第111話 苦戦
龍と化したクラウの姿にその場にいた誰もが目を見張り、口を開けて凍りついていた。
正直、俺も今まで色々な魔剣たちと戦ってきたが、龍に変化した奴はいなかった。
「りゅ、龍って……マジかよ?」
「クラウ、そこに転がっている死体が邪魔だから処分してちょうだい?」
ティルヴィングの言葉に龍となったクラウは鋭い牙の生え揃った大口を開けると、足元に転がっていた軍服姿の男性の死体をひと飲みした。
それを見てティルヴィングが愉快そうに笑う。
「アハハッ! これで地面が少しは綺麗になったわねん。さてと、それじゃあコッチの準備も整った事だし、アタシも本気を出さなくちゃねん……」
ティルヴィングはそう言うと、リジルを腰にぶら下げ、継ぎ目のある自らの魔剣を構えた。
「この中で一番厄介なのは坊やだから、アタシとエペ公の二人で相手をしてあげるわん!」
いうなり、ティルヴィングの足下から黒い靄が発生し、その全身を包み込む。
そして、奴が片手に持つ魔剣を振り抜いて黒い靄が霧散すると、そこから青紫色のフルプレートメイル姿になったティルヴィングが現れた。
ティルヴィングの纏うフルプレートメイルは、ヘルムのこめかみ辺りから湾曲した角が額の方にまで伸びており、大きく突き出た胸部装甲の中心には、菱形の赤いホーリーグレイルが埋め込まれていた。
腰から脚部にかけて曲線を描くボディラインをなぞるように装着された装甲は、どこか妖艶さを醸し出しており、ティルヴィングにおあつらえ向きの鎧だった。
一見すると、細見であるから腕力はなさそうに思えるが、そうでないのが鎧化の恐ろしいところだ。
「さぁ、それじゃあ始めるわよん。クラウ! そっちのザコたちはお願いねん? エペ公!」
「あぁ……了解」
ティルヴィングは面貌の奥で赤い瞳を光らせると、両腕のチェーンソーを唸らせたエペタムと同時に駆け出してくる。
俺は奴らの動きを注視して魔剣を一刀流に構えると、前方から走り込んできたエペタムを迎え撃った。
「キシャシャシャ! せっかくのパーティーなんだ、お互いに楽しもうぜ?」
「なにがパーティーだよ、こんちくしょうがぁぁぁぁっ!」
「おい、ネギ坊! ティルヴィングが左から来るぞ!」
スレイブの声に俺がエペタムから横に視線をずらすと、カッターナイフのように継ぎ目のある魔剣を構えたティルヴィングが、躍り出すように魔剣を振り抜いてきた。
その斬撃を左腕のスレイブで受け止めると、素早く魔剣を走らせる。
だが、その一太刀をティルヴィングはムーンサルトで回避し、そのまま何度かバク転をして距離を取った。
「アハハッ! やるじゃない坊や……これは一筋縄じゃいかなさそうよねん?」
「鎧化した魔剣を二人も相手すんのかよ。冗談じゃねえな……」
「ケケケッ! まったくだぜ」
エペタムとティルヴィングの二人を相手にしながら俺は視線を背後に向ける。
その後ろでは、龍に変化して暴れるクラウを相手にランスくんたちが必死に応戦していた。
「精霊たちは負傷者を連れて修練場の外へ退避するんだ! 戦える者はボクとヘグニさんに続いてくれ!」
「皆の者、恐れるな! この俺に続け!」
「オラオラ、テメェら! 遅れてっと俺がぶっ飛ばすぞ! 隊長とヘグニさんに続けや!」
ランスくんの指示に従い、精霊たちが負傷者を修練場の外へと避難させ始める。
まだ戦えるセイバーたちは、各々の聖剣を握り先陣を切るヘグニさんとランスくんに続けて不安そうな面持ちのまま足を走らせる。
そんな彼らにハッパをかけるようにして、オジェが怒声を上げながら、聖剣のレプリカを掲げて先導していた。
どうやら、向こうはあの三人に任せていれば心配なさそうだ。
「あらん? よそ見は禁物よん!」
背後を気にしていた俺にティルヴィングとエペタムの二人が再び襲いかかってくる。
俺は二人の絶え間ない攻撃を剣術と体術を駆使して受け流しながら、エクスとカナデの姿を探した。
すると、修練場の入口近くの壁際に負傷したセイバーを手当するアロンちゃんと、足を怪我した隊員に肩を貸すエクスとカナデを見つける。
その傍らには、負傷者を背負いながら歩くレイピアさんの姿もあり、それを警護するように聖剣を構えたヒルドが周囲に目配せをして立っていた。
「ちょっと! そんなによそ見ばかりするとかアタシたちをナメ過ぎじゃないかしらん!」
「あぁ……流石の俺っちもそういうのは、頭にくるぜ!」
「!?」
ほんの数秒だけ、二人から視線を外したその瞬間を狙い、エペタムが両腕のチェーンソーを唸らせて俺に襲いかかってくる。
その双刃を魔剣で受け流し、エペタムの顔面を殴りつけようとした刹那、奴の背後に潜んでいたティルヴィングが、いつの間にか片手に持つ魔剣を鞭のような形状に変化させていた。
奴はその魔剣を大きく振り抜くと大きく湾曲させ、俺の首元を狙ってきた。
「キシャシャシャ! 油断大敵だぜ!」
「チェックメイトよ、坊や!」
「ぐっ、しま――」
「ネギ!」
ティルヴィングの振り抜いた魔剣が俺の頭部を切り飛ばす寸前、ソラスの持つ聖剣のレプリカが、その刃を受け止めてくれた。
そのアシストを受けた俺はエペタムの顔面に魔剣を振り抜くと、奴のヘルムを斬り飛ばした。
