第30話 激闘、ツルギVSアーサー
聖剣を構える俺をアーサーは面貌の奥で鋭く睨みつけると、手にした魔剣で地面を何度も突き刺してかなり興奮していた。
その隣に立つグラムは、顔色一つ変えず微笑を湛えてこちらを見つめている。
相変わらず薄気味悪い奴だ。
ある意味、アーサーよりも危険な雰囲気がしてならない。
「アーサー、それにグラム! ここで決着をつけてやるから覚悟しろ! エクス、『アーマーモード』を頼む!」
聖剣を何度か振り抜き、後方にいるエクスに新たなサポートアビリティを使うようお願いしたのだが……。
「……あれ? エクス?」
いつまでも返答がないので怪訝に思い振り返ってみると……エクスが頬を染めたまま放心状態で地面の上に倒れていた。
「……え、エクスぅぅぅぅぅぅっ!?」
「ご、ゴメン……ちょっと、気持ち良すぎて……ボーッとしちゃって……」
……なんてこった。どうやら、エクスは俺のゴッドフィンガーで昇天していたらしい。
地面に横たわり恍惚とした表情でこちらを見つめる彼女はどこか幸せそうだった。
「あの、エクスさん。俺の決め台詞が台無しなんだけど……」
「ご、ゴメンネ! 今、用意するから……コホンッ。聖剣、『アーマーモード』!」
『了解。アーマーモード【ウィガール】対象者へ着装』
聖剣の鞘から合成音が聴こえた直後、鞘本体が自らを分解するように装甲を展開し始めた。
鞘の装甲が俺の全身を覆い尽くすように変化してゆくと、白銀と黄金の甲冑に変貌を遂げた。
フルプレートアーマーというにはどこか機械染みていて、ロボットというには少し古風だ。
それを例えるなら、これはパワードスーツと呼ぶ方が正しいのだろう。
「これがアーマーモードか……。いいじゃねえか、力が湧いてくるぜ!」
ガントレットで覆われた両手を何度か握り、俺がその感触を確かめていると、ヘルムの上部にあるバイザーが下げられ俺の顔をマスクが覆い隠した。
「覚悟しろよアーサー、グラム! テメェらは俺が倒す!」
「ハッ! たかが鎧を纏ったくらいで調子に乗るな小僧!」
アーサーが魔剣を振り抜きその場から駆け出した直後、戦いの火蓋は切って落とされた。
一気に俺との距離を詰めてくるとアーサーに対して、俺は一刀流の構えを取る。
大きく振り抜かれたその斬撃を俺は聖剣で難なくいなすと、刃を返して斬りつけた。
その鋭い切っ先がアーサーのヘルムに傷を付けると、奴は舌打ちをして俺から距離を取る。
「チッ! アーマーモードの力で身体能力が向上したか」
「これでテメェと同等だ。この前みたく俺をボコれると思うなよ?」
「フンッ、所詮は付け焼き刃だ。このボクに勝てるわけがないんだよ!」
アーサーが魔剣を地面に突き立てると、床の大理石が尖を成して捲れ上がり、俺を目掛けて一直線に襲いかかる。
それを跳躍して躱すと、俺は空中で身体を回転させてアーサーに斬りかかった。
「ウオラアアアアアアアアッ!」
「小癪なマネを!」
互いの剣先が衝突した瞬間、その場に凄まじい火花が散り、俺とアーサーは共に中心から勢いよく弾き出された。
「クソッ、弾かれちまったか!」
「死ねええええええっ!」
地面の上を滑りながら体勢を立て直そうとする俺に、アーサーが再び襲いかかる。
奴は両手に持つ魔剣を高々と振り上げると、力任せに振り下ろしてきた。
「エクス、『シールドモード』だ!」
「オッケー! 『シールドモード』をお願い!」
『了解。シールドモード【プリドゥエン】ヲ発動』
俺の纏う鎧から合成音が聴こえると、背中の装甲が盾に変化して、俺の左腕に装着された。
その盾を俺はアーサーの振り下ろす魔剣に振りかざすと、強烈な一撃を防いでみせた。
「なっ!? 盾だと!」
