第189話 信じてください!

 さて、前回の続きです。


 この窮地から逃れるために私は敵であるエペタムに手を貸してもらえないかとお願いをしてみました。

 私の頼みにエペタムは難色を示すような素振りをしています。

 それでもめげずに私が子犬のように澄んだ瞳でエペタムの顔をジッと見つめていると、ついに根負けしたのか、エペタムはがっくりと肩を落としてかぶりを振りました。


「あー……ホントはダリぃけど、お前とはまた戦いたいし、それにアヴァロンの時にちょっとした借りがあったよなぁ」


「そ、それはつまり……?」


「あー……だから、今回だけはその頼み聞いてやんよ」


「ま、マジですかエペタム!?」


「今回だけな。なぁ、ティル姉! コイツらをここで死なせるのは流石に勿体ねぇと俺っちは思うんだけど、どうよ?」


 エペタムの張り上げた声にティル姉さんは、「賛成よん♡」と機嫌良く返事をすると、犬塚先輩を肩に担いだまま地面に倒れていた村雨先生を素早く小脇に抱え、屋敷の方へ駆け出しました。

 どうやら、彼女もまた私たちを助けてくれるようです。


「さあて……そんじゃ俺っちたちも今のうちに動くか。ヒルド、お前は茶髪の聖剣女を連れて屋敷の方へ走れ。俺っちは負傷した金髪の聖剣女を担いで走ってやんよ」


「ありがとうございますエペタム! あ、でも、エクス先輩は重傷を負ってるから注意して運んでくださいね?」


「いちいち注文が面倒くせぇな。まぁ、いいや。おい、泰盛! お前もそっちの二人をなんとかしろよな!」


「いやはや、君たちが彼女らにそこまで寛容だとは驚きだね?」


「コイツには前に借りがあんだよ。それより、レーヴァがあのガキとの戦いで夢中になってる間に離れようぜ。俺っちはアイツの流れ弾をもらって死にたくなんてねぇからさ」


「ふむ、それは同感だ。さて、エリィ。この流れだと僕らも従わない訳にはいかないと思うけど君はどうだい?」


「ダーリンがそうすると決めたのならアタシは反対なんてしないわ。なにせ、アタシはダーリンのパートナーだから」


「ありがとうエリィ、感謝するよ。さて、それでは……」


 エペタムに催促されると、北条先輩のお父さんである泰盛さんがやれやれと肩を竦めてその場から歩み出し、カナデお姉様と北条先輩のもとへ近づきました。

 しかし、歩み寄ってくる泰盛さんを前に北条先輩は友人である瀕死の女性を庇うように抱きしめると、その表情を険しくしました。


「時音、ここは危険だから安全なエリアまで僕がマドカを運んであげよう」


「お父様、アナタは一体なにを考えていらっしゃるのですか?」


「なにって、なんのことだい?」


「お父様はマドカお姉ちゃんだけでなく、お母様も傷付けたじゃないですか! そんな人の言う言葉を私が信用できると思うのですか!?」


「時音、僕を信用しないのは君の勝手だが、このままだと確実にマドカが死んでしまうれどそれでいいのかい?」


「お父様がマドカお姉ちゃんにこんな酷い怪我を負わせたんじゃありませんか! それなのに、そんな言い方……」


「つーか、自分がなにしたのかわかってないのオッサン? アンタみたいな人間アタシは絶対に許さないし! つーか、つーくんにぶっ飛ばされろってーの!」


「残念だけど、彼は現在レーヴァの相手をしているからそれは無理な話しだと思うけれど違うかい?」


「う、うっさいし!? あんな奴、つーくんがあっという間にやっつけて次にアンタをぶっ飛ばしてくれるに決まってるっしょ!」


「なるほど、君は彼の事をとても信頼しているようだね」


「当たり前っしょ! だって、つーくんはこの世界で一番強いヒーローなんだからさ!」


 なんかよくわかりませんけど、あーだこーだ言う泰盛さんに、カナデお姉様が豊かなお胸を張ってツルギ先輩の自慢をしています。

 正直、私はその主張に異議申し立てをしたかったところですけど、状況が状況なのであえて黙殺することにしました。

 それにしても、たまに出るカナデお姉様のツルギ先輩に対するラブどっきゅんは、私の心をチクチクと刺してきますね。

 ツルギ先輩、許しませんよ……。

 カナデお姉様は誰にも渡しません。なぜなら、お姉様の初体験の相手となるのは他でもないこの私なんですからっ!

