第184話 犠牲
エクスから聖剣を召喚して鞘から刀身を引き抜くと、俺はそれを天に掲げてから大きく振り抜き、正面に向けて構えた。
「よし、反撃開始だ! エクス、アーマーモードを頼む!」
「ハァ、ハァ……せ、聖剣【アーマーモード】!」
『了解。サポートアビリティヲ解放。アーマーモード【ウィガール】を対象者へ着装』
何度も聞き慣れた合成音が聖剣の鞘から聞こえてくると、鞘自体がバラバラに展開されて俺の四肢を鎧で覆い尽くしてゆく。
すると、さっきまで気を利かせてスリープモードだったスレイブも再起動したのか、鎧化された俺の左半身をすぐさま赤い鎧で覆い尽くしてきた。
「いよっしゃあ、ネギ坊! こっからが俺様たちのステージだぜ!」
「スレイブ、起きたか。エクス、北条先輩とマドカさんの二人を救助しに行くぞ!」
「ハァ、ハァ……そ、それなら私ひとりで行くよ」
「いやいや、そんなの危ねえだろ!」
「大丈夫、多分もうカナデさんが……あ、いた!」
俺の言葉にエクスはスマホの画面を操作すると、先の見えない濃霧の奥を見つめてなにかをチェックしている様子だった。
「少し離れているけど、走ればすぐ着きそうかな。それじゃあツルギくん、行ってくるね!」
「ちょ、待てって!? 村雨先生の霧で奴らの視界は悪くなっているけれど、オーラを感知されちまうだろ? それにこんな濃霧の中で二人の居場所がわかるのか?」
「うん、それなら平気だよ」
「平気って、なんでだ?」
「うーん、詳しい事を私は説明できないけれど、村雨先生が言うにこの霧は前のモノと違って私たち精霊のオーラを感知し辛くするんだって」
「そ、そうなのか?」
「うん。それに、村雨先生の霧が濃くなる前にカナデさんが北条先輩たちの位置を特定して既に動いてくれているから私はそれを追跡するだけなんだよ」
「ゴメン、エクス。話についていけないから簡単に説明してくれ」
「うんとね……」
エクスの話はこうだった。
まず、村雨先生の得たという新たな能力が本格的に発動する前にカナデは北条先輩とマドカさんの位置を特定していたらしく、現在はその現場で手当てをしながらエクスが来るのを待っているらしい。
それに、他の三人も俺たちから敵を遠ざけるような戦闘運びをしてくれているようであり、俺が思っていた以上に皆は先の展開を予測して動いてくれていたようだ。
その話を聞かされて、俺は皆の頼もしさを改めて実感した。
「今頃はカナデさんが私よりも先に北条先輩たちの元に駆け付けて手当てをしてくれているだろうから、私はカナデさんのスマホをGPSで探知して進むだけなんだ」
「この短時間でみんながそんな事をしてくれていたなんて正直、驚いたな」
「みんながツルギくんを助けるために動いてくれたおかげで今があるんだよ。だから、カナデさんやみんなの事をもっと労ってあげなきゃダメだよ?」
「そ、そうだったのか。それは知らんかったスマン」
「そういうこと。それじゃ、私は行くね!」
「あ、あぁ。二人を頼んだぞ!」
「うん、任せて!」
見送る俺にエクスはニッコリ微笑んで駆け出すと、片手を振りながら迷いのない足取りで濃霧の奥へと消えて行った。
俺のために皆が協力し、最大の窮地を乗り越える事ができたのはとても大きい。
それならば、俺もその恩義に必ず応えなければならない。
「俺が生きているのはみんなのおかげだ……。こっからはめちゃくちゃ気合を入れていくぞスレイブ!」
「おうよ! んで、調子はどうなんだ?」
「問題ねぇよ。むしろ絶好調なくらいだ」
「ケケケッ、そいつは良い返事だぜ! でもよ、気を付けろネギ坊。早速、向こうの方からなにかがスゲェ速さでコッチに接近してきてやがるぞ!」
スレイブの忠告に警戒して俺が聖剣を構えていると、濃霧の奥から傷だらけになった村雨先生が吹っ飛んできた。
コチラに背を向けて飛んできた村雨先生を俺は受け留めると、その肩を抱いて声を掛ける。
「村雨先生、大丈夫ですか!?」
「く、草薙……か? どうやら、上手くいったようだな」
「はい、おかげさまでこの通りです」
「そ、そうか……。すまないが、私がキミに協力できるのはここまでのようだ」
「俺のためにあのレーヴァテインと戦ってくれてありがとうございます。というか、よくアイツとサシで戦えましたね?」
