第50話 風前の灯
「……っ」
「そ、そんな……」
白亜の振り下ろした野太刀の切っ先からポタポタと鮮血が滴っている。
その量は次第に増え続け、今は足元に血溜まりを作っていた。
「どうして私を庇ったの……草薙くん!?」
頼乃さんの前に踊り出ることに成功した俺は、白亜の振り下ろした野太刀を聖剣の腹で受け止めようと試みた。
だが、その斬撃はあまりにも強烈で重く、聖剣で受け止めることが叶わず、俺は地面に片膝を着いた状態でしゃがみ込んでいた。
そして、白亜の振り抜いた野太刀の刃は俺の左鎖骨部分を通り過ぎ、胸の下部までに至っていた。
「……ゴフッ」
深々と斬り込んだ黒い刀身は、おそらく俺の左肺まで到達しているだろう。
先程から呼吸しようにも、上手く酸素が吸い込めず、咳き込むたびに血反吐を吐いた。
「……は、ははっ。じ、自分から斬られに来るなんてバカじゃないのかお前は!」
俺に致命傷を与えた白亜はどこか戸惑ったように笑うと、俺の身体から野太刀をゆっくり引き抜いた。
胸元から野太刀が抜けた俺はそのまま仰向けに倒れると、鮮血を噴き出しながら空を仰いだ。
すると、頼乃さんがすぐさま駆け寄ってきて、青ざめた顔で俺の身体を抱き起こし、必死に声をかけてくる。
「草薙くん、どうして!?」
「……ゴフッ……頼乃さん、怪我はないですか?」
「怪我ってアナタ……どうして私を庇ったりなんかしたの!」
「へへ……頼乃さんみたいな美人の身体に……傷をつけさせたく、なかったからですよ……」
左鎖骨から胸の部分にかけて深く斬り込まれた刀傷を右手で押さえながら、激痛に顔を歪めながらも苦笑してそう言う俺に、頼乃さんが震える声音で言う。
「な、なにを……私のことなんて守らなければこんな事には!」
「ははっ……それは無理な話っすよ。ゴホッ……俺は守りたいと思った人のためなら身体を張る性格なんで……」
「草薙くん……」
呼吸をする度に鮮血を吐き出す俺を見て頼乃さんが涙をこぼす。
その時、野太刀に付着した俺の血を振り落とした白亜が肩を揺らして笑い声を上げた。
「はは……ハハハッ! ぶ、無様だな人間! その女を庇うからそんな目に遭うんだ!」
「なんじゃもうお終いかのぅ〜? 白亜よぅ、それならとっととトドメを刺してやれ」
「え? と、トドメ?」
「そうじゃ。その小僧は虫の息じゃろうて。さっさと殺してやれ」
「あ、あぁ……わ、わかってる!」
俺たちから離れた位置で胡座をかいている村正が落胆したように言うと、白亜が戸惑いながら野太刀を構える。
その姿に頼乃さんは歯噛みをすると、すぐ傍に立っていた安綱さんを呼んだ。
「……安綱、草薙くんの手当をしていなさい」
「し、しかし、頼乃殿。そうは言われましても、この傷では流石に手当もなにも……」
「私がそうしろと言っているのだから全力を尽くしなさい!」
「りょ、了解でござる!」
怒号を上げた頼乃さんに安綱さんは背筋をピンと伸ばすと、仰向けに倒れた俺の手当を始めようとする。
しかし、俺も自分の身体のことだからこの傷を手当しても無駄であるという事を理解していた。
こればかりはエクスがいないとどうしようもない。
しかしエクスはこの場にはいない。
流石にこれはマズイな……。
「アナタ、絶対に許さないわよ……悪いけれど、私が始末させてもらうわ!」
「じょ、上等じゃないか! お前たち人間は僕たちの敵だ、覚悟しろ!」
日本刀を構え直した頼乃さんが野太刀を構えた白亜に斬りかかると、その場に火花が散った。
そんな頼乃さんたちの姿を見ていた俺は、自分の手足の先が氷にでも浸かっているように冷たくなってきたような感覚がして耳が遠くなり始めた事に気付いた。
この感覚は少し前にも経験した事がある……これは、死ぬ一歩手前の状態だ。
「……あぁ、エクス」
なぜこんな時に、俺はエクスの笑顔を思い浮かべているのだろう。
ぼんやりとしてきた視界には、慌てふためいた安綱さんが俺になにかを叫んでいる姿が映る。
でも、もうなにも聴こえない。
今までもこんな経験を何度かしてきたけれど、今回だけは本当にダメかもしれないと、俺自身が言っているような気がした。
「これは……ヤベぇ……かもな」
不意に視線をずらすと、白亜が頼乃さんを相手に余裕の構えで野太刀を振るっていた。
それに対する頼乃さんは、怒りに身を任せたような戦い方をしていて危うかった。
そんな二人の姿を離れた位置で観戦している村正は退屈そうな顔でひょうたんを煽っていた。
「……この、ままじゃ……頼乃、さんが危ねぇのに……」
声を振り絞り出すように俺が呟いても、白亜と戦う頼乃さんは止められない。
俺はなんて無力なんだ。
このままだといずれは彼女までもが白亜の凶刃に倒れ、次は安綱さんが狙われる。
そして、最後には……エクスが――。
「……エクス」
朦朧としてきた意識に段々と瞼が重くなってきた。
不意に気付くと、俺の目の前は既に真っ暗な闇に包まれていて、先ほどまで耳元でうるさく聞こえていた心音が次第に小さくなっているような気がした。
「……エクス……会いたい……よ」
もうなにも見えない。
なにも聞こえない。
身体の感覚すらわからない。
初めてエクスと出会ったあの日の記憶が鮮明に蘇る。
これは、走馬灯ではないと思う。
でも、俺の命の灯火は確実に薄れていて、自分が死ぬという感覚に恐怖して寒気が止まらなかった。
「寒い……これで……終わり、なのか?」
自分の身体が地面の底に沈んでゆくような感覚がする。
いつもなら、俺の傍にはエクスがいてスグに回復をしてくれた。
でも、俺の傍にエクスはいない……。
「……エク、ス」
俺はエクスを守ると約束した。
俺はエクスの傍にずっといると約束した。
俺はエクスを悲しみから救うと約束した。
それなのに俺は――。
「……エクス、ごめん」
そう呟いたのを最期に、俺の意識は深い闇の中へと落ちていった。
もう誰の声も聞こえない。
もう誰の温もりも感じない。
それは、生きとし生ける者たちにいつかは訪れるであろう自分の最期を感じた瞬間だった……。
――許してくれ、エクス。
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