第109話 姉妹の再会
「カナデぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
カナデとレイピアさんに襲いかろうとしていたエペタムに後ろから斬りかかると、奴はこちらに振り返り、両腕のチェーンソーで俺の刃を受け止めた。
「あぁ……つーかなんでスレイブがここにいるか不思議に思ったけどさ……聖剣のセイバーであるお前と契約してアヴァロンを助けに来たってわけ?」
「その通りだよ! だから、テメェは俺が倒す!」
右手に握った魔剣でエペタムに素早く連撃を放つ。
それに対して奴は両腕のチェーンソーを巧みに操ると、俺の攻撃を全て防いだ。
「あぁ……お前、強ぇな。これは本気で相手しねえと
エペタムは両腕のチェーンソーをハサミのように重ねると、俺の首を狙って突き出してくる。
俺はバツの字に重ねられたその刃の中心に魔剣の刃をぶつけて受け止めると、エペタムの背後で座り込んでいたカナデに声を上げた。
「カナデ! レイピアさんを連れて早くそこから逃げろ!」
「つ、つーくん……? 本当に、つーくんなの!?」
「見ればわかるだろ!? いいから早くレイピアさんと一緒にそこから逃げろ!」
高速回転するエペタムのチェーンソーの刃が、俺の魔剣の刃を削るような勢いで火花を撒き散らす。
ぶっちゃけ、かなり熱いしキツイ状況だから早く逃げて欲しいのだが、当のカナデは俺の姿を見つめたまま胸の前で両手を握り、ポロポロと涙を流して動こうとしなかった。
「ちょ、カナデ!? 俺の話を聞いてたか? 早く逃げてくれよ割とマジで!」
「ははっ……本当につーくんだ。つーくん、頑張って! ソイツを倒したら、アタシがその……ちゅ、チューとかしたげる!」
「いらんわそんなもん! いいから早く逃げろコラッ!?」
「ちょ、そんなもんとか酷くない!? しかも、即答とかマジあり得ないんだけど! んもぅ……つーくんのバカぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「カナデさん。もう泣かないで、ね? ここは今のうちに避難しましょう、ね?」
「うぅ、レイピアさぁ〜ん……つーくんが、久しぶりに会えたのに超絶冷たい〜……」
「大丈夫ですよ。そういうのを日本ではツンデレって、言うんですよね?」
……うん、全然違うと思う。
涙目で鼻を啜るカナデの肩を抱くと、レイピアさんが宥めながら歩き出す。
すると、どこかキラキラとした表情のヒルドが、聖剣らしき突剣を構えてカナデたちに駆け寄った。
「お姉さま、ご無事でなによりです! さぁ、早くこちらへ!」
「グスッ……ていうか、ヒルドちゃんさぁ〜。アタシとレイピアさんを置いて逃げるとかマジあり得ないっしょ?」
「うっ……えっと、それはですねぇ〜?」
「正直、ヒルドちゃん見損なったし。行こ、レイピアさん」
「そ、そんなぁ〜!? お姉さま、私を捨てないでくださぁ〜い!」
なんかよくわからんけど、俺がエペタムと激しい攻防を繰り広げているその傍らで、ジト目をしたカナデがヒルドを冷たくあしらっている。
アイツら、俺が居ない間に随分と仲良くなったようだけれど、ヒルドのカナデを見る目がなんか今までと違う気がするのは気のせいだろうか?