 な〜んて、私がヤンデレヒロイン的な思考に耽っている最中も泰盛さんと北条先輩の会話は続いています。


「時音。僕は別に好んでマドカを傷つけたわけじゃないし、勿論死なせたくもない。これは本心なんだ。信じてくれないか?」


「そんな言葉を私が信じるとでも思いますか! お母様にもあんな酷い事をしておいて信じてくれだなんて……。そんな事を出来るわけないじゃありませんか!」


「そーだしそーだし! もっと言っちゃってよ北条先輩! アタシのママがよく言ってたけど、こういう自分に都合の良い事を言う男ってーのは、だいたいヤリモクだから信じちゃダメだってさ!」


「ご、ごめんなさい十束さん。その、ヤリモクってなにかしら?」


「はぇっ? 北条先輩知らないの!?」


「えぇ、私のボキャブラリーが足りなくてその言葉の意味は知らないのだけれど、多分、アナタの例え話しはちょっと違う気がするわ」


「はぇっ? そうかなぁ?」


「えぇ。多分、そうだと思うわ」


「時音、君にもそんな風に本音で話せるような友達ができて僕は本当に嬉しいよ」


「違っ!? くもないですけれど……とにかく! 私はお父様の言う事に聞く耳など持ちま……」


「……時音、ちゃん」


「!? マドカお姉ちゃん!」


「旦那様を……信じて、あげて」


「どうして……? この人は、マドカお姉ちゃんに!」


「旦那様には……なにか、考えがあると、思われます……。ですから、ここは信じてあげて」


「マドカ……」


「あらやだ、ちょっとダーリン! 例の刀が共鳴反応してるわ!」


「おや? ようやく発動してくれたみたいだね。ここまでは予定通りだね」


 細い腕に抱かれていた瀕死の女性が北条先輩を説得し始めたその時、泰盛さんがその手に持っていた日本刀がなにやら青く淡い光を放ち始めました。

 その光景に私は既視感を抱き、ふと記憶を辿らせてみました。

 あの反応は確か、聖剣が精霊となる相手を選定した時と同じ光。

 以前、カナデお姉様が私を死の淵から救ってくださった時も聖剣があのような輝きを放っていたと思います。

 だとすると、泰盛さんが持つあの刀は聖剣になる可能性があるということ。

 そうなるとこの場合、まさか北条先輩が聖剣の精霊になるのでは!?

 などとひとりで勝手に推測していると、泰盛さんが声を張りました。


「すまない、エペタム! 僕は娘と少し話をしたいから先にコチラのお嬢さんたちを連れて行ってくれないか?」


「おいおい、泰盛。悠長に会話している時間なんてないぜ?」

 

