第48話 戦いの火蓋

 エクスと別れたあと、俺は背中に聖剣の鞘を担いで頼乃さんたちのもとへ足を急がせていた。

 すると、目線の先で複数の魔剣を相手に安綱さんと背中合わせで応戦している頼乃のさんが見えた。


「頼乃さん! うおらあああああああっ!」


 頼乃さんと安綱さんの二人を取り囲んでいた魔剣たちを俺は聖剣の鞘で一気に殴り飛ばすと、そのまま二人に合流した。


「遅れてすみません。俺も加勢します!」

 

「おぉっ! 草薙殿、お待ちしておりましたぞ!」


「フフッ。思っていたよりもずっと早くて助かったわ。それより、彼女は?」


「エクスはここに向かう途中で見つけたその……重傷のタヌキを手当してから戻ってきます」


「タヌキって、アナタ……はぁ〜っ。まぁ、いいわ。草薙くんだけでも戻ってきただけでも良しとするわ」


 頼乃さんは呆れたようにため息を漏らすと、抜刀の構えを取り周囲に群がる魔剣たちに視線を配る。

 現場の優先順位を考えると、頼乃さんがため息を吐きたくなる理由もよくわかるけれど、あの傷ついた小柄なタヌキを放っておくのもしのびない話だ。

 ただ、俺と共に武器を構える二人は身体中に無数の傷を負っており、その表情にも疲れの色が見て取れたから申し訳ない気持ちに苛まれる。

 

「草薙くん。とりあえず、簡潔に説明をするけれど、相手は相当厄介よ」


「厄介とは、どういうことですか?」


 地面に突き立てた聖剣の鞘から刀身を引き抜いて俺がそう訊くと、頼乃さんが続ける。


「あの魔剣の能力だけれど、無尽蔵にこのの魔剣たちを生み出せるようなの」


 頼乃さんは忌々しそうにそう言うと、村正と白亜の二人を一瞥する。


「拙者と頼乃殿で既にニ十数体の魔剣を屠りましたが、そのたびに彼奴らが新たな魔剣を召喚してくるのでキリがないのでござるよ」


「安綱。そのレプリカはまだもつのかしら?」


「一応まだ光を放っているので大丈夫かと」


 青く薄っすらとした光を放つクナイのような武器を構えていた安綱さんの手元に俺の視線が留まる。

 魔剣の精霊は、聖剣でしか倒せないとエクスから聞いていたが、安綱さんの持つあの武器は魔剣に有効なようだ。


「あの、安綱さん。それってなんですか?」


「これは、アヴァロンの天才聖剣技師『ダーイン』博士が開発した聖剣のレプリカでござる。本家の聖剣に比べればいささか劣りますが、これさえあればセイバー契約をして聖剣が扱えなくなった精霊でも魔剣と戦うことができるでござるよ」


「へぇ〜」


 安綱さんの力説に俺は感嘆の声を漏らした。

 確かに、聖剣を扱えない精霊はセイバーとは違い自己防衛の面で不利になることが多い。

 でも、それを少しでも改善できるような代物をアヴァロンが開発していたとは驚いた。


「このレプリカがあるからこちらの戦力は三人。一応だけれど、なんとかなりそうね」

 

 帯刀しながら腰を深く落として抜刀の構えを取ると、頼乃さんの表情に明るさが戻る。

 無限に魔剣を召喚できる能力だなんて、とんでもなく厄介だけれど、戦える人数が増えればそれだけで戦力は上がるし個々の負担も減るだろう。

 とはいえ、このまま戦いが長引けば、いずれはこちらがジリ貧になる。

 そうなる前に、その根源を叩くしか突破口はないのだが……。


「その根源と契約しているのが琥珀ちゃんの兄貴だなんてな……」


 村正と契約した白亜は俺たちのことをずっと睨みつけて敵意を露にしている。

 本当なら、共に琥珀ちゃんを探しに行く協力を要請したいところだけれど、彼を見るに説得の余地はかなり難しそうだ。


「頼乃さん。俺がこの鬱陶しい魔剣たちを倒すんで回復してきてください!」


「あら、優しいのね? そういう男の子は好きよ。お礼にヒールで踏みつけながら背中にろうを垂らしてあげるわ」

 