「あぁ……よそ見するとか余裕じゃん? 俺っちをナメるなよ!」
「上等だよ、このチェーンソー野郎がぁっ!」
エペタムが振り抜く両腕のチェーンソーを魔剣で打ち払い、その鎧に斬撃を見舞う。
かなり分厚い装甲をしているのか、スレイブの魔剣でも決定的なダメージを与えることができない。
コイツはかなり厄介な相手になりそうだ。
「ネギ、私も加勢する!」
「来るなソラス! コイツはお前が手に負える相手じゃねえ!」
助太刀しようと駆けてきたソラスを俺が制止すると、エペタムが赤い双眸を笑ませた。
「キシシ……よくわかってんじゃん? 今の俺っちを相手にできんのは、お前だけだぜ!」
「そいつは嬉しいね。それなら、とことんやり合おうじゃねえか……オラァッ!」
再び鍔迫り合いの状態にもつれ込んだ俺はエペタムの両腕を押し上げると、奴の懐に回し蹴りを入れる。
その一撃を受けたエペタムは地面の上を数メートルほど滑りながら後退して肩を揺らして嗤った。
「キシャシャシャ! 久しぶりに面白い奴と会えたから楽しいぜ! お前はとことんバラバラにする価値がありそ――」
「はぁ〜い! お待たせエペ公……って、あらん? スレイブと坊やじゃないのよん。どうしてここにいるのかしらん?」
エペタムの背後から聴こえたその声に、俺が視線を移すと、相変わらずエロイボンテージ姿をしたティルヴィングが肩に軍服姿の男性を担いで小首を傾げていた。
そして、その横には――ソラスの妹であるクラウがその瞳に驚愕した色を浮かべて立っていた。
「そ、そんな……ソラス、お姉ちゃん?」
「クラウ!?」
ソラスはクラウを見るなり、駆け寄ろうとする。
しかし、その行く手をティルヴィングが防いだ。
「ちょっと、クラウ。どうしてアナタの死んだお姉さんがここにいるのよん? ゾンビかなにかなのん?」
「そんなの私だってわからないよ! 確かにあの日、お姉ちゃんのホーリーグレイルは私の元に還ってきた……でも、あれはソラスお姉ちゃんだよ!」
クラウはソラスをマジマジと見つめながら片手で口元を隠すと、その瞳から幾つもの涙を零す。
その姿にソラスも感極まったのか、クラウと同じように涙を流していた。
「クラウ、聞いて。私はあの日、崖から落ちたあと、その下にあった川に流されたの……でも、ある人のおかげで一命を取り留めることができてここにいるの!」
「あららん? それはおかしいんじゃないのん?」
クラウに対して事情を説明するソラスに、ティルヴィングが割って入る。
「前にクラウから聞いたけど、アナタたち聖剣のセイバーって死んだらそのホーリーグレイルが契約者から精霊の元に戻るんでしょ〜ん? だとしたら、クラウはそのホーリーグレイルを持っている……つまり、アナタは偽物ってことになるわよねん?」
「違う! そ、それは……!」
反論しようとするソラスだったが、その事実を論破できるような言葉が出てこないのか、口籠ってしまった。
そんな彼女の様子に、クラウが疑いの目を向ける。
「……ソラスお姉ちゃんじゃないの? それなら、アナタは誰? もしかして、私を欺くためにアヴァロンが連れてきた偽物なの!?」
「違うわクラウ! 私は本当にアナタの姉――」
「ウソつかないで! そうやって、私を騙そうとしているんでしょ! 絶対に許さないから!」
よもや疑心暗鬼といった感じなのだろう。
確かに、死んだはずの姉が突然目の前に現れたら少なからず疑ってしまうかもしれない。
でも、ここにいるのは間違いなく彼女の姉であるソラス本人だ。
「おい、クラウ! 彼女は本当にお前の姉ちゃんのソラスだぞ!」
「アンタ誰よ!? どこの誰とも知らない日本人が私のお姉ちゃんを知るわけないじゃない!」
「知ってるさ! 俺はソラスの身体に刻まれた戦いの傷痕をしかとこの目で見た! 女の子であんな刀傷を負うのは魔剣と戦った事があるからだ! とくに、鎖骨からおっぱいの間にかけて刻まれた傷痕は――」
「ちょ、ネギ!? 恥ずかしいからそういう事は具体的に言わないでよ、もぅ……」
「え? あ、スマン……」
「流石はツルギ先輩。しれっと言葉で女子を恥辱するなんてゲスの極みですねホント……」
「つーかさぁ〜。つーくんてば、また知らない女の子を連れてきてるし、ホントなんなの〜?」
「ちょっと、ツルギくん! それって、その子の裸を見たって事だよね? んもぅ、なんでツルギくんは誰にでもエッチな事をするかなぁ〜!? もぅ、本当に許さないよ!」
「ちょ、ちょっと待てお前ら! なんで俺が集中砲火を浴びてるんだよっ!?」
「あの日のネギってば激しかったもんね?」
「ソラスぅ〜? 火に油を注ぐような事を言うんじゃねえよ! そもそも俺はお前の妹を説得するためにこうやって話してんのに、なんで俺が自分の潔白を証明するために皆を説得するような流れになってんだよ!?」
「あぁ……つーかこれ、なんの話だったっけ? ティル姉わかる?」
「浮気者の哀れな弁明でしょん? クラウ、こういう男の言う台詞は絶対に信じちゃだめよん?」
「わかってる。アヴァロンの男はみんな最低な奴ばっか……」
「そんなゴミを見るような目で俺を見るなよ! というか、なんで俺が責められてんのぉっ!?」
ソラスが本物であることをクラウに訴えかけていたはずなのに、なぜか俺が自分の潔白を証明するような展開になっていた。
これはマジで良くない流れだ。
さぁ、話を戻そう今すぐに!
