第49話 片腕

 黒い侍の甲冑に身を包んだ白亜と戦闘を開始してから数分後、テーマパーク内で激しい金属の衝突音を響かせながら、俺は迫りくる刃に対して必死に応戦していた。


「どうしたんだ人間? ボクの姿に恐れをなして手も足も出ないのか!」


「チッ……イキリやがって」


 意気揚々とした台詞を吐きながら、白亜が刀身の長い野太刀を絶え間なく振るってくる。

 俺としては、さっさと反撃に出たいところなのだが、琥珀ちゃんの兄であるコイツを傷つけるワケにはいかない。

 とはいえ、案の定というか、甲冑を纏った白亜の身体能力は強化されており、振り抜かれる刃の威力は途轍もなく重い。

 だが、それでも俺は反撃をせずに防戦一方となり、白亜と対話する機会を窺っていた。


「おい、オメェは琥珀ちゃんが心配じゃねえのかよ!」


「やぶからぼうになんだ? 琥珀はお前たちが攫ったんだろ!」


「バカを言え! 俺たちは琥珀ちゃんを探すためにここへ来たんだ!」


「バカバカしい。人間の言葉など信用できるか!」


 なんとか鍔迫り合いに持ち込み、ようやく話ができると思ったが、当の白亜は聞く耳を持とうとしなかった。

 しかし、魔剣と手を組むことの恐ろしさを伝えなければならないと、俺は必死に説得を続けた。


「おい、このバカ兄貴! テメェにひとつ教えておいてやるけどよ、魔剣と手を組んだらそれこそ最後だぞ!」


「最後だと? それはお前たち人間が最期という意味だろ?」

 

「つーかオメェ、さっきから人間人間って、なんなんだよ? オメェだって人間だろうが!」


「ボクが人間? ……あはははっ!」


 休む間もなく振り抜かれる野太刀の重たい斬撃を必死に受け流して俺が怒鳴りつけると、白亜がその手を止めて急に笑いだした。


「なんだよ、なにがおかしいんだ?」


「クックックッ……ボクが人間か。確かに、今の姿を見れば誰もがそう思うな。でも――」


 と、顔に着けていた夜叉の面貌を白亜が外してこちらを向いた瞬間、俺は仰天して目を剥いた。


「あ……ああああああっ!?」


「これでわかったか? ボクは人間なんかじゃない。ボクはこの山のだ」


 夜叉の面貌を外した白亜の顔は、俺たちがよく目にする野生動物のタヌキだった。

 

「ボクたちの中には生まれつき人や架空のモノに化けることができる特殊な能力を持っている者が生まれてくることがある。そして、その能力を持って生まれたのがこのボクと妹の琥珀だ」


「つーことは……琥珀ちゃんも?」


「そうだ。琥珀もボクと同じさ。時には鬼の姿に化けてボクら兄妹の住処を荒そうとここへ訪れた人間たちを追い返したりもした。しかし、それを続けたところでお前たち人間は再び数を増やしてやって来る。そんな時、山林の中で村正と出会ったんだ」


 白亜が離れた位置で酒を煽っている村正を一瞥すると、村正が陽気に片手を上げた。


「村正を初めて見た時は人間だと思ったよ。でも、スグに彼が人間とは違う種族だと気が付きボクは近づいた。すると、村正はボクに人間に復讐するための力をくれると約束してくれた」


「人間に復讐って……なんでそんなに人間を嫌うんだよオメェは?」


「ここに広がるこの場所には、他の動物たちとボクたちの住処があった。それをお前たち人間は無遠慮に破壊し、こんなものを建造した。そして、その際にボクの親は犠牲になった……これを許せるわけがないだろう!」


「それが、お前の復讐する理由か?」

 

「そうだ! ボクたち兄妹は住処だけでなく、両親まで奪われたんだ。これ以上の理由なんてないだろ?」


 このテーマパークが完成される以前、この土地一帯が手付かずの自然が広がる山林となっていたのはなんとなく想像がついた。

 でもまさか、そこに人に化けることのできるタヌキがいたなんて誰も想像できなかっただろう。

 そして彼が、人間に対して強い憎しみを抱いていることも……。


「琥珀は純粋だから、神社の神主に怪我をした所を救われて人に懐いてしまっている節がある。だが、ボクは違う。ボクは村正と契約をしたことで得たこの力でようやく人間たちに復讐ができると歓喜した……。でも、そこにお前たちのような邪魔者が現れた」


 白亜は渋面を作ると、俺を威嚇するように唸り声を漏らして牙を剥く。


「本当ならあの日、門の向こうでお気楽に過ごしていた人間たちの断末魔を聞ける予定だった……それをよくも邪魔をしてくれたな!」


「ちょっと待て! じゃあ、あの魔剣たちをテーマパークの方に仕向けたのはオメェの仕業だったのか?」


「無論だ。だけど、その計画もお前たちのせいで台無しになった。それだけならともかくとして、卑劣なお前たちはそれだけに留まらず、ボクの大切な妹を誘拐した……。ボクたちの隠れ家であるあの神社を襲撃したのはお前たちだろ? 琥珀をどこへ隠した!」


「ふざけるな! 俺たちはそんなことしてねえ!」

 

「あくまでしらを切るつもりか? それなら、お前たちを殺したあと、ここに居ない金髪の女を拷問して無理やり口を割らせてやる!」


 再び夜叉の面貌を顔に着けると、白亜が野太刀を振り上げて上段の構えを取る。

 それに対して、俺は下段の構えを取ると、白亜に声を張る。


「本当に俺たちはなにもしてねえ! それに、琥珀ちゃんを大切に想うのは俺たちだって同じだ!」


「ほざくな! お前たち人間の言葉など信じるとでも思っているのか?」


 ……ダメだ。話にならねえ。

 白亜はあくまで琥珀ちゃんを誘拐したのが俺たちだと決めつけている。

 しかし、俺たちはそんなことなどしていない。だとすれば、琥珀ちゃんは一体どこに……いや、待てよ?


「おい、白亜! 琥珀ちゃんはお前と同じタヌキなんだよな? その大きさはどのくらいだ?」


 片手を正面に突き出して俺がそう訊くと、白亜が訝しむように首を傾げる。


「はぁっ? そんなことを聞いてどうする?」


「ここに来る途中、大怪我をした子狸を保護して俺の仲間が手当をしている。ひょっとしたら、その子狸が琥珀ちゃんなんじゃ……」


「おーい! さっさと続けんかい。さっきから口喧嘩ばかりでちぃとも楽しめんぞ?」


 離れた位置で胡座をかく村正が野次を飛ばしてくる。

 それに白亜は舌打ちをすると、再び野太刀を構えた。


「その子狸の事は気になるが、それはお前たちを殺したあとにでも確認すればいいだけのことだ」


「あくまで俺たちと戦うつもりかよ?」


「当たり前だ。これはボクの復讐……両親を殺されたボクの気持ちがお前などにわかるものか!」


「ふっざけるなあああああああっ!」


「!?」


 正直、黙っていられなかった。

 親を殺された気持ちが俺にはわからないだと? 冗談でも言われたくない言葉だった。


「テメェに教えてやる! 親を亡くした気持ちが俺にはわからねぇなんて勝手な事を言ってんじゃねえ! 俺の両親はなぁ……今、お前が手を組んでいるそこの魔剣の仲間に食い殺されたんだぞ!」


「なん……だと?」

 

 感情をぶちまけるように俺が怒号を上げると、白亜がたたらを踏んで狼狽えた。


「俺の両親は魔剣に食い殺された。そして、俺のパートナーであるエクスも両親を魔剣に殺されている……。それをなにもわかっていねぇなんて言葉で勝手に決めつけてんじゃねえぞコラッ!」


「だ、だからなんだ!? ボクが人間を憎む理由に変わりはないだろ!」


「確かにテメェの言う通り、俺たち人間は自分たちの都合でここにこんなモンを建設してお前の親を巻き込んで殺しちまったかもしれねぇ……。でもな、だからといって、その憎しみで見落しちゃいけないものまで見えなくなっちまったらそれこそ終わりだろうが!」


「よ、要するに、お前はなにが言いたいんだ!?」


「魔剣と手を組むのはやめろ! その魔剣はお前をいいように利用しているだけだ!」


「う、ウルサイ! これはボクの問題だ。ボクが村正と契約をしようとお前には関係ないだろ!」


「俺は以前、魔剣と手を組んで悲惨な死に方をした奴をこの目で見ている……。お前にとって、今すべき事は俺と戦う事じゃねえ。お前が今すべき事は、行方不明になっている琥珀ちゃんを一刻も早く探すことだろ!」


 俺の言葉に白亜が黙り込む。

 その表情は夜叉の面貌に隠されていて見ることはできないが、多少なりとも動揺はしているはずだ。

 

「このままだと、琥珀ちゃんを見つけることすら叶わねえ。それに、あの子にとって唯一の家族であるお前がこうしている間にも琥珀ちゃんがどこかで苦しんでいるかもしれねえんだぞ? それでもいいのかよ!」