「なんと贅沢な! 草薙殿は幸せ者でござるな?」


「いや、それで喜べるのアンタだけだから。ともかく、ここは任せてください!」


 セイバーが身体の傷を癒やすためにはパートナーである精霊の体液が必要だ。

 それを鑑みるに、あの二人がベロチュウして回復する姿を想像しそうになるけれど、今は目前の敵に集中しよう。


 疲労の色を浮かべる頼乃さんと安綱さんの二人に背を向けると、俺は周囲を取り囲んでいた落ち武者のような魔剣たちを次々と斬り伏せた。


 どうやら、この魔剣たちは個々の力はそこまで対したこともなく、思っていたよりもずっと弱い。

 ただ、圧倒的な数が存在するためジワジワと体力を削られてゆくのだろう。


「ほぅ、あの小僧はなかなか楽しませてくれそうじゃのぅ! これは酒が進むわい」

 

「そんなことはどうでもいいだろ。それより、奴らの仲間がひとり足りないな? まあいいか、あの金髪女を残してあとは皆殺しにすればいいか……」


 こちらを見て白亜は口角を上げると、野太刀を構えて村正に言う。


「村正、アレを出してくれ」


「なんじゃ? もう試すんか?」


「当然だ。こいつら人間はボクの親を殺した仇だ。それに、大切な妹である琥珀まで誘拐されて許せるわけがない」


「つまらん事を言う奴じゃのぅ……興というものがわからんのか?」


「そんな趣味に付き合う暇なんてない。アイツはボクが仕留める」


 鋭い目付きをした白亜に「やれやれ」と、村正は肩を落とすと、ひょうたんの中身を一口だけ煽り息を吐いた。


「ワシとしてはもう少しこの興を見ていかったんじゃが、それはそれで仕方ねぇのぅ……」


 残念そうにため息を吐くと、村正が草履を履いた足で地面を蹴った。  

 すると、白亜の足元からどす黒い影が現れて彼の全身を包み込む。


「チッ、今度は何をするつもりだ?」


「小僧。ワシは他者同士の殺し合いを見るのが大好きじゃ。せいぜい、スグに死なぬでくれのぅ」

 

 村正はその場にどっかり腰を下ろすと、ひょうたんを煽ってニヤリと笑う。

 その笑みを見て俺が顔をしかめていると、白亜を呑み込んだどす黒い影が徐々に霧散していった。

 そして、そこから現れた白亜の姿に俺は総毛立った。


「さぁ、人間ども……覚悟しろ」

 

 どす黒い影から現れた白亜は、兜から鋭い角を生やした黒い侍の甲冑を纏っていた。

 まかさこいつも、鎧を纏える魔剣だったのか!?


「なっ!? お前も鎧を纏えるのかよ!」


 侍の甲冑姿となったその姿に俺が頬を引き攣らせていると、白亜がニヤリとした笑みを浮かべてその顔に夜叉の面貌を装着した。

 まさか、グラムに続いて村正までもがその能力を備えているとは思っていなかった。


「なんじゃ? 【鎧化】がそんなに珍しいんか? こんなもんはワシらのような強いオーラを持っとる魔剣なら誰でも纏えるがのぅ……。それより、一方的な殺し合いはつまらんがじゃ。しっかし、ウヌが相手ならなかなか楽しめそうじゃから精々すぐにくたばってくれないでくれのぅ?」


 村正は愉快そうにひょうたんを煽ると、口元を拭ってニヤニヤとする。

 その顔付きに俺は苛ついて眉根を寄せた。

 