「わかってる。でも、ほんの少しだけでいいから頼むよ……。さて、時音」


「な、なんですか?」


「マドカを救う方法がある。だから、僕をもう一度だけ信じてくれないか?」


「そ、そんな事できるわけが!」


「時音、頼む」


「お、お父様」


「時音、ちゃん……私からもお願いします」


「マドカお姉ちゃんまで……」


 真剣な表情になり、深く頭を下げた泰盛さんに北条先輩がその瞳を揺らしています。

 私が知り得るかぎり、泰盛さんは魔剣側の味方であるはずです。

 しかし、そんな人が自分の娘に頭を下げてまで懇願するという状況に、少なからず北条先輩の心は揺らいでいるようでした。


「……お父様」


「なんだい?」


「そ、その話を信じたなら本当に……マドカお姉ちゃんを救えるんですか?」


「あぁ、勿論だ。だから、僕の話を聞いてくれるかい?」


「……わかりました。その話、信じます」


 迷いのない言葉でそう断言する泰盛さんに北条先輩はぐっと唇を噛むと、腕の中で苦しげな呼吸をしているマドカさんという女性を見てから私たちの方に振り向きました。


「十束さん、それにヒルドさん。私たちの事は大丈夫だから先に行ってて」


「ちょ、北条先輩! マジで言ってんのそれ!?」


「えぇ、本気よ。……マドカお姉ちゃんを助ける方法があるのなら、私はもう一度だけお父様を信じてみようと思うの」


「で、でもさぁ!」


「エペタム。悪いけれど、彼女たちを連れて先に行ってくれないか?」


「あー……一応、助言しとくけど、その剣が聖剣になったってレーヴァに知られたらお前、殺されるかもしれないぜ?」


「その覚悟はできているよ」


「……そうかよ。なら、俺っちはこれ以上なんも言わねえ」


「ははっ。君が僕の心配をしてくれるなんて正直驚いたよ」


「別に心配なんざしてねぇよ。これがテメェとの最期の会話になるかもしれねえから話をしただけだぜ」


「そうかい。ありがとう、エペタム」


 まるで自らの死を覚悟しているかのような受け答えをする泰盛さんを見て、エペタムはそれ以上なにも言わずに負傷したエクス先輩を抱きしめるカナデお姉様へ近づきました。

 なんだか、エペタムは私たちが今までに見てきた魔剣とは違い、例えるなら村雨先生のような感覚がしました。

 もし仮に、私たちが彼らと心を通わせる事が出来れば、この戦いを終わらせる事ができるのではないでしょうか……。


「おい、茶髪の聖剣女。そっちの死にかけた聖剣女を俺っちに寄越せ」


「はぁ!? アンタはアタシたちの敵っしょ? そんな奴にエクスちゃんを渡すわけないじゃん普通に!」


「あー……なんだテメェ面倒くせぇな? 今の状況が理解できねぇのかよこのバカ女。俺っちが運んでやるって言ったんだからさっさと寄越せよオラッ!」


「ば、バカじゃないし! ていうか、誰がアンタなんかに渡すかってーの! そもそもアタシは……」


「カナデお姉様!」


「な、なにヒルドちゃん?」


 エクス先輩を寄越せと手を伸ばすエペタムに声を荒げて抵抗するカナデお姉様との間に割って入ると、私はカナデお姉様に言います。


「カナデお姉様……。どうか、エペタムにエクス先輩を託してください!」


「……な、なに言ってんのヒルドちゃん! それ、マジで言ってんの!?」


「勿論、マジで言ってますとも! どうか、私の事を信じてください!」


 度肝を抜くような突拍子もない私からの発言に、カナデお姉様は可愛い両目をまん丸にして仰天していました。

 自分でも有り得ないような事を言っているのは十分に理解しています。

 でも、このピンチを凌ぐにはこうする他ないのです!


「ちょ、ヒルドちゃん……? コイツにエクスちゃんの事を託すだなんて、それ正気じゃないっしょ!?」


「いいえ、お姉様。私は正気です! 向こうで繰り広げられているレーヴァテインとツルギ先輩の攻防が激化をし始めたら確実に私たちは巻き添えを受けて全滅しかねません。それなら自力で逃げればとお思いになるでしょうが、生憎と今の私たちに負傷した仲間を全員抱えてここから逃げろというのは、とてもじゃないですけど無理な話だと思われます」


「そ、それはそうかもしれないけどだからって、コイツらに!」


「ですが、ここにいる仲間の命を救うためには敵であるこのエペタムに力を借りるしかないんです! どうか、今回だけ私のわがままを聞いてください!」


「今回だけって、コイツらはアタシたちの敵なんだよ? それを信用するとか普通に無理っしょ!」


「お姉様が仰る事は私も十分理解しています。ですけど、どうかこの場だけは私の事を信じてもらえないでしょうくわぁ!?」


「ひ、ヒルドちゃん……」


 その場で土下座をする私の姿をカナデお姉様はどんな表情で見ている事でしょう。

 正直、お姉様が困惑している事に間違いはないでしょう。

 しかし、今の私にはこうする以外に道はないのです。

 後方では凄まじい爆音を響かせ、レーヴァテインとツルギ先輩の二人が本格的に戦闘を始めていました。

 今の私たちに迷っている時間などない。

 私は真剣な眼差しでカナデお姉様を見上げると、もう一度頭を下げました。


「お姉様、どうか私の言う事を信じてください。エペタムは私たちに危害を加えるつもりはなく、むしろこの機に逃げろと提案してくれた野郎なんです! その言葉に私は嘘偽りがないと感じ取れました。ですから、どうか!」


「ねぇ、ヒルドちゃん。理由はわかんないけど、本当にコイツがアタシたちを助けてくれる保証なんてあるの?」


「お姉様が仰る通り絶対的な保証はお約束できません。でも、もしこのエペタムに私たちを殺す気があるのならとっくにトドメを刺せています。それでも、それをしないという事はエペタムが私たちに少なからず敵意を持っていないという証明だと思うんです!」