「フフッ、この私を見くびるなよ草薙。私の新技であるこの『霞の舞二式』の霧は、私が敵として認定した人物が体内に吸い込むと幻覚を見るようになり、オーラ感知能力も多少ながら鈍らせることが出来るんだ」
「なるほど。それでエクスたちの居場所をわからなくしたんですね」
「そういう事だ。あの娘たちを狙われたら我々の負けは確定する。そうならないように犬塚とヒルドにも他の二人をこの場から遠ざけるよう手配してある」
村雨先生の新技であるこの霧には、敵に対して幻覚を見せ、オーラ感知能力も鈍らせるという強力なデバフをかける事ができるようであり、そのおかげでエクスたちが自由に動けるということだった。
そして、ヒルドと犬塚先輩たちもティルヴィングとエペタムを遠ざけるように動いてくれていて今の現状が成り立っているという事だった。
「本当ならこの技を使い隙を見て奴らを撹乱しつつ、北条たちを連れてキミたちと一緒にここから脱出するつもりだったのだが、あの赤髪の男はそんな不利な状況でも容易く私をここまで追い込んできた。本当にとんでもない魔剣だよアレは」
レーヴァテインたちには村雨先生の新技によるデバフがかかっている。
それにも関わらず、奴は村雨先生をこんなボロボロになるまで追い詰めたという。
やはり、レーヴァテインは一筋縄ではいかない敵だということを再認識させられた。
「北条とキミが話していたマドカという女性はあの辺りで十束が手当てをしてくれている。それに、今はエクスも到着したようだから二人の心配はするな」
「そういえば、先生はこの霧の中でも相手の位置が視えるんでしたよね?」
「まあな。この霧は私と仲間をカモフラージュしてくれるが、私には敵の位置も仲間の位置もちゃんと把握できている。というか、キミはそれを体験しているだろ?」
「そうでしたね。はははっ」
過去に俺も村雨先生と戦ったことがあるからこの霧の厄介さを知っている。
あの時は敵として戦いかなり苦戦したけれど、いざこの能力を持つ先生が仲間にいてくれると本当に心強いかぎりだ。
あれ? ちょっと待てよ……村雨先生にはみんなの位置が把握できるほどハッキリと視えていると言っていたけれど、ということはつまり……。
「あの、先生? 一応確認しておきたいんですけど、まさか俺とエクスの……」
「丸見えだったぞこのバカタレ。とはいえ、私は赤髪の相手で必死になっていたからそれどころではなかったがな」
「そ、そうでしたか。お恥ずかしいところをお見せしました」
「かまわんさ。それに、そんな事は今に始まったわけではないだろ。それより……」
と、村雨先生は俺の正面を差すと、その瞳を険しくする。
「草薙、奴がコチラに迫っている。十分に注意、しろ……」
「先生?」
「すまない……。少し、話し疲れたようだ……」
そこまで言うと、村雨先生は糸が切れた人形のようにガックリ肩を落として意識を失くした。
どうやら、俺たちを守るために全力を尽くしてくれて体力の限界を迎えたのだろう。
これには感謝するしかない。
「……ありがとうございます村雨先生。あとは俺に任せてください」
意識を失くした村雨先生を俺が地面に寝かせてから数秒後、辺りを包んでいた濃霧が徐々に晴れてゆき、視線の先に長剣を構えたレーヴァテインが静かに立っていた。
奴は周囲の様子を窺うように首を巡らせると、俺の方を見て瞳を細める。
「その女の意識が途絶えて幻覚が解けたか。それにしても、なかなか面白い小細工だったぞ」
「村雨先生をこんなにボロボロにしやがって……。レーヴァテイン、お前だけは絶対に許さねえ!」
「ん? 小僧。貴様、腹の傷が全快しているのか?」
「だったらなんだよ?」
「泰盛からお前たち聖剣の精霊たちについて話を聞いてはいたが、まさか本当にパートナーである剣士の治療をできるとは恐れ入ったな。だが、それなら……」
と、レーヴァテインは急に凄まじい殺気を纏うと、エクスたちがいる方を睨んだ。
「……大した脅威ではないと思い先程は見逃したが、アレはかなり厄介な存在のようだ。故に、お前のパートナーであるあの娘から始末するとしよう」
「なっ!? そんな事させるかよ!」
「フンッ、止めれるものなら止めてみろ」
俺から視線を外して後方を振り返ると、レーヴァテインが凄まじい速度でエクスたちのいる方角へ走り出した。
マズイ、このままだとエクスが危ない!
