第125話 カナデ頑張る
つーくんと一緒にシアタールームへと足を踏み入れたアタシは指定された席へ着くと、映画が始まる前にポーチに入れておいた手鏡で自分の顔とか前髪をチェックした。
さっき、トイレの中でもチェックしたんだけど、やっぱ気になる。
だって、大好きなつーくんがこんなにも近くにいるのに、化粧とか髪型とか崩れてたら嫌だし。
「……ん〜、よしっ」
薄暗い証明の下で手鏡を片手にチェックを終えると、仕上げにリップを塗ってからそれらをポーチに戻して彼の横顔を見た。
つーくんは座席の肘立てに頬杖をつきながら大型スクリーンをぼーっとした顔で見つめている。
そんな彼の横顔にアタシはワケもなくドキドキしていた。
エクスちゃんが来る前、何度もアタシはその横顔をいつも近くから見つめてきた。
けれど、こうやってデートとかしながら見つめるつーくんの横顔は初めてだったし、とっても貴重だ。
なんなら、写メとか撮ろうかなとか思う。
「どうしたカナデ? 妙に落ち着きがねえけど、またトイレか?」
「ち、違うし!? なんていうかその……」
「なんていうか、なんだよ?」
「〜〜〜〜っ」
……そんなこと言わせんなし!
アタシが落ち着かないのは、つーくんの顔を間近で見れてすんごくドキドキしているからだし、それくらい察してよこのバカ!
熱くなった自分の顔を冷ますために両手をパタパタさせて風を送ってると、つーくんが肩を竦めてため息を吐いた。
「まぁ、なんでもいいけどよ。そろそろ始まるから、飲み物とかこぼすなよ?」
「こ、子供じゃないんだからそんなヘマとかしないし! ていうか、つーくんこそジュースとかこぼさないように気を付けた方がいいっしょ!」
アタシがそう言うと、つーくんは「はいはい」とか、適当に答えて大型スクリーンに視線を戻した。
こんにゃろめ〜! アタシがどんだけこの瞬間にときめいているか知らないなんてぇ……マジつれないし。
やがて、シアタールーム内が暗転すると、劇場公開予定の新作PVが流れ始めた。
それらが一通り終わって、お決まりの映画泥棒の忠告映像が流れるといよいよ本編がスタートした。
今回のデートでアタシが選んだこの作品は、不良に絡まれたヒロインが主人公に助けられてから始まるから恋愛青春ラブコメディだった。
この作品を知った時、アタシの中でつーくんとの出会いが思い出されて、絶対に二人で観てみたいと思ってた。
「……っ」
本編が始まってから数十分を過ぎたあたりで、アタシはつーくんの横顔をちらりと覗ってみた。
すると、つーくんは意外にも映画を真剣な眼差しで見つめていて、目の前に広がる大型スクリーンにかなり集中していた。
そんな中、アタシの視線は手元の肘立てに落とされていた。
(このタイミングでアタシがいきなり手を握ったら、つーくんはどんな反応をするんだろ……)
そんな事を考えながらひとりで悶々としていると、いつの間にか物語が進んでいて大型スクリーンの中では、ヒロインが主人公に告白をしてから手を繋ぎ、そのままキスをするシーンが流れていた。
ぶっちゃけ、今のアタシには映画の内容なんてちっとも入ってこなかった。
それどころか、さっきからつーくんの手を握るか握らないかでめっちゃ悩みまくっていた。
(い、いいかな? 手とか握ってもエクスちゃんに怒られたりしないかな?)
ほんの少し手を伸ばせば触れることのできる位置につーくんの手が置かれている。
アタシはバクバクと早金を打つ鼓動に下唇を噛みながら耐えると、短く息を吐いてそっと彼の手の上に自分の手を重ねてみた。
するとその時、つーくんがアタシの手をいきなりギュッと握ってきた。
その瞬間、思わず心臓が口から出るんじゃないかってくらい驚いた。
でも――。
「……つーくん?」
「……うぐっ」
つーくんは泣いていた。
しかも、映画を真剣に見ながら鼻を啜り、割とマジ泣きをしていたからちょっと引いた。
「ちょ、つーくん。なんで泣いてるし?」
「うぅ……バカ野郎……お前にはこのシーンが辛く思えねぇのか?」
言われて大型スクリーンに視線を戻してみると、いつの間にか場面が変わっており、主人公がヒロインを庇って車にはねられたシーンになっていた。
めっちゃ血を流して死にかけてる主人公をヒロインの女の子が号泣して抱きしめている。
はぇっ? この映画って、こんなオチだったの!?
