第187話 激闘
――一体、私はどのくらい意識を失っていたのでしょうか?
ふと目覚めると、私の体は地面から浮いており、辺りを包んでいた村雨先生の霧がすっかり晴れていました。
「あー……気が付いたかヒルド?」
突然、頭の上から降ってきた気怠げな声に顔を上げてみると、我が好敵手であるエペタムが、ジェイソン的で悪趣味なヘルムのバイザーを上げてコチラを見下ろしていました。
その時、私は頭がボーッとしていて自分の置かれている状況が把握できていなかったのですが、コレってかなりマズイ感じじゃあないでしょうか? だって、今の私は敵に捕まっているのですから。
「やや!? エペタムじゃないですか! というか、私は確か……アナタと戦っていて!」
「あー……覚えてねえのお前? さっき、お前は俺っちと戦ってた途中であっちの兄ちゃんと衝突してそのまま意識を失ったんだぜ?」
エペタムにそう言われて向こう側を見てみると、頭部に一本角の生えたスレンダーな鎧を纏ったお姉さんに担がれた犬塚先輩がいました。
先輩は気を失っているのかぐったりと弛緩しており、動く気配が気配がありません。
というか、あの野郎が私に衝突さえしてこなければ、今頃この私はエペ公を華麗に倒してカナデお姉さまに格好良いところ見せることができ、ご褒美としてそれはもう熱くて濃厚なキスをしてもらえていたかもしれないというのに……ぐぬぬ、おのれ犬塚変態め。
この恨み、晴らさずしておくべきか。
まあとはいえ、お互いにミスをしてしまったということで今回は許してあげますけどね。
さて、そんな話は置いといて、現在私はエペタムの小脇に抱えられている状態です。
これじゃあまるで、私が彼のセカンドバッグみたいじゃあないですか?
そういえば昔、公園を歩いていた時に今の私と同じような状態でポメラニアンを小脇に抱えて散歩していたおじいさんを思い出しました。
エペタムにとって、今の私はそんな感覚なんでしょうか? まったく、こんなに素敵なレディである私をこの男はなんだと思っているんでしょうか? いい加減に降ろして欲しいですね。
と、そんなことを考えつつ、私がジンジンと痛む後頭部を摩っていると、エペタムが視線を上げて話しかけてきます。
「あー……ヒルド。お前んところのあのガキなんかヤバい事になってるけど大丈夫なの?」
「は? 私のところのガキって一体誰です……くわぁ!?」
エペタムがおもむろに指差した方角を見て、私は目を大きく見開きました。
だって、とんでもなくあり得ないことがそこで起きていたのですから……。
「アレは……ツルギ先輩、ですか!?」
エペタムが指差した方向には、例の赤髪の男が長い剣を構えたまま静かに立っていました。
そしてその視線の先には、お喋りなスレイブさんと片脚を切断された鎧姿のツルギ先輩が地面に這いつくばった状態で唸り声を上げていました。
よく見ると、スレイブさんが少し離れた位置に転がっていて、ツルギ先輩に向けてなにかを喚いています。
というか、ツルギ先輩の切断された部分からめちゃくちゃ血が流れていますけどアレは大丈夫なのでしょうか? いや、絶対に大丈夫じゃないですよね!?
そんな光景だけでもゾッとっするというのに、私はツルギ先輩の姿を改めて見てさらに戦慄しました。
だって、ツルギ先輩が片腕と片脚を切り落とされているというのに獣のような格好で地面に伏しながら赤髪の男を見つめていたからです。
いや、見つめているというよりも恐らくあれは睨みつけているのでしょう。
ヘルムを被っているのでその表情までは窺えませんが、面貌の隙間からわずかに見えるツルギ先輩の両眼が赤く光っているのがわかったからです。
それに対して、赤髪の男は……。
「ほぅ。まだ奥の手があったのか?」
と、なぜか口元を少しだけ笑ませて今の状況を楽しんでいる様子でした。
なんなんですかねあの男のラスボス感は?
こう言っちゃあなんですけど、余裕感を漂わせる敵は必ず敗北するというフラグが成立するんですけど、まさにそんな感じじゃあないでしょうか?
さて、そんなメタい話は置いといて、現在進行形で剣呑な雰囲気は続いています。
二人の放つ殺気に私のデリケート柔肌がビリビリとした刺激を受けてとても嫌な感じです。
それに今のツルギ先輩はなんというか、私が今までに見たことがないほどすさまじい殺意で満ち溢れており、赤髪の男を睨むその両眼は憎々しげに細められていて、まるで血に飢えた猛獣のようでした。
そんな異様な姿もさることながら次に私が目にしたある異物が、よりツルギ先輩に対する恐怖心を煽ってきたのです。
(なんなんですかアレは……!?)
