第136話 タイムリミット

 オオスズメバチに擬態した魔剣の精霊たちに取り囲まれた俺とカナデとヒルドの三人は、羽音を立てながら赤い両眼でこちらをジッと見つめてくる奴らに対して、全神経を集中させながら身構えていた。


「相変わらず数がバカみたいに多いな……」


「どうすんだネギ坊? 俺様たちはいいが、カナデとヒルドは生身で武器もねえぞ?」


 スレイブの言う通り、左半身だけとはいえ、鎧化して奴らと戦うための武器もある俺とは違い、今のカナデとヒルドの二人は丸腰だ。

 このままだと、二人が奴らの毒の餌食となりかねない。

 それだけは、なんとしても回避しなければならないだろう。


「カナデ、ヒルド。俺がお前たち二人を逃がすための突破ルートを確保するから、ここから逃げて村雨先生と安綱さんの二人に連絡をしてくれ」


「ちょ、待ってよつーくん!」


 肩口から二人を見て指示を出す俺に、カナデが表情を強張らせて言う。


「そ、そんなことしたらつーくんがコイツらにやられちゃうかもしれないじゃん!? そんなの絶対ダメだし!」


「俺なら大丈夫だ。心配するな」


「そんなの心配するし! アタシたちだって戦う力があるんだから、つーくんひとりを残すなんてあり得ないっしょ!」


「お姉さま。ツルギ先輩は考えがあってそのような指示を私たちにしていると思います。それに、戦う力があるとはいえ、この状況下でお姉さまから聖剣を取り出す暇なんてないじゃないですか? ここはツルギ先輩の指示に従いましょう。今の私たちは足手まといにしかなりません!」


 ヒルドが言う通り、カナデから聖剣を取り出すにはそれなりの時間が必要となる。

 なんといっても、アレをしなくてはならないからな。

 そんな二人の聖剣召喚儀式を個人的にはスマホのカメラで撮影してみたいのは山々なのだが、今はそんな悠長なことをやってられるほど俺たちには時間がない。

 それはまた別の機会にしようと思う。


「よくわかっているじゃねえかヒルド。カナデを頼んだぞ?」


「ツルギ先輩に言われなくともそのつもりです。それに、私もたっぷりと愛情を込めながらカナデお姉様から聖剣を召喚したいですしね? えへ、えへへ~♪」


「ヒルドちゃん。なんか最近、つーくんに似てきてない? 目がマジで怖いんだけど!?」


 厭らしい顔を浮かべてニヤニヤとするヒルドを見て、カナデが頬を引き攣らせている。

 ここ最近のカナデに対するヒルドの愛情は異常の一途を辿っている。

 本当に大丈夫かしらこの子? その内、カナデにセクハラとかで訴えられないか心配だわん。


 とまあ、そんな冗談はさて置いて、俺はカナデとヒルドを背にすると、魔剣を構えて公園の入り口方向を確認した。


「周囲を取り囲まれているとはいえ、公園の入り口方面は手薄だ。そこにいる魔剣たちを俺が蹴散らすから、お前ら二人はそこから脱出して村雨先生と安綱さんの増援を呼んできてくれ」


「了解です!」

 

