第186話 アヴァロン本部にて②
セレジアさんが壁に投影した古代映像の中に現れた【イザナミ】と名乗る若い女性は、画面のこちら側にいる私たちの方を真っ直ぐ見つめると、ひと呼吸置いてから静かに語り始めました。
『大和国に存在する二つの国のひとつである【火の一族】の次期当主だった私は、かつて敵国であった【根の一族】の次期当主である夫の【イザナギ】と共にこの大和国に突如として現れた【厄災の魔物】と長年に渡り戦ってきました』
イザナミさんの話によると、彼女の一族である火の一族とその夫であるイザナギさんの根の一族とは、元々敵対している国同士だったそうです。
しかし、ある日突然現れた厄災の魔物と呼ばれた脅威と戦い生き残るためには、双方の国が手を取り合わなければならないと判断した結果、互いの一族の次期当主となる二人が結婚するという形で同盟を結ぶことになり、共に厄災の魔物と戦うことになったそうです。
『私とイザナギが結婚し、双方の国同士が同盟関係になった事で厄災の魔物との戦いは我々人族が優位な状況になり始めました。しかし、互いの国にいる一部の重鎮たちにはこの同盟関係を良しとしない考えの者も多く、私たち二人の仲を裂こうとしてきました。それでも私たち夫婦はその苦難を共に乗り越え、同盟国という関係が崩れぬよう務めてきました。しかし、そんな最中にアレが現れたのです』
深刻そうな表情を浮かべるイザナミさんがその手元に赤い宝石のような物を取り出すと、そこから立体映像が現れ一体の巨大な化け物が映し出されました。
その化け物を見て私たちが息を呑んでいると、イザナミさんが続けます。
『これの名は【ヤマタノオロチ】。八つの頭を持つ巨大な邪龍で厄災の魔物たちの統率者です。コレが現れてから我々人族は苦戦を強いられるようになりました。ただでさえ、オロチに手が掛かるというのに身内から続く卑劣な嫌がらせに私は心身共に憔悴しきっていました。けれども、そんな私たち夫婦にも幸せな事がありました。それは私たち夫婦の間に可愛い子供達が誕生したことです』
身内の嫌がらせに耐えながら厄災の魔物と戦う日々を送っていたイザナミさん夫妻の間にお子さんが生まれた事により、彼女は精神的にも強くなり、両一族の統率に励むことができたそうです。
すると今度は、イザナミさんのお子さんの話に変わりました。
『私たち夫婦の間には三人の子供が生まれました。長女の名は【アマテラス】、次女の名は【ツクヨミ】。そして、最後に生まれたのが長男の【スサノオ】でした。私は三人の子供たちが生まれてきてくれたおかげでどんな苦難にも立ち向かえる勇気を持てました』
三人のお子さんの話になった途端、その表情から笑みがこぼれるようになったイザナミさんを見て、私たちの緊張感も少しだけ緩み、なんが朗らかな気分になりました。
なぜなら、お子さんたちの話をしている時のイザナミさんはとても穏やかで、本当に幸せそうだったからです。
『十歳になる長女のアマテラスは女の子なのにやんちゃ者。でも、とても正義感が強くて弱きを助ける素晴らしい子です。そして、六歳になる次女のツクヨミはおっとりしていながらも幼子とは思えない慧眼さを持つ子。やんちゃな姉のアマテラスよりもしっかりしていて、なにをすべきなのかを見極めることができる優秀な子です。そして、まだまだ小さくて甘えん坊なスサノオは……フフッ、どんな子になるのか楽しみなところです。きっとこの子も夫であるイザナギのように立派な男の子に成長することでしょう。でも、そんな三人を最後に抱きしめてあげられないのはとても辛いことです』
上から順にアマテラス、ツクヨミ、スサノオと、お子さんたちの紹介していたイザナミさんの表情が急に憂いを帯びたものに変わると、彼女は自分の後方に置かれていた三つの小型ポッドような物に近づきその表面を愛おしそうに撫でていました。
一体、アレはなんなのでしょうか?