私の目が捉えたもの。
それは、ツルギ先輩の背中から生えた二つの異物でした。
そんな私の思考を察したのか、エペタムがキシシとキモい笑いを漏らして話しかけてきました。
「あー……俺っちも流石にアレを見た時にはビビったよねー。つーか、あのガキの背中から生えてるアレって完全に龍だよな?」
ビビったなどと口にしておきながら、まったくそんなことを感じさせないほど愉快そうな口調で話すエペタムの両眼はまん丸になっており、目の前のツルギ先輩に興味津々といった様子でカッと見開かれていました。
それは当然です。
だって、ツルギ先輩の鎧の背中部分から赤色と青色をした二匹の龍が生えていたのですから。
「エペタム。アレって、どう見ても龍ですよね?」
「あー……龍っつーか、どっちかっていうと、TEKサウルスみたいじゃね?」
「TEKサウルスってなんですか? アンタ、ARKでもプレイしているんですか?」
「いや、なんのことか知らねえけど、とりま神話とかに出てくる龍とはちこっとばかし違ぇよな?」
……コイツ、絶対にARKをプレイしてますね。ちなみに私の好きなTEK恐竜はギガノトサウルスですけどね!
さて、そんな無駄話はさて置いて、エペタムが言う通り、ツルギ先輩の背中から生えた二匹の龍は、神話に出てくるような鱗の生えたものではなく、分かり易く例えるならZOID的な姿をした龍でした。
赤と青のメタリックな光沢を放つ二匹の龍は互いに赤い相貌を細めており、ツルギ先輩と共に赤髪の男を鋭く睨みつけています。
そんな先輩を前にしても赤髪の男は眉一つ動かさず、静かに長剣を構えていました。
「初めて見た時からおかしな小僧だと思ってはいたが、ここまでくると逆に楽しめそうだな」
「……レーヴァテイン、お前を殺してやる」
「俺を殺すだと? できるものならやってみろ」
「があああああああああああっ!」
その一言が開戦の合図となったのか、ツルギ先輩が残された片腕と片脚で地面を蹴り、飛び掛かりました。
しかし、赤髪の男はそれを難なく躱すと、長剣でツルギ先輩の背中を斬りつけました。
しかし――。
「なるほど。その玩具はお前の意思とは別に動けるのか」
赤髪の男が振り下ろした長剣の刃先は、ツルギ先輩の背中から生えた二匹の龍の青い方の口で咥えられ、完全に防がれていました。
するとその直後、もう一方の赤い龍が鋭い牙を剝き出して赤髪の男に襲い掛かりました。
「赤と青は連携が取れるようだな。だが――」
と、大口を開けて迫った赤い龍を赤髪の男は片手でいなすと、その長い首を脇に抱えてしっかりと掴み、ツルギ先輩ごと大きく振り回し始めました。
まるでベイブレードのように凄まじい勢いで回転し、十分な勢いがついたところで赤髪の男は赤い龍の首を解放すると、ツルギ先輩を屋敷の塀の方へ投げ飛ばしました。
しかし、先輩は見事な体幹で体勢を立て直すと残された片腕と片脚で地面を抉るようにして着地し、背中の二匹の龍に地面に転がっていたスレイブさんと片脚をいつの間にか拾わせていました。
なんというか、これはもう人の戦い方ではありません。
例えるならそれはえーっとぉ……九尾化したナルト? みたいな感じです! わからない人はナルト疾風伝を観てくださいね。
さて、落とされた片腕と片脚を回収したツルギ先輩は、唸り声を漏らしながら赤髪の男を睨みつけています。
これから一体どうするのでしょうか?