「……わかったし」


 俺の言葉に二人は強く頷くと、駆け出す準備をして身構える。

 それに合わせて俺は短く息を吐くと、左腕のスレイブに言う。


「行くぞスレイブ。鎧化だ!」


「おうよ!」


 スレイブの野太い声に応じて俺の左半身が一気に鎧化されてゆく。

 その動作に反応してか、オオスズメバチに擬態した魔剣の精霊たちが羽音を強く鳴らして威嚇してきた。


「来るぞ! カナデ、ヒルド……俺に続けぇぇぇぇぇぇっ!」


 右手に持った魔剣で地面を抉るように切り裂いて砂塵を巻き上げると、俺は正面の魔剣たちに目くらましを仕掛けた。

 大量に舞い上がったその砂塵が目くらましとして上手く作用したのか、奴らはそこから動こうとはせず、空中を漂っていた。

 その隙を見て俺はカナデとヒルドの二人を引き連れて公園の入り口方面に向かい駆け出すと、少ない数でその場所に留まっていた魔剣の精霊たちを一度に斬り伏せた。


「ルートが開いたぞ! 行け、カナデ、ヒルド!」


「ありがとうございますツルギ先輩! せいぜい死なないように頑張ってください!」


「必ずあとで助けに来るから頑張ってね、つーくん!」


「ネギ坊、奴らが押し寄せて来るぞ。気合を入れろ!」


「わかってるよ!」


 公園の外へと駆けてゆくカナデとヒルドの二人を追撃しようと、魔剣の精霊たちが騒がしく羽音を立てて押し寄せてきた。

 そんな奴らの前に俺は躍り出ると、四方八方から襲い来る魔剣の精霊たちを次々と真っ二つに両断してゆく。


「ネギ坊、後方から毒刃が五本来るぞ! その次は左斜め前から四本だ!」


「上等だぜ、オラオラオラオラッ!」


 スレイブのナビゲートを頼りに、次々と放たれてくる毒刃を魔剣と鎧化した左腕で叩き落としてゆく。

 かなり数を減らしたと思っていたが、視線を公園の緑地帯に向けてみると、奴らの仲間が地面の中から続々と這い出してきていた。


「あそこが奴らの根城か。スレイブ、一気に攻め込むぞ!」


「正気かオメエは!? いくらなんでも無茶が過ぎるぜネギ坊。ここはカナデたちがあの変態と色っぽい姉ちゃんを連れてきてからにしとけ!」


「そんな時間はねえんだよ! 早くしないと、エクスが――」


 ――破壊しろ。


「あ? どうしたよネギ坊?」


 魔剣の精霊たちを斬り伏せながらスレイブと話していたその時、俺の頭の中に聞きなれない声がした。

 

「な、なんだ今の声は……スレイブ、お前には聞こえなかったのか?」


「いんや、なんも聞こえなかったぜ?」


 ――破壊しろ。全てを、破壊し尽くせ。


「だ、誰だ!? 一体、誰が俺に話しかけて……」


「お、おい、ネギ坊!? 俺様の鎧が――」


 頭の中に直接聴こえてきたその声に俺が当惑していると、スレイブが動揺した様子で声を上げる。

 すると、俺の左半身だけを覆っていたはずのスレイブの鎧がその範囲を徐々に拡大してゆき、遂には俺の右半身まで覆いつくそうとしていた。


「な、なんだこりゃ!? スレイブ、説明しろよ!」


「俺様にわかるならとっくに説明してるぜコンチクショウ!」


 ――邪魔するものは全て破壊しろ。壊せ壊せ壊せ壊し尽くせ!


「つあっ!? なんなんだよこの鬱陶しい声は……頭が痛ぇ!」


「ネギ坊! 奴らがさらに増援を寄越してきやがったぞ!」


 例の声がさっきよりも音量を上げて聞こえてきた直後、スレイブの鎧が俺の右手以外の全てを鎧で覆いつくしていた。

 頭と顔も覆いつくされて面貌付きのヘルムと化した俺の頭部にスレイブの声が直接で聴こえてくる。


『ネギ坊。これはかなりやべえぞ!』


「どういうことだスレイブ? なんで急にお前の鎧が俺の右手以外を鎧化しちまったんだ!」


『おそらく、エクスの容体が芳しくねえからだろうな』


「エクスの容体が? スレイブ、それはどういうことだ!?」


『お前と契約をしたエクスの生命力が弱まってきたせいで抑制されていたはずの俺様のホーリーグレイルの力が増してきやがったんだ。かろうじて右手だけは鎧化されていねえけど、もし右手まで鎧化したとなればそりゃあ……』


「……エクスがってことになるのか?」


『そういうことになっちまうな……』


 俺の返答にスレイブは肯定した返事をすると、そのまま黙り込んでしまう。


 この身体を覆うスレイブの鎧の進行度合いが、エクスの残された生命力を表しているとなれば、こんなところで仲間の増援を待っている場合なんかじゃない。

 もし、スレイブの鎧が俺の右手までも覆いつくしてしまったその時は、エクスの命が尽きてしまったという事に繋がる……そんなの絶対に嫌だ。俺はエクスを助けて、また一緒に魔剣と戦うんだ!


「スレイブ! やっぱりこのまま敵の根城に突っ込むぞ!」


『しゃあねえな。まあ、右手以外は鎧化されて毒刃も効かねえだろうから、オメエの好きにしやがれ!』


「勿論、そうさせてもらうつもりだよ。行くぞ!」


 俺は顔の前で水平に構えた魔剣に全身全霊の力を込めると、奴らが続々と這い出てくる地面を狙い定めて大地を切り裂くような勢いで魔剣を振り下ろした。


「……どりゃああああああああああああああっ!」


 地面を爆散させる勢いで撒き上がった土の塊と共に、オオスズメバチに擬態した魔剣の精霊たちの亡骸が大量に宙に舞う。


 やがて、奴らの亡骸と舞い上がった土の塊が豪雨のような勢いで地面に降り注ぐと、そこに防空壕のような入り口がぽっかりと大口を開けて現れた。

 どうやら、ここが奴らの潜む巣穴の入り口らしい。


「この奥にコイツらのボスである女王蜂が潜んでいやがるんだな」


『善は急げだ。一気に片を付けるぞネギ坊!』


「ああ! 待っていろよエクス……必ず抗体を手に入れて戻るからな!」


 深淵のように真っ暗な闇が広がる魔剣の巣穴を睨みつけ、俺はスレイブと共にその奥を目指して歩みを進めた。

 この奥にどんな化け物が待ち受けているのかわからないが、俺に歩みを止めている暇なんてない。

 全てはエクスを救うためだ!



 

 

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