「あの、ダーイン先生? あの小型ポッドのようなものは?」
「この映像を見とればわかるわい。じゃから、黙って見とれ」
珍しく真剣な表情をしていた先生の横顔に訝りながらも、私は映像の中のイザナミさんに再び視線を戻しました。
すると、彼女は目を伏せてから一息開けて続きを語ります。
『……私が三人の子育てに専念していた間、夫であるイザナギがその命と引き換えにオロチを赤と青、それぞれ二つの鉱石に封印することに成功したようです。そのことに一族の者たちは皆歓喜していましたが、私は夫を失ったショックで暫く床に伏せていました。そんな最中、私の耳によくない噂が流れてきたのです』
イザナギさんにより、二つの鉱石に封印されオロチの鉱石を砕き、その破片を日常で扱う農具などに組み込み使うと、扱う者に特殊な力を与えることが判明したそうです。
『鉱石化したオロチの一部を様々な物に組み込む事で私たちの暮らしは激変するほどに便利になり、豊かな国へと発展しました。それと同時に、その破片を武具などに使用することで凄まじい兵器を手に入れることが可能にもなったのです。当時、私はその技術に異論を唱えましたが、誰も耳を貸してはくれませんでした。その後、私が最も恐れていた事態が起こったのです』
オロチの破片を扱い、驚くほど文明が発展してゆく中で両一族の者たちは互いにその技術力を競い合うようになったようで最終的には両一族の象徴となる剣を模した巨大兵器が国内に二つ作られたそうであり、その中に赤と青のオロチの鉱石がそれぞれ組み込まれていたとのことです。
そして、それが全ての過ちの始まりになったらしいのです。
『赤と青。互いにオロチの鉱石を確保するようになってから、両一族の中で小さな争いが始まってしまったのです。そして、それはやがて大きな戦禍へと変貌を遂げて私たちの国は再び分裂しました』
オロチの力を手に入れたことにより、イザナミさんの一族とイザナギさんの一族との間で戦争が起きてしまったそうです。
その結果、両一族は再び二つに分断され、人族同士による血塗られた戦いが始まってしまったとのことでした。
『厄災の魔物という脅威が消え去ったというのに、そこから得た新しい力のせいで新たな戦の火種が生まれてしまいました。制御されているとはいえ、オロチの力は強大で恐ろしいもの。人が扱うにはあまりにも大き過ぎる力です。このままだと、いずれその力が暴走し、封印されたオロチが復活するのではないかと私は危惧しています。ですが、それに対して一族の重鎮を含めた民たちは聞く耳など持つことはなく、戦争は苛烈を極めるばかり。そしてなにより恐ろしいのは、両一族の重鎮たちが私たち夫婦の子供を厄介者扱いし始め、その身柄を寄越せと言い始めたのです……。私はこの子たちがなにかをされるのではないかと恐れ、新たな脅威から子供たちを守るために三人へそれぞれ三種の神器を託し、【護りの籠】にて眠らせた後、この地から逃がす事にしたのです』
「あのぅ、ダーイン先生。彼女が話した護りの籠というのが……」
「イザナミちゃんの後ろにある小型ポッドみたいなもんじゃよ。そんでワシの調べたところによるとアレは現在で例えるところのコールドスリープ技術を備えた核シェルターじゃ」
「こ、コールドスリープ技術を備えた核シェルターですか!?」
「そうじゃ。要するにあの中にいれば絶対に安全だということじゃな。しっかし、ワシら研究者が完成させられんかった技術を古代人はアッサリと開発しとった。これには流石のワシも脱帽ものじゃったわい」
「ダーイン博士でも出来なかった事をしちゃうなんて古代の人たちってハンパなく凄い人たちばかりだったんだねー。なんかレイピアもランスもソラスも三人して驚いた顔したまま固まっちゃってるしさー?」
「いや、アロン。これは驚くべきことなんだよ?」
「そうですよアロンさん! まさか、コールドスリープを備えた核シェルターなんて技術が古代にあったなんて誰もが衝撃を受けるような大発明なんですよ!?」
「へぇー、そうなんだー」
「ねぇ、アロン。アナタの思考、世間から少しズレているんじゃない?」
「え? そうなのー? ナハハッー。なんか照れちゃうねー」
「別に褒めてないわよ」
ダーイン先生から語られた驚愕の事実に研究者の端くれである私だけではなく、ソラスさんやランスさんも驚きのあまりその瞳を丸くしていたというのにアロンさんのリアクションは存外なものでした。
普通、現代人である私たち科学者が成し得なかった技術を古代の方々が成功させていたと聞かされたら誰もが驚くべきことだと思います! それなのに、アロンさんときたら……と、私が熱くなっても仕方ありませんよね。
ということで、私は映像の中のイザナミさんに視線を戻しました。
『アマテラス、ツクヨミ。そして、まだ一歳にも満たないスサノオ……あなたたちの成長してゆく姿を最期まで見れないのがとても辛いわ。私は今からこの子たちとこの国を守るため両一族を最南方の地へと誘い、この争いを鎮めるべく戦火の中に降り立つつもりです……。恐らくですが、私はそれで命を落とすことでしょう。あぁ、こんな結末しか迎えられなかった母をどうか許して……』
「なるほど。それが南極というわけですか」
「なにを納得しているのですかヘジン司令官! というか、戦果の中に降り立つって……それってつまり、イザナミさんがひとりで両方の一族と戦うってことですか!?」
「な、なぜイザナミさんがそんな過酷な目に遭わなければならないんだ!?」
「いくら国と子供たちを守るためとはいえ、そんなのナンセンスよ! そんなの両一族の連中同士で勝手に戦わせておいて、彼女がどこかの国へと逃げるべきだわ!」
「そうだよー! こんなの絶対におかしいよー!」
「四人とも静かに」
「彼女がその道を選んだということは、そうすることによって戦に終止符を打てる理由があったからだろう」
イザナミさんの口から語られた衝撃の展開に私たち四人が不満の声を上げると、ヘジン司令官とヘグニさんの二人が冷静な表情で制止してきました。
彼女が犠牲になることで両一族の争いを鎮めることができる? そんな不公平なことがあっていいのでしょうか?
