第185話 プログラムオロチ
俺から離れた位置にいるエクスを泰盛さんが魔剣で貫いた。
その光景に一瞬だけ絶望した俺だったが、魔剣を突き刺した張本人である泰盛さんの異変に気が付き、もう一度見直した。
すると、泰盛さんの魔剣が貫いたのはエクスではなく、マドカさんだった。
これには流石に驚きを隠せなかったのか、俺と剣を交えていたレーヴァテインすらも呆気に取られた様子でその手を止めていた。
「マドカ」
「だ、旦那、さま……」
泰盛さんはエクスを庇って腹部を貫かれたマドカさんをジッと見つめると、落ち着いた声音で言う
「マドカ、僕はキミに……」
「わ、私は……旦那様を、信じておりますから」
「……そうか。すまないな」
マドカさんの背中を貫通するほど深く突き刺した魔剣をゆっくり引き抜くと、泰盛さんは血振りをくれて背を向けた。
それと同時にマドカさんは膝から崩れるように倒れると、そこから動かなくなった。
「ま、マドカさん!?」
「ウソ……マドカお姉ちゃん!?」
すぐ隣でカナデに肩を借りていた北条先輩が真っ青な顔で地面に倒れているマドカさんへ駆け寄った。
マドカさんは北条先輩の顔を見上げると、口から夥しい量の吐血をしながら口を開く。
「……と、時音ちゃん。ゴメンね」
「どうしてなのお父様!? どうしてこんな酷いことを!」
「時音。悪いけれど、こうするしかなかったんだよ」
「意味がわからないわよ! マドカお姉ちゃん、お願いだから死なないで!」
血に濡れたマドカさんの片手を握ると、北条先輩が大粒の涙を溢して泣き叫ぶ。
その様子を見ていたレーヴァテインは眉間に皺を寄せて舌打ちをすると、マドカさんたちのそばで立っていた泰盛さんを睨んだ。
「泰盛、違うだろ。早く小僧のパートナーを殺せ」
「やれやれ、人遣いが荒いなレーヴァは……。さて、お嬢さん。覚悟はいいかな?」
「くっ……」
「エクスちゃん!」
再び魔剣を構えた泰盛さんの前に今度はカナデが立ちはだかる。
その様子を見て苛立ちを露わにしたレーヴァテインがドスの利いた声で言う。
「面倒だからその女もろとも殺せ。それが出来ないなら俺が殺す」
「わかったよレーヴァ。お嬢さんたち、キミらに恨みはないけれどここで死んでもらうよ。いいね草薙くん?」
「そんなの……いいわけねえだろうが!」
魔剣を振り上げた泰盛さんに斬りかかろうとした俺にレーヴァテインが風のような早さで接近し、邪魔立てしてくる。
コイツ、マジで鬱陶しいな!
「何度も言わせるな小僧。貴様の相手はこの俺だ」
「レーヴァテイン……テメェ、いい加減に」
「ちょっと、レーヴァ〜?」
「!?」
不意に後方から聞こえてきた気の抜けたような声に振り返ると、ボロボロになった犬塚先輩をティルヴィングがその肩に担いでいた。
「コッチはもう片付いたんだけれど、そっちはまだ終わってなかったの〜ん?」
「あー……なかなか楽しかったけどさぁ。やっぱり、そのガキじゃねえと物足りないぜぇ」
ティルヴィングに続いてエペタムも現れると、弛緩したヒルドをその小脇に抱えていた。
そんな……二人とも、負けたのか!?
「ヒルド、犬塚先輩!?」
「一度はチャンスを得たものの結局はこうなる。小僧、お前たちは終わりだ」
「そんでこれからどーすんのよレーヴァ?」
「これもう俺っちたちの勝ち確だぜ? まだなんかすんの?」
「レーヴァ、これならもう無駄に彼女たちを殺す必要はないんじゃないのかい? そろそろ本来の目的である魔剣の……」
「泰盛」
「ん? なん……」
「ダーリン、避けて!」
エクスとカナデに向けていた魔剣を泰盛さんが下げた瞬間、目にも留まらぬ速さでレーヴァテインが泰盛さんへ肉薄し、長剣を真一文字に振り抜いた。
その一撃を受けた泰盛さんは弾丸のような勢いで吹っ飛んだ。
「貴様、俺が殺せと命じてからどれだけ時間をかけた?」
「ちょっと、ダーリン!? 大丈夫? しっかりして!」
「……つぅ、これはまた随分と厳しいお説教だ」
「俺が殺せと命じたらすぐ実行に移せ。こんな雑魚どもを殺すのに数秒も要らんだろ」
レーヴァテインは泰盛さんを睨みつけた後、その視線をカナデとエクスに向ける。
マズイ!? このままだと二人が殺されちまう!