「キシャシャ!? マジかよ!」
「マジだよこのクソ野郎がっ!」
ヘルムを破壊され、驚愕した面持ちで目を見開いたエペタムに俺は渾身の斬撃を放つ。
その一撃がエペタムの纏う鎧に深い傷を刻むと、奴がその衝撃で後方に吹き飛び、その背後に立っていたティルヴィングをも巻き込んで修練場の壁に激突していた。
「ふぅ〜……今のは危なかったぜ。ナイスアシストだソラス。助かったよ!」
「うん。でも、そのアシストも今のが最後かもしれない」
俺の真横に立つソラスに視線を向けると、彼女の握る聖剣のレプリカが半分に折れて刀身がひび割れており、いくつもの小さな紫電を纏っていた。
「レプリカかだと、アイツらみたいな魔剣の攻撃を何度も防ぐのは無理みたい……」
「そうみたいだな。ソラス、ここは俺に任せて皆と一緒に避難してくれ!」
「それは嫌。私もネギと戦う!」
「いや、そうは言っても武器もないのにそれは……」
「!? ネギ、危ない!」
突然、飛び付いてきたソラスに俺が当惑した次の瞬間、鞭のようにしなったティルヴィングの魔剣の刃が再び襲いかかり、俺を庇った彼女の腹部を抉った。
「かはっ!」
「そ、ソラス!?」
「アハハッ! 坊やを殺り損ねたけど、まあいいわねん?」
鞭のように変化させた魔剣を頭の上で振り回し剣の状態に戻すと、ティルヴィングが片手を腰に当て高笑いを上げる。
俺は脇腹から血を流すソラスを抱き起こすと、脂汗を浮かべて苦悶の表情を浮かべる彼女に声をかけた。
「ソラス、しっかりしろ!?」
「ね、ネギ……無事?」
「俺は大丈夫だ! それより、お前の方が!」
「アタシは平気……だから、安心して」
そうは言うものの、ソラスの脇腹から滲み出る出血量が尋常ではない。
俺は周囲に視線を飛ばすと、精霊の姿を探して声を張り上げた。
「誰か! 頼む、ソラスを助けてくれ!」
「そんな暇があると思ってるのん?」
「あぁ……あるわけねえよなぁ?」
「!?」
首を巡らせて叫んでいると、ティルヴィングとエペタムが俺に向かい駆け出していた。
奴らを相手にするのは問題じゃないが、このままだとソラスが死んでしまう!。
……頼む、誰でもいいから彼女を助けてくれ!?
魔剣を構えてコチラに迫るティルヴィングとエペタムを睨みつけ、俺が歯噛みをしていたその時、地面を踏み鳴らすような地響きが背後から聴こえてきた
その振動に俺が振り返ると、龍に変化したクラウが凄まじい速度でコチラに走ってきていた。
「マジかよ……それは流石にナシだろ!?」
ティルヴィングとエペタム。
そして、龍に変化したクラウによる挟撃を仕掛けられた俺は狼狽しながらソラスを抱きしめる。
せめて、彼女だけでもなんとか助けたい……。
そんな俺の想いが誰かに届くことはなく、次の瞬間には、龍に変化したクラウに地面から鼻先で突き上げられるように空中へと放り投げられた。
「のわああああああああああああっ!?」
ソラスを胸に抱きしめたまま、俺は逆さまになりながら視線を飛ばす。
俺たち二人の足下では、エペタムが呆然とした表情で顔を上げており、その隣のティルヴィングは、獲物を横取りされたと言わんばかりに苛立ちを露わにして地団駄を踏んでいた。
ふと、離れた位置に目をやると、血相を変えたランスくんとヘグニさん、それにセイバーたちを引き連れたオジェが俺の事を指差してなにかを叫んでいる。
ただ、一番最悪なのは、俺たちの真下で待機している龍になったクラウが首を上に向けていたかと思えば、身体を勢い良く回転させて、丸太以上に太い尻尾を俺とソラスに向けて振り上げていた事だ。
あんなものが直撃すれば、俺はともかくとしてソラスは確実に死ぬ……。
それだけは、なんとしても回避したい!
「ネギ坊、アレを喰らったらソラスが死ぬぜ?」
「んなことはわかってるっつーの!? クソッ、なにか良い方法は――」
「ナギくん!」
下から聴こえたその声に視線を移すと、ランスくんとヘグニさんの二人が、俺たちのすぐ近くまでたどり着いていた。
俺はそれを視界の端で確認すると、抱きしめていたソラスの顔を見て言う。
「ソラス、すまない」
「え? ネギ、それってどういう――」
と、言いかけたソラスを俺は向こう側へ突き飛ばした。
「ランスくん、ソラスを頼む!」
「わかった! ヘグニさん!」
「うむ! 行け、ランスよ!」
「失礼します……てりゃあああああっ!」
ランスくんはヘグニさんの肩を足場にして高く跳躍すると、落下するソラスを上手く抱き留めてくれた。
それを確認して俺はランスくんにサムズアップしてみせた。
「サンキュー、ランスくん!」
「そんな……ネギぃ!?」
ソラスが俺の名を叫びながら片手を伸ばしてきたけれど、その手を取ろうとはしなかった。
なぜなら、俺のすぐ背後にはクラウが豪快に振り抜いた太い尻尾が迫っていたからだ。
「ははっ。とりあえず、これで大丈夫だな……」
「ネギ坊、来るぞ!」
暴風のような凄まじい音を立てて振り抜かれたクラウの尻尾が俺の身体を捉えると、叩き落とされるような勢いで修練場の入口の方へふっ飛ばされた。
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