「殺し合いを酒の肴にしやがって……。クソッ、エクスがいないとアーマーが装備できねぇ」


 白亜の纏う黒い甲冑を見て、かつてアーサーとの戦闘がフラッシュバックする。

 おそらくだけど、甲冑を身に着けたアイツは間違いなく身体強化されているに違いない。

 そんな相手を前に生身の体と聖剣一本で立ち向かうのは正直気が引けてくるが……。


「草薙くん。私たちも加勢するわ」


 背後から聞こえた声に振り返ると、頼乃さんと安綱さんの二人が回復を終えたのか、俺の近くに駆け寄ってきた。


「頼乃さん、もう大丈夫なんですか?」


「えぇ。もう大丈夫だから安心してちょうだい」


「そうですか……って、なんで安綱さんがさっきよりボロボロになっているんですか!?」


 不意に見た赤フン一枚の安綱さんが、酷く痛々しい姿になっていた。

 その様子に俺が青ざめていると、にべもなく頼乃さんが言う。


「セイバーは精霊の体液を使うと回復するのは知っているわよね? だから、安綱の体液であるを愛の鞭で採取して回復しただけよ?」


「どんだけドSなんすか!? 愛の鞭って、それもうただの暴力でしょ!? 安綱さんもそれでいいんですか!」


「フッフッフッ……草薙殿。これは拙者にとって至高のご褒美。心配には及ばぬでござるよ」


 ……ダメだ。俺の声は、未来永劫この人たちだけには届かない。


 安綱さんは不敵に笑うと、眼鏡のブリッジを指先で押し上げ腕組みをした。

 その姿にこいつマジねえわと、俺が心の中で思ったのは言うまでもない。


「と、とりあえず! 俺たち三人なら甲冑を纏った白亜と渡り合えるかもしれません。協力をお願いします!」


「了解したわ。安綱、この戦いに勝利できたら、お前の大好きな三角木馬に跨がらせてひたすら蝋で責めてあげるから死力を尽くしなさい?」


「ふ、ふひぃ!? さ、三角木馬で蝋責めとかマジ神プレイでござる! それなら、拙者も命の限り戦わせてもらいますぞ!」


 ……もうただの変態を通り越してキ○ガイだろこの人。


 ふんすと鼻息を荒くして俄然やる気MAXになった安綱さんを白い目で見ながら俺は聖剣を構えると、黒い甲冑を纏った白亜に対して身構えた。


「いつだって人間はおかしな奴らばかりだ。そんなお前たちに歩み寄ろうとする妹の神経がわからないな……」


「おい、俺をこの人たちと一緒にすんなコラッ! つーか、なんでお前は俺たちを目の敵にしていやがるんだ!」


「それを話すのも烏滸がましいんだよ!」


 聖剣を構えた俺に白亜は激昂すると、野太刀を地面に突き立て、再び足元から落ち武者のような魔剣たちを召喚してくる。

 それに頼乃さんと安綱さんの二人が相手取るように躍り出た。


「草薙くん。今は対話するよりも目先の驚異に集中してくれないかしら?」


「草薙殿、また魔剣共が来ますぞ!」


「おおっ? いいのぅいいのぅ〜! そうでなくては面白くないからのぅ!」


 離れた位置で胡座をかいていた村正が、愉快そうに片膝を叩いてひょうたんの酒を煽っている。

 俺たち三人はその姿を尻目にすると、目前の敵へと意識を集中させた。


「ところで草薙くん。どうするつもり? 彼は琥珀ちゃんのお兄さんなのでしょう?」


「とにかく、アイツは俺が相手をして説得してみます。二人は他の魔剣をお願いします!」


「無理はしないようにね。安綱、行くわよ」


「心得たでござる!」


 俺の言葉に二人は頷くと、魔剣たちへと向かい駆け出した。

 そして、俺はというと、甲冑姿の白亜を見据えながら身構える。


「行くぞ……人間!」


 白亜は手に持つ野太刀を一振りして水平に構えると、俺に向かい駆け出してきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る