「さて、この茶番もそろそろ終わりだ。この二人の精霊は俺が始末する。そっちのセイバー二人とそこに倒れている同胞はお前たちで始末しろ」
「あー……レーヴァ。ヒルドも殺さなきゃダメなの?」
「エペタム。お前は俺に殺されたいのか?」
「エペ公。アンタがそのお嬢ちゃんを気に入ってるのは知ってるけど、レーヴァに逆らったらダメよん?」
「あー……そっかぁ。それはちょっと残念だなぁ」
レーヴァテインに鋭く睨め付けられその場の空気を察したのか、エペタムが残念そうに肩を落としてかぶりを振った。
マズイぞ、このままだとみんな殺されちまう! それだけはなんとしても阻止しなければならない……と、俺が動こうとしたその刹那、すぐ近くからレーヴァテインの声がした。
「小僧。この状況でまだ抗えると思うのか?」
「テメェ、いつの間に!?」
「ヤベェ、ネギ坊! 逃げ……」
と、声を上げたスレイブが、次の瞬間には俺の左腕ごと斬り飛ばされ空中を舞っていた。
その瞬きするようなほどの僅かな時間の中で俺が驚愕していると、レーヴァテインがいつの間にか長剣の切先をコチラに真っ直ぐ向けて目の前に迫っていた。
「油断し過ぎだな。さらばだ小僧」
鋭く煌めいたレーヴァテインの長剣は的確に俺の左胸を貫いた。
そして、その刀身が背中を貫通した直後、俺は吐血をしてその場から動けなくなった。
「見た目が変わり少しはやれるかと期待したが、所詮はこの程度。お前は俺の足下にも及ばない」
「がはっ……」
「ツルギくん!?」
「つーくん!?」
「お前が死んだ後、残りの連中も殺してやる。せいぜいあの世で楽しく暮らすんだな」
胸から背中まで貫通した長剣を引き抜く際に、レーヴァテインが俺の身体を蹴倒す。
それとほぼ同時にエクスとカナデが涙を流して俺に駆け寄ろうとしてきたが、レーヴァテインが長剣を構え直してそれを許そうとしなかった。
「お前たち二人もすぐにあの世へ送ってやる。だから慌てるな」
「ふっざけんなし! そこをどけってーの赤頭!」
「ふむ、威勢が良いな。では、まず最初にお前からだ」
「はぇっ!? ちょ、待っ……」
「カナデさん!?」
「か、カナデぇ!?」
レーヴァテインの長剣が袈裟斬りに振り抜かれた瞬間、カナデを庇ったエクスが背中を斬られた。
その鋭利な切り口から真っ赤な鮮血が噴き出すと、エクスがカナデに寄り掛かるようにして倒れた。
「カナデ、さん……大丈夫?」
「そんな、エクスちゃん!?」
「まずはひとり。それで、お前はどこを斬られたい?」
長剣の切先を向けてきたレーヴァテインを気にも留めず、カナデは血に塗れたエクスを抱き起して涙を流し叫んでいた。
その姿を目の当たりにした瞬間、俺は怒りに任せて立ち上がり、レーヴァテインに斬りかかった。
「レーヴァテイン!」
「なんだまだ動けるのか? それなら……」
と、奴が造作もない様子で長剣を振った直後、俺の片脚が斬り落とされ地面の上を転がった。
「が、があああああああああああ!?」
「つーくん!?」
「片肺を貫いたのに動けるとは恐ろしくしぶとい奴だな。だが、それもここまでだ」
「カナデ、さん……私をツルギくんの所まで連れてって」
「つーくんの所って、そんなの無理だよエクスちゃん!」
「ツルギくんを……助けないと、みんなが死んじゃ……」
「……エクスちゃん?」
「……」
「ねぇ、エクスちゃん? ウソ、でしょ? エクスちゃん!」
片脚を斬り落とされ悶絶する俺の耳に、カナデの絶望したような声が聴こえてきた。
その声に俺が顔を上げてみると、カナデに抱かれていたエクスの腕がダラリと地面に垂れ下がった。
まさかそんな……エクスが!?
