第108話 修練場の戦い

 特別棟を離れた俺たち三人は、次々と閉鎖されてゆく隔壁に悩まされながらもようやく広い空間へ出た。


 するとそこは、セイバー候補生たちが剣術指南を受けるための修練場であり、その中で様々な生き物に擬態した魔剣の精霊たちが暴れまわっていた。


 それらを相手に戦うセイバーたちの中に、両刃の剣で魔剣の精霊を斬り伏せるランスくんと、負傷した精霊やセイバーを手当しているアロンちゃんの姿が目に映った。


 二人の周囲にいる他のセイバーたちも懸命になって魔剣の精霊と戦ってはいるが、かなりボロボロな状態であり、目に見えて劣勢だった。


「ランスくん、アロンちゃん! 助太刀するぜ……オラオラオラアアアアアアッ!」


 視界に入った魔剣の精霊たちを片っ端から両断してゆく俺の姿にランスくんとアロンちゃんだけでなく、他のセイバーや精霊たちも驚愕したような顔を浮かべていた。


「な、ナギくんなのかい!?」


「ナギっち、その身体どうしたのー!?」


「悪い、色々とあってこうなったんだ。それより、ここは俺がなんとかするから、負傷した人たちを頼む! エクス、ソラス、お前たちも手伝ってやれ!」


「うん、わかった!」


「了解!」


「うっし! そんじゃ、コイツらを始末すっかなぁ!」


「ケケケッ! 相手にもならねえがな?」


「待ってくれ少年、少しいいか!」


 エクスとソラスの二人に負傷者の手当をするように伝えて、俺が意気揚々と魔剣たちに向かい走り出そうとした刹那、大剣を肩に担いだ大柄の男性が神妙な面持ちで近寄ってきた。


 その人は険しい表情で俺の顔を見下ろすなり、ジッと見つめてくる。

 というか、この人は以前どこかで……。


「ようやく会えたな少年よ。その節は、本当にすまなかった!」


「えっと……ひょっとして、ヒルドの?」


「そうだ、俺の名はヘグニだ。うちの娘だけでなく、色々と迷惑をかけてすまなかった!」


 ヘグニさんは深々と頭を下げてくると、そのまま動かなくなる。

 すると、俺の左腕であるスレイブがケタケタと笑った。


「ケケケッ! 相変わらずしけたツラしてんなヘグニ?」


「ぬぅっ? その声は……ブレイブか!?」


 ヘグニさんは俺の左腕であるスレイブを見た瞬間、驚いたように目を剥いた。


「ケケケッ、調子は良さそうじゃねえか。その大剣はレプリカか?」


「うむ、まあな。お前の聖剣と比べると攻撃力は劣るが、それでも奴らと十分に渡り合えるだけの力は備わっているようだ。それより……」


 と、ヘグニさんは俺の左半身を上から下まで見ると、戸惑ったように言う。

 

「しょ、少年よ……キミはその、大丈夫なのか?」


「え? まぁ……色々あって、こんな姿ではありますけど、俺は大丈夫です」


「ケケケッ! 俺様はテメェと違って最高の相棒と出会えて契約を結んだんだぜ!」


「契約? ということは……」


「えっと、一応なんですけど、俺は魔剣のセイバーであり、聖剣のセイバーでもあるんですよね。そんでまぁ、こんな感じになりました」


 血のように赤い鎧に包まれた左半身を指差して俺が苦笑すると、ヘグニさんがあんぐりと口を開けて立ち尽くしていた。


「キミは……魔剣になったスレイブとも契約を交わせたというのか!?」


「まあ、そんな感じ……って、ヘグニさん、上!?」


「ぬぅんっ!」


 俺がヘグニさんと話していると、修練場の天井から大鷲に擬態した魔剣の精霊が襲いかかってきた。

 しかし、その大鷲をヘグニさんは大剣で見事に両断すると、ふんすと鼻を鳴らして大剣に血振りをくれる。


「色々と募る話はあるのだが、今はコイツらを殲滅する方が優先だな」


「そうですね。ヘグニさん、まだ戦えますか?」


「無論だ。キミと肩を並べて戦えるならこれに勝る誉れはない」


「それはどうも。そんじゃま、行きますかね?」


「それならボクを忘れてもらっては困るよ、ナギくん?」


 ヘグニさんと俺が互いの武器を構えて魔剣の精霊たちに身構えていると、後ろから爽やかスマイルを浮かべたランスくんが俺の肩を抱いてきた。


「ハハッ。ヒーローは遅れてくると相場が決まっているとはいえ、まさかキミがダーインスレイブと契約して戻ってくるなんて思いもしなかったよ……。その、本当に大丈夫なのかい?」