「切断された片腕と片脚を拾ってどうするつもりだ小僧? まさかそれをこの俺に投げつけるつもりか?」
『再生する』
スレイブさんと片脚をそれぞれ咥えていた二匹の龍の青い方がそう言うと、赤い方の龍がツルギ先輩の片脚を切断面にくっつけました。
その直後、青い方の口から金色に輝く液体のようなものが溢れだし、先輩の片脚にダラダラとかけだしたのです。
すると、切断されていたはずの片脚が見事に接着され、ツルギ先輩が地に足をつけ立ち上がりました。
その光景に流石の赤髪の男も驚きを隠せなかったようで、しばし呆然としていました。
「その背中の青い方の龍は自己修復をする能力を保有しているのか。ハハハハッ! 実に面白いな。だとすると、その赤い方の龍にもなにか固有の能力があるということか。是非とも拝見させてもらおうか」
「やれやれ。どうやら、レ―ヴァのやる気スイッチが入ってしまったみたいだね?」
「ホント、男の子って戦うことが好きよね。アタシみたいなレディには到底理解できない世界だわ」
「ちょっとレ―ヴァ! なんか坊やがヤバい感じなんだからここは一度退散した方がいいんじゃないのん!?」
「あー……ティル姉の意見に俺っちも賛成。なんかヤバい気がするから逃げた方が良くね?」
「お前たちは黙っていろ。久しぶりに本気で戦えそうな展開だ。この機を逃してたまるものか」
「あのぅ、エペタム?」
「あー……? なんだよヒルド?」
「あの赤髪の男の名はなんと言うのですか?」
「レーヴァテインだけど、なんでそんなこと聞くんだよ?」
「今は私の一人称視点だからです」
「は? なにそれどういうこと?」
「なんでもないですよコンチクショウ。コッチの話です」
エペタムが小首を傾げて両眼をパチクリさせていますけど、めちゃくちゃメタいことなので、あえてこれ以上は触れないでおきます。
さて、先程とは打って違い嬉々とした表情に変わった赤髪の男改めレーヴァテインとやらは、ツルギ先輩しか目に映っていない様子で長剣を構え直します。
そんなレーヴァティンにエペタムとティルヴィング、それに北条先輩のお父様である泰盛さんの三人がやれやれと肩を竦めている中、切断されたはずのスレイブさんも完全に修復されたようで、ツルギ先輩がライオンのような咆哮上げて二刀流の構えになり、レーヴァテインに斬り掛かりました。
すると、そこから息つく間もないほどの激しい剣戟が繰り広げられ始めました。
ツルギ先輩が二本の剣を力強く振り抜くたびに、オレンジ色の火花が散ります。
しかも、追い討ちをかけるように背中から生えた二匹の龍もレーヴァテインに襲いかかっています。
一見すると完全に防戦一方なはずなのに、レーヴァテインはとても嬉しそうに口元を微笑ませていました。
その姿が私にはとてもゾッとして、思わず背中がぶるりと震えました。
やはり、あの男はタガが外れていると思われます。
「ハハハハッ! いいぞ小僧、その調子でもっと俺を愉しませてみろ!」
「殺す、殺す、殺おおおおおおおす!」
両手に持つ剣を鋏のようにクロスして、レーヴァテインの喉元を狙うツルギ先輩。
しかし、バツの字にされたその刃先の中心にレーヴァテインは手持ちの長剣をぶつけると、そこから二人は鍔迫り合いになりました。
でも、次の瞬間でした。
ツルギ先輩の背中から生えた赤い龍の方が肩口から顔を覗かせて、大口を開けたのです。
『破壊する』
無機質な合成音がそう告げた直後でした。
赤い龍の口からドラゴンボールのカメハメ波的な光線が発射されました。
これには流石のレーヴァテインも避けきれなかったようで、彼はその光線に全身を呑まれてしまいました。
やがて、赤い龍から放出された光線がその勢いを失い消失すると、そこにはレーヴァテインの姿がありませんでした。
そして、その代わりに庭園の地面はまるで一本道のように深く抉れており、その先にあった蔵は上から半分が消し飛ばされており、残された部分からはどす黒い煙が昇っていました。
正直、あんなものをまともに受けて生きていられる生物は皆無でしょう。
ということは、これで決着がついたということなのでしょうか?
「……あのレーヴァが」
「負けた……?」
あまりにも凄まじかった赤い龍による破壊光線の威力に私たちは言葉を失くして呆然としていました。
しかし、そんな私たちとは違いツルギ先輩は突然真上を見上げると、両手の剣を構えて再び咆哮を上げました。
その視線誘導につられて私たちも目線を上げてみると、ツルギ先輩の真上に漆黒の鎧を纏ったレーヴァテインが、高々と宙に浮いた状態で私たちを見下ろしていたのです。
「……この姿になれる時を俺はずっと待っていた。さぁ、小僧。始めようか!」
鎧化したレーヴァテインが挑発するように手招くと、それを下から見上げていたツルギ先輩がその両眼を赤く光らせました。
ぶっちゃけ、この戦いは一体どうなっちゃうんでしょうか? というか、私たちはここに居て本当に大丈夫なんでしょうくわぁ!?
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