第29話 決戦の時
深夜零時過ぎ、俺たち四人はグラムから渡されたメモに記されてあった古い洋館前に辿り着いていた。
真夜中に見るその洋館の雰囲気は、異常なまでに薄気味悪い雰囲気を漂わせていた。
門の外から中の様子を窺ってみると、中庭は雑草だらけで荒廃しており、庭の中心に設置された噴水にはびっしりと緑色のコケが生えている。
もう長いこと手入れがされていないのだらろう。
噴水の中央にある人型のオブジェは酷く劣化していて、元の型すらもわからなくなっている。
そんな洋館の正面にある大きな鉄製の門を俺が開くと、錆びついた金属音が周囲に響き渡り、その音にエクスがびくりと身を竦めていた。
ともあれ、俺たち四人は互いに顔を見合わせて頷くと、いよいよ洋館の敷地内に足を踏み入れた。
するとその直後、身体が鉛のように重い感覚に襲われた。
この感覚には覚えがある……。
これはおそらく《ミラー》によるものだ。
「おい、エクス。これってまさか……」
「おそらくだけど、グラムが《ミラー》を発動させたんだろうね」
「奴ら、最初から俺たちを逃がすつもりなんてなかったんだな。これであと戻りはできねえ。みんな、気を付けていこうぜ!」
洋館の敷地内へと侵入し、カナデが拘束されている部屋を探しながら進んでゆく。
そのとき、長い廊下の奥に観音開きの赤い扉が見えてきた。
赤いの扉の隙間から淡い光が漏れており、その奥に人の気配を感じて俺は息を呑んだ。
「……あの扉の奥にアーサーたちとカナデがいるようだな。みんな、準備はいいか?」
首を巡らせそう言うと、皆が一様に頷く。それを確認して俺は扉に手をかけると、勢いよく開いて部屋の中に飛び込んだ。
俺たちが扉の奥に広がるフロアへ足を踏み入れると、支柱のようなものに鎖で拘束されたカナデを見つけた。
「カナデっ!?」
「つーくん!? アタシを助けに来てくれたの!」
「当たり前だ! 俺がお前を見捨てるわけねぇだろうが!」
「つ、つーくぅ〜ん……」
天井を支える支柱に拘束されたカナデを見たところ、泣きそうな顔でその場にふにゃっと座り込んでおり、とくに外傷はないようでホッとした。
「カナデ、いま助けてやるから待って――」
「随分と遅かったな」
「!?」
俺がカナデに近づこうとした直後、支柱の影からアーサーが姿を現した。
奴は相変わらずのローブ姿であり、クセのある自身の金髪を掻き上げると不敵に笑う。
「待っていたよエクス。おや? どうやら招かれざるお客様もいるようだね。まぁ、どうでもいいか……。それより、早速人質の交換といこうじゃないか?」
「バカ言ってんじゃねえよ。エクスは渡さねえしカナデも返してもらうぜ!」
「どうやらすんなりと交換に応じるつもりはないようだな。いいだろう、グラム!」
「フフフッ。やはりこうなると思っておりましたわ」
アーサーの呼びかけに支柱の影から音もなくグラムは現れると、冷たい微笑を浮べて俺たちを見渡した。
そのとき、俺の隣に立つ村雨先生を見るや否や、不思議そうに首を傾げる。
「あらっ、そちらの方は同族ではありませんか? これはどういう事でしょう?」
「悪いが、私はお前とは違い魔剣としての自分を捨てた。そして、今は一人の人間として、教師として、可愛い教え子を助けに来たのだ。十束を返してもらうぞ!」
「同族でありながら敵側に味方するなんて正気とは思えませんわ? そんなことをしても貴女もいつかは聖剣のセイバーに斬り殺されるのですよ?」
澄まし顔でグラムがそう言うと、村雨先生は首を横に振る。
「だからどうした? 私にとって生徒たちは宝だ。いずれ消される存在だとしても、私はそれまでの間に沢山の愛を生徒たちに注ぐと決めている。後悔など毛頭ない」
「人間を守るだなんて世迷い事を……。そんなに死に急ぎたいのですかアナタは?」
「武士道とは死ぬことと見つけたり……。この国に古くから伝わる言葉だ。死ぬことなど恐れて教師が務まるか!」
「愚かなことを……」
魔剣の先端をグラムに向けてそう言い切る村雨先生が格好良かった。
流石は村雨先生だ。もし、俺が女子だったら、間違いなく先生に処女を捧げていることだろう。
ていうか、俺がもしTSしたら、村雨先生との百合ップルていうのもアリだな……。
「ねぇ、ツルギくん。絶対に今、村雨先生のことで厭らしいこと考えていたよね?」
……なぜ、バレたのか?