「……クソが、なんで居眠り運転なんかしてんだよあの運転手。俺がその場にいたら、トラックごと魔剣で叩き斬ってやんのに……」
「いやいや、それはそれで大事件だし……」
つーくんはパーカーの袖口で涙をグシグシ拭うと、泣き叫ぶヒロインの姿を見て更に涙を流していた。
ていうか、涙もろくない? つーくんて、意外と感じゅ……なんとかが豊かなの?
それより――。
「〜〜〜〜っ」
アタシは嬉しかった。
だって、つーくんがずっとアタシの手を握ってくれているから、めっちゃ嬉しくて顔がずっと熱くなりっぱなしだった。
手汗とかヤバイかな? でも、この時間が永遠に続け〜とかって、マジで思ってた。
そのあと、アタシはドキドキしながら彼と一緒に映画を最後まで眺めて鑑賞を終えた。
○●○
「くぬぅっ……まさかこんなラストが待っていたとは、なかなかやるじゃねぇか監督さんよ。感動したぜ、ありがとう!」
映画館を出てからつーくんはスッキリした表情をしていた。
さっき観た映画のラストシーンで仲違いしていたヒロインのお兄ちゃんが実は凄腕の外科医とかってオチがあり、死にかけた主人公を助けてくれて無事にハッピーエンドを迎えたからだ。
「つーかさ、つーくんてばかなり涙もろいんだね。初めて知ったし」
「当たり前だろ。俺のような純真無垢な少年は感受性が豊かなんだよ」
「いや、自分で純真無垢とかマジウケるし……ていうか」
「ん? どうしたよカナデ?」
と、アタシが視線を手元に落とすと、つーくんもつられて手元に視線を落とす。
そこで自分が映画館の中からずっとアタシの片手を握っていた事に気付いたらしく、慌てて手を放した。
「のはぁっ!? す、スマン! 俺としたことが、無意識の内にお前の手を握ってた!」
「別に手を握ってたくらいで謝らなくったっていいじゃん。むしろ、アタシは……」
「じゃあ、このまま手を繋ぐか?」
「……はぇっ!?」
つーくんによる、まさかの発言にマジでビビった。
どうしたのつーくん? いつもだったら、手を握るよりも自分のムスコ? とかいう物を握ってくれとか言ってくるのになんで?
顔を熱くして混乱するアタシにつーくんは首を傾げると、「嫌ならやめとくけど?」とか、普通に言ってきたから慌てて首を横にブンブン振って否定した。
「べ、別に嫌じゃないし! ていうか、どったの今日は? なんか、つーくんがキモいくらいに優しいんだけど……」
「誰がキモいだコラッ! まぁ、アレだよ……なんつーか、今までに散々というか、お前にも大変な目に遇わせてきちまったし、このくらいの事で罪滅ぼしになるならって感じでだよ」
「ふ〜ん……そ」
……なんか期待してちょっと損したし。
ホントは少しでもアタシの事を好きとか想ってくれているんじゃないかって期待しちゃったけど、つーくんからしてみればこれは今までの御礼みたいな事らしい。
でも、それなら逆にアタシにだって考えがある!
「ねぇ、つーくん。今までの事に対する罪滅ぼしっていうならさ、ワガママ言ってもいい?」
「ダメだ」
「なんで即答!? 別にちょっとくらいいいじゃ〜ん……」
「冗談だよ。んで、そのワガママってのはなんだ?」
不貞腐れるアタシをからかうようにつーくんはそう言うと、イタズラっぽく笑ってきた。
その笑顔がなんか新鮮でキュンとした。
こんな風につーくんが笑いかけてくれたのなんていつ以来だろう。
なんか、すごく嬉しい!
アタシは軽く握っていた彼の手に恋人繋ぎをすると、あざとく上目遣いをした。
「じゃ、じゃあさ……今日は一日このままでいい?」
「なんだそんな事か。別に構わねえよぞ。エクスにもある程度の許可はもらって――」
「だ・か・ら! エクスちゃんの話は禁止だって、言ってるっしょ!」
ムッとしてアタシがそう言うと、「悪りぃ悪りぃ」とか言いながら舌を出して、つーくんが後頭部を掻いていた。
ホント、口を開けばスグにエクスちゃんの名前を言うからマジでテンションが下がるってーの! でも、今日だけは許したげる。
だって、今はアタシがつーくんを独り占めできているからね♪
そのあと、アタシはつーくんと恋人繋ぎをしながらショッピングモールを目指し、前々から欲しかった洋服を買うためにアパレルショップへ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます