第188話 ヒルドの提案

 私たちの遥か頭上で音も立てず静かに浮遊しているレーヴァテイン。

 それを憎々しげに見上げるツルギ先輩という構図に私たちの緊張感がより一層強まりました。


 レーヴァテインは左右のこめかみ辺りから湾曲した鋭い角が生えたフェイスガード付きの黒いヘルムを被っており、目元が横一文字の面貌の奥から二つの赤い双眸が揺らぐようにして足下のツルギ先輩をジッと見下ろしています。

 そして、その四肢を纏う鎧は闇夜のように深い黒色をしていますが、胸元に埋め込まれた赤い水晶から肩や脚、腕などに向けて赤いの蛍光色的な線が伸びていて、なんだか近未来のパワードスーツを彷彿とさせるような甲冑でした。

 

「小僧。いや、草薙ツルギ……だったか? 俺は今この瞬間、お前がこの俺を楽しませてくれそうな相手であると改めて認識した。ここからは、本気でいかせてもらうぞ」


 レーヴァテインは足下にいるツルギ先輩に長剣の切先を向けると、どこか嬉々とした声音でそう告げます。

 その台詞に対して、ツルギ先輩は望むところだと言わんばかりにぐおーっと、咆哮を上げました。

 ていうか、ツルギ先輩は人間の言葉を忘れてしまったんですかね? ぐおーっなんて叫ぶのは、覚醒したエヴァ初号機か猫バス呼ぶ時のトトロくらいのものですよホント。


「あちゃ〜、これは流石にヤバいわねん」


「あー……確かにこれはヤベぇわ」


 空中と地上で睨み合う両者を見て、一本角が特徴的でスレンダーな鎧姿のお姉さんがそう呟くと、それに続いてエペタムも同じような事を口にして後頭部を掻きました。

 一体なにがどうヤバいというのでしょうか?


「あの、エペタム。なにがそんなにヤバいんですか?」


「あー……? そんなもんアレを見てりゃ秒でわか……!?」


 と、エペタムが突然顔色を変えた直後、宙に浮かんでいたレーヴァテインが長剣を水平に構えました。

 その動作に隣のお姉さんも警戒した様子で身構えます。

 なんでしょうかねこの感じ?

 如何にもこれからとんでもない事が起きますよと言わんばかりの空気ですよ。

 ちなみに、私もさっきからずっと鳥肌が立ちっぱなしなんですよね。

 我が身に危機が迫る時、私は決まって鳥肌が立ちます。

 それこそ小さい頃に悪戯をして、お父さんにお尻ペンペンされると悟った時も今と同じように鳥肌が立っていました。

 そして、今はその時の鳥肌レベルと比べてもおよそ数百倍ほどの感覚。

 これは、本当にヤバイかもしれません。

 などと、無駄にひとりで考察していると、レーヴァテインが低い声を漏らしました。


「では、まず手始めにからいこうか?」


 レーヴァテインがボソボソとなにかを口走り、横一文字に構えていた長剣をこともなげに振り抜いた直後でした。

 瞬きするほど僅かな時間の中、レーヴァテインからツルギ先輩に向かう軌道上の空気がなにやら歪んだように見えました。

 するとその直後、まるで金属に銃弾でも撃ち込んだような甲高い音が無数に響き渡り、ツルギ先輩の鎧の至るところが鋭利な刃物で斬りつけられたように傷だらけになったのです。

 しかも、その足元である地面にも無数の穴が開いており、まるで空から刃物の雨でも降ってきたかのように地面が穴だらけなっていました。


「ほぅ、流石にこの程度ではその鎧を貫くことは叶わないか。それなら、今度はでいこうじゃないか!」


「エペ公!」


「わかってるぜティル姉!」


「あの、エペタム。一体なにが……」


「ヒルド、ちょっと下がるぜ」


「下がるって……うえぇっ!?」


 立て続けにレーヴァテインが長剣を振るった直後、再びその軌道上の空気が歪んだようになり、ツルギ先輩から銃の乱射でも受けてるような甲高い音が鳴り響きます。

 その時、ツルギ先輩の足元だけでなくこちら側の地面にも次々と穴が開いていき、遂には私たちの方にまで到達してきそうな距離まで接近してきました。

 しかし、それを予期していたかのように、エペタムは私を抱えたまま後方へ大きく飛び退くと、空中に浮遊しているレーヴァテインを見上げて舌打ちをしました。


「あー……あの野郎、完全にゾーン入りしやがったな。おい、ヒルド。ここにいたら全員死ぬけど、どうする?」


「は? それはどういう事ですか!?」


「見ての通りだよ。レーヴァの使うあの技は不可視な上に射程範囲がクソみたいに広いんだ。オマケに鎧化したアイツは敵味方関係なしに大技をぶっ放してきやがるからタチが悪りぃ。このままだと、その辺でぶっ倒れてるお前たちの仲間もみんな挽肉みたいにされて殺されちまうぜ?」


「は? え!? 挽肉みたいにされてみんな死んじゃうって、ものすんごく困るんですけど!」


「う〜ん。正直、聖剣側の連中たちが幾ら死んでもアタシたちは特別困らないんだけれど、個人的にあの黒髪の女の子と茶髪の女の子は抱いてみたいから死んで欲しくはないのよねん」


「は? 抱きたいって、それ北条先輩だけでなく私のカナデお姉様もですか? そんな事したら私が絶対に許しませんよ?」


「あらん? そう言うってことは、おチビちゃんもそっちなのかしらん? それならアタシたち気が合いそうじゃない」


「合うわけないじゃないですか。カナデお姉様の処女は私のものです。誰にも譲る気などありません!」


「あー……あのさぁ、二人とも。そういうクソどうでもいい話はあとにしようぜ。んで、ヒルド。お前はどうすんだ?」


「どうするって、逆にどうすりゃいいんですくわぁ!?」


「俺っちに聞くのかよ……。とりま、今のレーヴァは本気モードで完全にゾーン入りしてっから、俺っちたちの事なんて視界にすら入ってねぇわけなんよ。だから……」


「だから?」


 と、小首を傾げた私の顔を覗き込むようにしてエペタムはゴキッと首の骨を鳴らして頭を傾けると、蛙のように丸い目を細めました。


「……逃げんなら今のうちって事だぜ?」


「逃げるって、私たちを逃がしてくれるんですか!?」


「ぶっちゃけ、俺っちはお前らと戦ってる時が一番楽しいんだよな。んで、出来る事ならここで殺さずにまた遊びてぇんだよね。キシャシャシャシャ!」


「エペタム、アンタ……」


 ……笑顔がマジでキモいです。

 と、そんな事は言えませんけれど、冗談抜きでエペタムは私たちをここから逃がしてくれるような発言をしてきました。

 彼の顔を見るに、それが本心なのかは定かではないですけど、そこにウソが混じっているようには思えませんでした。

 それに離れた位置に立っているあのお姉さんも私たちに敵意を剥き出している雰囲気はなく、どちらかといえば友好的な感覚すらしています。

 これなら、ワンチャンあるのではないでしょうか?

 とは言っても、問題は山積みなんですが。


「あー……んで、逃げんの? それとも死ぬの? どっちだよ?」


「逃げられるならそりゃ逃げますよ! でも……」


 ここから逃げるといっても色々と難題が山盛りマシマシな現状です。

 しかし、そんな私の考えを考慮してなのか、ティル姉さんが肩を竦めて声をかけてきます。


「ちょっと、エペ公。アンタ、この子たちに逃げろなんて簡単に言っているけれど、この中でまともに動けそうなのはそこのおチビちゃんとあっちにいる可愛い女の子二人だけなのよん? そこんとこわかってるのん?」


「あの、どうして私だけおチビさん呼ばわりなんですかね? 私もあちらのお姉様方と同様に十分可愛い……」


「あー……そこまで考えてなかったわ。じゃあ、どうすっかな?」


 ……なんかしれっと流されましたね。

 自分で言うのもアレですけど、私ってば誰もが振り返るような超美少女のはずなんですよ。 

 それがまぁ、黙って聞いていれば私の事をおチビさんとか……と、まあそんな話はこの際よしとしておきましょう。

 

 さて、ティル姉さんとやらが言う通り、私たちの中で動けそうなのはカナデお姉様と北条先輩の二人だけです。

 しかし、カナデお姉様は負傷したエクス先輩を介抱しており、北条先輩もまた重傷を負ったボブカットの女性を抱きしめながらツルギ先輩とレーヴァテインの姿をかなり怯えた様子で見つめています。

 もし仮に、あのレーヴァテインとツルギ先輩が悟空とブロリーのような超戦闘を繰り広げれば、間違いなくその付近にいる私たちは無事では済まないでしょう。

 それに、こちらは負傷者の数があまりにも多い……。ぶっちゃけ、私も意識こそハッキリとしていますが、負傷した皆さんを担いでダッシュできるほどの元気は残されていません。

 これって、かなりピンチじゃあないですか? いや、完全に大ピンチですよね!?

 このままだと、私たちは確実に二人の戦闘に巻き込まれ全滅することでしょう。

 ならばどうするのくわぁ!?


 ……ということで、私はダメもとでエペタムに訊ねてみることにしました。


「あのぅ、エペタム? ちょっと、アンタに相談をしてもいいですか?」


「あー……なに?」


「今の私には負傷した人たちを担いで逃げるのはキツいです。そこで、今回だけ助けてもらったりとかしてもらえないでしょうか〜……なんて言ってみたりして?」


「は? お前、マジで言ってんのそれ?」


「当たり前でしょうがこのど畜生! こちとら大真面目なんですよ! でも、今の私だけではどうしてもみんなをここから逃す事が出来ません……。ですから、一生の頼みです! どうか、私たちを助けてください!」


「ど、ど畜生って……それが人にモノを頼む態度かよ?」


「おっと、今のは流石に無礼が過ぎましたね。失礼しました……で、どうなんですくわぁ!?」


「あー……」


 私の可愛げある懇願にエペタムが眉を顰めて頬を掻きます。

 ぶっちゃけ、人類の敵であるエペタムにこんな事をお願いするのはものすんごくアレなんですけど、今の私にはそれしか思い浮かびませんでした。

 それに、魔剣側の敵である聖剣使いの私たちをエペタムが助けてくれる可能性なんてとても希薄なことでしかないでしょう。

 でも、今ここで一番頼れるのは奇しくもエペタムとその仲間であるあっちのティル姉さんのみ。

 きっと、今の私の決断をお父さんが見ていたらお尻ペンペンされ、とぉっても厳しいお説教を受けることでしょう。

 でも、それを覚悟の上で私はお姉様や他の皆さんをこの危機から守るためにプライドもなにもかも捨てて、エペタムに懇願しているのです。

 あとは、神のみぞ知る展開……さて、私たちの運命やいかに!?

 なんつって、次回に続きます!

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