「安心してくれ。コイツは俺たちの味方だよ。それより、ランスくんも加勢してくれんなら更に心強いな。それじゃあ、俺たちで奴らを殲滅しようぜ!」


「了解したよ!」


「うむ。では、参るぞ!」


 俺たちは互いに視線を交わして頷くと、修練場の外からワラワラと押し寄せてくる多種多様な魔剣の精霊たちに対して身構えた。


「では、少年よ! ここは俺が先陣を切らせてもらう……ぬおおおおおおおおおっ!」


 ヘグニさんはそう言うと、雄叫びのような声を上げながら大剣を振り抜き、魔剣の群れへと突っ込んでゆく。

 そのあとに続いて俺とランスくんが駆け出そうとしていたら、エクスと共に負傷者の手当を手伝っていたソラスが聖剣のレプリカを携え駆け寄ってきた。


「ネギ、私も戦う!」


「それは構わねえけど、無理はすんなよソラス!」


「フフッ。ネギのそういう優しいところ好き」


「ちょ、ソラス!? いちいち抱きつくなっての!」


「だって、ネギがカッコイイから仕方ない」


「ちょっと、ツルギくん! こんな緊急時にふざけていると流石の私もいい加減に怒るよ!」


「まぁまぁ、エクス。ここは落ち着いてー」


 ……エクスに怒られてしまった。

 別に俺がなにかをしたわけじゃないのに、なんかテンション下がるぅ〜……。


 負傷者の手当をしながら目尻を吊り上げて怒鳴ってくるエクスをアロンちゃんが宥めてくれる。

 そんな二人を尻目に俺が頬を掻いていると、ランスくんがソラスを見て目を丸くしていた。


「そんな……本当にソラス、なのかい?」


「あ、ランス。久しぶり」


「久しぶりって……だって、キミは!?」


「うん。ちゃんと生きているでしょ?」


「それは見てわかるけれど、クラウといい……一体どうなっているんだ?」


 困惑したように首を捻ると、ランスくんが俺に視線を向けてくる。

 多分、ランスくんたちにはソラスが死んだという報告が伝えられていたのだろう。

 ソラスを見るランスくんの瞳は、かなり動揺している。

 そんな彼にソラスは、胸の前でひとつに束ねていた自身の長い金髪を背中の方に払って言う。


「ランス、クラウはここに来ている?」


「クラウかい? ボクは会っていないけれど、他の隊員たちがクラウらしき少女を見かけたと話していたね。そして、彼女の隣には魔剣の精霊がいたと言うから、クラウがその魔剣と一緒にいる可能性は高いね」


