第137話 暴走

 地面を爆散させて奴らの巣穴を発見した俺はその後、かなり勿体ないけど、スレイブに自分のスマホを食わせて【同化】させ、それによって得たLEDの照明機能を使い深淵のように口を開けた黒い闇が広がる巣穴の中を進んでいた。


 奴らの巣穴はかなり入り組んだ構造になっており、奥へ進む途中で何度がオオスズメバチに擬態した魔剣の精霊たちと戦闘になった。

 しかし、右手以外が鎧化したことにより、身体能力が想像以上に強化されていた俺にとって、奴らの戦力など大した驚異ではなかった。

 これなら、例えどんな化物級の魔剣が相手でも負ける気がしないだろう。

 それにしても……。


「意外と高さもあって広く掘られてるんだな……」


 巣穴の中はまるで洞窟のようになっており、狭苦しいという印象はなかった。


 まさか、公園の真下にこれだけの規模を持つ巣穴が築かれていたなんて衝撃だ。

 ただ、奴らがなにかしらの準備を整え一斉に外へと飛び出して人々を襲撃したらなんてと思うと流石にゾッとする。

 ここで俺が奴らの巣穴を叩かなければならないだろう。

 

「ケケケッ! あの働き蜂どもの大きさからしてみれば、この巣穴はかなりデカく作られていやがるな。つーことは、この奥に潜んでやがる嬢王蜂ってのは、相当にデカイ奴なんだろうな?」


 両目から眩い白昼色の光を放ち、奥へ奥へと通じる洞窟のような巣穴を照らしつつスレイブが言う。

 確かに、これだけ大きな巣穴を形成しているわけだから、俺たちを待ち構えている嬢王蜂の大きさもなんとなく想像はできる。


「こんだけの巣穴を奴らが公園の真下に作っていたなんて、正直ビビるはな。でも、なんで今まで誰も気付けなかったんだろうな?」


「そりゃあこんな大空洞みてえに深けぇところに潜んでやがったんだ。オーラを感知するなんてのは難しいだろうぜ。それに、女王蜂ってのは最初は一匹で行動してある程度の巣穴を作り、そこから体をデカくしていって卵を産んで働き蜂の数を増やして巣穴を広げていくっていうらしいからな?」


