第135話 油断と強襲
頼乃さんからの提案で聖剣の精霊である安綱さんを仲間に入れた俺たち五人は、魔剣の毒に冒され苦しむエクスと一般人を救うため奴らのボスである女王蜂の捜索を開始していた。
その中で病院を出る前に頼乃さんから言い渡された言葉に、俺は焦燥感を抑えられないでいた。
……エクスさんの全身に毒が巡るタイムリミットは今から二十四時間後よ。
エクスを救うために残された時間は俺から言わせてもらえれば限りなく少なく、その時間内に女王蜂を見つけ出し、奴から抗体となる体液を採取しなければならない。
とはいえ、他の討伐隊も加わり懸命な捜索活動をしているが、一向にその行方はわからない。
俺たちを襲ってきたスズメバチに擬態した魔剣の精霊たちも今は行方をくらましており、雑木林や山林などをくまなく探したが見つからなかった。
奴ら、一体どこに潜んでいるんだ?
「クソッ、無駄に時間ばかりかかっちまって手掛かりのひとつも掴めねえ……」
数時間ほど色々な場所を捜索し、最終的に俺とエクスが襲われた最初の公園に戻ってきたものの、そこには平穏な光景が広がっているだけだった。
俺は周囲の木々などを調べてみたが、奴らの巣のようなものは見つけられなかった。
「あの時、奴らが群れをなして襲ってきたからてっきりここに巣があると思っていたけれど、ハズレだったのか……」
奴らの巣がここにあると、どこか確信していた分、俺の落胆は大きかった。
そんな風に肩を落としていると、後からカナデが言う。
「さっきからアタシもマジで神経集中させてオーラを探してんだけどさ、ちっとも感知できないんだよね……」
「てことは、ここじゃないってことか……」
「うん、そうかも」
沈んだ表情でカナデが顔を伏せる。
聖剣の精霊は神経を集中させると、広範囲で魔剣のオーラを感知できるらしい。
しかし、カナデがこれだけ神経を集中させてもヒットしないということは、やはりここではないという事なのだろう。
「あの、お姉さま。お体は大丈夫ですか? 先程から顔色が優れないようですけど?」
近くにいたヒルドが心配そうな面持ちをしてカナデの顔を覗き込む。
しかし、当のカナデは首を横に振ると、ニッコリと笑った。
「ううん。全然大丈夫だよヒルドちゃん! アタシは運動部だからまだまだ体力には自信があるし、心配なんてあらないってーの。あはははっ〜」
「そう、ですか……」
そうは言うものの、カナデの表情には明らかに疲れの色が見えている。
そんなカナデを気遣うヒルドはやはり心配そうだった。
病院を出てから俺たちは、休むことなく例の魔剣たちを探して走り回っていた。
セイバーである俺とヒルドは体力的にまだまだ余裕があるけれど、精霊であるカナデの体力は人並みと変わらない。
そんなカナデが疲れていないわけがない。多分、コイツの事だから無理をしているのだろう。
カナデと付き合いが長い俺には、それがすぐにわかった。
「カナデ、無理はするな。疲れたなら休んでもいいんだぞ?」
「そ、そうもいかないっしょ! 早くその魔剣を見つけないと、エクスちゃんがヤバいってのにアタシだけ休むなんてあり得ないし!」
「そうは言っても、安綱さんは村雨先生と琥珀ちゃんと組んでるから別行動だし、他に奴らのオーラを感知できるお前が倒れちまったらどうしようもねえ。だから、無理はせずに少し休めよ」
「……むぅ、わかったし」
俺がそう言うと、カナデは少し不満そうに口先を尖らせて公園のベンチに腰を下ろした。
すると、それを見ていたヒルドが俺の顔を睨みつけて歩み寄ってくる。
「ツルギ先輩。なんか、今の言い方はお姉さまに対して失礼じゃありませんか?」
「は? どこがだよ?」
「なんていうか、お姉さまが倒れたらどうしようもないだなんて言い方だと、まるでツルギ先輩がお姉さまを魔剣を探すための道具かなにかと思っているようにしか聞こえませんよ? お姉さまだって、エクスさんの事を想って頑張ってくれているのですから、もう少し優しい言葉をかけてあげるべきだと私は思います」
ムスッとした表情をしたヒルドの言葉を受けて、俺はふと自分の口にした台詞に対してカナデへの気遣いのなさを感じ反省をした。
確かに、カナデも俺と同様にエクスを救いたいという想いがあり、疲れた身体に鞭を打ってまで共に駆け回ってくれていた。
そんなカナデに俺がかけた言葉はヒルドが言う通り少し冷たかったかもしれい。
ここは謝るとしよう……。
俺は目の前にあった自販機で飲み物を購入すると、それを持ったままベンチに腰掛けるカナデに近づき頭を下げた。
「すまないカナデ。頑張ってくれているお前に対して少し言い方が悪かったな、許してくれ」
「ううん、別にいいよ。つーくんが焦ってるのはわかってるし、アタシだってエクスちゃんのこと好きだから多少自分に無理してでも助けたいと思ってるしさ。だから、アタシだけ休んでなんていられないっしょって感じだし」
カナデは俺の手渡した飲み物に口を付けると、ほぅっと息を吐いて微笑む。