「……そう。私はクラウを止めるためにここへ来たの。だから、協力して」


「彼女を止めるって、それはどういう……」


「クラウの目的はアヴァロン上層部への復讐……きっと、私が殺されたと思って魔剣と手を組んでいると思う」


「アヴァロン上層部への復讐って、それはまたなんで?」


「詳しい話はあと。今は魔剣たちを殲滅することが優先。ネギ、行こ!」


「ああ。ランスくん、そういう事だから行くぜ!」


「え? わ、わかったよ……」


 もどかしそうな表情を浮べるランスくんを引き連れて、俺はソラスと共に駆け出すと、入口から続々と押し寄せる魔剣の精霊たちをバッサバッサと斬り伏せていった。

 流石にこの四人で戦えば楽勝というか、魔剣の精霊たちを難なく殲滅する事ができた。


 俺たち四人が押し寄せる魔剣の精霊たちを粗方始末し終えた丁度その頃、修練場の入口の反対側にある別の出入り口から、聞き覚えのある男女の悲鳴が聴こえてきた。


「きぃやああああああああああっ!?」


「うおおおおおおおおおおおおっ!?」


「な、なんだ?」


 段々と近づいてくるその声に俺たちが警戒していると、別の出入口からヒルドとオジェの二人が悲鳴を上げて駆け込んできた。


「ヒルド!?」


「つ、ツルギ先輩!? それにお父さんたちも!」


 ヒルドは俺の姿を確認するや否や、進行方向を直角に変えて、こちらに向かい泣き顔で走り込んでくる。

 それに続いてオジェもヒルドと一緒になり、俺たちの方へ走ってきた。


「おぉ、ヒルドよ! 無事だ――」


「ツルギせんぱああああい!?」


 ヒルドは両手を広げたヘグニさんを素通りすると、俺に飛びつきガタガタと震えていた。

 その行動にヘグニさんがすんごく悲しそうな表情を浮かべていたが、ヒルドたちが逃げてきた出入口の方角からスクーターエンジンを唸らせるような音が聴こえてきて俺たちは剣を構えた。


「ヒルド、一体なにがあったんだ?」

 

「そ、それはですね……」


「キシャシャシャ! 逃げるなよお前らぁ〜!」


「!?」


 ヒルドとオジェが修練場に逃げ込んできた方角から現れたのは、両腕が黒いチェーンソーになったジェイソンのようなゴーリーヘルムを被った無骨な鎧を纏う男だった。


 その風貌から見るに、おそらく人型の魔剣だろう。

 奴は修練場の中に足を踏み入れてから急に立ち止まると、俺たちの方を見て顔を傾けた。


「あぁ……スレイブじゃん? なにしてんのこんなとこで?」


「あ? エペタムじゃねえか! ティルヴィングは一緒じゃねえのか?」


「あぁ……ティル姉からさっき連絡があって、ここに来るよう言われたんだけど……どこにも居ねえじゃん……」


 スレイブがエペタムと呼んだ鎧姿の男は、周囲に首を巡らせると肩を竦めていた。


「スレイブ、アイツを知ってんのか?」


「アイツは、エペタムって名前の魔剣だ。俺があった時はティルヴィングと一緒にいたんだけどよ、どうやら今はひとりらしいな?」


「そこらへんの事情は知らねえけど、俺たちの敵で間違いなさそうだな……ヒルド、俺の後ろに隠れてろ!」


「言われなくてもそのつもりです!」


 ヒルドはいち早く俺の背後に隠れると、ガタガタと震えてしがみついてくる。

 その姿にヘグニさんが泣きそうな顔をしていたが、今はそれどころではない。


「オジェ、奴は手強いのかい?」


「ハァ、ハァ……野郎は、魔剣の、精霊っすよ! つーか、アイツは、マジで、ヤベェから……」


 ランスくんの背後でオジェは倒れ込むと、ゼェゼェと息を切らして大の字に寝そべった。

 そんな二人を見て、俺はこの場にいないカナデの事のについて訊いた。

 

「ヒルド。カナデを知らないか? 俺はてっきりお前と一緒に行動していると思ってたんだけど……」


「へ? あ……お姉さまあああああっ!?」


 俺の問いかけにヒルドは真っ青な顔になると、素っ頓狂な声を上げる。

 するとどういうわけか、エペタムの背後からヘトヘトになったカナデとレイピアさんの二人が姿を見せた。


「や……やっと、追いついたしぃ〜」


「こ、これはもう……明日には全身筋肉痛ですねぇ〜……って、え?」


「あぁ……お前ら、俺っちの後ろにいたの?」


 修練場の地面にヘタレ込んだカナデとレイピアさんの視線が、目前のエペタムに向く。


 すると、エペタムがしばらく二人の姿を見つめていたが、両腕のチェーンソーを唸らせた。


「キシャシャシャ! ちょうど良いや……まずはお前たちからバラバラにしてやんよ!」


『きぃやああああああああっ!?』


「カナデ、レイピアさん!?」


 地面に座り込み、抱き合うカナデとレイピアさんに両腕のチェーンソーを重ねて火花を散らしたエペタムが迫る。

 

 その光景に危機感を抱いた俺は両脚に力を込めると、スレイブに声を張る。


「スレイブ、全力で行くぞ!」


「おうよ!」


 二人に迫るエペタムに向かい俺は全力で駆け出すと、構えた魔剣を振り上げ奴との一騎打ちに持ち込んだ。





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