「へぇ~、そうなのか……。ていうか、スレイブ。お前って、なんでも知ってんのな?」


「ケケケッ! なんでもじゃねえぜ、知っていることだけだ」


「……どこかの委員長ちゃんが言う台詞みたいだな」


 なんでも知っていそうな羽川さ……んじゃなくて、うちのスレイブさんはさて置いて、俺はどこまでも続いていそうな洞窟の奥を見る。

 かなり進んできたとは思うけれど、それでも奴らのボスである女王蜂のいる場所までは、まだ辿り着けていなかった。


「一体どこまで続いてんだこの巣穴は……。そろそろ最深部に到達してもいい頃だろ?」


「魔剣化しちまった俺様には奴らのオーラが感知できねえからなんとも言えねえな。ところで、ネギ坊……」


 と、車のヘッドライトのように両目から眩い光を放って俺の行く手を照らしていたスレイブが、急にその声音を変えると真剣な口調で話しかけてくる。


「さっき、頭の中に妙な声が聴こえてきたとか話していたけれどよ、今はどうなんだ?」


「いや、今はなにも聴こえてこねえよ。なんだ、俺の事を心配してくれてんのか?」


「まあ、心配って言うほどのものじゃねえんだが……ちょっとな」


 なにか気になることでもあるのか、スレイブがボソボソと話しかけてくる。

 俺の右半身まで鎧化した時、直接頭の中に聴こえてきた謎の声をスレイブは気にしている様子だ。

 とはいえ、今はなにも聴こえてこないからなんとも言えないのだが。


「ネギ坊。一応、忠告しておくが、もしまたその声が聴こえてきたら俺様に……」


「スレイブ、その話はあとだ!」


 スレイブが話しかけてきたその時、巣穴の奥からオオスズメバチに擬態した魔剣の精霊たちが闇の中で赤い両眼を光らせながら羽音立てて大量に現れた。

 奴らの羽音が巣穴内の壁に反響して鳴り響くと、背後からも奴らが襲ってきているのではないかという錯覚を引き起こす。


 俺は背後に気を配りながらも魔剣を構えると、正面から襲い来る魔剣の精霊たちを次々と斬り伏せていった。


「たくっ、数ばかり多くて面倒だな!」


 何十匹かを纏めて両断しつつ、周囲から飛んでくる毒刃を鎧化した左腕で打ち払い応戦していると、スレイブが声を上げた。


「おい、ネギ坊。奴らが巣穴の奥に逃げていくぞ!」


 尻の先端から毒刃を突き出し、俺に襲いかかってきていた魔剣の精霊たちは、その場から逃げるようにこちらへ背を向けると、一目散に巣穴の奥へと退避してゆく。

 その光景に不可解なものを感じた俺は首を捻った。


「なんだ? アイツら、急にどうしたんだ?」


「理由はわからねえが、どうにも裏があるような気がしてならねえな……。ネギ坊、十分に用心しろよ?」


「あぁ、わかってるよ。それじゃあ、奴らを追うぞ!」


 スレイブからの忠告を受けて俺は気を引き締めると、奴らが逃げていったその後を追うように駆け出した。

 うねるように長く続く一本道のような巣穴を駆けてゆくと、俺はその先で赤い光に包まれた大空洞のような広々とした空間に躍り出た。


「なんだこのめっさ広い空間は? 赤い照明が壁中に張り巡らされているからライトとかいらねぇじゃん」


「いや……これは照明なんかじゃねえぞ! ネギ坊、周りをよく見てみろ!?」


 どこか慌てた様子のスレイブに俺は首を傾げながら照明で周囲を照らしてみた。

 すると、ドーム型をした大空洞の壁中にオオスズメバチの幼虫らしきものが壁に空いた幾つもある穴に詰め込まれており、モゾモゾと蠢いていた。

 そして、それを守るような形でオオスズメバチに擬態した魔剣の精霊たちがびっしりと張り付いている。

 どうやら、俺が赤い照明だと思っていたモノは、奴らの目だったようだ。


 そんな身の毛もよだつような光景に俺が顔をしかめていると、大空洞の中心にコイツらのボスであろう一際巨大な『嬢王蜂』が、下顎をギチギチと鳴らして俺の姿を静かに見つめていた。


「……ようやく嬢王様のご登場ってとこかよ」


「奴らが身を引いたのは、俺様たちをここへ誘導するためだったってことか。おまけに目的の嬢王蜂もいるとなれば、これは完全に罠だったってことか……」


「だけど、スレイブ。これで一石二鳥だぜ!」


「あ? なんでだ?」


「嬢王蜂がここにはいる。それなら、思っていたよりも早く抗体を奪えるだろ?」


「なるほど。それはそうだな。ほらよっ!」


 頼乃さんから預かった注射器のような形をした抗体を取り出すための特殊器具をスレイブが口の中から出す。

 それを左手に持って俺が身構えると、幼虫も含めた魔剣の精霊たちがその両目を更に赤く光らせる

 すると、嬢王蜂が透明な四枚の大きな羽を広げて奇声を上げてきた。


 それを開戦の合図にしたのか、壁中に張り付いていた魔剣の精霊たちが一斉に飛び始め、耳障りな羽音を立てて俺に向かってきた。


「おいおい、こいつはかなり笑えねえ数だな。んで、どうするよネギ坊?」


「どうするもなにも、今の俺たちにはここで戦う以外の選択肢しかねえだろ?」


「ケケケッ! それなら気張るしかねえよな……ネギ坊、来るぞ!」


「あぁ、任せてお――」


 ――破壊しろ。


「!?」


 スレイブの声に俺が魔剣を身構えた直後、頭の中に再びあの声が聴こえてきた。


 ――破壊しろ、破壊しろ、破壊しろ、破壊しろ、破壊しろ、破壊しろ……残骸ひとつも残さずに……全てを破壊し尽くせ!


「……」


「どうしたネギ坊? 奴らがすぐそこに迫ってきてるぞ!?」


「……はか、い……全部……壊せ!」


 必死な様子で声をかけてくるスレイブに返事をしようとしたはずなのに、例の声が再び頭の中に響いてきた途端、俺はぼんやりとした意識に変わり、ワケもなく強い破壊衝動に駆られた。

  影も形も残さずに全て破壊……そうだ、全部破壊するんだ!


「お、おい、ネギ坊?」


「はははっ! 跡形もなく消滅させてやるよ! 全て破壊だぁ!」


 自分でもなにが起きているのかわからないが、俺は目前に迫る魔剣の精霊たちを視界に捉えた瞬間、頼乃さんから預かっていた特殊器具を地面に放り投げていた。

 そして、胸の内から湧き上がる高揚感に包まれながら、魔剣を振り抜き駆け出した。


 もう抗体なんてどうでもいい……一匹残らず、俺が破壊し尽くしてやる!



 


 

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