクを外すと、どこか恨めしげな目で見つめてきた。
「流石はツルギ先輩ですね。私とエクスさんの完璧な変装を見破るなんて、どんだけスケベなんですか?」
「正体を見破るのにスケベは関係ねえだろ? つーか、お前ら二人にはわかりやすい特徴があるからスグに見抜けるんだよこのたわけ」
「にゃうっ!?」
「だ、だよね〜」
俺がヒルドの頭にチョップをすると、隣のエクスが苦笑して頬を掻く。
カナデと俺がデートに出掛けると決まった時、エクスとヒルドが妙に潔く送り出してくれたのに違和感を覚えていたが、ヒルドはともかくとして、まさかエクスも一緒になって俺たちを尾行してくるとは思いもしなかった。
「ぬぬぬ……まさか、私たち二人に隠しきれないほどの可愛い特徴があったとは失念していましたね。次からは気を付けます」
「いや、次とかねえからな。ていうか、なんで尾行なんてしてんだよ?」
「だって……」
頭のアホ毛をシュンとさせると、エクスが不満そうに口先を尖らせて、俺の胸元に顔を埋めて抱きついてきた。
「……ツルギくんとカナデさんの事が心配だったから、後をつけて来ちゃったんだよ。なんやかんやで二人は仲が良いし、もしかしたらとか考えちゃったら急に不安で胸が苦しくなったんだモン」
「まったくお前は……」
……ホントに可愛いんだからん! いつもより長めにおっぱいを触っちゃうぞ?
どうやら、エクスは俺がカナデに靡いてしまうのではないかと不安に煽られ、ヒルドと共に後をつけてきたようだ。
エクスは本当に心配症な子だ。
絵に描いたように紳士なこの俺が、エクス以外の女の子にエロイ事をするなんてそりゃあ……まぁ、あるわな。
とはいえ、そんな俺でも手当たり次第そんな事をするわけではない。
今までのはあくまでラッキースケベであり、それは神が与えし天賦のスキルによるものだ。
と、いうことにしておこうと思う。
「安心しろよエクス。別に俺はカナデに何もしねえっての」
「いいえ、信用できませんね! ただでさえツルギ先輩は女子を見ると猿のようにスグ欲情する人なんですからエクスさんが心配になるのも当然のこと――って、にゃうっ!?」
「ヒルド、お前はうるせぇから少し黙ってろ!」
悪態をつくヒルドの頭頂部に再びチョップを落とすと、俺は俯きがちになったエクスの頭を優しく撫でた。
「なぁ、エクス」
「なに?」
俺はエクスの頬に片手を添えると穏やかな表情を作り、彼女の耳元に唇を近づけ優しく囁いた。
――安心しろ。俺がエロイことをするのは、この世でお前だけだぞ?
「……ふぇっ!?」
俺が囁いた直後、エクスがその顔を真っ赤にしてアホ毛を直立させた。
多分、ホーリーグレイルを出現させていたら、聖剣を召喚できたかもしれない。
耳元でちょっと囁くだけでエクスを昂ぶらせることができるなんて、俺もかなりのテクニシャンになったものだ。
我ながらゴイスーゴイスーである。
そんなレベルアップした自分にドヤ顔を浮かべていると、左腕から控えめなスレイブの声がする。
「おい、ネギ坊。カナデがトイレから出てくるぞ?」
「マジか! そりゃヤベェな……。とりあえず、俺はもう行くからエクスを頼んだぞヒルド!」
「チッ……仕方ありませんね。この借りは必ず返してくださいよ?」
「借りもなにも、お前たちが余計な面倒を引き起こしてんだろうが」
半眼でそう言った俺に、ヒルドは舌打ちをしつつも、赤面したまま硬直したエクスを連れてその場から退散して行く。
それと同時に、俺はトイレから戻ってきたカナデの姿を確認するなり急ぎ足で出迎えると、何事もなかったような素振りで微笑んだ。
「はぇっ? つーくん、今そこで誰かと話してなかった?」
「まさか。それより、早くシアタールームに行こうぜ。映画が始まっちまうぞ?」
「うん。そだね! じゃあ、行こっか?」
ポップコーンと飲み物を乗せたトレイを小脇に抱える俺にカナデは抱きついてくると、人懐っこい笑顔を浮かべた。
とりあえず、ヒルドとエクスの事はバレていない様子だ。
願わくば、このデートが何事もなく無事に終わることをただただ祈るばかりだった。
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