「なんだ? テメェの魔剣には盾が搭載されてねえのかよ?」
「チッ、研究員の連中め……サポートアビリティの一部をデリートしていたか」
「どうやら研究員さんたちは、お前たちに殺される前に一矢報いていたみてえだな!」
アーサーの魔剣を振り払うと、俺はすかさず聖剣を振り抜く。
その刃がアーサーの鎧に深い傷を刻むと、奴が怒り狂ったように魔剣を振り回してきた。
「どいつもこいつもボクをコケにしやがって! 殺す殺す殺す殺してやる!」
力任せに振り回してくるアーサーの魔剣を左腕に装着した盾で何度か受け流していたが、再び頭上から振り下ろしてきた強力な一撃を受けて俺は片膝を地面についた。
すると、アーサーが憎々しげな声を漏らして魔剣に力を込めてくる。
「おのれ、小僧……このままその盾ごと両断してくれる!」
「なんつー馬鹿力だよ、クソッ……」
俺の構えた盾にアーサーが更なる力を込めてくると、床に亀裂が入ってクレーターのように陥没する。
このまま力比べになると、防御態勢を取る俺の方が不利だ。
ならばここは、奴の攻撃を回避しつつ、攻めの一手に専念した方が得策だろう。
「ぐっ……エクス! 『ソードモード』を頼む!』
「うん、わかった! 『ソードモード』をお願い!」
『了解。シールドヲパージ。ソードモード【セクエンス】ニ移行シマス』
鎧から合成音が聴こえると同時、今度は鎧の背面部が展開され、そこからもう一本の聖剣が顔を覗かせた。
俺が受け身を取るように地面の上を転がると、アーサーの魔剣が盾の表面を滑り地面を割る。
その隙をみて俺が立ち上がると、左腕から外れた盾が再び背面部に装着された。
「ふぃ〜……あぶねー」
力任せとはいえ、奴の魔剣は強力だ。
盾で防御しながら戦うには、いささか分が悪い。
それを考慮して俺は背面部から現れた聖剣の柄を掴むと、背中から一気に引き抜いて二刀流の構えを取った。
「さてと、こっからが俺の本気だぜアーサー!」
「なにが本気だ? その自信も貴様もすべて、ボクの魔剣で真っ二つしてやる!」
雄叫びのような声を上げながらアーサーが襲いかかってくる。
それに対して俺は短く息を吐くと、全神経を両手の聖剣に集中させた。
「ふぅ……草薙二刀流、参る!」
アーサーを相手に聖剣を振り抜くたび、信じられないほど鋭く力強い斬撃を繰り出せる。
この感覚はとても気持ちが良い。
こんなに落ち着いた気持ちで戦えるのは、初めてかもしれない。
「バカな、ボクの魔剣が掠りもしないだと!?」
「どうしたよアーサー。完全に後手に回っているじゃねえか?」
「クソッ、ナメるなあああああああああ!」
「隙ありだ!」
感情を剥きだして振り抜いてきたアーサーの魔剣を斬り上げると、その腹部に廻し蹴りをお見舞いした。
「があっ!?」
アーサーはくの字になり床の上を滑るように後退すると、後方で微笑を浮かべていたグラムに焦った様子で声を張った。
「グラム、もっと力が欲しい! なんとかならないのか!?」
「あらあら、随分と焦っていますわねアーサー様? では特別に、もっと手早く力を得られる方法をご提案致しますが、それをするにはアーサー様にそれ相応の代償を支払っていただくことになりますけれど……いかがなさいますか?」
「なんでもいい! アイツをぶち殺せるならどんな代償でも払ってやる!」
「フフフッ、そうですか。では、契約成立ということで……ンフフフッ」
凍りつくような微笑を浮べたグラムに寒気を感じて俺はエクスの真横に移動した。
愉悦に満ちたその表情が言い知れぬ恐怖を与えてくる。
なんというか、グラムがアーサーの言葉を待ちわびていたと言わんばかりに嗤っていたからだ。
「それで、その強くなる方法とは具体的に僕がどうすればいいんだ?」
