第110話 クラウの変貌


「く、クラウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!?」


 ティルヴィングに魔剣化され、こちらを呆然と見つめるクラウにソラスが駆け寄ろうとする。

 そんな彼女の片腕を掴んで制止すると、俺はソラスに言う。


「よせ、ソラス! 今のクラウは危険だ!」


「でも、このままだとクラウが!?」


「ンフフッ。クラウはアタシだけのモノ。それに、今のこの子は私のお人形さんだから、アナタがなにを言おうと聞く耳なんて持たないわよん?」


 ティルヴィングはクラウを後ろから抱きしめると、愛おしそうに頬を寄せる。

 その姿を睨みつけながら、ソラスが眉根を寄せた。


「よくも……クラウを元に戻して!」


「アハハハハッ! アタシがそんなことするわけないじゃないのよん? 本当におバカちゃんねぇ〜!」


 激昂するソラスを嘲笑うように、ティルヴィングが高笑いを上げる。

 その傍らに立っていたエペタムは前傾姿勢でチェーンソーとなった両腕をだらりと垂らすと、首の骨を鳴らして顔を傾けた。


「あぁ……ティル姉お得意の魔剣化ね。つーか、最初からそうしておけば良かったんじゃねーの?」


「だあってぇ〜! やっぱり、ベッドの上で抱いた時に可愛い声と表情を見たいじゃな〜い? だから、そのままにしておいたのよん。でも、それも今日でお終いなのよねん……」


「あぁ……ティル姉、落ち込んでんの?」


「……落ち込んでないわよん。ちょっと、ざ〜んねんだと思っただけよん! さてと、そろそろアヴァロンの連中を相手にしましょうかしらん?」


「ティルヴィング! テメェ、マジで許さねぇぞ!」


 俺が魔剣の先端を向けて怒号を上げると、ティルヴィングが面倒そうな顔で片手をひらひらとさせた。


「はいはい、坊やの相手もちゃんとしてあげるから怒らないの。エペ公、アヴァロンの連中を始末するわよん。それとこの際だから試してみましょうかしらん。丁度良いもあるしねん?」


「あぁ……いいの? それ使って?」


「こんな状況だから仕方ないわよん。それに、ちゃんとケースに収めて届ければ問題ないわよきっと」


 ティルヴィングは肩を竦めてエペタムにそう告げると、クラウが片手に持っていたジェラルミンケースを開け放ち、そこから六本の脚を持つ細長い昆虫のような魔剣の精霊を取り出した。


「ンフフッ……この魔剣は【リジル】。アナタたちアヴァロンにとって、これはただの魔剣サンプルとしか思っていなかったようだけれど、これの正しい使い方を見せてあげるわねん……」