ジトっとした目を向けてくるエクスに俺は首を横に振ると、努めて爽やかに微笑んだ。
「バカを言え。俺は今、明日の見えない日本の将来について考えていたところだ」
「この状況でそこ!? それよりも、もっと身近な脅威について考えてよ!」
ぷーっと、頬を膨らませるエクスから逃げるように視線を外すと、俺は先生の後ろ姿を見つめる。
すると、グラムを押し退けて、アーサーが退屈そうに鼻を鳴らし前に出た。
「くだらん話し合いはそこまでにしてくれグラム。それよりエクス、キミのパートナーに相応しいのはこの僕だ。今からでも遅くない。そいつからホーリーグレイルを取りだして僕と結ばれよう!」
そう言ってエクスへ手を差し伸べるアーサーだったが、当のエクスは首を横に振ると俺に寄り添い、真剣な表情で言葉を返す。
「アーサー。私は、ツルギくんじゃなきゃダメなの」
「なぜだエクス!? 僕は誰よりもキミを愛しているというのにどうしてそいつを選ぶんだ!」
「そんなの、私がツルギくんのことを好きだからに決まっているじゃないか。私は彼が好き、大好き! もぅ、なにをされてもいいくらいにツルギくんが大好き! 愛しているんだ! だから……わ、私のセイバーはツルギくん以外には有り得ないんだよ……」
急に尻すぼみになると、エクスが顔を真っ赤にして俺の後ろに隠れた。
多分、勢い余って愛の告白をしていた自分が恥ずかしくなったんだと思う。
彼女の頭のアホ毛が忙しなく左右に揺れているから、かなり照れている証拠だ。
エクスによる愛の告白に、この場にいる全員がポカンと口を開けて茫然としている。
そして、告白された当人である俺も顔が熱くなり顔を伏せた。
「エクス?」
「な、なに?」
「俺も、好きだぞ」
「ば、バカ……」
なんか、こういうの凄く良い……。
俺とエクスが桃色な雰囲気を漂わせていると、アーサーが絶望した表情を浮かべ、たたらを踏んでいた。
「こ、こんなことが……おのれぇ、貴様さえいなければ! 貴様を殺して絶対にエクスを僕のものにしてやる! グラム!」
「はい、アーサー様」
アーサーの声にグラムは小さく頷くと、その足元から例の魔剣を出現させた。
現れた魔剣をアーサーが掴むと、あの時と同様に漆黒の鎧兜を纏う。
「……エクス。この戦いが終わったらキミを僕なしでは生きられない身体にしてやる。毎晩キミを辱めてそれこそ中毒のように僕が欲しくて欲しくて堪らない身体にしてやるから覚悟しろ! フハハハッ!」
面貌の奥で瞳をギラつかせこちらを睨みつけてくると、アーサーが高笑いを上げた。
そんな奴の言動にエクスは怯えた表情を浮かべると、ギュッと抱きついてくる。
俺はその肩を優しく抱きよせると、微笑みながらエクスに言う。
「安心しろ。俺はもう二度と誰にも負けない。必ずお前を守ってやるよ」
「ツルギくん……」
もう負けるつもりはない。俺はエクスを守ると覚悟を決めたのだ。
嬉しそうに頬を寄せてくるエクスの頭を撫でると、俺は村雨先生と犬塚先輩に振り向く。
「村雨先生、犬塚先輩、カナデのことをよろしくお願いします」
「承知した。十束は任せろ」
「草薙君もそっちを頼むよ」
「ええ。それじゃあ行くぞ、エクス!」
「うん! 行こう、ツルギくん!」
「また僕の前でエクスを汚すつもりか!? 貴様だけはバラバラに斬り裂いて野良犬の餌にしてやる!」
「なんとでも言ってろよサイコ野郎。てめえは俺がぶった斬る!」
歯ぎしりをしながら睨みつけてくるアーサーに鼻を鳴らすと、俺はエクスの顔を見つめる。
そのとき、俺が腰に手を回した瞬間、エクスがぴくりと反応して甘い吐息を漏らしてきた。
「お、おい、エクス? どうして抱き寄せただけでそんなエロイ声を漏らしたんだ?」
「なぜかよくわからないけれど、ツルギくんに触れられた瞬間からものすごく身体中が熱くなって……なんか気持ちが昂っちゃってつい……」
……なにそれマジエロイじゃん!?