なにわともあれ、ここにいるソラスは間違いなくクラウの姉だ。
しかし、それをどう説明すれば彼女を説得する事ができるのか、今の俺にも術がない。
しかし、そんな俺たちの会話にスレイブがケタケタと笑いながら口を挟んでくる。
「ケケケッ! それなら、俺様が説明してやるよ」
『え?』
スレイブの台詞にクラウを含め、ティルヴィングたちも驚愕したような表情を浮かべてこちらを見た。
「いいかクラウ? まず、ホーリーグレイルってのは、契約者であるセイバーの死亡を確認した時点で精霊の元に還るようになってるってはわかってるよな?」
「うん、それは理解してる。だからこそ、私は疑ってる」
スレイブの確認事項にクラウは首肯すると、ソラスの姿を睨みつけた。
その咎めるような視線をソラスは身じろぎひとつせず、真っ直ぐに受け止めている。
「よし、そんじゃ次だな。ホーリーグレイルには契約者であるセイバーの死亡を判定する措置があり、それはあくまで心肺停止状態に陥ってからの状態により判断されるんだが、恐らくソラスの場合は心肺停止状態にあったと同時に、川に流されたってのが、死亡判定に繋がった事だろうな」
「え……それって、どういうこと?」
スレイブの説明にクラウが瞬きをする。
そして、それを聞いていた俺たちも戦う事を忘れて、その話に耳を傾けていた。
それはティルヴィングやエペタムも同様であり、それだけスレイブの語りには他者を惹き付けるモノがあった。
「人間は死ぬと心臓からの血流が止まり物質代謝が維持できなくなって、体温が下がっていくだろ? そして、当時のソラスは川岸で発見された時、心肺停止状態であり、川に流されて極度に身体が冷え切っていたそれをホーリーグレイルが死後における体温の低下と判定し、アウラの元に還ったという推測なわけだ。これならそれなりの説得力があるだろ? なにせ俺様は元聖剣の精霊であり、機械であり、ホーリーグレイルに最も近い存在だ。だから、その変の判定については人間であるお前らよりも詳しいぜ!」
ドヤ顔でそう語ったスレイブに、俺はなるほど、と手を打った。
確かに心臓が止まり、体温が急激に低下したら体内に移植されたホーリーグレイルは契約者が死んだと勘違いして死亡判定をするかもしれない。
現にその結果、ソラスのホーリーグレイルはクラウの手元に還ったわけだ。
つまるところ、スレイブの推測は当たっているというわけだ。
「そ、それじゃあ……本当に」
「ここにいるソラスは本物だぜ」
スレイブにそう断言されたクラウは、ソラスと同じ紫色の瞳を白黒させて動揺している。
そんなクラウに、ソラスは優しい声音で声をかけた。
「クラウ、信じて……私はアナタのお姉ちゃんだよ」
「じゃ、じゃあ……本当に……ソラス、お姉ちゃん……なの?」
「そうよ、クラウ。ずっと、ひとりぼっちにさせてゴメンネ……」
「ソラス……お姉ちゃん!」
「グスッ……感動の再会を果たせたのですね……とても素晴らしいですぅ〜」
嗚咽を漏らして泣きながらソラスに歩み寄ろうとするクラウの姿に、レイピアさんがもらい泣きをして鼻を啜っていた。
ようやく、感動の再会を果たしたこの姉妹に、俺たちが和やかな空気を醸し出していたその時――ティルヴィングが凍りつくような目をしてクラウの背後に立っていた。
「クラウ……流石にそれはナシよねん?」
「ティ、ティル……?」
「アタシはクラウのためにこの計画を企てたのよん……それをここに来て裏切るなんて――」
と、言いながらティルヴィングは肩に担いでいた男性を地面に放り投げると、クラウに背後から抱きつき、彼女が片手に持つ聖剣に自らの魔剣を当てて、その刀身を赤く光らせた。
「――そんなの許さないわよん?」
「アレは……マズイ!? クラウ、ソイツから離れるんだ!」
「くぁっ……ああああああああっ!?」
鬼気迫るランスくんの声に俺たちが視線を移した直後、クラウが苦しそうな声を上げて地面に倒れた。
すると、その手に持っていた聖剣が見る間に黒く変色してゆき見る間に魔剣化してしまった。
そして、ゆらりと立ち上がったクラウの瞳は魔剣たちと同じ赤色に変化していた。
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