「アレを殺してしまえば、お前の扱う聖剣もその特異な能力も消え去るのだろう? それなら真っ先に始末するに限る」
「テメェ!? エクス、逃げろ!」
レーヴァテインのすぐ後方を走りながら俺が叫ぶと、離れた位置で北条先輩たちの手当てをしていたエクスとカナデがコチラを見た。
二人は慌てた様子で負傷している北条先輩とマドカさんをそれぞれ担ぐと、迫り来るレーヴァテインから逃げようとする。
だが、奴の移動速度が異常に早い。
「フンッ、逃げられると思うな」
「スレーーーーーイブ!」
「おうよ!」
背中のスラスターを展開させ、前方を走るレーヴァテインの前に俺が回り込むと、奴は舌打ちをして長剣を振り抜いてきた。
その斬撃を聖剣でいなすと、俺はすかさずスレイブの口から召喚された魔剣で奴のことを斬りつけ、そこから激しい刃の応酬を繰り広げた。
「ほぅ、先程とは打って違い身体能力が飛躍的に向上しているようだな。それもあの女のおかげか?」
「エクスには指一本も触れさせねぇぞ! オラァッ!」
「ふむ、やはりそうか。ならば、これ以上お前と遊んでいる暇はない……。泰盛!」
俺から視線を外してレーヴァテインが声を張った瞬間、エクスたちのいる方向から悲鳴が上がった。
その悲鳴に俺が振り返ると、エクスたちの目の前に魔剣を構えた泰盛さんが立っていた。
「やれやれ。結局、僕を使うのかいレーヴァ?」
「泰盛、この小僧のパートナーであるその女を殺せ」
「つ、ツルギくん!」
「なっ、やめてくれ泰盛さん!」
「悪いね草薙くん。これも僕の仕事なんだ。許してくれ」
「ダーリン、それでこそプロってものよ。この仕事が終わった後にはご褒美として、アタシが各種サプリメントをブレンドしたスペシャルプロテインをご馳走してあげるわ」
「ははっ、それは遠慮しておくよエリィ。さて、それでは……」
「アナタが北条先輩のお父さんですよね?」
「そう言うキミは草薙くんのパートナーだね? 名前は?」
「エクス・ブレイドです。泰盛さん、お願いだから目を覚ましてください! 彼女は、北条先輩はアナタのことを本当に心配して……」
「残念だけどこの先のためにも今はこうする他ないんだ。許してくれお嬢さん」
「え? それって、どういう……」
「エクス!? クソッ、この野郎おおおおおおおおおおっ!」
「おい、小僧。お前の相手はこの俺だ」
「邪魔すんなレーヴァテイン!」
エクスを助けに向かおうする俺をレーヴァテインが執拗に阻んでくる。
このままじゃエクスが殺されちまうってのに、レーヴァテインが邪魔で今すぐ駆け付けられない。
一体どうすればいいんだ!?
そんな焦燥感に煽られる俺を他所に、魔剣を構えた泰盛さんがコチラに背を向けた状態でエクスたちに迫る。
「あ、そうだ。最期になにか遺言はあるかい?」
「遺言なんてありません」
「おや? その理由を聞いてもいいかな?」
「なぜなら、私たちがアナタたちを必ず倒すからです!」
「なるほどね。キミはとても気の強いお嬢さんだ。でも、それが遺言でいいのかい? せめて彼を愛しているとか……」
「泰盛、なにをしている! 早く殺せ!」
「やれやれ、僕の上司がカンカンだ。草薙くんの事を気に入っていただけにそのパートナーであるキミを殺すのが僕は本当に辛いよ」
「……泰盛さん、アナタは」
「さて、そろそろお喋りは終わりにしよう。それじゃあ、さよなら。エクスさん」
「やめろ! やめてくれ泰盛さん!」
マドカさんに肩を貸したままその場から逃げようともせず、エクスが泰盛さんの顔をジッと見つめている。
それを見て泰盛さんは肩を竦めると魔剣を後ろに引き、真っ直ぐエクスを貫こうとしていた。
その光景を目の当たりにして俺が叫びを声を上げた次の瞬間、泰盛さんが真っ直ぐ突き出した魔剣がその身を貫いた。
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