「ヒルドちゃん、どうしてそこまで……」


「その辺りは私自身にもよくわかりませんが、このエペタムとティル姉さんの二人からはレーヴァテインのような敵とはなにか違うものを感じました。それが理由です!」


「あー……ヒルド? 説得中に悪りぃんだけど、そろそろマジでヤベェから」


「わかってます。カナデお姉様、どうかエクス先輩を助けるためにもここは私を信じてエペタムに任せてくださいませんか?」


 私の必死な懇願にカナデお姉様は眉を顰めて下唇を噛むと、両手をギュッと握りしめていました。

 恐らく、カナデお姉様はご自身に決断を迫っているのだと思われます。

 カナデお姉様には負傷したエクス先輩を守らなければならないという責任があります。

 それなのに、そのエクス先輩を敵に託すという決断……。

 普通ならすぐに答えなど出せず、他の方法はないかと考えあぐねることでしょう。

 しかし、カナデお姉様はすぐに顔を上げて自らの両頬をぱちんと強く叩くと、土下座をする私の顔を見て強く頷いてくれました。


「ふぅー……よし! ヒルドちゃん、アタシはヒルドちゃんの言葉を信じてみるよ」


「お、お姉様!」


「ただし、コイツが少しでもエクスちゃんになんかしようとしたら、アタシがその喉元に噛み付いてやるから覚悟しとけってーの!」


「あー……そう。噛み付きたけりゃ勝手に噛みつけよ。それより、さっさとその聖剣女を寄越せ。マジで時間がねえぞ」


「カナデお姉様、エクス先輩を!」


「わ、わかったし。それじゃ、エクスちゃんをお願いするかんね?」


「あいよ、任されたぜ」


 力強い眼差しで負傷して意識のないエクス先輩をエペタムに託すと、カナデお姉様は私の片手をギュッと握ってきました。

 その時、お姉様の手が震えている事に気が付き、私はその手を強く握り返しました。

 きっと、カナデお姉様は自らが下した決断に途轍もない不安を抱いておられるのでしょう。

 ツルギ先輩からエクス先輩を事を任され、必ず守ろうとしていた。

 でも、そのエクス先輩をよりにもよって敵であるエペタムに託すという判断。

 それがどれほど不安な事なのか、お姉様を見ていればわかることでした。

 もし仮に、エペタムが私たちを裏切ったらエクス先輩は殺されてしまうかもしれない。そうなれば、ツルギ先輩との約束を守ることができなかったお姉様は一生拭えない後悔と罪悪感できっと自らの命を断ってしまうかもしれません。

 そんなリスクをお姉様に背負わせてしまった私はA級戦犯です。

 それこそ、その時は私も責任を持ってジャパニーズハラキリをする覚悟を決めています。


「おい、ヒルド」


「なんですかエペタム?」


「俺っちはウソをつかねえ。それだけは覚えとけ」


「エペタム……」


「さてと、そんじゃここから離れるぞ! おい、泰盛! お前らも遅れんなよな?」


 エペタムは後ろにいる泰盛さんと北条先輩の方に振り返りそう告げると、私との約束を守るようにエクス先輩の体を優しく抱きかかえてティル姉さんたちが向かった方へ走り出しました。

 その後を追うように私もカナデお姉様の手を握りしめると、その場から急いで駆け出します。

 そんな最中、カナデ姉様は前方を走るエペタムに声を掛けました。


「ねぇ、エペタム。ちょっといい?」


「あー……? なんだよ?」


「アンタたちって、本当にアタシたちの敵なの?」


「あー……そんなもん敵に決まってんだろ。ただ」


「ただ?」


「……こんなとこでお前らには死んで欲しくねえんだよ。勿論、あのガキもな」


「それって、つーくんの事?」


「少なくとも、ティル姉と俺っちはお前らの事を気に入ってんだ。それにアイツともいつか決着をつけてえしな」


「エペタム……」


「さあて、辛気臭ぇ話は終わりだ。まぁ、個人的に俺っちはレーヴァの野郎が気に食わねえからお前らを助けたのかもしれねえな。でも、次は覚悟しておけよ? キシャシャシャシャ!」


「フフッ、望むところですよ! ところで、北条先輩たちの方は大丈夫なんですか?」


「あっちは泰盛の野郎がなんとかすんだろ! とりあえず、死にたくなけりゃ全力で突っ走れ!」


 後方で凄まじい戦闘音が鳴り響く中、あの場に残してきた北条先輩の事が心配ではありましたが、私たちは爆音が轟く庭園から逃げるように足を走らせました。


「……コチラはなんとかしましたから、後のことはお任せしますよ。ツルギせんぱああああああい!」





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