本当は誰よりも疲れているはずなのに、それを表に出そうとしないカナデの姿勢には素直に感謝しかなかった。
今更だけど、俺は頑張り屋のカナデと出会えて良かったと改めて実感していたりする。
「本当にありがとな。俺はお前と出会えて心から良かったと思ってるよ」
「な、なに急に? またそうやって、アタシのことをからかおうとしてんの!」
「んなわけねぇだろ。本心からそう言ってんだよ」
肩を竦めて俺がそう言うと、カナデがポッと頬を赤くした。
「そ、そっか……。ねぇ、つーくん? この一件が解決したらなんだけど……」
「それはダメです」
俺が手渡したペットボトルを両手で握り、モジモジしながらなにかを言おうとしていたカナデの眼前にヒルドは片手を突き出すと、言葉の先をピシャリと制止した。
「お姉さま。それは絶対にダメです」
「ちょ、アタシはまだなにも言ってないのになにがダメなのヒルドちゃん?」
「お姉さまの表情から察するに、絶対ツルギ先輩とまたデートをしようなんて事を言い出そうとしているのがバレバレです。そんなのこの私が許しません!」
「つーか、鋭いし……ていうか、ヒルドちゃんにそれを断らせる権限とかなくない?」
「ありますぅー! なぜなら私がカナデお姉さまの彼女だからですぅー!」
「いやいや、意味わかんないし!? アタシは彼女とかマジでいらないっていうか、求めてもいないから!」
「お姉さまはなにもわかっていないだけです! 遠くの彼氏より近くの彼女、つまるところ、ツルギ先輩よりもカナデお姉さまにはこの私が相応しいのです!」
「ごめん、ヒルドちゃん。それ、マジで無理だし」
「真剣な顔で無理とか言わないでくださいよ! 無理って断られた人の気持ちとか考えたことありますぅー!? それに、女の子同士だってちゃんと愛を育むことができるんですから無下にしないでくださいよカナデお姉さむわぁっ!」
ヒルドはそう言って、ベンチに座るカナデに飛びつくと、その顔を豊かな胸に擦りつけて抱きついた。
そんなヒルドにカナデはうんざりしたような表情を浮かべると、俺の顔を見上げて言う。
「つーくん、なんか一気に疲れたんだけど……」
「無理もねぇな。まぁ、ヒルドと契約を交わしたお前の宿命だな」
「こんな宿命なんて聞いてないし〜! ねぇ、つーくん。アタシの頭を撫でてよぉ〜? そしたらまた頑張れるからさ〜」
「はいはい。いいこいいこ」
「えへへ〜、なんか元気出てきたし〜!」
俺が頭を撫でてやると、カナデがへにゃっと笑って満足そうな声を漏らす。
そんなカナデを見つめて頭を撫でていると、突然スレイブが俺に話しかけてきた。
「なぁ、ネギ坊。奴らの事で少し気になったことがあるんだけどよ、ちょっといいか?」
「ん? なんだ?」
「奴らの擬態していたあのスズメバチなんだが、ありゃ『オオスズメバチ』って種類の蜂だぜ」
「オオスズメバチ? それって、普通のスズメバチとなにか違うのか?」
「おうよ。スズメバチってのは、その種類によって巣を作る場所が違ぇんだわ。そんで、奴らが擬態していたオオスズメバチってのは――」
と、スレイブが言いかけた瞬間、カナデが強張った表情を浮かべ立ち上がった。
「……ウソ。なんで急に!?」
「どうしたのですかお姉さま? そんな真っ青なお顔をして?」
「さっきまで全然感知できなかったのに……つーくん、マジヤバイって!?」
「なんだよお前まで急に? 一体どうしたんだ?」
鬼気迫った顔付きで周囲に首を巡らせるカナデに俺とヒルドが顔を見合わせ小首を傾げていると、スレイブが言う。
「やっぱそうだったか……ネギ坊。奴らの巣はここにあるぜ」
「は? ここにあるって、どこにあるんだよ?」
俺がスレイブにそう訊いた直後、樹木が鬱蒼と生える公園内の奥から赤と黒の斑模様をした例の魔剣たちがどこからともなく羽音を立てて現れた。
その光景に俺たち三人が身構えているとスレイブが続ける。
「奴らが擬態したオオスズメバチってのは、開放空間には巣を作らねえで土の中に巣を作るんだ。そして、聖剣の精霊が魔剣のオーラを感知する方法はソナーを飛ばすような感覚と同じだ。要するに……」
そう言って、スレイブは赤い双眸を細めると、羽音を立てて次々と現れる魔剣の精霊たちを見て言う。
「平面上でない土の中に潜んだ魔剣の精霊を感知することはできねえわけなんだわ」
「……それを先に言えよぉ!? スレイブ、さっさと魔剣を出してくれ!」
いつの間にかスズメバチに擬態した魔剣の精霊たちに周囲を取り囲まれた俺たちは、まさに絶体絶命の危機にさらされていた。
俺はスレイブの口から片刃の魔剣を引き抜くと、四方を取り囲んだ魔剣の精霊たちを睨みつけて言う。
「ヒルド、カナデ! 奴らが来るぞ!」
俺がそう言った瞬間、スズメバチに擬態した魔剣の精霊たちが一斉に動き始めた。
ヒルドとカナデの二人を背にして俺は魔剣を構えると、迫り来る奴らに対して刃を振るった――。
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