 ティルヴィングはルージュで艶めく唇を笑ませると、足下で倒れていた軍服姿の男性の胸倉を掴んで上半身を起こした。

 その時、俺はその軍服姿の男性をどこかで見たような気がしたのだが、今はそんなことどうでもいい話だ。


「それじゃあ、始めるわよん」


 ティルヴィングの声にリジルという魔剣の精霊がギチギチと不快な音を立てて、その形状を短剣に変化させる。

 その様子に俺たちが息を呑んでいると、軍服姿の男性から掠れたような声が漏れた。


「うぅ……こ、ここは……!?」


 意識を取り戻したのか、軍服姿の男性は短剣に変化したリジルを構えたティルヴィングを見上げると、その目を見開いた。


「な、なにをする気だティルヴィング!?」


「悪いけれどスヴァフル。アナタにはになってもらうわね?」


「生贄だと? ま、待ってくれ! や、やめろおおおおおおおおっ!?」


「アハッ。ダ〜メ♪」


 ティルヴィングは醜悪な笑みを浮かべると、顔の高さまで構えたその短剣をなんの躊躇いもなく軍服姿の男性の左胸に深く突き刺した。

 その瞬間、男性は悲痛な叫び声を上げてティルヴィングの手首を掴んだ。


「ぎゃあっ!? ぐがああああ……やめろ、ティルヴィング……」


「アハハハッ! 暴れないでよんスヴァフル〜! 心臓が上手く取り出せないじゃな〜い?」


 男性の左胸に突き刺した短剣を抉るよう押し込むと、ティルヴィングがそのまま馬乗りになる。

 その行動に軍服姿の男性が必死に抵抗しようと暴れていると、エペタムが近づいた。


「あぁ……手伝う?」


「そうねん。じゃあ、コイツの両腕とか両脚を切断してちょうだい」


「あぁ……了解」


「ゴホッ! や、やめろ……誰か、助けてくれぇぇぇぇぇぇっ!」


 ティルヴィングの指示にエペタムは両腕のチェーンソーを唸らせると、暴れ狂う男性の手足を躊躇なく切断し始めた。

 そのあまりにも凄惨な光景を前にして、俺たちは言葉を失い戦慄した。


 耳を塞ぎたくなるような悲鳴と、血飛沫が飛び散る光景にアヴァロンの精霊である女性たちが顔色を青くしてえずいていた。

 すると、いつしか軍服姿の男性がピクリとも動かなくなり、修練場に静寂が訪れた。


「アハハッ! ようやく取り出せたわん!」


 軍服姿の男性に跨っていたティルヴィングはその場で立ち上がると、鮮血に濡れた片手に今も脈を打つ男性の心臓が握っていた。


 それを見つめながらティルヴィングは、頬に付着した血液を舌先で舐め取ると、うっとりした表情を浮かべる。


「はぁ〜……とても綺麗な色。どうして人間の心臓はこんなにも美しいのかしらねん?」


「あぁ……ティル姉? それより、早く済ませちまおうよ」


「あら、そうだったわねん。それじゃあ、楽しいパーティーを始めましょうかしらん……」


 男性の心臓を握ったままティルヴィングは振り返ると、呆然と立ち尽くすクラウの方を向いた。


「クラウ、こっちへいらっしゃい」


「クラウになにをするつもり!?」


 クラウを呼び寄せたティルヴィングにソラスが声を上げると、奴はニッコリと微笑んで右手の人差し指を左右に振った。


「チッチッチッ……それは見てからのお・た・の・し・み・よん♪」


「させるかよぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 奴の一連の行動に嫌な予感がした俺は、魔剣を構えて飛び出すと、心臓を握るティルヴィングに斬りかかる。

 だか、その手前でエペタムが立ち塞がり、両腕のチェーンソーを唸らせて俺の魔剣を受け止めた。


「キシャシャシャ! お前の相手はこの俺っちだろ?」


「エペタム、邪魔をするんじゃねえ!」


「あぁ……邪魔をしてんのはお前たちの方だって。そんなことより――」


 と、エペタムはギョロリとした赤い双眸をニンマリ笑ませると、両腕のチェーンソーを重ねて火花を散らした。


「俺っちたちは、さっきの続きを楽しもうぜぇぇぇぇぇぇっ!」


「……野郎、上等だぁぁぁぁぁぁっ!」


 俺とエペタムは互いの刃をぶつけ合うと、一歩も譲らぬ剣戟の応酬を繰り広げる。

 エペタムの野郎はその見た目と違って、意外にも俊敏な動きで攻撃を仕掛けてくる。

 だが、俺はその全てを魔剣で切り払い、奴に応戦した。


「キシャシャシャ! やっぱ、お前は強ぇな? すんげぇ楽しいぜ!」


「こちとらなんも楽しくねんだよ、そこを退けコラァッ!」


「ナギくん!」


 目の前に立ち塞がるエペタムと俺が激しい剣戟を繰り広げていると、背後からランスくんとヘグニさんが駆けてきた。

 二人は俺と斬り結ぶエペタムに聖剣を振り抜くと、そのままエペタムと戦い始める。


「チッ、ザコが……邪魔とかすんなよ!」


「少年、ここは俺たちが引き受けるぞ!」


「ナギくん、ここはボクたち任せてキミはクラウを頼む!」


「すまない、ランスくん! ティルヴィング、覚悟しやがれ!」


「あらあらざ〜んねん……もうよん?」


「なに!?」


 微笑を称えたティルヴィングに俺が視線を戻すと、心臓から滴る血液をクラウがその口で受ていた。

 すると、血を飲んだクラウがその目を見開くと、自らの胸元を両手で押さえ込み地面に膝をつく。


「クラウ!? テメェ、ティルヴィング! クラウになにをしやがった!?」


「だから何度も言っているでしょ〜ん? 楽しいパーティーを始めるわよってね。ほら、そろそろ始まるわよ?」


 ティルヴィングが短剣をクルクルと回してそう言った直後、地面に両膝を着いていたクラウが静かに立ち上がった。


「なんでも話によるとこのリジルは、大昔に龍の心臓を抉り取る際に使われていたとかっていう逸話があってねん、コレを使って生贄となる者の心臓を抉り取り、そこから滴る血液を対象となる魔剣の精霊に与えるとさせる事ができるって話なのよん?」


「龍……だと?」


「そう。そして、今のクラウはアタシの能力で魔剣化されたから魔剣の精霊とほぼ一緒……だから――」


 と、ティルヴィングがニヤリとした笑みを浮かべたその時、クラウに異変が起きていた。


「おい、ネギ坊! クラウの様子がなんかヤベェぞ!?」


「な……なんだありゃ?」


 スレイブに促され、俺がクラウの顔に視線を移すと、彼女の首筋から赤黒いアザのようなモノが浮かび上がって顔中に広がり、その全身を黒い靄が包み込み始めた。

 そして、その靄は次第に大きさを増してゆくと、巨大な卵のように変化する。


「リジルの能力で生贄の血を飲んだクラウは、これから姿のよん。さぁ、アタシの可愛いクラウ。コイツら全員を皆殺しにしなさ〜い!」


 芝居がかった口調でティルヴィングが両手を広げてそう言い放った直後、クラウを包んだ黒い卵が一気に弾けて周囲に散らばった。


 するとそこから現れたのは、鋭い牙が生え揃う大きく裂けた口と、トカゲのような身体に黒い鱗を纏った巨大な龍だった。


「こ、これが……クラウ、なのか?」


「コイツは驚いたぜ……まさか、こんなご時世に龍なんてもんを拝むことになるとは、俺様もビックリだぜ」


「そ、そんな……クラウッ!」


 黒い龍に変貌を遂げたクラウは赤い眼を細めると、タタラを踏む俺たちを見下ろすように上半身を起こして咆哮を上げてきた。


 その強烈な咆哮に俺たち以外の精霊やセイバーたちが恐怖で完全に萎縮している。


「さぁ、ここからが本当の戦いよん? 覚悟しなさいねん……アヴァロンの戦士さんたち」


 俺たちは黒い龍に変化したクラウを見上げると、戸惑いながらも武器を構えて臨戦態勢に入った。

 これは流石に、ヤバイかもしれない……。








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