「おい、ウソだろ? エクス?」
「エクスちゃん! 目を開けてお願いだから!」
エクスが死んだ?
いやいや、そんなはずはない!
どんなにヤバい状況でもアイツは俺と一緒に死線を越えてきた。
そんなエクスがこんなところで死ぬわけがない! そんなことがあるわけがない!
目の前で起きた出来事を受け入れられず、俺が頭の中で同じ言葉を反芻していると、レーヴァテインが冷たく言い放つ。
「その女はもうじき死ぬ。つまり……」
「?」
「……お前たちは終わりということだ」
レーヴァテインが冷淡な声でそう告げた瞬間、俺は頭の中が真っ白になり言葉を失った。
俺はエクスを守ると誓った。
一緒に魔剣たちを倒すと誓った。
その後もずっと二人でいようと誓った。
だが、その誓いはたった今、俺の目の前で壊された。
それも最愛のエクスを殺されるというバッドエンドで。
「残りの連中もティルヴィングとエペタムが始末するだろう。さて、それでは残りの精霊を殺すとしよう」
――破壊しろ!
「……めろ」
「ん? なんだ?」
――全てを破壊しろ!
「……やめろ」
「やめろだと? 馬鹿なのかお前は?」
――お前の邪魔するもの全てを破壊しろ!
「もし、カナデまでも殺したら俺は……」
「殺したらなんだ?」
――敵を全てを破壊し尽くせ!
「お前もろとも……」
「この俺もろともなんだ?」
「……全部、破壊してやる!」
『警告! 警告! セイバーノ精神状態ニ異常ガ発生! 精霊ハタダチニセイバーノ精神安定ヲ……ガキガガガガ」
突然、俺の纏う鎧からけたたましいアラートが鳴り始めた。
なにかのエラー通知? めちゃくちゃうるさいって。
でも、そんな事はもうどうでも良かった。
今は目の前に立つレーヴァテインをぶち殺したくて仕方ない。
つーか、さっき頭の中に響いたあの声、前にもどこかで聞いた気がするな? あれって、いつだっけ? ダメだ思い出せねえや。
そんなことより……。
「おい、ネギ坊しっかりしろ! 一体どうしちまったんだ!?」
「ちょっとエペ公。なんだか坊やの様子が変じゃない?」
「あー……なんかヤバそうなオーラを感じるんだけど、コレって聖剣のオーラじゃないよね?」
地面の上に転がっているスレイブが、俺になにか叫んでいる。
でも、そんなことはどうでも良かった。
それにしてもなんだろう?
腹の底から怒りや憎しみが溢れ出てくるような感覚がして、全身が戦慄いている。
ふと気が付くと、いつの間にかバイザーの内部に映されていた映像が赤黒く染まっていて、なにも視えなくなっていた。
エクス、どこにいるんだ? なんか俺の頭の中がおかしな感じだぞ? あれ? そういえば、エクスは死んだんだっけ? 誰が殺したんだっけ? えぇっとぉ〜……。
――お前のパートナーを斬ったのは目の前の男だ。
……目の前の男? あぁ、コイツね。
コイツが俺のエクスを斬ったのか。
――許せないだろ? 壊したいだろ? なら、お前の力になるぞ?
……力になるって、一体だれが?
――お前の中にいるこの【オロチ】がだ。
……オロチ? お前の力を借りればコイツを殺せんの?
――造作もない。それに、お前の女も救えるかもしれんぞ? だから、オロチに頼れ。
……ふーん、そうなんだ。じゃあ、頼るわ。
――ゲハハハッ! 承知した。
自らをオロチと名乗ったソイツが下卑た笑い声を上げた直後、俺は全身が炎にでも包まれたかのように熱くなり、怒りと憎しみで歯噛みした。
……壊したい。エクスや俺の仲間を傷付けたアイツを。
その細胞の一欠片も残さず、この世から消し去りたい!
――それでいい。では、これよりプログラムオロチヲ起動スル。
鎧の内部からいつもと違う合成音が聞こえてくると、赤黒かった俺の視界の正面から八つの頭を持つ蛇のような黒い影が迫ってきた。
そして、その影は俺の視界いっぱいに広がると、今までに感じたことのない力が湧いた。
「……レーヴァテイン」
「なんだ小僧?」
「……お前、ごろじでやるよぉぉぉぉっ!」
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