「そ、それは……」


 白亜の声に戸惑いが滲んでいる。

 コイツも琥珀ちゃんを本気で大切に想っているなら、こんな馬鹿げた戦いになんの意味もないことがわかるはずだ。


 俺は構えていた聖剣を下ろすと、狼狽している白亜へと近づいた。


「少しでも琥珀ちゃんを大切に想うなら、お前がするべきことは俺との戦いじゃねえはずだ。だから、ここは一緒に――」


「つまらんのぅ」


「!?」


 白亜を説得しようと、俺が近づいたそのとき、離れた位置で胡座をかいていたはずの村正がいつの間にか白亜の背後に立っており、退屈そうな顔で顎を擦っていた。


「白亜よぅ……ウヌはワシになんと言ったかのぅ?」


「え?」


「ウヌはワシに『人間共を皆殺しにするから力をくれ』と、言うたじゃろぅ? それにもかかわらず、絆されてどうするんじゃ、ええ?」


「ぼ、ボクは別に絆されてなんか!」


「実はのぅ、ウヌに伝えようかどうか悩むことがあるんじゃが……ウヌの妹、こいつら人間に殺されたんじゃぞ?」


「え?」


「は?」


 村正の一言に俺は凍りついた。


「ホントのことじゃ。ワシを信用せぃ」


 村正は白亜の肩を抱くと、眉間にシワを寄せながらこちらを見てくる。


「あっちで刀を振り回しとる黒髪の女がいるじゃろぅ? アイツがな、お前の妹タヌキをメッタ切りにしとったんのをワシは見てしまったんじゃ」


「ウソ、だろ?」


 耳を疑うような事を口にした村正に白亜が凄んでその肩を掴んだ。

 その様子を見て村正は首を横に振る。


「あれは酷かったのぅ……それはもう、輪切りじゃ輪切り。ワシはウヌが苦しむ姿をみたくなかったからずっと黙っとったんじゃが……やはり言うべきことにしたんじゃ」


「琥珀が……死んだ? そんな、バカな……」


「そんなわけねぇだろ! 村正、テメェ、デタラメな事を言うんじゃねえ!」


「デタラメもなにも真実じゃろぅ。だから、ウヌもそんなに慌てとるんじゃろ?」


「んなわけあるかよ! 琥珀ちゃんは、きっと無事……」


「その証拠もないのによくもまあそんな嘘がつけるのぅ? それに、ウヌらが白亜の妹はを殺したっちゅう証拠がじゃ」


 村正はそう言うと、懐からなにかを取り出して白亜に見せた。

 するとその瞬間、白亜の全身が強張る。


「それは、琥珀の片腕か……?」


「え?」


 村正が懐から取り出したそれに視線を集中させてみると、それは動物の前足だった。


「これが証拠じゃ。本当に可哀想にのぅ。せめて供養でもしてやろうと思って拾っておいたんじゃが……」


「よくも……琥珀を!」


 村正の言葉に白亜は野太刀を握り直すと、真っ直ぐに頼乃さんの方を見た。


「やはり人間は殺すべきだった……そうすれば、琥珀は死ななかったんだ!」


「おい、白亜! そんな奴の話を鵜呑みにするな!」


「黙れ! 少しでもお前たち人間の言葉に耳を貸そうとしたボクがバカだった……おのれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


「マズイ!? 頼乃さん!」


 激昂した白亜は怒りの矛先を頼乃さんに向けると、凄まじい速さで駆け出した。

 それを見送った村正が口の端を吊り上げ愉快そうに笑う姿を俺は見逃さなかった。


「カッカッカッ! 畜生は単純で面白いのぅ。実に傑作だわい」


「テメェ、それはどういうことだ?」


「これはな、山にいた野生のタヌキを殺して獲ったもんじゃ。それを自分の妹のもんと見分けもつかんとは、笑うしかないのぅ!」


 やはり、コイツは極悪だ。

 白亜を焚きつけるために嘘を言いやがった!


「琥珀をよくも……死ねえぇぇぇぇぇっ!」


「頼乃殿!?」


「!」


 予期せぬ奇襲に頼乃さんがギョッした顔をする。

 そして、反応が遅れた頼乃さんに白亜の握る黒い刃が襲いかかろうとしていた。

 俺はその場から駆け出すと、白亜の後ろを全力で追いかけた。

 頼む、間に合ってくれ!


「頼乃さあああああああああん!?」


 一瞬のことだった。

 白亜が振り抜いた野太刀の刃が振り下ろされると鮮血が宙を舞い、地面に夥しい量の血液が飛散した。



 

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