しかし、映像の中にいるイザナミさんは覚悟を決めた顔付きをしています。
それにこれは遥か昔のこと……今ここで私たちが騒いだところでなにも覆りはしません。
それに気付いた瞬間、私は至極冷静になりました。今、私が出来ることは、目の前の彼女が話すことを記憶に焼き付けることしかないのですから。
とはいえ、小型ポッドの中で眠らされているイザナミさんのお子さんたちを思うと、とても胸が苦しくなります。
そんな私の心境を映すかのようにイザナミさんは眠りにつく三人のお子さんたちの姿を見つめて涙を溢していました。
その姿に私はとうとう耐えきれなくなり、目頭が熱くなって思わず口元を押さえていました。
ふと隣を見れば、ソラスさんとアロンさん、それにランスくんとヘグニさんの四人もその瞳に涙を浮かべており、鼻を啜りながら目の前の映像を静かに見守っていました。
『……この記録を観ているお方に伝えておきます。オロチの力は強大です。例え、その力が封印されていたとしてもアレは必ず復活の機会を伺っていることでしょう。もし、仮にオロチが再びこの世に復活してしまえば、全てが滅びの一途を辿ることに違いありません。しかし、そんな危機に瀕した時、この記録を見ているお方がいたらお願いが御座います。どうか、私たち夫婦の大切な子供たち三人を再びこの場所へと連れてきてください。そのために私は希望の光をここに残しておきます……。これが私が伝えられる最期の言葉です。それでは、さようなら』
と、イザナミさんは最後にそう言うと、そこで映像が途絶えました。
恐らくですが、彼女はこのメッセージを遺した後に自らの使命を果たしに向かったのでしょう。
映像を見終えた後、その場に重たい空気が立ち込み、私たちはしばらく黙っていました。
しかし、そんな空気を溶かすようにヘジン司令官が口を開きました。
「……ダーイン博士。悲しい結末ですが、彼女が残した希望の光というのがこの兵器なのですね?」
「じゃろうな。さて、ここからはワシの推測じゃが、恐らくこの話に出てきたオロチという化け物の力を二分割したその鉱石とやらが、聖剣と魔剣のことなんじゃろう。そして、ワシら人間を滅ぼそうとする魔剣どもの最終的な狙いはオロチの復活じゃろうて」
「それならば、ますます魔剣どもをなんとかせねばなりませぬな」
「とはいえ、もしオロチが復活した場合に彼女が言う三人の子供たちをここへ連れて来るという方法は絶望的かなと思いますが皆さんはいかがでしょう?」
ランスくんのセリフに誰もが口を噤んでしまいます。
それもそのはずです。
なぜなら、遥か昔の人間がこの世に生存している可能性はゼロに等しいからです。
しかし、そんな私たちの考えをダーイン先生が払拭しました。
「お前らはアホなのか?」
「え?」
「さっき言ったじゃろ。護りの籠は現代で例えるところのコールドスリープ技術を備えた核シェルターじゃて」
「えっと、ダーイン先生。つまりそれは……」
「イザナミちゃんの子供たちは生きておる。しかも、この現代でな?」
ダーイン先生の発言を聞いた瞬間、私たち全員は茫然自失としました。
イザナミさんのお子さんたちが生きている? しかも、この現代で!?
衝撃の事実に私たち全員があわあわしていると、嫌らしい顔付きをしてダーイン先生が口を開きます。
「実はのぉ、このイザナミちゃんが言う守護の籠とやらのひとつが今から十数年ほど前にとある国で見つかっていたんじゃよ」
「そ、それは本当ですか先生!?」
「本当じゃよ。とはいえ、中身は空だったようじゃがな?」
「空だったとは、一体どういうことですかダーイン博士?」
「今ワシが言った通りじゃい。中身は空だった。要するにその中に眠らされていた子供は何者かによって外へと連れ出されたということじゃよ」
なんということでしょう!?
まさか、護りの籠が現代に存在していて、しかも中にイザナミさんのお子さんがいた痕跡があるという衝撃の事実!
ならば、そのお子さんたちはどこに行ったのでしょうか?
「ダーイン博士、ちなみにそれが発見された国というのはどこなんですか?」
「日本じゃよ」
「え?」
「護りの籠のひとつが日本のとある田舎町で発見されたそうじゃ。そして、他の二つも同じ日本で、しかも、違った土地で発見されたんじゃ。ただし、全て中身は空だったんじゃが」
驚愕するような情報の前に私は思考回路が停止しかけました。
まさか、イザナミさんが逃したという子供たち三人を乗せたシェルターが気が遠くなるような時間を経てまさかの現代で、しかも日本で発見されていたというのですから!
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