「アーサー様はなにもしなくていいのですよ。ただ――」
「え?」
「アナタがわたくしの栄養になってくださればいいだけの話ですから……」
本当に数秒の出来事だった。
俺の視界の端で黒い物が宙を舞う。
それをまじまじと目で追い確認してみると……アーサーの片腕だった。
グラムはアーサーになにかを告げた直後、その手で魔剣を奪い取り、瞬きをする僅かな一瞬でアーサーの片腕は斬り落としていた。
「ぐああああああああああああああっ!?」
斬り落とされた片腕を押さえ、アーサーが地面に膝をつき悲鳴を上げる。
すると、切断したその片腕をグラムが手早く拾い上げ舌なめずりをした。
「ンフフッ、本当に愚かな人……。どんな代償でも払うなんて簡単に言ってはダメじゃありませんか?」
「グラム、貴様……どういうつもりだ!?」
「先ほどお話ししたじゃありませんか? アナタはわたくしの栄養になるだけでいい、と……」
いうなり、グラムはアーサーの片腕を見つめて大口を開くと、それにかじりついた。
生肉を貪る肉食獣のように血に塗れた口元を拭いもせず、グラムはアーサーの片腕を食い千切り、血の滴る肉を咀嚼する。
その常軌を逸した行動に流石のアーサーも真っ青な顔で戦慄し言葉を失っていた。
「ああ〜ん! やはり片腕だけだと全然物足りませんわ〜。と、いうことで……アーサー様……」
「やめろ! こっちに来るな! ひゃああああああああっ!?」
「あらあら見苦しいこと。でも、時すでに遅し、ですわ――」
グラムが片手を挙げた直後、黒い球体が出現し、そこから無数の黒い腕が伸びてアーサーの全身を拘束し、球体の中に引きずり込もうとした。
「なっ!? やめろ、やめてくれグラム!」
「フフフッ……抵抗しても無駄ですよ?」
「い、いやだぁぁぁぁぁぁっ!? エクス、助けてくれぇぇぇぇぇぇ!」
「アーサー!? ツルギくん!」
「任せろ!」
黒い球体に引きずり込まれそうになるアーサーを助けようと、無数の黒い腕に俺が斬りかかろうとした刹那、グラムが魔剣を振り上げて襲いかかってきた。
「あらっ、いけませんよセイバーさん? 今は大事なディナーの準備中なのですから、邪魔をしないでくださいまし」
「テメェのディナーなんて知るかよ! それより、アーサーを解放しろ!」
「それは無理なお話ですね。だって、ほら?」
グラムに促され俺が視線を戻すと、アーサーの身体は既に黒い球体の中へ引きずり込まれたあとだった。
球体の中から聴こえてくる壁を叩くような音とアーサーの悲鳴。
その光景に胸騒ぎを覚えた俺は聖剣に力を込めてグラムを突き飛ばした。
「アーサーをどうするつもりだグラム!」
「ですから、ディナーと申したではありませんか?」
「ふざけるな! アーサーを今すぐ解放しろ!」
「あらあら、随分とお優しいのですねアナタは? 仮にも命を奪おうとしてきた敵を助けようとするだなんて、素敵だと思いますわ。でも――」
「あ?」
「わたくしの食事だけは邪魔をしないでくださいましね?」
アーサーが呑み込まれた球体の中にグラムの身体が入り込んでゆく。
それから数秒ほどして球体の中からアーサーの苦痛に満ちた叫び声が聞こえてきた。
「ぎゃああああああああああっ!? やめろ、やめてくれええええええ!」
「アーサー!?」
「エクス、危険だからそれ以上近づくんじゃねぇ!」
「でも、このままだとアーサーが!?」
「……がぁっ……かっ……ひぁっ」
黒い球体の中から聞こえていたアーサーの断末魔が途絶えた。
それに合わせて、今度は耳障りな音が聞こえ始め俺たちは息を呑んで戦慄した。
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