俺的には大歓迎だけどね!
真っ赤な顔で両手の指先を合わせながらモジモジとするエクスに鼻息が荒くなる。
準備万端ということか。
それなら、俺がするべきことは一つだけだ――。
「エクス、俺たち二人の強さを奴らに見せつけてやろうぜ!」
「うん、いいよツルギくん!」
俺の言葉にエクスは強く頷くとその胸元を躊躇うことなく解放した。
その行動に拘束されていたカナデが目を見張る。
「ちょっと、つーくんにエクスちゃん? 一体なにを始めるつもりなの?」
「十束、なにがあろうと気にするな。これは、仕方のないことなんだ……」
「なんで悲しげ!? つーか、これからなにが始まるの?」
「十束さん。悔しいけれど、彼らは僕らの先を行っているんだ……」
「いやなんかそれ超絶気になるし!? ていうか、え…………ほえええええええっ!?」
素っ頓狂な声を上げるカナデを尻目に、俺は既にエクスの胸元へ右手を忍ばせていた。
今回は直に触っている。
それ故に、俺の掌には柔らかな胸の感触がダイレクトに伝わってくる。
「……んぅっ」
そっと包み込むように優しく力を込めてゆくと、エクスの口から控えめな声が漏れる。
彼女の背後から拝めるその胸元からは、ハッキリとその豊かな双丘が見えており、俺は息を殺して静かに愛撫した。
「なんか、ンッ! きょ、今日は……感じるのがすごく早いかも……ひゃうっ!?」
「そうか。それなら俺も我慢しなくていいよな――」
トロンとした瞳で俺の顔を見上げてくるエクスがなんとも愛おしい。
ここに来る前に色々とエッチな行為をした影響もあるのか、今のエクスは早くも昂ぶっていた。
淡々と続けられる愛ある行為……。
それに身悶えるエクスを見つめながら俺は赤くなったその耳元に唇を近づけた。
「なぁ、エクス」
「ふぇっ? な、なに?」
――お前のそのエッチな表情が堪らなく可愛くて、こっちがおかしくなりそうだよ?
「!?」
そう囁いてエクスの片耳をぺろりと舐めると、俺はそのまま耳を甘噛みした。
「そ、そんなこと言って耳カプされたら、もう、私……――」
と、エクスが真っ赤な顔で瞳に涙を浮かべると、頭のアホ毛がムクッと反り立ち、胸元から眩く蒼い光が溢れ出した。
「……ラメエエエエエエエエエエッ!」
歓喜の叫びと共に直立したエクスのアホ毛が、今までに見た事がないほど綺麗に直立ていた。
その刹那、胸元から勢いよく飛び出した聖剣が宙を舞って地面を穿つ。
それと同時に、俺たちの手の甲で輝くホーリーグレイルが信じられないほどの光を放ち、フロアの中に広がった。
「な、なんだこれ!? まるで、バ○スを唱えたときの飛行石みてえにすげぇ光だ!」
『全てのサポートアビリティヲ解放……オールコンプリート』
予想外のことに当惑していると、聖剣の鞘から例の合成音が聴こえた。
どうやら、今ので最後のサポートアビリティが解放されたようだ。
「なるほどな……そういうことだったのか――!」
そのとき、俺はすべてを悟った。
エクスの聖剣が持つサポートアビリティ……その解放条件は、エクスを耳カプして絶頂させることだった。
思い返せば他のアビリティを解放したときも、俺は決まってエクスの耳を甘噛みして彼女が絶頂したときに起こっていた――。
「なんてエロイ古代兵器なんだ……これ造った奴とか、絶対スケベな奴だろうな!」
地面に突き刺さった鞘から聖剣の柄を掴むと、俺は一気に引き抜いて天へと掲げた。
「さぁ、ここからが俺たちのクライマックス――」
「ちょっと、つーくん! アタシの前で堂々となにしているしこのバカスケベ変態!?」
「お、落ち着け十束!? 暴れると鎖が切れんだろうが!」
「十束さん。ここは怒りを鎮めて冷静に――ごふあっ!?」
怒り狂うカナデを宥めながら必死に鎖を外そうとする村雨先生と、その足元でカナデに殴られた犬塚先輩が地面に突っ伏している。
折角の決め台詞が台無しだ。
とはいえ、二度もやろうとは思わない。
「よぉ、アーサー……テメェを倒すぜ!」
「ザコが、粋がるな!」
アーサーを前に俺は聖剣を構えると、最後の決戦に挑んだ。
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